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16.美丈夫は喋ら……喋ったァァァァ!?

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 数日間。
 足繁く通った場所は、長い廊下を行った先。
 何故か、城の奥まった所にあるレガリアの部屋だ。

「失礼します」
「ン」

 ノックをしてすぐに開けても、彼は動揺することは無い。
 常に物静かだ。
 特に本を読む時は、まるで身動ぎすらしない。

「これ、返しに来ました」
「ン」

 そっと机に置いた本は、昨晩彼に借りた物。
 ある冒険家であり、魔獣学者の自伝だ。

「とても面白かったです。ありがとうございました」
「ン」

 勿論、お世辞ではない。
 ハラハラドキドキして、まるで小説か。いや、それ以上に心躍る冒険譚だった。
 思わず、夜通し読み耽ってしまう位に。

「ン」

 優しい目で、頷くその表情。
 注意深く見れば、単なる無表情ではない。
 
 瞳がその感情を、雄弁に語っている。
 ……表情筋が死んでる分、目で訴えてるんじゃないかって気もせんでは無いけど。

 「あ、この本。僕この前、書庫で読みましたよ」

 机の上に置いてある本を、指さして言う。
 
 ―――以前、読んだ本の続巻がないかと探してたいた時だった。
 例によって『ン』の一言と、少し強引に引っ張って来られたのが、この部屋で。

 それから度々、本を借りに来ているワケ。

「ン」

 まだ続巻がある、と言いたいのだろう。
 本棚を見ながら立ち上がった彼の、視線の先を追った。

「いつもすいません」
「ン」

 これは『気を遣うな』とか『お易い御用だ』とかいう意味だろうな。
 
 って、これ。
 なんか段々、楽しくなってきた。
 寡黙を通り越して、意思の疎通が出来るか不安だったが。
 それでも彼は、言葉でなく行動で示してくれる。

 敬意と、好意を。
 そこにはみたいな、人を女扱いしたりする様子はない。
 少々距離が近い気がせんでもないが、レクスもレミエルも……ここの奴らは皆、距離感おかしいからな。

 ……それにしても。

 あれから、あのアホエトの姿を見ない。
 もはや、避けてるとしか思えないな。

 悔しい事に、段々『え、これ僕が悪い?』みたいな気分になってくる。
 いやいやいや、僕悪くないよな!?

  あれだけ、しつこく付きまとってきたクセに。
 もう諦めるとか。
 なんか、すごくムカつく。

「ン?」
「えっ、あ。ご、ごめんなさい」

 ヤバい、思考に耽ってた。
 しかもさっき、とんでもない事を考えてなかったか?
 ……深く考えるのは止めよう。
 
「ン」

 気にする様子もなく、穏やかな表情で差し出された本。
 わずかに感じた動揺と共に、歩み寄る。

「昨日、他に面白い本を見つけたんです。図鑑だけど……っあ!?」

 ―――床の一部に、躓いた。
 長い足が、とか言いたいけど。そうじゃないし、そんな場合じゃない。

 まるきり受身を取らない、鈍臭い転び方をしたものだから。

「うわぁッ!!」

 短く叫んで、顔から床にキスを……しなかった。
 それどころか、手をついたのは硬い床ですらない。
 
「え゙、あ゙、あのッ」

 すごくデジャブ。
 今の僕は、またこの美丈夫に抱き締められていた。
 咄嗟に腕を引き、抱き寄せてくれたのだろう。

 まるで恋人同士のような距離感。
 あの美しい双眸が、覗き込んでくる。

「あ……あ、あの、あの」

 礼を言わなければ。
 そして『もう大丈夫』と離れなくては。
 そうじゃないと。なんか色々ヤバい気がする。
 勘違いすんなよ? 僕のメンタルとかじゃなくて、この状況すごく誤解を招く。

「ルベル、大丈夫か」
「へ!?」

 ……待て待て待てッ、今喋った?
 言葉を発したよな!?
『ン』以外の音声聞いたの初めてだぞ!?
 悪いけど、喋れるモノだと思ってなかった。

「れ、レガリア、さん……!?」
「怪我は、ないか」

 ほげぇぇぇッ、普通に喋ってるぅぅ!?
 いや、さっきまでの何だったんだ。
『ン』とか連発して、ミステリアスキャラだったじゃないか!!

