スペアの聖女

里音ひよす

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マデカント領2

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翌日から神殿で働き始めた私の生活は今まで以上に・・・何だか楽な生活になっていた。
 楽というか・・・とにかくこの世界に来て最初が衝撃過ぎて、今思えば本当はもしかしたら奴隷だったんじゃないかと思うんだけれど、他国でも奴隷印は特別ですぐにわかる所に焼き印を入れるのですぐにわかるらしい。
 ヒルダさんの行商も、行商のない冬の生活も働いてはいるんだけれど、今のこの神殿での仕事は半日座る程度で終わってしまうのに、下手したらヒルダさんの一町での行商の利益位は10本程度のポーションで稼いでしまうのだ。
 この神殿の神官にも初日に挨拶したんだけど、ペトラさんより若く銀髪に紫の瞳というなんて言うか神々しい雰囲気にすっかり気圧されてしまった。
 美形の神官目当てに神殿を訪れてしまう人もいるんじゃないかと思える位の眼福でした。

 朝、ティーロさんに連れられて神殿の裏から入って奥の作業小屋で一人でポーションを作り、10本1箱のセットを1箱作れば今日の仕事は終わり。

 度々に神官さんが領主様の屋敷に呼ばれるのも最近増えている魔物に対しての対策についてで、聖水のような物もあるんだけれど今の所量産が難しくって、ペトラさんが聖女のポーションを作る合間に聖水も作ってはいるんだって。
 ティーロさんは私を送り出してくれてから街はずれから一人で森に入って獣を狩ってきたり、魔獣を狩ってきたりする。
 数人でかかって倒すような魔獣をティーロさんが一人で倒すことが出来たことをこの街で知ったんだけど、ヒルダさんの家の裏の森の奥で一人で狩っていた魔獣がね・・・
 1週間もしないうちに素材を卸していた商店の店主がティーロさんのけた外れの強さを知り、マデカントの領主の下で雇われないかと打診してきたらしい。
 また領主の下で働くとなるとティーロさんの左手の焼き印が同僚に知られることになるだろう。
 ティーロさんは今の生活に満足していると言ってすぐに断ったらしいけれど、私が市場で野菜を選んでいる時に、奥さんからも頼んで欲しいって声をかけられてね・・・
 奥さんではないし、ティーロさんが本当は諦めていることだって知っているからこそ声をかけずらい。
 
 仕事が夕方になる場合は危ないからティーロさんが神殿まで迎えに来るってことになっていたけれど、仕事が午前中で終わるので明るいうちに買い物を済まして家に帰って夕食を作ってティーロさんの帰りを待つのが私達の生活になっていた。
 本当・・・新婚さんみたいな生活している。

 今日は夕食に何を作ろうかと考えながら出来たポーションを箱につめていると作業小屋にヒルダさんが入って来た。

 「今日もこんなに早くに終わったのね!!今日もご苦労様」
 「本当に10本でいいんですか?もし必要ならもう少し作ることが出来るんですけれど・・・」
 私が遠慮がちに伝えると、ペトラさんが笑いながらひらひらと胸の前で手を揺らした。
 「そりゃぁ増やしてもらえたら有り難いけれど、マナがいなくなってから大量に注文されても作る方が困るからね、若い聖女が精一杯作れる本数が一日10本程度だから十分作ってもらってるのよ。だいたいカーリンなんて10本作るのに夜までかかることもあったからね、新しい聖女を雇い入れるまでもう少しかかりそうだから悪いけれど明日からもお願いね」
 カーリンという聖女は最近までマデカントの神殿で働いていたけれど、王都の中央神殿で働きたくってここを辞めたって。
 地方の人材不足は深刻で、すぐに新しい聖女が見つからないので困っているんだって。
 「ペトラさん、教えて欲しいんですが、聖水を振りかけると魔獣とかから身を守れるんですか?」
 「魔獣もだけど、魔人とか呪詛とかにもオールマイティに効果があるんだよ。ただし一時的にだから連続使用したいなら大量の聖水が必要になるんだよね」
 濃い濃紺色の長い髪をペトロさんは無造作に掻きむしりながら聖水の用途を色々教えてくれた。
 「どうやって作るんですか?」
 用途を聞く限りでは森の中に持って行ってたらティーロさんの役に立つかもしれないので、作り方を知りたい。
 もしかしてポーションのように作れるかもしれないし、聖女ほどの聖水を作れなくっても性能の多少劣る聖水でもかまわない。

 「聖水は作り方は簡単だよ。なんでもいいから銀の器に水を入れて祝福の歌を歌いながらゆっくりと手でかき混ぜるんだ。次第に水が聖水に変わる瞬間は経験だね。やっているとすぐにわかるようになるんだけど」
 そう言いながら作業小屋に置いてある銀製品の器をペトラさんは探して持って来てくれた。
 「こんな風に普通の水で構わないから器に移して歌うんだよ」

 聖女の詠唱を私は初めて聞いた。
 急にペトラさんが歌い出したので驚いたが、器の中の水がキラキラと光ってまるでペトラさんが歌うことを喜ぶように輝いていた。
 「簡単だろう?」

 歌い終わったペトラさんは器の中に入っている聖水を小さな小瓶に移して私にくれた。
 「旦那さんは毎日森に入って頑張ってんだろ、聖水が欲しかったらそれくらいならいつでもマナにならあげるからね」
 「ありがとうございます」
 皆が貴重な物だと言って欲しがる聖水をこんなに沢山もらってもいいのだろうか・・・?

