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アイツは豚野郎
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――他人から粘着されるのってこんなに疲れるもんだって、昔の俺に教えてやりたい。
「ハァ……あ、美味ぇな」
あれからやはりとヤツが持ってきたジャムを、添えられていたビスケットに塗る。
アイツはあんなナリして料理、というか主に菓子作りがめちゃくちゃ上手いというのがここ最近わかった。
甘いのがそう得意じゃない俺でも食えるレベルだから相当なんだろう。
だとしてもドン引きなのだが。
「ふん、バッカじゃねーの」
むしゃむしゃ。
腹の虫を宥めるためにひたすら食う。うん、やっぱり肉の方がいい。
全然腹が満たされないじゃねえかよ。
『また感想聞かせてくださいね!』
少しはにかんだ、でも弾けるような笑顔が脳裏に浮かぶ。
ったく、勝手に押し付けておいて感想まで集るなんざ図々しいやつだ。
昔はこまっしゃくれたチビなクソガキだったのに、今やすっかり俺の身長を超えたガチムチ大男に育ったあいつ。
アイツら兄弟、三匹の子豚共とやり合った時のことをふと思い出した。
――俺は今より怖いもの知らず。そして何より腹ぺこだった。
まだガキに近かったからだろうな。手当り次第に狩りまくろうとして、失敗も多くてさ。
めちゃくちゃ腹が減った中で、丸々と太って柔らかそうな子豚どもに出会ったんだ。
思わず唾を飲んだぜ。久しぶりの獲物、しかも愚鈍な豚だぞ。
そもそもこの森に暮らす豚は多くない。だいたいがこの先の村にいるからな。
だからそんなこんなで俺はそいつらを食おうと躍起になった。
そして三匹中、二匹は笑っちまうくらいマヌケだったんだ。
藁の家に木の家だぞ? もうなめられてんのかって感じ。
ンなもん吹き飛ばすなり張り倒すなりして一気に襲いかかったが、姑息にも逃げ足はなかなか速い。俺も腹が減ってたからか、あいつらを三匹目の元に逃げ込むのを許しちまったんだ。
思えばこれが運の尽き。
最初はレンガの家にド肝を抜かれ (いや、そんな大掛かり建築されるなんて予想しねえから)て、さらに酷い目にもあわされてさ。
もう俺も情けないことに離れて暮らしてたかーちゃんの所に逃げ帰って、散々仲間にバカにされたっけな。
……ああ黒歴史だ。
とにかくそんな俺だったが、あれから一念発起して狩りの腕を磨きまくった。
そしてあいつら豚野郎どもには手を出すまいと固く誓った――はずなんだが。
「なんでこうなるかなぁ」
何度目かになる大きなため息とともに頭を抱える。
どうやら三匹目、つまりサビオに妙な執着をされているらしい。
酷い目にあってから五年後、俺の心の傷が癒えてきた頃にあいつは再び姿をあらわした。
美味そうに出ていた腹はえらく凹み、背は今よりは小柄だが伸びていて。
思わず。
『あんた誰?』
とマヌケ面して訊ねてしまったくらいの変貌だった。
するとヤツは。
『貴方に恋をした者です』
と鳥肌モノの笑顔を貼り付けて手なんて握ってきやがった!
思わず振りほどいて距離をとって威嚇したわな。
それからはもう最悪。
付きまとわれて絡まれて、鬱陶しいったらありゃしない。
何度追い返しても罵っても堪えた様子すらないんだぞ。何食って育てばこんなのになっちまうんだ?
そして育つといえばコイツの身体。
どんどんデカくなって、俺を超えてきて。しかも日に日にゴリマッチョ化していく。
怖いってもんもんじゃねーぞ!
この前はどさくさに紛れて尻をなでられて思わず悲鳴あげちまった。
女じゃあるまいし恥ずかしい。でもそれすらアイツは笑っているんだ。
『可愛いお嬢さん♡』
なんて気色悪いことまで。
ああまたトラウマ植えつけられた。もうヤダ、最低だ。
思い出すだけで蕁麻疹でそう。
慌てて頭をふって嫌な記憶を振り払おうとする。
その時だ。
――トントン。
「うわ゙」
また来た。もうドアなんて開けてやらないと耳を塞ぐ。
だが。
――ガチャ。
「おじゃましまーす。あ、いるじゃないですか。ルヴさん」
「ぅえぇぇぇぇっ!?」
普通に開けてきた! なんのためらいもなく!!
