スペアの聖女

里音ひよす

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閑話 マデカント神殿 カーリンside

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私は母さんのようなお針子になりたかった。

 なのに母さんが亡くなってすぐに父さんが連れて来た新しい義母さんは、私をこの家の邪魔者として扱っていたけれど、私に聖属性の魔力があることを知ると神殿に聖女候補として売り飛ばしたのだ。
 聖属性の魔力は貴重だから神殿の使用人として働きながら魔力を高める訓練を受けるのだ。

 その時にまとまった支度金と言う名で神殿から親へと子供の買い取りが行われる。

 大層な額になったみたいで、その時の義母さんの笑顔は私が見た母さんの笑顔の中で一番の笑顔だった。

 父さんは義母さんの言いなりになって私との別れが辛くない様子で、また来るからと言ってくれてはいたが、そのまた来るは義母さんの命で私の給金を勝手に前借しに来るときくらいだった。

 義母さんは貴族とは言えない程度の貧乏男爵の四女だとかで、父さん以外の男性と一度結婚したが離縁され、戻る家がなかったから父さんのような平民の後妻で我慢しているって神殿の誰かがわざわざ教えてくれた。
 義母さんの貴族出身としてのプライドは平民と結婚してからさらに輪をかけて高くなったようで、私の給金は義母さんの生活費に充てられていたらしい。

 私が成人してから、父さんが神殿に給金を前借りに来ても金輪際渡さないようにと頼んだ。
 頼む以外にも、私が働いたお金をどうしてあいつらに使われないといけないのかと、今までの鬱憤が爆発してしまい、もらった給与で全部私の身を飾る物を買った。

 母さんが作るドレスはどれも綺麗で、私は大人になったらあんな綺麗なドレスを母さんと一緒に作るんだって約束をしていたのに、結局母さんは死んで私はお針子になってない。

 夢は何一つ叶わなかった。

 でも私は聖女になれたのだ。

 私が聖女になったと風の噂で聞いた義母さんは悔しがってまた神殿に金の無心にやってきたらしい。
 聖女の給金は破格だからね。

 私には人の悪意がわかるんだ。

 これはいつの間にか神殿で聖女教育をしているうちに身についたもの。
 私の出世を見せつけてやりたくて、久しぶりに面会依頼を受けてやったが、給金をつぎ込んで神殿が支給する以上の良質な布地で作った聖女の正装で迎え入れてやった。
 義母さんからは安い香水に混じった悪意が滲み出ている。
 悔しいんだろうね。
 義母さんから生まれた私の妹はまったく魔力がなかったのだ。
 貴族のほうが魔力持ちが生まれるって言われているけれど、元貴族の義母さんは私の母さんと違って魔力なししか産めないんだね。

 私は絶対に貴族に嫁いでやるんだ。

 貴族から元貴族になった義母さん。

 私は貴族と結婚したらまた報告するからね。


 さようなら父さん。


 聖女になりさえすれば成功は約束されたもんだと思ったけれど、世の中そんなに甘くはなかったわ。

 聖女になったはいいけれど、私は出世街道というものから外れてしまった。
 聖女としての力は普通・・・以下と中央神殿の神官に告げられて中央神殿では受け入れてもらえないとはっきり告げられた。

 そんなにはっきり言わなくてもいいじゃない!
 いつもの調子で怒鳴りつけようとしたけれどグッと我慢した。
 私がこれからも聖女として働いていくのなら中央神殿には心象良く覚えておいてもらいたいから。

 貴族と結婚して時々聖女の仕事をするっていう聖女の幸せな結婚の道が遠くなったわ・・・

 俯いているのは悲しいからではなく、悔しくて堪らないの顔を見られたくないから。

 とりあえずマデカント領は大きいし景気がいいからあそこに戻るか・・・

◇◇◇

 マデカントに戻った私は貴重な聖女が戻って来たんだからもっと喜んでもらえるかと思ったけれど、扱いは以前と変わらないか戻った事を知ってもたいして喜んではくれなかった。
 
 別に他の地方に行ってもいいんだけど、今聖女を募集している地方は領地の中でもかなり小さめの町だったり、一人の聖女が受け持つ担当区域がものすごく広かったりで条件がよくない。
 領主が暮らす屋敷のある街には中央神殿元所属の聖女が在住することになっていて、門前払いされた私はそれに該当しない。

 ペトラさんは口うるさいけれど、悪意がない人なのでまぁ我慢するしかないか。

 マデカント領で貴族と結婚は中央神殿に行く前に行動を起してみたけれどどれも不発に終わったし、だったらこの領地を訪れる富豪でもいいかもしれない。
 聖女と結婚出来るのなら泣いて喜ぶんじゃないの。

 私はいつも人の悪口を言ったり妬みを持っているので闇落ちするんじゃないかと心配されることがよくある。
 聖女が闇落ちしないように首からかける鑑定石は白いままなので、この妬みや他者に対する怒りは神からすれば許容範囲なんだろう。

 マデカント領に戻った時に、新しい聖属性の魔力を持つ使用人が働いていた。
 マナと呼ばれている新しい使用人は、まるで聖女のように聖属性の魔力を使えるくせに、聖女の鑑定では聖女ではないって弾かれる。

