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25.天蓋の向こうと不遇の僕と変態達(R18)
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次に引っ立てられたのは、豪奢な家具や装飾品の溢れる部屋だった。
「痛いっ、乱暴にするなよな! このヘナチョコ野郎共っ」
僕の両脇を抱える兵士達に、盛大に八つ当たりする。しかし、その内心は崖っぷちだ。
なんせ、今からここで処女喪失。しかも自分からキスやら愛の言葉を、何が悲しくて、70も超えたジジイにしなきゃいけないんだ。
そんでもってさっさと用済みされて、あの猫目の変態に……なんて不憫過ぎる!
「おい陛下の部屋だぞ」
「ハッ、それがなんだって……っんぁ!?」
突然、後ろから尻を掴まれる。ただそれだけなのに、信じられないくらいにみっともない声が出た。
「おいおい。もうその気なってんじゃねぇか。へへっ、さすが性奴隷だ」
「う、うっさい。お前らなんか……ぅあ、ひぃっ」
突然乳首摘まれて、腰が抜けそうになる。
確かに娼婦も顔負けの反応だろう。でも、屈辱で震えているのも確かで。
そんな僕を面白がってか、このクズ共は面白半分で触ってきやがる。
「媚薬の効果ってすげぇな~」
「ほらほら、もっと胸突き出してみろよ」
「ぅあっ、ひぃん、や、やめて、ぇぇっ」
左右から乳首を抓ったり、引っ張ったり。更には性器を、ぐちゅぐちゅと音をたたてていたぶったりと好き放題だ。
「あ~、やべぇ。入れたくなってきちまった」
「おいおい、やめとけよ。死ぬぞ」
「んじゃせめて、咥えさせるか」
そんなとんでもない言葉と同時に、僕を床に引き倒す。そのまま乱暴に髪を掴むと、汚らしいソレを眼前に晒し出したのだ。
「噛むなよぉ」
「っな、何考えてんだ!?」
こいつらが『陛下の部屋だから静かにしろ』って言ったんだろうが!
確かに部屋は広く、ベッドはまた隣の部屋らしい。それでも王様の部屋でこんな事……。
「どーせ、あの国王陛下に意識なんてねぇよ。耳も聞こえねぇんだから、ここで少し楽しんだって大丈夫だろ」
「違いねぇな……ほら、咥えろって」
「んむ゙ッ、んんーっ、ん゙」
無理矢理口に捩じ込まれたそれは生臭く、吐き気をおもよした。必死で口から出そうとするが、一人がグイグイと押し込んでくる。
「サッサとしろよ~」
そう声をかけた、もう一人は見張り役らしい。
「ゔぅっ、んんん、ぁ゙、っふ」
窒息と屈辱で、今にも死んでしまいそうだ。
目から涙が滲んできたが、別に悲しんでいる訳じゃないぞ。これは生理的なモノだ……男が、人前でメソメソしてたまるかってんだ。
「ん゙ん゙ーっ゙」
「ぎゃぁ゙……っに、しやがるっ、この淫売ッ!」
思い切り噛み付いたら、張り飛ばされた。当たり前だが、大人しく舐めてると思うなよ。AVや同人誌じゃないんだから。
「騒がしいですね」
「アルゲオ様!」
音もなく、部屋に入ってきたのは正しく赤毛の変態野郎。殴られた事で床にへたり込み、頬を紅く腫らした僕を一瞥する。
「なんですかこれは」
「え゙っ……あ~、ちょっと反抗的だったんで」
「反抗的、なるほど」
独りごちるように呟くと、突然アルゲオは男達を拳で殴り始めた。
瞬く間に床に沈む。その頭を踏み躙り始めたのだ。
「ぅ゙ぐぁッ」
「……彼に触れる事は、国王陛下以外許しません。さっさと去れ、無能共が」
「は、はぃぃぃッ」
吐き捨てるような言葉の後。蹴り出された男達が、転げるように立ち去る。そしてアルゲオは膝をついて僕の顔を覗き込んだ。
「大丈夫ですか。可哀想に、唇が切れていますね」
そう嘆くと、白いハンカチを取り出して僕の顔に当てる。清潔なそれが血に汚れる様を、無感動に眺めていた。
「せっかくの愛らしい顔が……いや、これはこれで良いかもしれないな」
急にニンマリ笑うと、血のついたハンカチをしまい込む。そして顎を優しく掴んだ。
「……舐め取ってあげます」
「い゙!? なにしやがるッ、変態!!」
突然、切れた唇を舐めた。ちり、とした鋭い痛みと猫のようなザラついた舌。痛みと、それ以上の不快感で思わずその身体を突き飛ばす。
「き、気色悪ぃ事してんじゃないよ」
「ふふふ。驚きましたか」
「当たり前だッ!」
こいつら揃いも揃って、何考えてんだ。曲がりなりにも、国王陛下の部屋だよな? 完全にナメられてないか。舐めるだけに……ってやかましいわッ。
「行きますよ」
未だ床に座り込む僕の腕を軽く引いて、彼が言った。
どこへ、なんて聞かない。国王陛下の寝室だろう。そして今から、僕は嬲りモノになるらしい。
……でも悪いけど、大人しくヤられてるとは思うなよ。
僕にはとっておきの最終兵器があるんだ。