そして平然と入ってくる巨体に俺はワナワナと震えて叫ぶ。
「あはは、すごく驚いた顔。今日も可愛いですね」
「な、な、な……」
なんで? 鍵しめたよな?? 以前は鍵閉め忘れて (というか閉める習慣なかった)勝手に押し入られてから鍵閉めてたのに。
「あ、これです」
「合鍵ぃぃぃッ!?!?!?」
ふつーに作られてた。コイツはもうストーカーだ。やばい部類のヤツだ。
「く、くるな」
「そんな怯えないでくださいよ」
俺が怒鳴りつけると、ヤツは困ったような少し悲しそうな顔をした。
「これ、外に落ちてましたよ」
「へ?」
差し出された鍵。見慣れない飾りまでついてるが、確かにウチのだ。
「落とし物、もしかして気付いてなかったんですか」
「え? え?」
「不埒な輩がここに押し入って、貴方に乱暴を働くんじゃないって慌ててやってきたんですよ」
「ら、乱暴?」
「お寝坊さんのルヴさんの布団を剥ぎ取って、貴方の可愛い身体をすみからすみまで晒して舐めて吸って、エグすぎる監禁レ○プからの快楽メス堕ちコースですよ」
「ヒッ!?」
なんかひどい単語が羅列された気がする。
てかそんなことをサラッと、なんなら爽やかな顔で言うんじゃねーよ! そっちの方が怖いわッ!!
だけど。
「そうか……あ、ありがとう?」
一応とどけてくれたワケ、だもんな。不承不承ながらも言うと。
「どういたしまして」
とまたもあの胡散臭い笑顔で返された。
「いやあ、ルヴさんの一大事に駆けつける事が出来てよかったです」
一大事って。普通に鍵落としてただけじゃねーか。それでも礼くらい言わねえとな。大人だし。
そこで気づいた。
「なんだこりゃあ」
「あ、キーホルダーですよ」
「きー……?」
「無くさないようにってオマジナイですよ」
「オマジナイ……」
手の中で転がしたそれは、赤い木の実をかたどったそれは恐らく木材の端切れを丹念に磨いて球体にしたやつだろう。
色も塗ってあって、キラキラして見える。
「そうオマジナイ。ルヴさんのことを想って作ったんです」
「あ、そ」
また妙なことを。
でもまあこのまま突っ返すのもなんか躊躇われるのはそのくらいの顔を、コイツがしているから。
キラキラとしたガキみたいな目、クマよりデカい図体してるクセにな。
「そしてこれもあげます」
「?」
次に手渡されたのはまた木の実。この前のよりずっと小さなそれは、なんだか赤というより黒ずんで見えた。
「なんだこれ」
腐ってんじゃなかろうかと鼻を効かせるも、強い匂いに顔をしかめることになる。
甘い。甘いのだが、不自然に甘すぎる匂い。むせ返るような刺激というのだろうか。
俺の優秀な嗅覚が途端に音を上げちまうレベル。
「おい、どういうつもりだ」
鼻をおおいながら低く唸った。
「得体の知れねえモノ持ってきやがって」
何を企んでいるのか、返答によってはこの場で食い殺してやると威嚇する。しかしヤツの方はというと。
「僕にもよく分からないんですけどね」
と言いながら、いまだ目を輝かせながら話し始めた。
いわく、港町にいる遠い親戚豚からもらったものらしい。
「とにかく珍しい物をいつも見せてくれる人なんですよ、今度長い船旅にでるからって異国の果物みたいですよ」
「長い船旅、ねえ」
それって……いや、やめとこう。そんなことより。
「食えるのか、これ?」
こんな匂いの強いもの、食って腹壊したらたまらんだろう。
柔らかい果肉をフニフニと触りながら訝しむ。
「ご安心を。家を出る前に僕もひとつ食べてきましたから」
「ふーん」
まあ慣れれば甘い匂いだし、食べられそうな気もするような?
