スペアの聖女

里音ひよす

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マデカント領1

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 数日間の寄り合い馬車での旅はようやく終わる。
 今日の午後にはマデカントに到着すると思うとやっと着くかと思いホッとする。
 自分の足で歩くわけではないけれど、乗り物に揺られるのも地味に体力を奪われるみたいで、時々休憩する度に少し体を動かしてストレッチしていたけど、だんだん疲労が蓄積してきたなって頃合いにようやくマデカントに辿り着くことが出来そうだ。

 数日間の宿での宿泊の半分位はティーロさんの剣を乗り越えてティーロさんの領地に私が不法に侵入することがあったんだけど、目が覚めるとティーロさんが逆に私の領地で寝ていたりする。
 剣を乗り越えて私が寝ぼけて移動した時点で空いているさっきまで私が寝ていたスペースへと移動して回避していたとか。
 その話を聞いて私は顔に熱が集中し、赤くなる事を自覚出来たが、ティーロさんは何事もないように淡々とそのことを説明してくれた。
 「俺はマナから100%信頼されているからな」
 「そんなことよりもティーロさんの領地に押し入ってばかりで本当にすみません」
 「・・・・・・・・・・」

 適切な距離感を主張するティーロさんの言葉を遮り謝り続けたわ。
 広いベッドで寝るとついつい体が動いてしまうんだろう・・・?
 狭いベッドだからといってベッドから落ちたことはないんだけどね・・・。
 寝ぼけて何か変な事を口走ったり、変な事をティーロさんにしていないか気になるけれど、それを直接聞くことも恥ずかしい。
 いっそこんな迷惑を被ったと言ってくれれば即座に謝ることが出来るのに、大人なティーロさんは細かい苦情を並び立てることもなく、私が目覚める頃には先に起きてたりするし・・・
 女子の癖に毎朝寝顔を見られるのも恥ずかしい。
 私が黙っているとティーロさんが気を使ってか話題を変えてきた。

 「マデカントに到着したら、着いた早々に仕事に取り掛かるのか?」
 一刻も早くと求められていても、午後から即仕事はさすがに無理だろうと思う。

 「滞在する部屋の確認もするけれど、具体的な仕事内容とか聞いてからにしたいから・・・今日は本格的にポーションを作るのは避けるつもりです」
 「移動は一旦終わるが、俺とマナはあちらでも夫婦という設定はそのままだそうだ」
 理由はやっぱり地方は独身女性が少ないってことで、ティーロさんの存在が私の身の安全を強化出来るってことだった。
 街の中を見渡した時に確かにティーロさんは体が大きくて鍛えている感じがするから抑止力にはなるのだろう。

 私は神殿の裏方でポーションを作る仕事があるけれど、ティーロさんは私が神殿にいる間には近くの森に入って売れる素材を集めたりするということだ。  
 ヒルダさんの雇っている使用人というポジションで教えられている商店に素材を卸すことが出来るので、何処かで雇われるよりも高い賃金を得ることが出来るかもしれない。
 あくまでティーロさんの頑張りと運次第だろうけれど。


 寄り合い馬車がマデカント領に入ってから数時間経つと少しずつ景色が賑やかになってきた。
 領主の住む街は魔獣や敵に攻められることを想定してか高い壁に囲まれていて、入り口は大きい門になっている。
 夜間は完全に閉じるそうで、門番が何交代かで門の前にある関所のような場所で人の出入りを確認している。
 重要な仕事に就く場合は身分証明書が必要になるが、私のようにこの世界ではない者や、勝手に国を越えてくる者でも仕事があれば雇ってもらえるので提示する物がなければないでかまわなかった。
 ただ、お尋ね者や明らかに怪しい者は別室に連れていかれるそうなので、一応門番としての役目もあるみたい。

