スペアの聖女

里音ひよす

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マデカント領6

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 マデカントの北側には魔の森と呼ばれている中々魔獣や魔物を駆逐出来ない広大な森があり、定期的にその森で魔物を淘汰しなければ人が住む土地にまで侵入されかねないので月に一度は数日かけて領主の私兵が大規模な狩りを行っている。

 兵は4つのグループに分けられていて、ローテーションで討伐任務が回ってくる。
 私とティーロさんがこの街に来てから初めての大規模な狩りが行われたのが数日前で、大量のポーションを必要とされ神殿から需要に応じた量以上のポーションを供給出来た。
 このポーションがあるかないかで討伐に参加する兵の生存率が変わるのだから領主が何としてもと神殿に圧力をかけるのは仕方がないんだろう。
 
 今回の討伐では死者は出なかったものの負傷者は多く、いつにも増して魔物の数が多かったらしい。
 それでもしっかりと討伐してきたのだから、この領地の兵士の戦闘能力は高いのだろう。
 実際に神殿が売り出しているポーションが役に立っている様を聞いて、そのおかげで助かった兵士とその家族が神殿に感謝の祈りを捧げに訪れているという事を作業小屋で聞くと、俄然頑張りたくなる。
 ポーションは一日のノルマ以上に作れるのだし、いつでも増産可能だから必要な数を言って欲しいとペトラさんに伝えると、喜んでくれたが魔力枯渇が心配で、そうなるとしばらく仕事が出来なくなるから今までの量のポーションで構わないから、その代わり他の事が出来るようになってくれたら何かの時に頼めるから助かると。
 実はあれから家でも時間があれば練習をしていたので少しだけ、掠り傷程度の怪我ならヒールで回復出来るようになったのだ。
 掠り傷だから傷薬をさっと塗ってもいい程度の怪我なんだけど、私には出来ないことが出来るようになったことが重要なのだ。

 私とティーロさんの左薬指の真実の指輪はそのまま指にくっついたままで、冤罪の証といってもさほどそれを見せて暮らすわけではないので、相変わらず手袋をしている。

 「いずれ二人に子供が出来たら何処かで落ち着いて暮らすんでしょう?子供の為にも無実の証は必要になるわ。」
 ペトラさんは私達がそんな関係だと思っているのよね。
 ヒルダさんが私達の事をきちんと説明してはないと思うん・・・急遽の安全の為の夫婦設定なんだけど。

 私は毎日の生活の中でティーロさんへの親愛の情が増えてはいるが、ティーロさんのようなイケメンで、何でも出来る人がフリーになったとしても私なんかを選ぶはずがないだろう。
 無罪の証をもらったけれど、すぐに回復させたい地位が私にあったわけでもないし、ティーロさんは以前の領主の汚い部分を見てしまったし、元妻も同じような者で二度と関わりたくないから戻らないって、だからずっと一緒にいるからって。
 ヒルダさんと三人でずっと一緒に暮らせるんだね。って聞いたらちょっと引きつった笑顔だったから・・・それは言葉の勢いだったのかな?

 いつものようにティーロさんが神殿まで送ってくれて、それから森へと出かけるのを神殿の裏口から見送った。
 神殿の裏庭は結構広く、普段は作業小屋の窓から気分転換に眺めているけれど無造作に植えられているハーブも薬草も結構あり、有事に使えるように植えているそうだ。

 小さな花もちらほら咲いていて裏庭に作られている石を敷き詰めた道を作業小屋へと歩いて行った。

 作業小屋は相変わらず私専用なんだけど、いつもの席に持って来た荷物を置いて作業用のエプロンを身に着けた。
 ここで働く時には指先が開いた手袋をしている。
 仕事は勝手に始めていいので早速一本目のポーションに取り掛かっていると扉を叩く音が聞こえた。
 私が作業小屋に入った事を知ったペトラさんが早速やって来たみたい。
 「おはよう、マナ今日の体調はどんな感じかしら?」
 「おはようございます。ペトラさん今日も問題なくポーションは作れると思いますが、何か急ぎの用事があるんでしょうか?」
 ペトラさんはこの領唯一の聖女なので、基本的にすることが沢山あるはず。
 朝一でここにやってくるのなら何か理由があるのかと訊ねてみた。