先程、地下室に一人きりで発見したソレに内心笑みを浮かべた。
■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫
「貴方この部屋どう思います?」
寝室と言うには広すぎるベッド。天蓋付きで、こちらからは全く何も見えない仕組みだ。
それをぼんやり眺めていると、突然隣に立った変態赤毛男が口を開いた。
「下品で成金趣味って感じだな」
確かに調度品も家具も、壁にかけられた絵画も。全てが一流品なのだろう。しかし、その調和は全くと言って良いほど取れておらず、とりあえず高い物を買い揃えましたって部屋に見える。
僕だって曲がりなりにも貴族だから、物の善し悪しは多少分かるつもりだ。でも、やはりバランスってのは大切なのだと思う。
物事すべて、バランスなのだ。
「国王陛下のご趣味を、そんな悪し様にいうもんじゃありませんよ。確かに下品で統一感の全く無い、センスの欠片も見られない程の趣味の悪さですけど」
「君の方が酷い事言ってるじゃないか……」
「嘘は苦手なんですよ。私は正直者なので」
「本能に忠実ってヤツだろ」
「ふふっ、言いますねぇ」
相変わらず、見下ろしてくる赤い瞳が気色悪い。ねっとりとした視線というか。笑っているが、加えて舌なめずりしているような。昔絵本で見たチェシャ猫に似ている、と思った。
「さて。あの分厚い天蓋の向こうに、居るわけですが」
「国王陛下って奴か」
「えぇ」
緊張させたいような口ぶりに、僕は鼻で笑う。
向こうから見えないベッド、言わば密室。これはむしろ好都合だ。
……ジジイのくせに、若い男に手を出そうなんて変態には相応の痛い目に遭わせてやる!
なんて奥歯を噛んだ時だった。
「アルゲオ、口が過ぎる」
「!?」
声は、天蓋の中から聞こえてきた。
しかも女の声だ。
「貴方が『半神』か」
その声は今度は僕に話しかけたらしい。無言で頷くと、小さく息を吐く音がした。
「そう、貴方が」
そして、わずかな衣擦れ音と共にベッドから降りてきた人物。
「女性……?」
「ただの女性じゃありませんよ、ルベル」
アルゲオが僕をせっついた。
「この方は、カルディア王国の女王陛下。クロディア様です」
「じょ、女王陛下!?」
すると国王陛下の嫁さんか。
数年前から体調不良だとかで、国民の前に姿を表さなくなった王の代わりに、国政を執ってきた。
前世の日本と違って。テレビなんてものは無いから、国のトップや政治家達を日常的に目にする機会はほぼ無いと言ってもいい。
しかし肖像画や銅像、年に一度の行事等でその存在は知られている。
「ルベル・カントール」
女王陛下が僕の名を呼ぶ。
その容姿は、聞いていたより一層若く美しいものだった。
銀色の髪は豊かに長く、雪のように白い肌。紫水晶の如き瞳。高く形の良い鼻梁……とにかく滅多に見ない程の別嬪なわけ。
「はい」
思わず跪いたよな。
当たり前だろ。女王様でしかも、すごく美人なんだから。
彼女になら、恭しく足にでもキスしたい。
……それにしても、この美人が70過ぎのジジイの嫁さんって! それで更に男娼(言いたかないけど僕の事だ)まで。
痛い目通り越して、トドメさしたろうかって思う。
「ルベル。貴方、態度変わり過ぎですよ」
アルゲオのジト目もまるきり無視して、彼女を見つめる。
……あぁ、やっぱり美人は良いよなぁ。
でも、彼女の言葉で現実に引き戻される。
「陛下は、中に。私は外で待機してますので」
「あ……はい」
そうだ。僕はこの美人をスルーして、ジジイに抱かれなきゃならんのか。女好きには、果てしなく拷問だ。
それにしても。
―――ベッドに顔を向けた彼女の耳。そこで先程感じた疑問の答えを得る。
この女王様は、どうやら人間じゃないらしい。
「そうですよ。彼女はエルフ」
アルゲオが、僕の思考を読んだ顔で囁いた。
確かにエルフはかなりの長命で、その見た目も人間より老けるのが遅い。
それにしても人間界の王妃がエルフとは。
「ルベル・カントール」
再び呼ばれた。早く行け、と言うことだろう。
そろそろ腹を括らねばならないようだ。
……見た目より、案外と軽い布を捲る。
やはり大きなベッドだ。一目で分かる、上質それに横たわる、大柄な男。
「え?」
僕がマヌケな声を出して固まったのには理由がある。
何故なら、その男には顔がなかったから。
「さっさと初めて下さいよ」
「ぅおっ!!」
至近距離、すぐ後ろから吐息をかけて言ってきたのはアルゲオだ。
ゾワゾワッとしたのは勿論、気配もさせずにすぐ傍にいるもんだから。
「な、なんで君が居るんだよッ!?」
「手助けしてやろうと思いまして」
なにをシレッと言い出すかと思いきや。
手助けってなんだよ。老人介護じゃないんだぞ!
