スペアの聖女

里音ひよす

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王都までの移動2

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 人に傅かれながら入るお風呂ってどうしてこんなに疲れるんだろう。

 ヒルダさんの家では多くのお湯を作るのを渋ってしまい、タオルで体を拭いたり少しのお湯で髪を洗ったりしていただけだったので、数日ぶりのお風呂だったんだけどすごく激しかった。

 これが貴族の入浴と言うのであれば私が今まで一人で入っていた入浴はなんだったのか。

 徹底的に磨き上げられてしまった。

 侍女二人のコンビネーションは息ピッタリで私が逃げようとすればどちらかに回り込まれながら服を脱がされお湯の中に入れられてからは諦めて大人しく受け入れた。

 さっき脱いだ服や下着以外は持っていないので、とくに下着問題をどうするべきかちょっと悩んでいたけれど、高級宿の従業員は目の前の問題を細部まで見ているようで私が長くお風呂に入れられている間に下着を買いに走られていたみたい。

 お風呂から出た時には用意されてて驚いた。

 脱がしながら密かにサイズなんかも確認したみたいでピッタリのサイズの下着を身に着けることが出来た。
 
 凄い!
 
 下着もドレスも当座に必要な量を購入してきてくれたみたいで、こちらの世界はコルセットなんかでウエストを思いっきり締め上げる服だから多少大きくてジャストサイズでなかってもウエストで調整するし問題ないらしい。

 コルセットも勧められたけれど、それだけはずーっと断っていると諦めてくれた。

 「もうすぐ夕食ですしね」

 「はい、だからコルセットを着用していると苦しくなりそうなんで結構です」

 「夕食の後はお二人のお時間ですし、それだとコルセットは邪魔ですしね」

 いやいや、コルセットが邪魔に感じる間柄ではないんで。

 入浴の後、飲み物を用意されてソファに座って飲みながらこれからの事を考えてみた。
 
 お金がないのがとても痛い。

 ヒルダさんの家の中にお金と魔法石を入れた袋を置いたまま扉の外に出てしまったのが悔やまれる。
 大事な物は常に身に着けておくべきだった。

 言葉はしゃべれるけれど、読み書きが出来ない風に装うことも考えた。
 だけどダンさんが私が読み書き出来る事を教えている可能性もあるからね。
 婚姻のサインは書けないフリは難しいかもしれない。

 ダンさんに裏切られたのが何だろう・・・辛い。
 それでも何故裏切ったんだって考えた時に、誰かが犠牲になることで自分や自分の家族に害が及ばないのであればダンさんでなくても誰でも裏切るんじゃないかって考えに至ってしまった。
 ダンさんはすごく申し訳なさそうな顔をしていたから、罪悪感はあったんだろう。

 何か辛いな・・・

 逃げるのであれば身を隠すだけど、今の状態は攫われている状態なので何処を移動しているのかその痕跡を残したほうがいいのかもしれない。

 街の誰かに印象を与えていればもしかしてそれをティーロさんが辿れる可能性もあるし。
 だとすれば先程買い物の件を断らなければよかったかな・・・

 今は逃げ出す機会がなくても必ずチャンスはあると思うからそれまではなるべく街の人に印象付けれるようにしておこう。

 ヒルダさん達と泊まっていた宿と比べたらすごく広いので、食事を後ですると言われていたのがもしかして部屋で一緒にとかって嫌だなと考えていたら、幸い部屋ではなくって食堂のような部屋がありそこで皆で食事をするという事だった。

 食堂も私がイメージしていた食堂と違い、お洒落なレストランのような感じでテーブルや椅子が高そうだったり、一つ一つのテーブルの間が広いのでゆっくり食事出来るのだろう。
 侍女に連れられて席に着いたが、案の定というかバイラント伯爵の子息の隣だった。

 髪は伸びたといってもあまり長くないので横髪を侍女が結ってくれているだけだけど、鏡で見てもいつもと違い女性らしい装いになってしまっている。
 普段は一つに縛ってる程度だったので私も見慣れない自分を見てる感じ。

 「街に行きたくない様子だったので宿の者に頼んだのだが、すごく似合っている」
 嬉しそうに笑っているけれど、こちらは気が気ではなくて、どんな事をすれば嫌われるかを少しずつ情報を集めていかなければならない。

 何人くらいで移動しているのかはっきりとわからなかったけれど、着席している人達を見ると20人には満たない数かな。
 日中に見たお揃いの制服ではなくて、私服に着替えているからあの時のような威圧感はないけれど、この人達から逃げるとなると数の上でも大変かもしれない。




 高級な宿では食事中も静かなんだろうなって思っていたけど、だんだん食事が進むにつれてお酒も進み活気が出ているみたいでだんだん声のトーンが大きくなっている人がいる。
 いいのかな?こんな場所だと非常識なんじゃないかと辺りを見回すと貸し切り状態なのか食事をしているのは私達だけだった。

