スペアの聖女

里音ひよす

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二人の休暇1

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 森から帰って来たティーロさんと私は翌日からの休暇中ずっと家の中に居た。

 ティーロさん達のような森の中で狩りを行い生計を立てている人達も、今回の魔物の件で警戒して森の狩場の状況が確認出来るまで立ち入りを禁止されている。
 街に近い場所は立ち入り可能だけれど、その辺りで狩れる動物は小動物だったり、数が少ないので行っても徒労に終わることからそこまでして狩りにこだわる人もいなかったみたい。

 殆ど無傷の討伐隊が今月だけもう一度魔物調査の目的で、領民が入る森を見回ってくれてから状況次第で森の奥での狩りは解禁になるらしい。

 私の方は神殿の仕事はしばらく休暇になっているので、こうして二人の休みが重なった事は嬉しいけれど、緊張状態からの生還に気持ちが高ぶってしまって玄関先であんな風に抱き合ってしまった事が時々頭の中に甦り、そのたびに恥ずかしくって悶えそうになりさりげなく席を立って台所に行ったり、あまり手入れしていなかった裏庭の様子を見に行ったりしている。

 あれ以来、私とティーロさんには何もなく、やっぱり気持ちの高ぶりによる抱きつきだったのだろうと自分に言い聞かせ、無理矢理結論付けようと頑張っている。
 じゃないと、いつまでもあの事を引きずってしまって、そのことをティーロさんに気付かれてしまうかもしれないって思ったからで、あの日に私の心の中でもしかしてティーロさんの特別な人になれるかもしれないっていう期待が芽生えてしまい、心の中でこれ以上大きくならないように、期待外れだった時にギリギリ自分が傷つかない立ち位置を見つけようとしていた。

 だから極力普段通りに振る舞おうとしているけれど、時々思い出してはティーロさんの姿が見えない場所で悶えてしまってる。
 
 
 ティーロさんはあまり無理しないようにって言ってくれたり、風呂掃除や廊下の掃除を積極的に手伝ってくれて、二人がかりで家の事をするもんだから午後にはすることが無くなってしまった。

 こうして二人して居間でお茶を飲みながらティーロさんの森での出来事を聞いたり、私が討伐隊に参加する事になった理由を話したり。

 ティーロさん達はいつも通りに森の中で狩りをしていただけで、これといって森の中で禁忌になるような魔物を挑発するような行いはしていなかったそうなんだけど、この地帯に生息する魔物の中でも力が強いと言われている魔物が、本来は生息していない場所に移動していたので今回の事態になったのだろうと。

 森は広いし繋がっているから生息地以外にも移動出来るけど、そんなことは滅多にないことだって教えてくれた。

 ティーロさんは以前の仕事では騎士団に所属していたから魔物退治には参加していたし、魔物の生態については学んでいるので今回の魔物は領民達で作った集団ではとても手に負えなかった魔物だったそうだ。
 騎士としての仕事を冤罪で追われてしまったけれど、ずっと体を鍛えているし、いまならどんな仕事でも選ぶことが出来るのに前職に近い森の中で魔獣を狩ったりする仕事をしているので、以前のように領民の為に戦う仕事に戻りたいのではないかって考えてしまう時がある。

 森での狩りが解禁になればまた一人で狩りに行くって言っているけれど、目の前で魔物を見てしまったので出来ればティーロさんも一人ではなく仲間と一緒に戦って欲しいんだけど・・・

 「私は魔物の存在を実際に見てしまって、これは・・もう危ないのでティーロさんが一人で森に行く事に対して反対なんですけど、ティーロさんはやっぱり一人で行くのが良いんですか?」

 こうしてティーロさんの顔を見て話が出来ると、ティーロさんが行方不明だった時の不安や悲しみがいつの間にか心から消えてしまって、代わりに側に居てくれる安心で満たされてしまったけれど、未来の事を考えると不安になってしまう。

 「もし、この先魔物の生態系が変化しあのクラスの魔物が森の近くに住むようになれば、一人どころか数人で狩りに行く事でも危険だろう。今の所は森での狩りを今後どうするかは今月のもう一度行われる魔物調査を確認してからになるが、マナが心配するようであればしばらくは一人での狩りを控えるつもりだ」

 マデカント領に滞在するのもヒルダさんがこの街に合流して来るまでの間なので、もしもそれまで森に入ることが出来ないのであれば今のままでいいかなって思っているんだけど。
 今日みたいに家の事をいろいろしてくれるし、私が午前中だけ神殿で仕事をすればあとはゆっくり出来るし。
 
 「魔物調査は気になりますよね、領民の人達にとって危険な場所が増えてなければいいんですが」

 「この領地の人達ともだいぶ親しくなったからな、出来ればこの領地を出発するまでにはこの魔物の騒動が収まっていたらいいが・・・・・マナに聞きたかったんだが、討伐隊の指揮官とは仲が良いのか?」

 急にティーロさんが話題を変えてきた。
 討伐隊の指揮官ってアルフォ様の事よね、初対面じゃないから話はするけれど仲が良いってのはどうだろう?
 「神殿に時々討伐の件で来るので挨拶や言葉を交わすことはありますが、友人かと言えばそこまで親しい交流はありませんし・・・どうしたんですか?」
 「いや、森の中でマナと親しそうにしていたから気になっていたんだが・・・」
 極力人と密に接しないようにしていたからアルフォ様ともそんなに話はしていなかったと思うけれど・・・一度私のテントに森を出た後の件で確認に来た時の事かな?