そう喚きたくても、さすがにこの場じゃ憚られる。だからせめてベッドに上がり込んで、完全無視してやることにした。
「おやおや、これじゃあミイラ男じゃありませんか」
「う、うっさいな……てか、この人本当に国王陛下なのか?」
ベッドの真ん中に寝ているのは、やはり全身を布でぐるぐる巻きにされた人らしきモノだ。これじゃ顔なんて分からない。
「まぁそうなんでしょ。多分」
「多分って……いい加減だなッ、君は軍の人間なんだろ!?」
「まぁそうですけど。私も姿見たのは半年前ですしねぇ。ふふっ、こんな面白い状態になってたとは」
「君、それでも軍人か……?」
コイツがどんな立場が知らないけど、普通こういうのって不敬罪に当たるんじゃないのだろうか。
「でもこれじゃあ、僕もお手上げだな」
ミイラ男、失礼。国王陛下の前で僕は呟いた。
「何がですか?」
何故か一緒にベッドに上がって、後ろにぴったりとくっついてきたアルゲオが聞き返す。
「肌がまるきり見えないんだぞ。意識もなさそうだし。これじゃ、愛の言葉も聞き取れやしない。それにキスや、セックスだって」
「出来ないですか? よく見てみなさい」
「え……あ゙」
背中から腕が伸びて、指をさす。そこに視線を移して初めて合点がいった。
……口の部分と、股間の一部。そこが小さく空いている。
「こ、こ、これ」
「ほほぉ。これでやれ、と」
なにをやれって? 聞かなくても分かる。
つまり、必要最低限の箇所で済ませろってことらしい。
「なんだ……コレは」
「機能的ですよね」
「言い方だな」
あまりにも、あんまりだろう!! そりゃ、別にムードとか求めてる訳じゃないけどさ。それでも、この逆壁尻的な発想はいかがなものか。
「僕、帰って良いよな?」
そう瞬時に判断し、顔を背けようとした。
……だってこれは明らかにやっても無駄、っていうか。いわゆる風俗で言う『チェンジ』状態じゃないか。
それにさっきからこのミイラ男、なんか鼻息荒いし。完全に拒否ってるだろう。うん、そうだ。きっとそうだ。そうに決まってる!
「待ちなさい。そんな訳ないでしょうが」
「いやいやいやいやっ、無理だってコレ! 」
「そんなことありません。ほら、そそり立つペニスですよ? 貴方、大好物でしょう」
「大好物ちゃうわッ、人を淫乱みたいな言い方するな! このド変態……って、げぇぇっ!?」
……確かに布の間からアレが……随分ご立派なアレ……アレ? ちょ……待て、ねぇ待って。
僕が狼狽えたのは仕方ない。
何故って……聳え立ったソレは、隆々と赤黒く。むしろグロテスクに晒されていたからだ。
「準備万端みたいですね」
「う、嘘だろ……」
心無しか、ミイラ男の鼻息がさらに荒くなった気がする。
身体はピクリともしないのに、性器だけがビクビクと動く様はなんだか怖い。
……っていうか。これ、入るのか? えらく大きい。しかも僕には女の子のアレが無いから、尻でコレを受け入れなきゃ駄目なんだよな?
「無理、だ」
「ん?」
「こ、こんなの……入ら、ない」
声が震えたのは、間違いない。恐怖からだった。
情けないけど、怖い。脅されたと言え、自分で選んだクセに震えが止まらないんだ。
「処女ですもんねぇ……ふふ、素敵ですよ。その表情」
「うるさ、い。この、外道が」
「まぁまぁ。少しばかり、緊張ほぐしてさしあげましょう」
その言葉と同時に、後ろから僕の下腹部をまさぐりだした手。
なにすんだ、と身をよじる。すると耳元で囁かれた。
「……女王陛下に聞かれても?」
「うぅっ」
それは、嫌だ。
状況はどうあれ、心はノンケ。女性にこういうのは聞かせたくない。
今更遅い気もするが、それだけは曲げたくないんだ。
慌てて口を噤んだ僕に、彼は『良い子だ』と低く呟いた。
「っう、っは……ぁ……っ」
媚薬で散々高められた身体。
さらに地下室での焦らしもあってか、すぐに立ち上がってしまった。
気持ちよくなんかなりたくないのに、必死で噛んだ唇の端から、恥ずかしい声が漏れてしまう。
「今度は、イって良いですよ」
甘ったるい声。気がつけば、胸まで弄られていたようで、身体をくねらせ気色悪い声で喘ぎまくっていた。
「ぅあ、ッ、あぁ、も、だ、めぇぇっ、っあぁ、あっ……っ!」
数回の痙攣で、あっさり吐精してしまったらしい。脱力感で、前のめりに倒れた僕を両腕が優しく抱きとめる。
「可愛い」
ぼんやりとする耳に差し込まれた、熱い言葉に胸を焦がす。
可愛い、なんてまるでアイツみたい。あぁエト……今度はキス、してくれるだろうか。
「後で、縛っても良いですか?」
「!!」
現実に返った。
僕に触れていたのは、彼じゃない。そう思うと、すごく辛くなった。まるで死ぬほど辛いモノ食べた時みたいに、鼻の奥がツーンってきて。視界が瞬く間にボヤけてきちまう。これじゃあまるで……。
「まさか、泣いているんですか?」
「そ、そん、なわけ、ないだろッ……」
なんでこうなったんだろう。
好きでもない奴に、弄られてこれから処女失うなんて。こうなるなら、アイツに抱かれていれば良かったのか?