 ヒルダさんが神殿から頼まれた依頼書があるので私とティーロさんはあっさりと通過することが出来き、そのまま徒歩で街の中へと入った。
 この街はヒルダさんと行商には来たことのない街なので、街の中に何があるか私は知らなかったけれど、ティーロさんは以前にティーロさんが仕えていた領主と共に訪れたことがあるので、少しだけ街の中の事を知っているという事だった。
 何処そこに美味しい食堂があるとか、鍛冶屋がどこら辺にあるとか、酒場が何処にあるとか位らしいけれど、美味しい食堂を知っているのなら嬉しい。
 此処でも出来るだけ質素倹約に生活するつもりだけれど、たまには美味しい店とかにティーロさんと行けたらいいな。
 神殿の場所は通りを歩く人に訊ねたらすぐに教えてくれた。
 街の中の比較的中央寄りにあるそうで、初めて歩く街の通りをゆっくりと眺めながら歩いて行った。
 今歩いている通りは門から抜けるこの街の大通りで、真っすぐに進むとやがて領主の住む館に辿り着くそうで、神殿はそのもっと手前に建てられている。
 街の規模がもっと小さかった頃に建てられた神殿なので、今は比較的に小さく見えるそうだけど神官も年中在住しているし、聖女も何人か雇っていたので建物は小さくても神殿の機能は滞りなく行われていたのに、更に街が発展したのと聖女が一人辞めてしまったのが小さな歪みとなってゆき、少し業務が滞り始めているとか。
 今は神官が一人とヒルダさんの友人の聖女が一人でその神殿の主たる業務を行い、雑務は使用人を雇って行っているので、私もその使用人というポジションで神殿で働くことになる。
 本物の聖女が作ったポーションと一般人の私が作ったポジションではやっぱり同じ物として売るのはどうかと思うので、比較的軽症な人に対して私が作るポジションで対応してもらい、重要な案件には本物の聖女が関わることがいいだろうし。

 「ティーロさん、あれはパン屋でしょうか?」
 ガラスは貴重なので、小さな店はあまりガラス窓を取り付けなかったりもするけれど、大きな通り沿いのパン屋だからか少し大きめの窓から棚に並んだパンが見える。
 「地方にしては珍しく沢山の種類を置いているな、神殿に挨拶してからこっちに戻って入ってみるか?」
 ティーロさんは私のパン好きを知っているので、私が頼むでもなく後で来ようと声をかけてくれた。
 異世界の食べ物は若干味が薄かったり、すごく濃かったり、極端なこともあるけれどパンは美味しかったので、ついつい好んで食べてしまっていた。
 ティーロさんが作る物は美味しいんだけど、たまに食堂ですらハズレのような味でも経営出来ているのでこの世界の人の味覚がよくわからない。
 私が作る物は私の口に合う味付けしかしていないけれど、ヒルダさんもティーロさんも美味しいって食べてくれるので、この世界の人が本当に美味しくない物っていうのが何なのか気になるところ。

 馬車で揺られ過ぎて硬くなった体はゆっくり歩くことでだいぶ解れてきたのか少し楽になった。
 そうこうしていると、たぶんあれが神殿なんだろうなっていう建物が通りの左側に見えてきた。

 神殿は神官が常駐しているので綺麗に整備されていて、表から入らずに、神殿の横にある細道に曲がり裏口を探した。
 裏口にも木の扉が付けられていて、木の扉を押し開けて裏口から声をかけた。

 「すみません!誰か居ませんか?」
 二度ほど声をかけると少し年配の女性が裏口へと出てきて私とティーロさんを見て近くまで来てくれた。
 「何か御用でしょうか?」
 「ペトラさんからこちらに来るようにと連絡を受けていた者なのですが、こちらの手紙を渡していただけますか?」
 そう伝えてヒルダさんから預かっていた手紙を女性に渡した。
 「ちょっと確認させていただきますんで、裏庭のベンチに座って待っていてもらえますか」
 裏口から中に入れてくれた女性は私とティーロさんをその場に残して神殿の中へと確認に行った。

 裏にはは少し広めで畑を作ったりハーブのような植物を栽培していた。
 石造りの神殿とは違い、裏口から見る神殿は神官や聖女が生活するスペースのようで普通の民家のような建物が2棟建っていた。
 大きめの民家のような石造りの建物から出てきたのがどうやらヒルダさんの友人の聖女らしく、袖のあるドレスなのだが、ウエストなどを締め付けることのないネグリジェのような服を着ていた。
 「あなたがマナね!!ヒルダから連絡を受けてから待ってたのよ!来てくれてありがとう」
 そう言いながら足早にこちらにむけて走って来た。
 「マナと言います。よろしくお願いします。えっと・・隣の人が私の・・夫です。」
 「ティーロと言います。妻と共にこちらに滞在させていただきます。よろしくお願いします。」
 「私の名前はペトラよ。よろしくね。マナちゃんは若いのにもう結婚しているのね~、ヒルダから聞いていると思うけれど、若い女の子が街に働きにやってくると目立つし旦那さんと一緒に住むのなら安心ね」
 
