スペアの聖女

里音ひよす

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ヒルダさんの特訓3

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 ヒルダさんは毎晩早めに寝るようになった。

 昨年は夜遅くまで起きて上機嫌でお酒を飲んでいたので早く寝るようになっているヒルダさんの様子をみると心配になる。

 ティーロさんは討伐隊の訓練に参加しているので、同じ屋敷の中でも会う時間が限られてる。

 ヒルダさんの所には領主のフレデリック様がよく顔を出すけれど、それ以外の人はあまり訪ねてはこなかった。

 時間がないから取り敢えず立ち入り禁止にしているそうで、明日に出立する討伐隊にカーリンさんを参加させて戻ってきた結果を見て今後をまた考えるそうだ。
 あれから全然聞けてなかった聖女の話をヒルダさんに訊ねたくて、数日悶々としていたんだけど明日ティーロさんが出立するのならその前にティーロさんとも話しておきたいので今日中にはどうしても訊ねておきたい。

 ヒルダさんは部屋で休んでいる事が多いので私の隣の部屋の扉をノックした。

 「何かようかね?」

 ヒルダさんは起きている様子だったので、部屋に入りヒルダさんの近くの椅子に座った。

 「ヒルダさん、明日はティーロさん達がいよいよ討伐に出ますね」
 「あぁ、カーリンがいよいよ討伐に出る事になるが、楽しみだよ」

 ヒルダさんはカーリンさんの事を愛弟子と言い始めている。
 カーリンさんがそれをヒルダさんから言われると嫌がるからだ。

 「あの、ヒルダさん・・・」

 「何だい?」

 「私って・・・聖女になるんですか・・・?」

 「なるさ」

 ヒルダさんは淀みなくはっきりと答えた。

 「いつ聖女になるんですか?」

 「さぁ、恐らく近々だと思うがね、マナが聖女になる時は私が死ぬ時だよ」

 ヒルダさんは自分の死を何でもないように言っているけれど、ヒルダさんの表情は冗談を言っているような顔ではなく穏やかに私を見ていた。



 「どうして・・・ヒルダさんは亡くなるんですか?自分が死ぬって知ってるんですか?」

 身近な人の死の話は本当は聞きたくないし、信じたくもない。
 ヒルダさんが最近疲れていることを知っていたので、そのヒルダさんの言葉が現実に起きることとして、もしかしてと考えてしまう。

 「私はね、マナ。神殿を出た時に残りの寿命は10年って命の期限が切られている命だったんだよ。もう10年経つんだね・・・悔しいけれど神官長が言ってた私の寿命はもうすぐなんだよ」
 
 「だけどどうしてヒルダさんが亡くなったら私が聖女になるんですか?」

 「それは私がマナと同じ異世界から呼び寄せられた者だからだよ、神同士の取り決めなのか異世界から呼び寄せた者は一人だけしか聖女として使うことが出来ないんだよ、私は寿命でしか死ぬことが出来ないから神は私が死ぬのを待ってるんだよ。いつ死んでもいいように新しい聖女をわざわざ呼び寄せてね、それがマナだよ」

 ヒルダさんが言っていることがよくわからない。

 「言っていることがよくわかりません・・・」

 ヒルダさんはいつもみたいに目元に沢山の皺を寄せて笑った。

 「10年程前に私は神殿の召喚用の魔法陣から呼び寄せられてね、この世界を滅茶苦茶にしてやったのさ。二度と私のように連れて来られる者がいないように魔法陣も壊してやったし、神殿も壊してやった、目的だったこの世界に囚われていた魔人も消してやったよ。呼ばれるのは私が最後かと思ったけど何処からかマナが連れて来られたんだねぇ・・・こちらの世界に渡る時に与えられる聖属性の魔力しかないと思ってたけれど、私の体が弱るとマナが聖女として使える力が増えていくことに気付いたんだよ」

 だから大嫌いな神殿でもヒルダさんの信頼出来る人の側でヒルダさんが教えることの出来ない聖女の力の使い方を学ばせることにした。
 いずれヒルダさんが亡くなり、私が聖女になった時に中央神殿の神官達にいいように利用されないようにって。
 私に危険がないようにティーロさんに託して。

 「私が聖女になったらどうなってしまうんですか?」

 「マナは何度も鑑定石が聖女でないと弾いていたからね・・・今まで通りにティーロと暮らせればいいが、魔物が増えている世界で二人で幸せに暮らしました。なんて出来るわけないだろう。魔物が増えるのには理由があるんだよ、それを取り除くのが異世界から呼び寄せられた者の存在理由だよ。 理由がなければ異世界から人を攫ってくるはずないだろう、異世界人の魔力はこの世界の人の魔力と少し違うようでね、
神なんて何でも出来るって思っていたが、この私達の持つ魔力をこの世界で作ることが出来ないんだよ。だから攫ってくるしかない。 私達がいた元の世界の神は私達がいつ攫われるかわからないから異界の壁に魔法をかけてるらしいよ、私達が違う世界で困らないように魔力を増幅させたり、その魔力にこの世界の者が魅了されるようにってね。だから私はこの世界で大聖女と呼ばれたし、私の生む子供は異世界の魔力を半分体に宿す貴重な存在だから大事にされてたんだよ」