 僕の驚愕なんて、お構い無し。
 彼は、ペタペタと人の身体を触っている。

「……ン」
「ちょ、ちょっと待って、レガリアさん」
「ン?」

 あ、戻った。
 この人がまたひとつ、分からなくなる。

「あー、もう大丈夫なんで」

 そろそろ離してくれないかな。
 さっきから。腰に腕は回ってるわ、ほぼキス1秒前見たいな距離感だわ。
 さらに困るのは、男とくっついてるのは気色悪いハズなのに、大して嫌悪感が無いことだ。

 ……単に慣れか。それとも僕のホモ化が進んできたのか。
 後者なら、まずい。非常にまずい。
 僕は重ね重ね言うが、ホモじゃないからな。

 そろそろホントにヤバい。
 部屋にいると言えど、こういう時ってお約束の間の悪いが部屋に乱入してくるじゃないか。

「ン」
「ちょっ、レガリアさぁぁん!」

 何を考えているのか、また寡黙モードになった彼は離してくれる気配はない。
 興味深そうに僕の瞳を覗き込み、身体を触りまくっている。
 なんていうか、愛撫というより……触診?

 そういや、この人魔獣に関する書籍を山ほど読んでたな。
 すると何か。今度は僕、魔獣扱いされてる?

「そろそろホントに離し……」
「……兄貴、入るよ」

 ―――ドアノックと同時に響く声。
 そして返事も待たず開かれた扉。

 慌てて身体を引く余裕もなかった。

「……あ゙」
「え、エト」
「ン?」

 入ってきた間の悪いマヌケエトと、固まる僕。
 動じることなく、のんびり彼の方を見るレガリア。

 三者三様で、時が止まった。(主に僕とエトの)

「……」
「……」
「ン?」

 き、気まずい。

 エトのエメラルドグリーンの瞳が、大きく見開かれた。
 そこには、深い悲しみとショックが宿っている位は、僕にも分かる。

「ルベル……酷い」

 またみるみるうちに、彼の目から涙の粒が盛り上がってくる。
 
「ひ、酷いってなぁ。変な誤解すんなよ! 別に僕とレガリアさんは……って、アンタもそろそろ離して!?」
「ン?」

 さながら恋人の浮気を見た女。
 さながら見られて言い訳かます男。
 さながら……って、この人はマイペース過ぎる!

「レガリアさんっ、僕は魔獣じゃないですからね!?」
「ンー?」
「なんでまた喋んないんだよ!」

 まさかこの人、確信犯なんじゃないのか?
 だとしたら……って。

「俺を弄んだんだな。酷い……っ」
「エト、君も変なスイッチ入ってんぞ! 落ち着け。僕はなんにもしてないッ」
「今からナニする気だったんだろ!」
「ナニってなんだよっ、このスケベ童貞め!」
「開き直りか、チクショー!」
「開き直っとらんわっ、バーカバーカ」
「バカって言った奴がバカなんだぜ。ルベルのバカ! この尻軽!」
「っ、この無礼者がァァァッ!」

 てか。なんなんだよ、この修羅場。
 だいたい僕達は恋人同士ですらないからな!?

 僕だってなんでこんなに、必死に言い訳してんだ……これじゃあまるで。

「くそぉぉぉっ、俺は絶対諦めないからな!!」
「っ!?!?!?」

 エトはそう叫ぶと、未だ抱き締められていた僕の頬に唇を押し付けた。

 ガキみたいな……いや昨今のガキでもしないくらいのキス。
 でも挨拶のキスにしては情熱的だ。

「今は無理でも、兄貴から奪い取ってやるからなッ! 首洗って待ってろ、バーカバーカ!」
「え、エト何言って……」

 やめろ。これ以上言うな。
 すごく恥ずかしい。なんだろ、今までで一番……グッときちまったじゃないか。

 ―――それだけ捲し立てると、エトは涙目のまま嵐のように部屋を去って行く。

「ンン?」
「レガリアさんは……まず離して下さい」
「ン?」

 キョトンとした彼と、脱力した僕が残された。

 
 


 

 

 
 
 


 

 
 

 




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