いやいやいや、僕は掘られたくない。でも、どうせなら……あー。あの躾のなってない大型犬みたいな男の全てが懐かしい。
「泣いてる貴方も魅力的ですがね。早く済ませて下さい」
「っ、ひぐっ、ぅ……っ、す、済ませる……って」
人前でメソメソしたくない、なんて大口叩いたクセにあのバカの事を思い出したら、途端にこうだ。涙がとまらなくなった。
口に入った雫が、しょっぱい。ムカついたら、さらにアイツを思い出して泣けてきた。
……ったく、居ても居なくても僕を振り回すクソ童貞め。
―――それでも状況は酷く残酷だった。
「最初は愛の言葉と、キスからですよ」
「あ、愛の、言葉? 無理だろ……」
ミイラ男、しかもふる勃起させたチ●コだけ晒してる奴にか? 違う意味で泣けてくるわッ!
「良いんですか? お兄さん達が、貴方以上に悲惨な目に遭っても」
拒絶する僕の耳には、諭すような声色で脅迫の言葉が吹き込まれる。
あぁそうだ。僕がここにいる理由。そして、成すべき事。
ようやく正気に返って、手の甲で少し乱暴に目元を拭った。
「美女以外に、気の利いた言葉なんて言いたかないが……言えばいいんだろ、言えば」
「ふふっ。そのメンタルの強さも、素敵だ」
「気色悪ぃ」
後ろでニヤつく変態はさておき、必死に自分に言い聞かせる。
これは『スタイル抜群の、超美少女だ』と。
「ま、マイハニー……愛してる、よ」
「うぅん。40点」
「ハァァ!? なんだよ、それ」
突然低評価食らって、憮然とする。だって、渾身の『愛の言葉』だぞ? 思い切り甘い声だしたし、男ならシンプルイズベスト。下手に飾った言葉なんて逆効果だ。
「どうせそれ、半径数メートルの女に言ってきたんでしょう?」
「ゔっ、何故それを……」
「そんなんじゃあダメです。まさか貴方、童貞ですか?」
「失敬な奴だなッ、自慢じゃないが経験豊富だぞ!」
どこぞの筋肉童貞バカと違ってな……って危ない、また涙腺崩壊する。なんでだろう。
「じゃ、恋した事ないんでしょうね。お気の毒に」
「き、君こそどうなんだよ!」
「私ですか? 今、してますよ。貴方に」
また赤い瞳を細めて、ニンマリと笑う。その含んだような笑顔、すっごく怖いのは僕だけだろうか。夜道で薬でラリった奴に出会っちまった気分というか……とにかく全力で逃げ出したい。
「好きな男でも、思い出したらどうなんですか」
「す、好きな、男ぉ!? んなの、居るわけ……あ」
その瞬間、浮かんだ顔があった。
……もしこのミイラ男(国王陛下)が、アイツだったら。
そう思ったら。また鼻の奥がツンときて、あっという間に頬が濡れた。
「っ、く、クソッタレのバカヤロー、死ね……バーカ……す、好き」
「喧嘩売ってんのか、愛してんのかどっちなんです?」
「う、うっさいな。好きだったんだよ馬鹿野郎っ!」
……好き、だった? ちょっと待て。
自分の発した言葉に愕然となった。だって今、僕すごい事言ってなかったか?
エトの事、好きって。僕が! 男を! 好きだって!!!
「いやいやいやいやいや……ないだろ。うん、ないって!」
ありえない。だいたい僕はホモじゃない。
混乱した頭で、メンタル崩壊を感じる。
「あ゙ーっ、もう限界ッ!」
独りごちた瞬間。
「次はキス」
「っ痛!?」
勢い良く髪を掴まれ、ミイラ男の方に押し付けられた。
ブチブチと髪が千切れる痛みに、顔を顰める。そしてアルゲオの声は、地を這うように低かった。
「……さっさとしろ、この雌豚が」
「な、なんだ、よ……っ」
「魔王の息子でしょう? 気が変わりました。後で生存確認してやりますよ。もし生きてたら」
ねちっこい声色が、多量に含まれた吐息と共に流れ込む。
そして注がれた言葉に、目の前が赤く染まる。
「……確実に殺してやる。貴方の目の前で」
―――僕は、生まれて初めて人を本気で殺したいと思った。
右手を変化させたこの刃物で。
「痛いっ、乱暴にするなよな! このヘナチョコ野郎共っ」
僕の両脇を抱える兵士達に、盛大に八つ当たりする。しかし、その内心は崖っぷちだ。
なんせ、今からここで処女喪失。しかも自分からキスやら愛の言葉を、何が悲しくて、70も超えたジジイにしなきゃいけないんだ。
そんでもってさっさと用済みされて、あの猫目の変態に……なんて不憫過ぎる!