 ヒルダさんが教えてくれることはヒルダさんが体験したことで、私の未来に関係してくることなのだろう。
 ヒルダさんが亡くなれば聖女として魔物と対峙することを望まれてこの世界に連れて来られたとしたら、今の暮らしはどうなるのか。

 「私の役目があり、私が呼ばれたとしたら、今の私って何なんでしょうか?普通に暮らすって間違いなんですか・・・?」

 「私の代で全てを終わらせればよかったんだけどね、魔物は減らないし結局マナが連れてこられたし・・・でもねマナ、神は万能じゃないんだよ。神にしてみれば魔人をこの世界から消滅させたかったから私を呼んだんだろうけど、私の魔力が足りずに命を魔力に変換して老女として生き長らえたしね。私が召喚用の魔法陣を破壊することも想定していなかったようだし、神の描いていたシナリオでは大聖女の私が魔人を消滅させてから、国王との間に子供を作り私の魔力を混ぜるって感じだったんだろうがね、老女じゃ子供は望めないわ、防御魔法をかけられて寿命まで待たないと次の聖女をこの世界に置けないわで困ってるだろう。 マナに与えられた役割は魔物の数を減らすために歪を消滅させる事だろう、その方法はペトラに伝えてるし地味な作業ではあるけれど各地で少しずつ歪を減らせば変わってくるが、各地に伝わるまで時間がかかるだろうね・・・ あとは国王にマナが献上されないようにさっさとティーロとの間に子供を作った方がいいかもしれないよ」

 元聖女のヒルダさんは本当は異世界から連れて来られた元大聖女で今年本当であれば30歳位だった。
 
 神殿から出ることになり残りの10年余りの寿命でこの世界を自由に楽しんだって。

 ヒルダさんから教えられたヒルダさんの事と私の事をティーロさんにすぐに話せるほど心の中で納得出来てなく、それでも近い未来に必ず来るであろうヒルダさんの死と私のことをどう説明すればいいのだろうか。

 「ヒルダさんから教わった魔物が現れる歪の消しかたを国王に話して各地で一斉に行ってもらうのはどうでしょうか?」
 
 「魔物の規模とか歪を消すことが出来る聖女の数がはっきりしないからね。マナはいずれ何処かでまた聖女の鑑定はされるだろうし、私が生きているうちに教えれることは教えるから聖女としてひたすら討伐に参加して歪を消すんだね。逃げてもね、どんなに逃げても神って奴はいろんなものを使って私達の役割を果たさせるために追いかけてくるんだよ。だったら私達もいろんな物を利用して自分の望みを叶える努力をしないと神の駒として使われるだけだよ、マナは逃げたいかい?自分が出来ることを全部放棄してさ、自分だけが幸せになりますようにって。マナの事を模範的な聖女だって言ったが、マナは本当に聖女らしい聖女だよ、苦しんでいる人を見れば心が痛むんだろう。今回は神も懲りたのかちゃんとしたのを選んだんだと思ったさ。」

 私が逃げれば魔物の被害で苦しむ人がいるんだ・・・

 「マナには国王の聖妃になるって道も開けてるけどね、国王は、オズワルドは私の元夫だけどいい子だったんだよ。私なんかを神殿から強制的に押しつけられても喜んでたさ。」

 「ヒルダさんの後釜なんて嫌です。それに私はティーロさんと夫婦なんですって」

 
 
 本当にヒルダさんは亡くなってしまうんだろうか・・・嫌だ、この世界で私を助けてくれた人なのに。
 私がしんみりしていると、ヒルダさんが持ち歩いている袋から何かを取り出した。

 「これはククの実ですか?」
 「そうだよ、これは中身を変えているんだけど殻が頑丈だから色々加工出来るんだよ。こっちが爆弾だよ」
 そういいながら無造作にテーブルに置いたけどあんなに無造作に置いてもいいのかな。

 「明日あの子達に持たせてやろうかと思ってね、昔は作れたんだけど今はもう私の魔力程度では作れないからこれだけしかないんだよ」
 討伐隊に参加する者の中で風属性の魔力がある者なら使えるし魔物に有効らしい。

 「こっちのはククの実の中を風魔法を詰めてるやつでね声を録音できるからティーロが討伐中に元気になるような言葉でも入れてやりなよ」

 そう言いながら1個渡してくれた。

 ボイスレコーダーのように使えるんだ・・・どうしよう何を入れるべきかいきなりで悩むわ。

 数日離れてしまうけれど、どんな言葉を入れようかな。
 ちらっとヒルダさんを見たら、疲れたのかまた目を閉じていた。

 ヒルダさんの心の中で抱えていた私の問題を私自身に直接話てくれたので、今の話を聞いて私がどうするかは私が決めないといけない。

 私はとにかく努力すると決めた。
 どう努力するかは今から考えないといけないけれど、ティーロさんと一緒にいる為には私がティーロさん以上に自分の問題を解決する努力をしないとダメなのだ。


 部屋の隅まで行ってヒルダさんに聞かれないように小さな声でティーロさんへのメッセージをククの実の中に入れた。



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