 「あー実はね、今日の午後にはカーリンがここに戻ってくるんだけど、ちょっと問題のある子だから気を付けるようにってマナに伝えたかったのよ」
 「王都の中央神殿に行ってたって方ですよね」
 「ええ、中央神殿に聖女として受け入れてもらえると勝手に思って飛び出したんだけどね、中央神殿は王家縁の神殿で精鋭しか聖女として扱ってもらえないのよ。カーリンは中央神殿で雇用してもらえずにここに戻ってくるのよ」
 地方の神殿と中央神殿では聖女のレベルが違うのかな?
 より上を目指すにしても、求められるスキルがないと雇ってもらえないんだ・・・
 「じゃあまたここで働くんですね?」
 「そういうことよ、聖女はどの地方も不足しているから他所に行ってもらってもいいんだけど、中央神殿がダメなら今度はマデカントに戻ってまたフレデリック様を狙うんでしょうね。まったく聖女じゃなければ迷惑なだけの存在なんだけど、仕方ないのよ」
 ペトラさんが苦虫を噛み潰したような顔をしているので何か思い出しながら話しているのだろう、まだ会ったことのない聖女のカーリンをちょっと警戒してしまった。
 なるべく無難にやり過ごすことにしよう。

 「カーリンは金持ちと貴族と男前が大好きだからティーロも狙われないように気を付けなさい」
 金持ちと貴族は当てはまらないけれど、男前はティーロさんに当てはまってしまう、気を付けよう。
 今日の朝一番で告げる大事な事を私に告げたペトラさんは朝の神殿の仕事のために急ぎ足で戻って行った。

 聖女って神殿で暮らしているものだと思っていたんだけど、神殿に住み込みの聖女もいれば通いの聖女もいて、朝から晩まで働く聖女もいればパートタイムのように午前中だけとか、週に3日だけとかという雇用形態で働く人もいるって。
 昔は神殿の中で生活していたけれど、仕事が厳しくってなり手が減って来たのが原因で、少しでも聖属性の魔力を持つ人を確保するためにだんだん条件がこうなっていったらしい。
 ペトラさんは住み込みの本来の聖女の形で働いている。
 カーリンも住み込みで働いていたけれど、それは仕事熱心とかではなくって本来の形の聖女の役割を持っていないと貴族達から見向きもされないらしくって、条件を満たすためにイヤイヤ神殿で暮らしていたそうだ。
 通いの聖女の大半は既婚者です。
 これも昔は結婚したら聖属性の魔力があっても引退していたけれど、人手不足が原因で頼み込んでるって。
 
 午前中、一心不乱にポーションを作り今日はいつもより早く終わることが出来た。
 最近あまり凝った晩御飯が作れなかったり、外食が増えていたので今日はなるべく早くに帰って家の事をしたかったから。
 私の働き方は既婚者の働き方のまさにソレなんだけれど、仕事量はきっちり一日分をこなしているので出来高制で一日分の賃金となっている。
 作業机を片付けてポーションを箱に詰めて在庫管理者に私に行こうと立ち上がると小屋の扉を叩く音がした。
 「はい?」
 この時間帯に来るのはペトラさんかなと返事をすると開いた扉の向こうには先日の領主様の所の騎士のアルフォ様が立っていた。
 「やぁ、この間は失礼したね、不快な思いをさせてしまったので、もう一度お詫びしておこうかと思ってね」
 数日前のあの騎士さんだったので私も軽く会釈をした。

 「私の方こそ紛らわしい恰好をしていたので・・・」
 紛らわしい恰好をしていても、無理矢理それを取るなんてのは本当に失礼極まりないんだけれど、ここの領主様に仕える騎士様に一般市民が歯向かうわけにはいけないので、気にしていないフリをすることにした。

 「今日、また神殿に来る用事があったんでどうしてるかなと思って、ここに来てみたんだ」

 討伐用のポーションを領主に卸しているけれど、その関係で騎士やらが神殿に来ることがあるのでそれなのかな?
 「これは今日の分なんですが、在庫管理者に渡してから先に出来てるポーションから卸すことになります」
 箱に詰められたポーションをアルフォ様に見せた。
 「もう作ったのか?すごいな・・・」
 驚いた様子のアルフォ様は箱の中のポーションを一つ取り上げた。
 「また討伐があるんですか?」
 「いや、討伐はまた半月もすれば行くが、祭りの件で神殿側と打ち合わせがって来てたんだけど、時間があったんでここに来た」
 今日は初対面の時のちょっと強引な行動は見られず、あの後お兄さんとペトラさんに絞られた何かがアルフォ様を改心させ大人の対応が出来るように成長させたのかしら?