少しずつだが興味が湧いてきた。むしろ食べたくてたまらなくなってきたのだ。
「腹壊したら許さんからな」
「あはは、大丈夫ですってば」
念押しして睨みつけるも笑って返された。
だから恐る恐るだが下の上に乗せてみることにした。
「んぅ」
薄い皮を歯で噛み破ると、とろりとした果汁がまず口の中いっぱいに広がる。
鼻から抜ける香りは何かに似てる気もする。でも思い出せない。匂いだけかいだ時よりずっと甘くて美味いと思った。
「んん」
種はない。だから遠慮なく歯を立てる。ズタズタになった果実はあっさりと口の中から喉にすべり落ちていく。
「うん」
たしかに腐ってなさそうだ。
濃厚な味の余韻に浸る。
「まあまあだな、って――!?」
口を開いたときだった。
突然、俺は強く抱きすくめられたのだ。誰にって? 当然、アイツに。
「ちょっ、お、おい!」
「……」
自分より大きく強そうな身体に締め上げられる衝撃。パニックになりながらも、必死で声をあげた。
「は、離せ! どういうつもりだッ、この豚野郎!!!」
「そうですよ、僕は豚野郎です」
いつもより幾分も低い声。
それに驚くより先に、今度は顎を掴まれた。
「んん゙っ!? 」
ぶつけられるように乱暴にぶつかったのは存外柔らかい感触。
唇をふさがれた、しかも相手ので。つまり。
「!!!!」
もしかしてキス、されてる――ッ!?!?!?
だがこれだけで思考が追いつくはずもなく、拒絶する前に。
「ん゙ぅ……っ!? ん゙んんッ!」
口の中を湿ったなにかが這い回り始めたのだ。
まさかこれはアイツの、舌? するとこれは。
「んぅ~~~ッ!!!!」
ディープキスされてる!? 俺がッ、コイツにッ、なんで!?
しかもパニックになったのはこれだけじゃない。
気持ち悪い吐きそう、としか思えない行為のハズなのになぜか心臓が痛いほど鳴り始めやがった。
「っ!」
なんだこれ、おかしい。胸が苦しい。苦しいだけならまだしも、なんかどんどん身体が熱くなってくる。
頭ん中もぼーっとしてきて、なんていうか……その……ええっと、気持ちいい? っていうか……。
「んぅっ、ふぁ……ぁ♡」
鼻に抜けた甘ったるい声がした。それを自分が発したことに気づいたのは数秒後で。
「ふふ、ルヴさんったら。すごくエロい顔してますよ」
「んぇ……?」
エロいって誰が、どういう。いやそもそも、なんでコイツこんなに嬉しそうなんだ!?
もうまとまらない思考。なのに容赦なく、サビオは言葉を投げかける。
「もっと貴方をめちゃくちゃにしていいですか」
「な、なにを……んぅぅっ♡♡」
反論するヒマなんて与えられず、またすぐに噛み付くようなキスをされた。
――ああもう。
どんどん朦朧となる意識に俺は瞳さえ閉じざる得なかった。
「ハァ……あ、美味ぇな」
あれからやはりとヤツが持ってきたジャムを、添えられていたビスケットに塗る。
アイツはあんなナリして料理、というか主に菓子作りがめちゃくちゃ上手いというのがここ最近わかった。
甘いのがそう得意じゃない俺でも食えるレベルだから相当なんだろう。
だとしてもドン引きなのだが。
「ふん、バッカじゃねーの」
むしゃむしゃ。
腹の虫を宥めるためにひたすら食う。うん、やっぱり肉の方がいい。
全然腹が満たされないじゃねえかよ。
『また感想聞かせてくださいね!』
少しはにかんだ、でも弾けるような笑顔が脳裏に浮かぶ。
ったく、勝手に押し付けておいて感想まで集るなんざ図々しいやつだ。
昔はこまっしゃくれたチビなクソガキだったのに、今やすっかり俺の身長を超えたガチムチ大男に育ったあいつ。
アイツら兄弟、三匹の子豚共とやり合った時のことをふと思い出した。
――俺は今より怖いもの知らず。そして何より腹ぺこだった。
まだガキに近かったからだろうな。手当り次第に狩りまくろうとして、失敗も多くてさ。
めちゃくちゃ腹が減った中で、丸々と太って柔らかそうな子豚どもに出会ったんだ。
