スペアの聖女

里音ひよす

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ヒルダさんの代理

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 王都での行商は年間を通して一番仕入れと販売が大きいので、他の地方都市で行商をするよりも長い日数滞在することになる。
 行商のノウハウを教えてくれるヒルダさんの手伝いをしながら商品の売り買いを教えてもらう。
 今は貨幣の価値も知っているので、渡される貨幣にお釣りが必要な場合も私が計算してお釣りを渡すんだけど、一般市民になる学校に通わせてくれるのは男子のみの家庭も結構あるらしく、私が計算できることもヒルダさんから喜ばれたりした。
 日本のように戸籍を作ってしっかりと教育するシステムが出来ていないらしくって、一家庭の中で余裕があれば女の子も学校に行かせてもらえるけれど、その余裕がなければ長男だけとかになるそうだ。
 ティーロさんは読み書きが出来るのでそこそこ高い教育を受けているんだと思うんだけど、それでも失業してしまえば一気に落ちてしまうんだろう。

 私はいずれはのれん分けじゃないけれど、ヒルダさんのように行商を自分でしたくなった時に困らないようにって教えてくれてるので、出来ればこの仕事で何とか生活していきたい。
 もしヒルダさんの所で働けない理由が出来た時に、手に職と販売ルートを確保していれば生きていけるからってヒルダさんは私に言ってくれた。


 そんなある日、ヒルダさんから折り入って話があると夕食後に声をかけられた。
 どうもヒルダさんの親しい友人が働いている所が今ものすごく人手不足でヒルダさんに助けて欲しいと話があり、ヒルダさんは春から秋にかけては各地をゆっくり行商しているので、要請に応じることが難しいので私に代わりに行ってくれないかということだった。
 地理に疎い私を一人で行かすことは出来ないから、もし私が可能ならティーロさんも一緒にそちらに行くという事だった。

 「そちらに出稼ぎに行くのはかまいませんが、仕事はどういった仕事ですか?手袋を外さないといけないなら雇ってもらえないと思うんですけれど・・・」
 「仕事は神殿の裏方でポーション作りをする位だから、マナが冬の間にしていたことと同じだよ。地方の小さな神殿の裏方だから表に出る事はないさ。普段は神殿に雇われている聖女がポーションも作ってるんだけどね、近頃神殿で雇ってもらえるクラスの聖女が足りなくなってきて、今まで見向きもされなかった地方の聖女ですら王都の中央神殿に入れるようになったって」
 
 そんな状態になってるんだ・・・今までは聖女や聖女と認められなくとも聖属性の強い者が手分けしてポーションを作っていたけれど、もともと聖属性の魔力を持つ者あまりいないこともあり、人手不足に陥ってしまい、その地方に必要な量のポーションを供給出来なくなっているらしい。まぁポーションならヒルダさんがいなくても一人で出来るんだけど、ポーションを作れるってことは私も多少なりは聖属性の魔力を持ってたってことだけど、神殿からは引き留められてい程度なんだよね。

 聖女らしいく手かざしで傷を癒したり、魔を滅するといったことはまったく出来ないからギリギリポーションを作れるレベルの魔力なのかもしれない。
 
 「地方と中央神殿って密に連絡を取ってたりするんですか?」
 「中央が偉そうだから地方神殿は独立組織のようにその地方地方で勝手に運営しているんだけど、給金や働いて見栄えのいいのが王家とも懇意にしている中央神殿だからね、若い娘は憧れて聖女の修行中でもすぐに王都の中央神殿に行きたがるんだよ。だから若くて良い人材は中央に自然と集まって、結局はこんな風に地方の神殿が人材不足になるんだよ」

 この一冬でポーション販売から出る利益が馬鹿にならないことを知っているのでヒルダさんの頼みもわからなくはない。
 だってヒルダさんは今は3人分の給与を確保しないとけないから。

 地方都市・裏方でひっそり・高収入

 すごく魅力的だけどいったいどの位の期間の雇用なのだろう?
 「期間ってどれ位ですか?」
 「3か月程度って聞いているけれど、その位になら私も王都を離れて違う都市を移動しながら二人を迎えに行けるしね、丁度いい期間だしどうだろう?」
 「それ位なら私は大丈夫ですが、その間はティーロさんはどうしてるんですか?その神殿に送ってからまたヒルダさんと合流するんでしょうか?」
 「私は旅なれているけれど、マナだけを知らない地方で一人で3か月も生活するのは不便だろう。ティーロはそのままマナと一緒に滞在してさ、あっちでティーロが出来る仕事をしてもらうつもりだよ」

 ティーロさんが一緒ならば危険はないだろうし、わからないことを聞きながらこの世界の事をもっと知ることが出来るだろうし・・・
 私に出来ない事をヒルダさんが押し付ける事なんて決してないだろうし、困っているヒルダさんの親しい人を助ける為ということならと私はその提案を受け入れた。
 先にティーロさんには話していたようで、翌日には早速地方へ向かう為の準備を始め、その地方に向かう寄り合い馬車に二人分の席を確保することが出来た。