 何度か鑑定してその度にマナは聖女ではないって弾かれている。

 嬉しい。

 自分以外の人間が目の前で聖女と認定されると私の心の中のドロドロした妬みが増える気がする。
 けれど聖女でなければ胸がスッとするのだ。

 ほら、私は特別なのだと。

 闇落ちする感覚はある時ふと感じることが出来た。

 中央神殿の聖女試験に落ちた時に、中央神殿の聖女として合格した子達を激しく妬んだ時に心の底にあるドロドロとした黒い物から囁かれたから。
 我を忘れてアレにすがれば闇落ちするのだろう。
 私は聖女としての地位にしがみついていたい。
 聖女の地位を捨て去るような闇落ちはするつもりはない。

 他人を妬むにも匙加減が必要なことを覚えた。

 

 私が風邪で寝込んでいる時に、マナが私の代わりに討伐に行ったと見舞いに来たペトラさんから聞かされた。
 見舞いじゃなくって多分報告が目的なんだろう。
 私がその入れ替わりをバラさないように釘をさす為にペトラさんは私を脅してきた。

 元中央神殿の聖女だってこうして自分達に都合の良いように物事を進めていくんだね。
 確かに体調を崩した私も悪いけれど、マナが失敗すると世間では私が失敗することになじゃない!!

 キッとペトラさんを睨んだけど、しれっとした調子でうちで一番高い茶葉の紅茶を勝手に淹れて飲んでいる。
 私がもしバラしたらマデカント領の神殿で一番暇な所に移動させると脅された。
 暇なことは嬉しいけれど一番田舎の神殿ってことじゃない。
 そんな所に飛ばされたら富豪と結婚するなんてまた夢になってしまう。
 自分の利益のことを考えるとペトラさんの提案を受け入れざるを得なかった。



 風邪が治り、神殿に出勤したらマナは休みになっていた。
 討伐に参加して以来、家族の事で休んでいるらしい。

 討伐隊はたいした怪我はなく、討伐隊が捜索していた領民は全員生きて保護されたらしく、もしかしたら大した討伐ではなかったのかもしれないわね。
 私は体調が優れないのに領民の為に参加したことになっていて、討伐翌日は疲労の為に休んだことになっていた。
 たいしたことのない討伐だったのならその程度で疲労で休むって思われたくないわ。

 翌日神殿に出勤すると、私の顔を見ると皆が口々に労わってくるので何だかムカムカしてくる。

 討伐に私が参加していれば、堂々と受けることが出来る讃辞なのに、讃辞を聞く度にマナが褒められているようでムカつく。
 聖女でないマナでも出来る討伐参加だったら今度は私が絶対参加してやるんだ!
 騎士達にちやほやされながら森に入って帰ってくればいいだけでしょう。

 神殿の一番目立つ場所で仕事をするのが好き。
 だって聖女だって皆が見てくれるから。

 すっごい田舎から出てきた村人なんて聖女を初めて見たってありがたがる人もいる。
 
 私は貴重な存在だと思われてる。

 神殿の中で仕事をしていたら見知らぬ旅人の服装の男達が神殿に入って来た。
 神に祈りを捧げるような雰囲気ではなくって何かを探すような目線だったので使用人が声を掛けに行った。

 聖女と会話が出来る事は光栄な事と思って欲しいので私から神殿を訪れる者に声はかけないが、旅人の服装はかなり整っていて一般市民としても裕福層かもしれない。
 一度神殿の奥に消えた使用人が再び現れて、旅人達を神殿の奥へと案内した。
 神官への面会希望だったのか。

 半刻ほど旅人達が消えた後に再び奥から現れた旅人達の顔は無表情で、何の話をしたのかわからないけど一般人がこんなにすんなり神官と面会なんて出来ないから何だろう?
 気になるのでチラチラ横目で見ていたら、聖女の私に気付いたのか旅人達がこっちにやって来た。

 「少しお話よろしいでしょうか?」

 「わたくしにどのような話でしょうか?」

 近くで見ると田舎者とは違い身なりに気を遣っている風が見て取れる。
 これは・・・裕福層だわ。
 靴とかも地方を旅しているにしても綺麗だから度々買い替えているんだろう。
 身なりに懐の余裕が表れている。

 「この神殿には黒髪に黒い瞳のマナという女性が来たことはありませんか?」

 この人達はマナを探しているんだ。

 「マナですか?」

 「はい、この神殿を訪れたことがある事までは確認出来たのですが、知っていることがあれば是非教えていただきたいのです」

 男達の言葉に訛りはないし、王都から来たのかしら?

 犯罪者の捜索ならこんな人達が探しに何てこないから、これはマナにとって良い使者なのかもしれない。
 裕福層と繋りがあったんだろうか?
 
 「わたくしはつい最近まで中央神殿で聖女の研修を受けてましたので・・・長い間不在でしたが、わたくしがこの神殿に戻ってからだと存じませんわ」
 マナだけが上手くいっているような気がしてとぼけて見せた。

 裕福層と繋がるのはマナではなくて私なのよ。

 マナなんてずっと見つからなかったらいいんだ。
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