 「お祭りがあるんですか?」
 この世界のお祭りってどんなことを行うのだろう。

 秋なら収穫祭だけれど、夏にある祭りは花火大会のような祭りや神社の境内に並ぶ屋台を思い出す。
 神社と屋台を思い出すと、この世界の神殿も祭りには何かを出店したり祭りに加わったりは必然的にするよね!と思い立った。
 神様への感謝とかなら神殿は介入して当然だろうと。

 「祭りは次の討伐の後にあるんだが、この街の規模が大きくなって祭りも年々派手になっていってるよ、どの位の警備が必要かとか、神殿には奉納する食材の量を打ち合わせている。祭りの日は神殿から様々な食べ物が無料で提供されるからここも賑やかだよ」

 貴族や街の有力者が自身の財力を誇示するために神殿に寄進するにしても、普段食べることが出来ない物を一般市民に配られるなら素敵な祭りだわ。
 まだこの街で働いているしその祭りにはティーロさんと是非とも参加したいです。
 ニヤニヤしている私の顔を見てかアルフォ様が吹き出した。
 「祭りが好きなのか?もし気になるなら祭りを案内してあげようか?」
 「いえっ!そんな滅相もないですから!領主様も騎士の方々もお忙しいでしょうし気にしないでください」
 
 そちらがお忙しいでしょうからって雰囲気でさらっと断ってみたんだけれど、遠慮するなと若干しつこいので、思ったよりもお兄さんとペトラさんの喝が入っていないのか、喝が抜け始めているのか・・・
 また祭りが近くなったら詳細を教えてくれるって言ってたから、祭り近くになればまたこのやり取りが繰り広げられるんですね。
  夫が居ますからって言っても軽く笑いながら信じてもらえなかった・・・
 本当に信じていないのか、私の演技が大根過ぎてばれているのか、もしかしたら既婚者でも別に構わないって人なのか・・・
 

 「これから昼食か?」
 「あっ、はい。でも昼食を食べたら家に帰ります」
 「午後から仕事は休みなのか?」
 「ええ、大抵は昼間でで帰ります」
 「じゃあ今から私と一緒に昼食を取りに行かないか?」

 いやいや、騎士様と食事なんて緊張して食事なんて出来ません。
 それに私にはお弁当があるんでそれを食べずして別の物を食べに行くなんて勿体ない。
 昼食持参なのでと断ると、今度は家まで送るって・・・

 ティーロさんといい騎士の仕事をしていた人はプライベートでも護衛したくなるのかな・・・?
 それもやんわり断り続けているとペトラさんが作業小屋に顔を出してくれた。

 「アルフォ様が神殿の中で姿が消えたのでこちらかと思ったらやっぱりでしたね」 

 ニコニコしているがペトラさんの目が怒ってる。
 勝手に神殿の中を歩き回るなって感じの威圧がすごくある。

 「せっかく神殿で出来た知り合いだしな、挨拶に来ただけだ」
 いえいえ、お祭りも食事も誘ってたじゃないですか。

 「でしたらアルフォ様の昔からの知り合いが丁度戻って来ましたので一緒に挨拶に行きましょうか?カーリンもアルフォ様に久々に会いたいと思いますし」
 「いや、もう挨拶も終わったし報告に戻らないと行けないんだよ、じゃぁマナまたな」
 そう言いながら慌ててペトラさんの横をすり抜けて行ったアルフォ様が片手をあげて逃げるように早足で消えた。

 「アルフォ様がしつこいようであればカーリンの名前を出せばこんな風に逃げていきますからね」
 ニコニコ笑うペトラさんはどうやらアルフォさんが挨拶だけで来たとは思っていない様子だった。
 「私・・・人妻なんですけれどね・・」
 「アルフォ様に人妻だとは私も伝えてはいるんですが、マナがあまりにも人妻のオーラを出していないので信じていないみたいですよ、地方って若い独身女性が貴重だから既婚者のふりしてる旅人もいるから疑っているんでしょう。マナの所は仲が良いから私達もふりではなくまもなく結婚の予定があるんだろうって思ってたんだけど?」

 人妻のオーラってなんでしょうか?

 「夫婦の雰囲気が出てませんか?」
 「毎朝仲睦まじく神殿まで送ってくれてる様子は見ているけれど、正式な婚姻関係はまだでしょう?二人とも焼き印を持っていたから、家族になり子供を持つのであれば定住するのが難しいから・・・それで正式な夫婦ではないんだろうって事情を知っているから推測しただけよ」

 婚姻関係どころか恋人関係でもありませんよペトラさん・・・
 どうやら毎日ティーロさんが神殿に送ってくれるおかげで親密さは醸し出せているみたい。
 あと人妻のオーラが出れば疑われないってことですね。

 今度ティーロさんとお出かけの時にはその人妻のオーラって物を私なりに探してみないと・・・


 今日もなんだか疲れてしまいました。
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