◇◇◇

 私とティーロさんが向かう場所はマデカントという王都から少し離れた地方で、でも地方にすれば比較的大きな街があり、住みやすいと評判の地方らしい。
 教えてくれたのはティーロさんで、この地方の領主の事は以前仕えていた領主を通じて何度か交流があった折に警護に携わっていたと話してくれた。
 今は領主の伯爵子息だった青年が領地を継いでいるが、領地経営に秀でていたのか息子の代で更に領地が豊かになって人の流入も多くなり、それに伴い急速に増える人口と街の発展が幾つかの問題を生み出しているそうだ。
 その一つは増える人口に対して街のサービスが追い付いていないことで、今までの街では手狭になっているけれど病院や神殿、市民が通う初等教育を受けることが出来る学校も足りないと。
 新しい領主は積極的に領民の学力向上に力を入れているとか。
 悪い人達ももちろん流入してくるので、街の警護官も増やしている最中だそうだけど、街を大きくするために近くの森を開墾したことにより、魔獣などといった元々森の中に潜んでいたものとの距離が近くなり、討伐隊を派遣すると怪我人が増えて・・・病院不足が・・・と悪い循環が続いているそうだ。
 時間が経過してある程度街が大きくなれば一つずつクリア出来る問題だろうけれど、今は全ての歯車があっていないんだろう。
 ひとまず私とティーロさんは人手の足りない神殿の裏方作業で怪我人向けのポーションを作って神殿から出荷し、魔獣の討伐や街で悪さをする人の捕獲時の怪我の回復にテコ入れをするだけでも病院不足と、怪我からの休職という人手不足が多少は解消されるということで、訪れることを今か今かと待たれているらしい。

 兄弟という設定であちらに向かおうと思っていたんだけど、最近の私は男物の服を着ていても女性にしか見えないので兄弟と言い張ると怪しまれる。
 だから夫婦という設定で向かうようにとヒルダさんから言われてしまった。

 王都の食事はどの屋台も美味しくって・・・ライバル店が沢山あるのでお互いが切磋琢磨した結果なんだろうけれど、これ以上太るとまずいかなって時に地方に出稼ぎに行くことになり、結果的によかったのかもしれない。
 私はヒルダさんから貰った市民階級の人達が普段着で着るような少し硬めの丈夫な綿のワンピースを着ているが、ティーロさんはシンプルなズボンとシャツの上にマントを羽織っている。
 剣を帯刀しているんだけど、周りが怖がらないようにマントを羽織って見えないように配慮している。
 私はワンピースの上に薄手の使いふるした灰色のローブを羽織って、数日間寄り合い馬車で移動するのでローブから何かの拍子に髪の毛が見えないように更に頭にバンダナのように布を巻いてみてる。
 前髪だけカツラの茶髪で少しだけ変装している。。
 人は目の前の物をあっさり信じるようで、帽子から出ている茶色い前髪だけで私の髪の色は茶色と認識されるようだった。
 
 寄り合い馬車は満員の状態王都を出発して、ティーロさんと私は特に何か話すこともなく幌馬車の中でガタガタと揺られていた。

 「マナ辛くないか?」
 「大丈夫です」
 寄り合い馬車の中は男性の比率が高くて、恐らくマデカントが発展しいる噂を聞いて職を求めている人もこの馬車の中に幾人かいるんだろう。
 地方に行くほど女性の就業場所が少なくって、王都のほうが就職出来る場所が多いから独身の若い女性が王都に集まりやすく、地方は女性不足、嫁不足に陥っている村も多いとか。
 確かに村だと農作業のような男手は必要とされるけれど、女性が働ける場所は少ないんだろうな。
 ジロジロと私を不躾に見てくる人もいるけれど、ティーロさんがさりげなくその視線から遮ってくれるのでティーロさんの陰に隠れるように座っている。

 寄り合い馬車はマデカントに行くまでの道筋の村や街で人を乗せたり降ろしたりしながら数日かけて進んでいったけれど、ティーロさんがヒルダさんと三人で行商をしていた時以上に私に対して過保護に接してくるので多少息苦しい時もあったけれど、概ね快適に馬車の旅をすることが出来た。


 途中の宿場町で泊まる宿に関しては夫婦が別々の部屋を利用するなんて怪しいのでティーロさんと同室になったんだけど、元々野営する時にも外が雨とかならヒルダさんと三人で寝ていたし、ティーロさんが変な気を起こすのならヒルダさんの家で暮らしている時に、とっくに起こしているだろうから信用度100%のティーロさんと同じ部屋は全然気にしていないって初日からちゃんと伝えてる。
 何か言いたげだったけれど、宿場町はいつも賑わってて寄り合い馬車に乗っている人の中には宿に泊まれず野宿になる人だっているのに、そんな理由で私達が2部屋も占領するなんてね。
 
 「俺が変な気を起こしたらどうするんだ・・・?」
 「そんな事をティーロさんがするわけがないじゃないですか!安心してください。さっき言ったように私はティーロさんを100%信頼してるんですよ」
 「・・・そうだな・・・俺はそんなことを100%しないんだな」
 ぶつぶつと何だか同じことをティーロさんが言ってたけれど、宿に泊まったら寝るだけではなくって私は宿でもちまちまと寝るまでに内職をしてたりするので忙しい。
 「ティーロさんは入り口側でお願いしますね」
 ベッドの位置は入り口側でティーロさんに寝てもらっている。
 強盗とか突然室内に入って来られる場合を想定してなんだけど、剣は肌身離さず持つようでベッドの中にまで持ち込んでいる。
 「こっち側には絶対に来ないでくれ」
 そんなことを言いながらベッドの真ん中辺りに境界線がわりに剣を置かれるのだ。
 地方領主の下で騎士の仕事をしていたら雑魚寝とか野営とかに慣れてるかと思いきや、案外ティーロさんは繊細なようで人の気配が近すぎると眠れないのか境界線を毎度のように主調する。
 「ふふっわかりましたよ」
 ティーロさんはイケメン過ぎて顔を見ればドキドキするけれど、それが恋愛感情かというとよくわからない。
 家族のように・・・その表現が今はピッタリなのかもしれない。
 異世界でようやく得る事が出来た自分の居場所を欲を出して失う方が怖い。
 
 ティーロさんは家族。
 私のお兄ちゃん的存在。

 現実の私に元の世界では兄なんていなかったけれど、新しい私の今生きる世界でティーロさんに出会えてよかった。
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