「おい陛下の部屋だぞ」
「ハッ、それがなんだって……っんぁ!?」
突然、後ろから尻を掴まれる。ただそれだけなのに、信じられないくらいにみっともない声が出た。
「おいおい。もうその気なってんじゃねぇか。へへっ、さすが性奴隷だ」
「う、うっさい。お前らなんか……ぅあ、ひぃっ」
突然乳首摘まれて、腰が抜けそうになる。
確かに娼婦も顔負けの反応だろう。でも、屈辱で震えているのも確かで。
そんな僕を面白がってか、このクズ共は面白半分で触ってきやがる。
「媚薬の効果ってすげぇな~」
「ほらほら、もっと胸突き出してみろよ」
「ぅあっ、ひぃん、や、やめて、ぇぇっ」
左右から乳首を抓ったり、引っ張ったり。更には性器を、ぐちゅぐちゅと音をたたてていたぶったりと好き放題だ。
「あ~、やべぇ。入れたくなってきちまった」
「おいおい、やめとけよ。死ぬぞ」
「んじゃせめて、咥えさせるか」
そんなとんでもない言葉と同時に、僕を床に引き倒す。そのまま乱暴に髪を掴むと、汚らしいソレを眼前に晒し出したのだ。
「噛むなよぉ」
「っな、何考えてんだ!?」
こいつらが『陛下の部屋だから静かにしろ』って言ったんだろうが!
確かに部屋は広く、ベッドはまた隣の部屋らしい。それでも王様の部屋でこんな事……。
「どーせ、あの国王陛下に意識なんてねぇよ。耳も聞こえねぇんだから、ここで少し楽しんだって大丈夫だろ」
「違いねぇな……ほら、咥えろって」
「んむ゙ッ、んんーっ、ん゙」
無理矢理口に捩じ込まれたそれは生臭く、吐き気をおもよした。必死で口から出そうとするが、一人がグイグイと押し込んでくる。
「サッサとしろよ~」
そう声をかけた、もう一人は見張り役らしい。
「ゔぅっ、んんん、ぁ゙、っふ」
窒息と屈辱で、今にも死んでしまいそうだ。
目から涙が滲んできたが、別に悲しんでいる訳じゃないぞ。これは生理的なモノだ……男が、人前でメソメソしてたまるかってんだ。
「ん゙ん゙ーっ゙」
「ぎゃぁ゙……っに、しやがるっ、この淫売ッ!」
思い切り噛み付いたら、張り飛ばされた。当たり前だが、大人しく舐めてると思うなよ。AVや同人誌じゃないんだから。
「騒がしいですね」
「アルゲオ様!」
音もなく、部屋に入ってきたのは正しく赤毛の変態野郎。殴られた事で床にへたり込み、頬を紅く腫らした僕を一瞥する。
「なんですかこれは」
「え゙っ……あ~、ちょっと反抗的だったんで」
「反抗的、なるほど」
独りごちるように呟くと、突然アルゲオは男達を拳で殴り始めた。
瞬く間に床に沈む。その頭を踏み躙り始めたのだ。
「ぅ゙ぐぁッ」
「……彼に触れる事は、国王陛下以外許しません。さっさと去れ、無能共が」
「は、はぃぃぃッ」
吐き捨てるような言葉の後。蹴り出された男達が、転げるように立ち去る。そしてアルゲオは膝をついて僕の顔を覗き込んだ。
「大丈夫ですか。可哀想に、唇が切れていますね」
そう嘆くと、白いハンカチを取り出して僕の顔に当てる。清潔なそれが血に汚れる様を、無感動に眺めていた。
「せっかくの愛らしい顔が……いや、これはこれで良いかもしれないな」
急にニンマリ笑うと、血のついたハンカチをしまい込む。そして顎を優しく掴んだ。
「……舐め取ってあげます」
「い゙!? なにしやがるッ、変態!!」
突然、切れた唇を舐めた。ちり、とした鋭い痛みと猫のようなザラついた舌。痛みと、それ以上の不快感で思わずその身体を突き飛ばす。
「き、気色悪ぃ事してんじゃないよ」
「ふふふ。驚きましたか」
「当たり前だッ!」
こいつら揃いも揃って、何考えてんだ。曲がりなりにも、国王陛下の部屋だよな? 完全にナメられてないか。舐めるだけに……ってやかましいわッ。
「行きますよ」
未だ床に座り込む僕の腕を軽く引いて、彼が言った。
どこへ、なんて聞かない。国王陛下の寝室だろう。そして今から、僕は嬲りモノになるらしい。
……でも悪いけど、大人しくヤられてるとは思うなよ。
僕にはとっておきの最終兵器があるんだ。
先程、地下室に一人きりで発見したソレに内心笑みを浮かべた。
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「貴方この部屋どう思います?」
寝室と言うには広すぎるベッド。天蓋付きで、こちらからは全く何も見えない仕組みだ。