思わず唾を飲んだぜ。久しぶりの獲物、しかも愚鈍な豚だぞ。
そもそもこの森に暮らす豚は多くない。だいたいがこの先の村にいるからな。
だからそんなこんなで俺はそいつらを食おうと躍起になった。
そして三匹中、二匹は笑っちまうくらいマヌケだったんだ。
藁の家に木の家だぞ? もうなめられてんのかって感じ。
ンなもん吹き飛ばすなり張り倒すなりして一気に襲いかかったが、姑息にも逃げ足はなかなか速い。俺も腹が減ってたからか、あいつらを三匹目の元に逃げ込むのを許しちまったんだ。
思えばこれが運の尽き。
最初はレンガの家にド肝を抜かれ (いや、そんな大掛かり建築されるなんて予想しねえから)て、さらに酷い目にもあわされてさ。
もう俺も情けないことに離れて暮らしてたかーちゃんの所に逃げ帰って、散々仲間にバカにされたっけな。
……ああ黒歴史だ。
とにかくそんな俺だったが、あれから一念発起して狩りの腕を磨きまくった。
そしてあいつら豚野郎どもには手を出すまいと固く誓った――はずなんだが。
「なんでこうなるかなぁ」
何度目かになる大きなため息とともに頭を抱える。
どうやら三匹目、つまりサビオに妙な執着をされているらしい。
酷い目にあってから五年後、俺の心の傷が癒えてきた頃にあいつは再び姿をあらわした。
美味そうに出ていた腹はえらく凹み、背は今よりは小柄だが伸びていて。
思わず。
『あんた誰?』
とマヌケ面して訊ねてしまったくらいの変貌だった。
するとヤツは。
『貴方に恋をした者です』
と鳥肌モノの笑顔を貼り付けて手なんて握ってきやがった!
思わず振りほどいて距離をとって威嚇したわな。
それからはもう最悪。
付きまとわれて絡まれて、鬱陶しいったらありゃしない。
何度追い返しても罵っても堪えた様子すらないんだぞ。何食って育てばこんなのになっちまうんだ?
そして育つといえばコイツの身体。
どんどんデカくなって、俺を超えてきて。しかも日に日にゴリマッチョ化していく。
怖いってもんもんじゃねーぞ!
この前はどさくさに紛れて尻をなでられて思わず悲鳴あげちまった。
女じゃあるまいし恥ずかしい。でもそれすらアイツは笑っているんだ。
『可愛いお嬢さん♡』
なんて気色悪いことまで。
ああまたトラウマ植えつけられた。もうヤダ、最低だ。
思い出すだけで蕁麻疹でそう。
慌てて頭をふって嫌な記憶を振り払おうとする。
その時だ。
――トントン。
「うわ゙」
また来た。もうドアなんて開けてやらないと耳を塞ぐ。
だが。
――ガチャ。
「おじゃましまーす。あ、いるじゃないですか。ルヴさん」
「ぅえぇぇぇぇっ!?」
普通に開けてきた! なんのためらいもなく!!
そして平然と入ってくる巨体に俺はワナワナと震えて叫ぶ。
「あはは、すごく驚いた顔。今日も可愛いですね」
「な、な、な……」
なんで? 鍵しめたよな?? 以前は鍵閉め忘れて (というか閉める習慣なかった)勝手に押し入られてから鍵閉めてたのに。
「あ、これです」
「合鍵ぃぃぃッ!?!?!?」
ふつーに作られてた。コイツはもうストーカーだ。やばい部類のヤツだ。
「く、くるな」
「そんな怯えないでくださいよ」
俺が怒鳴りつけると、ヤツは困ったような少し悲しそうな顔をした。
「これ、外に落ちてましたよ」
「へ?」
差し出された鍵。見慣れない飾りまでついてるが、確かにウチのだ。
「落とし物、もしかして気付いてなかったんですか」
「え? え?」
「不埒な輩がここに押し入って、貴方に乱暴を働くんじゃないって慌ててやってきたんですよ」
「ら、乱暴?」
「お寝坊さんのルヴさんの布団を剥ぎ取って、貴方の可愛い身体をすみからすみまで晒して舐めて吸って、エグすぎる監禁レ○プからの快楽メス堕ちコースですよ」
「ヒッ!?」
なんかひどい単語が羅列された気がする。
てかそんなことをサラッと、なんなら爽やかな顔で言うんじゃねーよ! そっちの方が怖いわッ!!