 「いえ、いえいえ、ティーロさんが思うような親しさはないですから!聖女としての討伐後の予定を確認していただけですよ」
 椅子から思わず立ち上がって熱く否定したけれど、ティーロさんが見てたって事は他の人達も聖女とアルフォ様が怪しいとか思ってたらどうしよう!
 それってカーリンさんとアルフォ様の噂が勝手に流れてしまったら、カーリンさんが何を言ってくるか!!

 「人妻だとわかっててテントに行くとはちょっとな・・・」

 アルフォ様の行いを咎めるような口調ですけれど、周りはカーリンさんのテントって思ってるんで!カーリンさんと思ってても未婚女性のテントってまずいのかな?

 テントの外からちょっとだけ上半身を中に入れて話しているだけなんで、同じテントの中にすら入っているとは言い難いんですけれど、ティーロさん的には馴れ馴れしい判定だったみたい。

 「ああいった輩はビシッと拒絶していいからな!」

 指揮官と聖女は協力し合わねばならないんで、アルフォ様の次の討伐も参加してくれないかっていうお誘いは断るつもりだったけれど、絶対に断ったほうがよさそうだわ・・・

 家でゆっくりしていたら、ティーロさんに森で救出された人達の経過を確認する為に、明日の午前中に治療院に来るようにと連絡を受け、その時に私も同行するようにペトラさんからの伝言もあったので明日は久しぶりに二人で街に出かけることになった。




◇◇◇

 治療院は街の中に幾つかあり、健康状態確認で呼ばれている治療院は私達がよく訪れる市場から少し歩いた所にあるので、帰りに市場にも寄ることが出来る。
 
 治療院に着くと先ずはティーロさんの健康状態を確認され、私は治療院の奥にある面会室に通された。
 午後にはペトラさんが来るからここで待っていて欲しいということだった。

 お昼までまだまだ時間があるんだけど、昼食の手配もペトラさんがしてくれているそうで、お昼には近くの食堂から出前が届く手筈になっているって。
 ペトラさんは忙しいし、約束の時間に治療院に来れない場合を考えて用意してくれていたのかな、そんな気遣いいいのに。

 何か暇つぶしに本でも持って来ればよかったな・・・ティーロさんが戻って来るまで暇過ぎる。

 窓の外を眺めていたんだけど、治療院の奥には大きな庭があり実のなる木がいくつも植えられていて、子供達が落ちている実を拾っている。
 ククの実っていう胡桃のように固い殻で出来ている果実で、中身は桃のように果肉がふわっとして甘くて美味しいやつだ。
 ククの木はどの町や村にも植えられていて、固い殻のおかげで10年は保存が効くので飢饉等に備えて蓄えられているらしい。
 神殿や治療院、孤児院にも何本も植えられていて、誰がその実を拾ってもいいことになっている。
 
 ククの木は黄色い可愛い花が咲き、実は一本の木から大量に取れるから庶民の果物として食べられていて、行商の途中の街道沿いに落ちているククの実をヒルダさんとよく食べた。
 美味しいのだけれどその辺にあり過ぎて、拾えるものをわざわざ市場では買わないので、食べたければ勝手に拾って持って帰ればいいのだ。

 私もあとで貰いに行こうかな。

 治療院はどこも忙しいので来院してから治療まで待つ時間のほうが長い場合もあり、今日は混んでるのか表の方はガヤガヤして名前を呼ばれている声もする。


 いつの間にか庭でククの実を拾っていた子供達の姿も消え、時間があるので面会室から出て庭のククの木に近づいてみた。

 面会室の窓を開けたままにしているので、私に用事があれば窓の外を見ればすぐに私の居場所がわかるだろうし。

 子供達が去ったあとのククの木の周りには殆どククの実は落ちてなくて、木に登って取れる範囲の実も結構少なくなっていた。

 木に登って取るのは難しいな・・・

 何処にでもあるので、また今度でいいかと諦めようとしていたら、健康状態の確認が終ったティーロさんが面会室の窓からこっちを見ていた。
 
 私が庭から手を振るとティーロさんも少し嬉しそうに手を振ってくれた。
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