スペアの聖女

里音ひよす

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ある大きな屋敷の出来事 アレックスside

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 約二年ぶりに王都の屋敷に戻って来たがあの少女はこの屋敷から消えていた。
 バイラント伯爵家の次男であるアレックスは出迎えに玄関ホールに集まっている人の中に少女が居ないことにすぐに気づき家令に訊ねた。
 家令は何かを隠すような素振りで少女が屋敷から出て行ったとアレックスに告げた。

 そんなことが許されるはずがない。
 きちんと少女の世話をするようにと伝えていたのにどうしてそんなことになったのかアレックスは家令に問いただしたが、責めるアレックスに家令は奥様からの命令で全て行っていたことを最終的にアレックスに自白した。
 奥様とはアレックスの母親でこの屋敷を取り仕切っているのだが、少女を連れて来た時に母親には少女の保護と教育を頼んでいたはずなのに・・・
 この世界の言葉も文字もわからない少女には教育をする必要があったし、この二年の間に何度となく母親から少女の近況の便りはもらっていた。
 贅沢で我儘で怠慢でどうしようもないと手紙には書かれていた。
 しかしそんな少女を教育するのが母親の役目として何度となく再度教育するようにと手紙にしたためていた。
 アレックスが王都に戻ることが出来れば少女に多少なり助言をしたり、この屋敷で我儘をしようものなら窘めたりすることが出来ようが、騎士として隣国との緊張状態にある辺境地へ赴任することになったアレックスは母親に頼るしかなかった。
 
 ある日、異世界から召喚されたわけでもなく迷い来た少女は聖女の資質はあったが聖女とは呼べない判定であり、かといって異世界に戻る術などない。
 今、何人か神殿で暮らしている聖女に何かあれば繰り上げで聖女として認定出来るかもしれないということで、この世界で保護する目的で国王から下賜された形で少女を妻として賜ったのだ。
 たまたま護衛としてその場に居た騎士の中で爵位があり次男で独身だった為に下賜されたのだが、妻として教育する必要があったので赴任地に連れて行かずに屋敷の母親に預けていたのに・・・

 家令を責め立てているうちに母親はさっさとサロンの方へと移動していたが、アレックスは追いかけるように母親の元へと足を速めた。
 サロンでは我関せぬという風体で長男の妻とお茶を飲む母が居たが、アレックスは無礼を承知で母親の元へ近づき自分の妻である異世界の少女の行方を尋ねた。

 「あの恩知らずは勝手に出て行ったんだからわたくしが知るはずがないじゃない」
 母親はアレックスがこの屋敷に少女を連れて来た時から少女に対して反発していた。
 次男のアレックスはこの伯爵家を継ぐことはなかったが、他家より娘婿へと打診もあり意気揚々と話を進めてた矢先にこの国には何の後ろ盾もない、財産もない異国の少女を連れて来たのだ。
 国王から下賜されたと言っても何も持たされていない少女を見れば要らない者を押し付けられたとしか見えない。
 そんな者はアレックスに相応しくないとアレックスが辺境地に発ったその日から下働きとしてマナをこき使うようになっていたことをアレックスは知らなかった。
 
 「どんな理由があってこの屋敷から出て行ったんですか?」

 「私の首飾りを盗んだから追い出したのよ」

 「追い出したのなら勝手に出て行ったとは違いますよね、その首飾りは本当に彼女が盗んだのですか?」
 アレックスからそう訊ねられ母親は顔を赤くした。
 「首飾りは見つかったわ」
 結局あの騒ぎのあと首飾りは伯爵夫人の部屋から見つかった。
 宝石箱の中で見落とされていたのか首飾りを盗られたと騒ぎ立ててしまった自分と侍女の落ち度をアレックスに知られることが恥ずかしく、こんな風に恥ずかしい気持ちにさせたのはあの娘のせいだと責任転嫁するかのように心の中で悪態をついた。

 「無実で追い出したのなら私の妻を探す必要があったのではないでしょうか?」
 「あら、あの子はアレックスの妻なんかじゃないわ、それにあの娘はもう帰ってこないんじゃないかしら?」

 「神殿から婚姻証明書を発行してもらってますよ、それなら正式な夫婦でしょう。どうして帰ってこないなんて思えるんですか?この屋敷で贅沢に暮らしていたのであれば知らない場所で一人で生きていけるわけがないでしょう」
 母親の言い方に何かひっかかりを覚え、レオナルドは強い口調で母親を責めた。