それをぼんやり眺めていると、突然隣に立った変態赤毛男が口を開いた。
「下品で成金趣味って感じだな」
確かに調度品も家具も、壁にかけられた絵画も。全てが一流品なのだろう。しかし、その調和は全くと言って良いほど取れておらず、とりあえず高い物を買い揃えましたって部屋に見える。
僕だって曲がりなりにも貴族だから、物の善し悪しは多少分かるつもりだ。でも、やはりバランスってのは大切なのだと思う。
物事すべて、バランスなのだ。
「国王陛下のご趣味を、そんな悪し様にいうもんじゃありませんよ。確かに下品で統一感の全く無い、センスの欠片も見られない程の趣味の悪さですけど」
「君の方が酷い事言ってるじゃないか……」
「嘘は苦手なんですよ。私は正直者なので」
「本能に忠実ってヤツだろ」
「ふふっ、言いますねぇ」
相変わらず、見下ろしてくる赤い瞳が気色悪い。ねっとりとした視線というか。笑っているが、加えて舌なめずりしているような。昔絵本で見たチェシャ猫に似ている、と思った。
「さて。あの分厚い天蓋の向こうに、居るわけですが」
「国王陛下って奴か」
「えぇ」
緊張させたいような口ぶりに、僕は鼻で笑う。
向こうから見えないベッド、言わば密室。これはむしろ好都合だ。
……ジジイのくせに、若い男に手を出そうなんて変態には相応の痛い目に遭わせてやる!
なんて奥歯を噛んだ時だった。
「アルゲオ、口が過ぎる」
「!?」
声は、天蓋の中から聞こえてきた。
しかも女の声だ。
「貴方が『半神』か」
その声は今度は僕に話しかけたらしい。無言で頷くと、小さく息を吐く音がした。
「そう、貴方が」
そして、わずかな衣擦れ音と共にベッドから降りてきた人物。
「女性……?」
「ただの女性じゃありませんよ、ルベル」
アルゲオが僕をせっついた。
「この方は、カルディア王国の女王陛下。クロディア様です」
「じょ、女王陛下!?」
すると国王陛下の嫁さんか。
数年前から体調不良だとかで、国民の前に姿を表さなくなった王の代わりに、国政を執ってきた。
前世の日本と違って。テレビなんてものは無いから、国のトップや政治家達を日常的に目にする機会はほぼ無いと言ってもいい。
しかし肖像画や銅像、年に一度の行事等でその存在は知られている。
「ルベル・カントール」
女王陛下が僕の名を呼ぶ。
その容姿は、聞いていたより一層若く美しいものだった。
銀色の髪は豊かに長く、雪のように白い肌。紫水晶の如き瞳。高く形の良い鼻梁……とにかく滅多に見ない程の別嬪なわけ。
「はい」
思わず跪いたよな。
当たり前だろ。女王様でしかも、すごく美人なんだから。
彼女になら、恭しく足にでもキスしたい。
……それにしても、この美人が70過ぎのジジイの嫁さんって! それで更に男娼(言いたかないけど僕の事だ)まで。
痛い目通り越して、トドメさしたろうかって思う。
「ルベル。貴方、態度変わり過ぎですよ」
アルゲオのジト目もまるきり無視して、彼女を見つめる。
……あぁ、やっぱり美人は良いよなぁ。
でも、彼女の言葉で現実に引き戻される。
「陛下は、中に。私は外で待機してますので」
「あ……はい」
そうだ。僕はこの美人をスルーして、ジジイに抱かれなきゃならんのか。女好きには、果てしなく拷問だ。
それにしても。
―――ベッドに顔を向けた彼女の耳。そこで先程感じた疑問の答えを得る。
この女王様は、どうやら人間じゃないらしい。
「そうですよ。彼女はエルフ」
アルゲオが、僕の思考を読んだ顔で囁いた。
確かにエルフはかなりの長命で、その見た目も人間より老けるのが遅い。
それにしても人間界の王妃がエルフとは。
「ルベル・カントール」
再び呼ばれた。早く行け、と言うことだろう。
そろそろ腹を括らねばならないようだ。
……見た目より、案外と軽い布を捲る。
やはり大きなベッドだ。一目で分かる、上質それに横たわる、大柄な男。
「え?」
僕がマヌケな声を出して固まったのには理由がある。
何故なら、その男には顔がなかったから。
「さっさと初めて下さいよ」
「ぅおっ!!」
至近距離、すぐ後ろから吐息をかけて言ってきたのはアルゲオだ。
ゾワゾワッとしたのは勿論、気配もさせずにすぐ傍にいるもんだから。
「な、なんで君が居るんだよッ!?」
「手助けしてやろうと思いまして」
なにをシレッと言い出すかと思いきや。
手助けってなんだよ。老人介護じゃないんだぞ!