 「ほら、もう家に帰って夕飯の準備するんだろう、遅くならないように早く帰りなさい」
 マデカントの神殿のたった一人の聖女であるペトラさんは忙しいに決まっているのに私の為に聖水を作ってくれた。


 いつもよりは帰宅時間が遅いけれど昼過ぎに神殿を出て市場とパン屋に寄って家路を急いだ。
 聖水が貴重で高価だと聞いていたので、小瓶の中身が聖水だなんて誰も気付かないだろうけれど、なんだか急いでしまった。
 マデカントは山に囲まれているので魚料理に関しては材料が揃わないけれど、野菜や乳製品は比較的種類が多くて選ぶことが出来た。
 毎日肉体労働をしているティーロさんの為に肉料理は欠かさず出すようにしているが、調理方法が焼く位しかなくって、なるべく味を変えるようには工夫をしている。
 冬になればスープの中にたっぷり肉を入れて煮込むことも出来るけれど、夏が近いこの時期に熱いスープは季節ものではない。
 今日は焼いた肉を出来る限り薄切りにしてみた。
 サラダを沢山作ったので薄切りの肉で野菜巻きにすれば沢山野菜も食べることが出来るし、こないだ作ったトウモロコシのポタージュはティーロさんの大好物になった様子で、しばらくは毎日食べても飽きないと言われているので、スープはポタージュで現在固定されているのだ。
 パンはヒルダさんの所でも焼いたことがないし、この家の台所にもパンが焼けるオーブンがないので大通りのパン屋には2日置き位で通っている。
 初日にティーロさんと訪れたんだけれど、このパン屋のパンの美味しさに私達二人ともはまってしまっているのだ。

 一汁三菜位を目指しているんだけれど、今の所一汁二菜くらいかな。
 庶民からすれば毎日食卓に肉があるなんて充分豪華な分類の食事なので(毎日ティーロさんが狩って来た肉が食卓に上るから)なんの不満もない。

 夕食の準備を済ませたらすることがなくなってしまい、内職の護符の刺繍をする気もないし家の中にある神殿が貸してくれている食器の中から銀製品の器を探してみた。
 今日の昼にペトラさんがしていたように水を注ぎこみ、歌を歌えばいいらしいけれどペトラさんが歌っていた歌は一度しか聞いていなかったので忘れてるし・・・

 聖歌のようなものもきちんと覚えていないしな・・・
 ふとクリスマスによく聞く「きよしこの夜」を思い出した。
 あの歌なら覚えているので歌えるな・・・それから思いつくままに童謡を歌ったりしてペトラさんのように器の中の水を混ぜてみたんだけど、なんだか少し変わったような気がする・・・
 ペトラさんのようにキラキラ光らなかったけれど水じゃない物になっている気がする。

 家の中を探して空き瓶を見つけるとそれに私がさっき作った物を注ぎ入れた。

 ポーションのようにもし作れるようになればヒルダさんの下で売れるかもしれない。
 またそんな商売気を出してしまった。

 
 ヒルダさんとの行商生活も楽しかったけれど、今のこのマデカントでの暮らしはとにかく穏やかに時間が流れる感じがする。
 生活リズムがまったく同じで、無理することなく欲しい物が近場で手に入り、毎日同じことをしながら暮らしているからだろう。
 家に戻ると裏庭の日陰に干している薬草が湿気ないように適度にかき混ぜて換気したりする程度しか家から出ないし。

 夕方近くになると一人で出歩くことが危ないからとティーロさんから外出禁止を言われているので、そのとおりに守っていたら神殿の帰りに買い物をして真っすぐ家に帰るだけの生活になってしまった。

 そろそろティーロさんが戻る時間だな。
 ティーロさんは一日をきっちりスケジュールどおりに生活するタイプの人なのか、帰る時間はほぼ同じ。
 森に入っても家に帰るまでの時間を計算して仕事をしているに違いないと思う。
 それでも家に帰るとまず扉の前でノックして私に声をかけてからじゃないと扉を開けてはいけないと言われているので、ティーロさんからの呼びかけを確認してから鍵を開けている。
 いつものようにノックの後に少し低めの声で私の名前を呼んでくれた。

 「マナ帰ったから扉をあけてくれ」
 カタン

 「おかえりなさいティーロさん、今日もご苦労様でした」
 「マナも疲れただろう、何か変わった事はなかったか?」
 「全然、いつもと同じでした」
 ティーロさんは戻るとすぐに今日何かなかったか訊ねてくれる。
 
 それと森の中で見つけた花とかを少しだけれど摘んで来てくれるので、私達の住むこの家は小さな花の溢れる居心地の良い家になっている。
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