 「アレックスから預かっていた婚姻証明書はあの娘が拒否したから神殿に出してないわ」

 この国の字も読めない書けない少女に無理矢理に婚姻証明書にサインさせることは出来ないと、母親に婚姻証明書を預けていたのだが、それは提出されることなくアレックスと少女は夫婦として認められていいなかったのだ。
 神殿から渡されていた婚姻証明書にはアレックスと少女の名前マナと名前が記載されているので母親は別の貴族女性との婚姻にその用紙を使うことが出来ないが、積極的に少女をアレックスの妻として認めるつもりもなかったのだ。
 ここでの生活にマナ慣れ、読み書きが出来るようになれば本人に記入してもらい神殿に提出すれば正式な夫婦として認められていたはずだった。

 「彼女は国王から私が下賜された少女だったんですよ!!」
 「うるさいわね!だからあの娘がこの屋敷が嫌で戻って来なかったんだから仕方ないでしょう!!」
 母親とお互いを責めているうちに伯爵家に取り急ぎの神殿からの使者が訪れてアレックス宛に親書を渡されたと家令がその親書を携えてサロンを訪れた。

 神殿からの連絡であれば少女を保護しているという知らせかもしれないとアレックスは急いで親書を開いた。

 「母上、神殿から少女の返還を求める書状が届きましたよ。」
 勝手なことをして少女を追い出した母親にその親書を読むように促した。

 神殿からの親書には聖女の一人が光属性の力が枯渇しもう聖女と呼べるに値しなくなり、2年前にこの世界に来たマナのほうが光属性の魔力では上にあたるのではないかと、繰り上がりで聖女になるかもしれないから神殿に確認に来るようにという内容だった。
 まさか行方不明になっている等と言えるはずもない。
 マナはこの屋敷でアレックスの妻としての地位をもらい保護されていることになっているのだ。

 「まさか・・・今更神殿なんて聞いてないわよ・・・」
 「そのまさかですよ。すぐに捜索の手配をしろ」
 家令に命じて屋敷の者でとりあえず手分けして王都を探すがいなくなって2カ月だとどこでどう暮らしているのか見当もつかない。
 「他の者にも命じて探すしかないな・・・肖像画はないのか?」
 この屋敷で貴族社会で生活出来るように教育を2年間受けていたのであれば王都で仕事を出来るかもしれない。
 「それが・・・肖像画といったものはまだ描いてませんでして・・・」
 「じゃあ彼女の部屋に何等か屋敷を出て暮らしていけるアテになるような物がないか確認したい」
 アレックスが立ち上がり少女が暮らしていたであろう自分の部屋がある棟に行こうとしたが家令に止められた。アレックス
 「それが・・あの娘・・少女はそちらで暮らしてませんでして・・・」
 何かをごまかすように冷や汗をかきながら歯に物が詰まったような話し方をする。

 「じゃあ彼女は何処で暮らしていたんだ?」
 アレックスの問いかけにその場にいた者の目はアレックスと目を合わさぬように顔を背けていた。


 アレックスが侍女頭を責め立てて連れてこられた場所は使用人の住まう棟の中でも非常に環境の良くない部屋だった。
 マナがその部屋から居なくなっても代わりにその部屋を使いたい者などいないのでそのままになっていた。
 庭から拾ってきた小枝を水に浸して柔らかくして編んだと思われる小さな籠にはマナの持っていた全ての物が入っていたが、全てといっても替えの下着が1枚と古い色あせた手拭いと誰かからもらった替えのボロボロのワンピースが1枚だけだった。
 
 王命で派遣されていたとはいえ2年間まったく会うことのなかった少女は下働きとして屋敷で働き、本来受ける教育を全く受けることが出来ず、言葉を話すこともなくただ床を磨いて暮らしていたことを知らされた。
 字を読み書き出来るかも定かではなく、恐らく教えてもらっていないのであれば知らないだろう。
 人探しの張り紙を張ったとしても字が読めないのであれば自分の事だとは気付かないままだろう。
 アレックスは全く手掛かりのないこの状況に頭が痛くなった・・・

 我儘で贅沢で怠慢で・・・母親から届く手紙には母親の少女への嘘の不満がしたためられていたが、実際には奴隷のように扱われていたわけだ。

 「人探しに探させるから今の彼女の人相を描いてもらうように手配しろ」

 肖像画がなくとも使用人達が覚えている少女の人相で探してもらうことも出来る。
 「それが・・・」
 使用人達は言いにくそうにアレックスに伝えた

 ずっと下を向いて床ばかりを磨いていた少女の顔を使用人たちはまともに見ていなかったので人相描きが訪れてもうろ覚えでしか少女の顔を覚えていないという事だった。

 家族に任せて赴任していた自分が悪いのだろうが・・・2年間彼女はどうやってこの異世界で暮らしていたのだろうか・・・
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