 ティーロさんのようにサラリと挨拶出来ずにいろいろどもってしまったけれど、ひとまず挨拶出来た。

 「仕事ですが、いつから始めさせていただければよろしいでしょうか?就業時間やポーションとの一日当たりの製造目標も教えていただければいいのですが」
 「仕事は明日からで大丈夫よ、今日は移動で疲れているだろうしゆっくり休んで頂戴。このあと二人に使ってもらう家に案内するつもりだけれど、ポーションは一日に10本程度作ってもらえれば有難いんだけれど、無理ならそれよりも少なくても全然かまわないの。目標量が出来ればその日の仕事は終わりでゆっくり休んでもらって構わないから。 ポーション作りは魔力も使うし疲れるでしょうし無理をさせるつもりはないのよ」

 つまり、時給や日給でもなく設定している本数を作ればその日の給与が出るらしい。
 さくさくポーションを作れば空いた時間に自分の好きなことが出来たり街をゆっくり楽しみむことも出来るのだ。

 一冬ポーション作りを頑張ったおかげで10本位なら半日もかからずに出来るだろうし、こちらの神殿の用意してくれている家があるので滞在費の中で大きな金額を占める宿代も浮くし・・・
 ニコニコしている私の表情にペトラさんは提示している事柄を受け入れてくれていると確信したのか笑顔で持っていた鍵を見せてくれた。

 「これが今から案内する二人が暮らす家の鍵だけど、滞在中は好きに使って頂戴。すぐに案内させてもらってもいいかしら?」
 「お願いします。今日はお言葉に甘えて休ませていただきますが、明日からはポーション作りを精一杯させていただきます」
 「ありがとう。本当に困っていたからね、ヒルダがまたポーションを作り出したからヒルダに頼もうとしたら、大部分をマナが作った物だと聞いたんで、効能とかはすでに確認済みよ。私達神殿の者が作る物と比べても遜色ない物なので信頼しているわ」

 そんなに褒めてもらうと少し照れてしまう。

 ペトラさんは聖女の制服?の上にローブを羽織り、裏口から出ると私達を新しい家へと案内してくれた。
 私達が滞在する家は一軒家で、2階建ての小さな家だった。
 入り口の前は小さな花壇のスペースがかろうじてあり、石の階段が3段ほどあり玄関があった。
 鍵を開けて中へと案内されると小さな居間があり、水回りは全て1階にあった。
 嬉しいことに小さな浴室もついていて陶器の風呂が置かれていた。
 私では丁度いいけれど、ティーロさんにはちょっと小さめの浴室だった。
 2階は3部屋あり、どの部屋にもベッドが置かれているのですぐに使うことが出来る。
 今までの宿のように二人で一部屋を使う必要もなく暮らすことが出来るし、裏庭も小さいけれどついていてきっとティーロさんが剣を振ったり、家庭菜園をしていた跡があるので暇があれば何等か作ることも可能みたい。
 3カ月程の仕事だから種を植えて育てているうちに去ることになりそうなんで、家庭菜園は見送ろう。
 台所は事前に掃除してくれていたのですぐに使える状態だし、本当に私達が来るためにいろいろ揃えていてくれて、すぐにでも生活出来るようにしてくれていたのだ。

 「それじゃあ明日からよろしくね。神官は今日は領主様の屋敷に呼ばれているから、明日私と一緒に挨拶にいけばいいわ」
 「明日からよろしくお願いします」
 私が感謝の気持ちで深くお辞儀をするとペトラさんは私のお辞儀を慌てて止めた。
 「感謝するのは私達のほうなのよ!本当にこの話を受けてくれて助かるわ。明日必ず来てよね」

 ペトラさんは私とティーロさんが見送る中神殿へと帰って行った。
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