そう喚きたくても、さすがにこの場じゃ憚られる。だからせめてベッドに上がり込んで、完全無視してやることにした。
「おやおや、これじゃあミイラ男じゃありませんか」
「う、うっさいな……てか、この人本当に国王陛下なのか?」
ベッドの真ん中に寝ているのは、やはり全身を布でぐるぐる巻きにされた人らしきモノだ。これじゃ顔なんて分からない。
「まぁそうなんでしょ。多分」
「多分って……いい加減だなッ、君は軍の人間なんだろ!?」
「まぁそうですけど。私も姿見たのは半年前ですしねぇ。ふふっ、こんな面白い状態になってたとは」
「君、それでも軍人か……?」
コイツがどんな立場が知らないけど、普通こういうのって不敬罪に当たるんじゃないのだろうか。
「でもこれじゃあ、僕もお手上げだな」
ミイラ男、失礼。国王陛下の前で僕は呟いた。
「何がですか?」
何故か一緒にベッドに上がって、後ろにぴったりとくっついてきたアルゲオが聞き返す。
「肌がまるきり見えないんだぞ。意識もなさそうだし。これじゃ、愛の言葉も聞き取れやしない。それにキスや、セックスだって」
「出来ないですか? よく見てみなさい」
「え……あ゙」
背中から腕が伸びて、指をさす。そこに視線を移して初めて合点がいった。
……口の部分と、股間の一部。そこが小さく空いている。
「こ、こ、これ」
「ほほぉ。これでやれ、と」
なにをやれって? 聞かなくても分かる。
つまり、必要最低限の箇所で済ませろってことらしい。
「なんだ……コレは」
「機能的ですよね」
「言い方だな」
あまりにも、あんまりだろう!! そりゃ、別にムードとか求めてる訳じゃないけどさ。それでも、この逆壁尻的な発想はいかがなものか。
「僕、帰って良いよな?」
そう瞬時に判断し、顔を背けようとした。
……だってこれは明らかにやっても無駄、っていうか。いわゆる風俗で言う『チェンジ』状態じゃないか。
それにさっきからこのミイラ男、なんか鼻息荒いし。完全に拒否ってるだろう。うん、そうだ。きっとそうだ。そうに決まってる!
「待ちなさい。そんな訳ないでしょうが」
「いやいやいやいやっ、無理だってコレ! 」
「そんなことありません。ほら、そそり立つペニスですよ? 貴方、大好物でしょう」
「大好物ちゃうわッ、人を淫乱みたいな言い方するな! このド変態……って、げぇぇっ!?」
……確かに布の間からアレが……随分ご立派なアレ……アレ? ちょ……待て、ねぇ待って。
僕が狼狽えたのは仕方ない。
何故って……聳え立ったソレは、隆々と赤黒く。むしろグロテスクに晒されていたからだ。
「準備万端みたいですね」
「う、嘘だろ……」
心無しか、ミイラ男の鼻息がさらに荒くなった気がする。
身体はピクリともしないのに、性器だけがビクビクと動く様はなんだか怖い。
……っていうか。これ、入るのか? えらく大きい。しかも僕には女の子のアレが無いから、尻でコレを受け入れなきゃ駄目なんだよな?
「無理、だ」
「ん?」
「こ、こんなの……入ら、ない」
声が震えたのは、間違いない。恐怖からだった。
情けないけど、怖い。脅されたと言え、自分で選んだクセに震えが止まらないんだ。
「処女ですもんねぇ……ふふ、素敵ですよ。その表情」
「うるさ、い。この、外道が」
「まぁまぁ。少しばかり、緊張ほぐしてさしあげましょう」
その言葉と同時に、後ろから僕の下腹部をまさぐりだした手。
なにすんだ、と身をよじる。すると耳元で囁かれた。
「……女王陛下に聞かれても?」
「うぅっ」
それは、嫌だ。
状況はどうあれ、心はノンケ。女性にこういうのは聞かせたくない。
今更遅い気もするが、それだけは曲げたくないんだ。
慌てて口を噤んだ僕に、彼は『良い子だ』と低く呟いた。
「っう、っは……ぁ……っ」
媚薬で散々高められた身体。
さらに地下室での焦らしもあってか、すぐに立ち上がってしまった。
気持ちよくなんかなりたくないのに、必死で噛んだ唇の端から、恥ずかしい声が漏れてしまう。
「今度は、イって良いですよ」
甘ったるい声。気がつけば、胸まで弄られていたようで、身体をくねらせ気色悪い声で喘ぎまくっていた。
「ぅあ、ッ、あぁ、も、だ、めぇぇっ、っあぁ、あっ……っ!」
数回の痙攣で、あっさり吐精してしまったらしい。脱力感で、前のめりに倒れた僕を両腕が優しく抱きとめる。
「可愛い」
ぼんやりとする耳に差し込まれた、熱い言葉に胸を焦がす。
可愛い、なんてまるでアイツみたい。あぁエト……今度はキス、してくれるだろうか。
「後で、縛っても良いですか?」
「!!」
現実に返った。
僕に触れていたのは、彼じゃない。そう思うと、すごく辛くなった。まるで死ぬほど辛いモノ食べた時みたいに、鼻の奥がツーンってきて。視界が瞬く間にボヤけてきちまう。これじゃあまるで……。
「まさか、泣いているんですか?」
「そ、そん、なわけ、ないだろッ……」
なんでこうなったんだろう。
好きでもない奴に、弄られてこれから処女失うなんて。こうなるなら、アイツに抱かれていれば良かったのか?