 このまま全員酔いつぶれてしまえばいいと考えながら静かに食事をしているが、時折隣から話しかけられると何て答えていいのかわからず俯いてしまう。

 出来れば話しかけて欲しくないので俯いていると、その状況を察してくれたのか私の返事は求めないけれど、時折話しかけることはやっぱりやめてくれなかった。

 この状態は明らかにおかしいので、周りの人達もわかっているだろうけれどあえてそれに触れてこないので私を連れて帰るという目的で動いていたんだろうな。

 すごく悪い雰囲気を醸し出しているのにお酒に酔ったのか、この中でも年齢の若そうな青年が赤い顔で少し離れた席から私に話しかけてきた。
 
 「やっぱり女性がいらっしゃると場が華やぎますね!それにすごく良い香りがします」

 ガヤガヤと好き勝手に皆しゃべっていたのに一瞬何人かが固まった。

 あの部屋の事情を知っている人達が固まったのだろう。

 そう、あの薔薇だらけの部屋に一人で泊まっているのは彼の上司で私の隣に居る人だ。

 それに上司の婚約者ということになっている女性にむやみに話しかけるのもきっとまずいはずで、あの青年はきっと絞られるんだろうな・・・

 それにしても隣が薔薇臭いわ。



◇◇◇


 翌朝には全員同じような制服に着替えているので、やっぱり同じ隊の所属なのだろう。
 私は増えた荷物と共に馬車に乗せられた。

 王都までは寄り道せずに馬を乗り継げばもっと早く着くらしいけれど、少し寄り道をしながら王都まで帰るようにと命じられているそうで、この一団は寄り道をしながら1週間程かけて戻るらしい。
 「馬車の旅は女性には疲れるかもしれないが許してくれ。途中で休憩を入れたり体に負担ないようにクッションを多めに用意しているが疲れたらすぐに言ってくれ」
 そんな事を告げてからバイラント伯爵の子息は馬車から離れた。


 今日は一緒に馬車の中に乗ることはないようで寛げる・・・
 そして景色を見ながらゆっくりと考えることが出来る。

 マデカント領はどうなっているのだろうか?とか。
 討伐から帰って来たティーロさんがどうしているのだろうとか。

 荒行のような事をやらされたであろうカーリンさんは無事なのか?とか。

 ペトラさんや神官さんもどうしているだろう。

 離れて1週間にも満たないのにもっと長い時間離れているような気がする。
 物理的にもどんどんマデカント領から離れているだろうし・・・




 寄り道というのは国王から幾つか命じられている場所があり、そこの状態を確認しながら帰るらしく私を迎えに来るのは当初は数人での予定だったのに、国王が大盤振る舞いで騎士達を連れて行くようにと命じられたらしい。
 そしたら計画書が渡されて帰り道が決められていたそうで、何となくそれってそっちがメインだったんじゃないの?と思ってしまう。

 幾つかの寄る場所というのが魔物の出没の多い場所だそうで、調査するにも派遣する数が多ければ他国へも魔物の増えている現状を知られるということで移動は少数精鋭が望ましいらしい。
 表向きにバイラント伯爵の子息の婚約者との旅行という隠れ蓑を被せて移動しているので、提供される宿が高級な所ばかりだと皆喜んでいるそうだ。

 「表向きの理由が必要であれば協力しますから、その婚約っていうのは破棄できませんか?」

 魔物討伐なら協力は惜しまないんで、その他のことは勘弁してくださいって頼んでみたけれど

 「いや・・・マナを幸せにすることが私の償いだからこのまま結婚しよう」

 もう少し柔軟に物事を考えてくれたら嬉しいんだけど、昨日、今日と嫌われるための観察をしてるとうっすらと見えてきたわ・・・
 バイラント伯爵の子息は物事を決めるとそれを変更したり中止するのが苦手なのかもしれないわ。

 私を置き去りにしたことを後悔しているから償うって考えではなくって、私が何を望んでいるのかを考えることが出来ていない。

 今朝も薔薇臭かったけれど、朝の支度を手伝ってくれた侍女が子息の事を褒めていたのよね。
 「手間を取らせたのはこちらだから使わせてもらう」
 と言って薔薇風呂に入ってたって。
 さすがに花びらは取り除いていたけれどお湯を張り直す手間をかけないようにって。
 
 でも薔薇の香りはもしかして嫌いなんじゃないかって教えてくれた。
 寝台の薔薇の花びらを全部取り除いて窓を開けて空気の入れ替えしていたらしいから。

 薔薇の香りが嫌いは一つ嫌いなものを手に入れたって感じ。

 今日は街道からそんなに離れていない場所にある森の調査らしいけど少数精鋭といえど小隊には足りない数で対峙することになるのは危険なのでこの地元の領兵と混ざって森を確認するらしい。

 私の乗る馬車は魔法防御をこれでもかっていう位かけている馬車で、中から鍵をかけていれば大丈夫だとお揃いの制服に着替えたあの山菜採りのおじいさんに言われた。
 おじいさんだと思ったけれど少数精鋭の一人に加えられているのなら強い?のかもしれない。
 それとも変装要員だったのか。

 馬車の扉をよくみると中から鍵をかけることが出来る。
 嫌なら籠城出来るんじゃないかと思ったけれど、外からも鍵で開ける事が出来るって。

 私が安全でも外の馬が安全ではないんじゃないかって思うのは私の居た世界での考え方なんだろう。
 最悪の状態の時は馬とか家畜を囮にして逃げるって言っていたから。

 私はこんな場所で何も持たずに逃げることは適切ではないことはわかっているので、昨日考えていた痕跡を残すってことを試してみようと考えている。
 魔物の討伐であれば聖属性の魔力を持つ者は討伐に参加出来るし、後方支援でこの領兵の人達に私のことを覚えてもらえれば噂を作れるんじゃないかって。

 もし神殿から聖女鑑定を受けさせられても今の私は聖女ではないから大丈夫。

 討伐に黒い髪の聖女ではない女性が加わっていた痕跡から辿って来てくれることを願っている。
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