いやいやいや、僕は掘られたくない。でも、どうせなら……あー。あの躾のなってない大型犬みたいな男の全てが懐かしい。
「泣いてる貴方も魅力的ですがね。早く済ませて下さい」
「っ、ひぐっ、ぅ……っ、す、済ませる……って」
人前でメソメソしたくない、なんて大口叩いたクセにあのバカの事を思い出したら、途端にこうだ。涙がとまらなくなった。
口に入った雫が、しょっぱい。ムカついたら、さらにアイツを思い出して泣けてきた。
……ったく、居ても居なくても僕を振り回すクソ童貞め。
―――それでも状況は酷く残酷だった。
「最初は愛の言葉と、キスからですよ」
「あ、愛の、言葉? 無理だろ……」
ミイラ男、しかもふる勃起させたチ●コだけ晒してる奴にか? 違う意味で泣けてくるわッ!
「良いんですか? お兄さん達が、貴方以上に悲惨な目に遭っても」
拒絶する僕の耳には、諭すような声色で脅迫の言葉が吹き込まれる。
あぁそうだ。僕がここにいる理由。そして、成すべき事。
ようやく正気に返って、手の甲で少し乱暴に目元を拭った。
「美女以外に、気の利いた言葉なんて言いたかないが……言えばいいんだろ、言えば」
「ふふっ。そのメンタルの強さも、素敵だ」
「気色悪ぃ」
後ろでニヤつく変態はさておき、必死に自分に言い聞かせる。
これは『スタイル抜群の、超美少女だ』と。
「ま、マイハニー……愛してる、よ」
「うぅん。40点」
「ハァァ!? なんだよ、それ」
突然低評価食らって、憮然とする。だって、渾身の『愛の言葉』だぞ? 思い切り甘い声だしたし、男ならシンプルイズベスト。下手に飾った言葉なんて逆効果だ。
「どうせそれ、半径数メートルの女に言ってきたんでしょう?」
「ゔっ、何故それを……」
「そんなんじゃあダメです。まさか貴方、童貞ですか?」
「失敬な奴だなッ、自慢じゃないが経験豊富だぞ!」
どこぞの筋肉童貞バカと違ってな……って危ない、また涙腺崩壊する。なんでだろう。
「じゃ、恋した事ないんでしょうね。お気の毒に」
「き、君こそどうなんだよ!」
「私ですか? 今、してますよ。貴方に」
また赤い瞳を細めて、ニンマリと笑う。その含んだような笑顔、すっごく怖いのは僕だけだろうか。夜道で薬でラリった奴に出会っちまった気分というか……とにかく全力で逃げ出したい。
「好きな男でも、思い出したらどうなんですか」
「す、好きな、男ぉ!? んなの、居るわけ……あ」
その瞬間、浮かんだ顔があった。
……もしこのミイラ男(国王陛下)が、アイツだったら。
そう思ったら。また鼻の奥がツンときて、あっという間に頬が濡れた。
「っ、く、クソッタレのバカヤロー、死ね……バーカ……す、好き」
「喧嘩売ってんのか、愛してんのかどっちなんです?」
「う、うっさいな。好きだったんだよ馬鹿野郎っ!」
……好き、だった? ちょっと待て。
自分の発した言葉に愕然となった。だって今、僕すごい事言ってなかったか?
エトの事、好きって。僕が! 男を! 好きだって!!!
「いやいやいやいやいや……ないだろ。うん、ないって!」
ありえない。だいたい僕はホモじゃない。
混乱した頭で、メンタル崩壊を感じる。
「あ゙ーっ、もう限界ッ!」
独りごちた瞬間。
「次はキス」
「っ痛!?」
勢い良く髪を掴まれ、ミイラ男の方に押し付けられた。
ブチブチと髪が千切れる痛みに、顔を顰める。そしてアルゲオの声は、地を這うように低かった。
「……さっさとしろ、この雌豚が」
「な、なんだ、よ……っ」
「魔王の息子でしょう? 気が変わりました。後で生存確認してやりますよ。もし生きてたら」
ねちっこい声色が、多量に含まれた吐息と共に流れ込む。
そして注がれた言葉に、目の前が赤く染まる。
「……確実に殺してやる。貴方の目の前で」
―――僕は、生まれて初めて人を本気で殺したいと思った。
右手を変化させたこの刃物で。
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