だけど。
「そうか……あ、ありがとう?」
一応とどけてくれたワケ、だもんな。不承不承ながらも言うと。
「どういたしまして」
とまたもあの胡散臭い笑顔で返された。
「いやあ、ルヴさんの一大事に駆けつける事が出来てよかったです」
一大事って。普通に鍵落としてただけじゃねーか。それでも礼くらい言わねえとな。大人だし。
そこで気づいた。
「なんだこりゃあ」
「あ、キーホルダーですよ」
「きー……?」
「無くさないようにってオマジナイですよ」
「オマジナイ……」
手の中で転がしたそれは、赤い木の実をかたどったそれは恐らく木材の端切れを丹念に磨いて球体にしたやつだろう。
色も塗ってあって、キラキラして見える。
「そうオマジナイ。ルヴさんのことを想って作ったんです」
「あ、そ」
また妙なことを。
でもまあこのまま突っ返すのもなんか躊躇われるのはそのくらいの顔を、コイツがしているから。
キラキラとしたガキみたいな目、クマよりデカい図体してるクセにな。
「そしてこれもあげます」
「?」
次に手渡されたのはまた木の実。この前のよりずっと小さなそれは、なんだか赤というより黒ずんで見えた。
「なんだこれ」
腐ってんじゃなかろうかと鼻を効かせるも、強い匂いに顔をしかめることになる。
甘い。甘いのだが、不自然に甘すぎる匂い。むせ返るような刺激というのだろうか。
俺の優秀な嗅覚が途端に音を上げちまうレベル。
「おい、どういうつもりだ」
鼻をおおいながら低く唸った。
「得体の知れねえモノ持ってきやがって」
何を企んでいるのか、返答によってはこの場で食い殺してやると威嚇する。しかしヤツの方はというと。
「僕にもよく分からないんですけどね」
と言いながら、いまだ目を輝かせながら話し始めた。
いわく、港町にいる遠い親戚豚からもらったものらしい。
「とにかく珍しい物をいつも見せてくれる人なんですよ、今度長い船旅にでるからって異国の果物みたいですよ」
「長い船旅、ねえ」
それって……いや、やめとこう。そんなことより。
「食えるのか、これ?」
こんな匂いの強いもの、食って腹壊したらたまらんだろう。
柔らかい果肉をフニフニと触りながら訝しむ。
「ご安心を。家を出る前に僕もひとつ食べてきましたから」
「ふーん」
まあ慣れれば甘い匂いだし、食べられそうな気もするような?
少しずつだが興味が湧いてきた。むしろ食べたくてたまらなくなってきたのだ。
「腹壊したら許さんからな」
「あはは、大丈夫ですってば」
念押しして睨みつけるも笑って返された。
だから恐る恐るだが下の上に乗せてみることにした。
「んぅ」
薄い皮を歯で噛み破ると、とろりとした果汁がまず口の中いっぱいに広がる。
鼻から抜ける香りは何かに似てる気もする。でも思い出せない。匂いだけかいだ時よりずっと甘くて美味いと思った。
「んん」
種はない。だから遠慮なく歯を立てる。ズタズタになった果実はあっさりと口の中から喉にすべり落ちていく。
「うん」
たしかに腐ってなさそうだ。
濃厚な味の余韻に浸る。
「まあまあだな、って――!?」
口を開いたときだった。
突然、俺は強く抱きすくめられたのだ。誰にって? 当然、アイツに。
「ちょっ、お、おい!」
「……」
自分より大きく強そうな身体に締め上げられる衝撃。パニックになりながらも、必死で声をあげた。
「は、離せ! どういうつもりだッ、この豚野郎!!!」
「そうですよ、僕は豚野郎です」
いつもより幾分も低い声。
それに驚くより先に、今度は顎を掴まれた。
「んん゙っ!? 」
ぶつけられるように乱暴にぶつかったのは存外柔らかい感触。
唇をふさがれた、しかも相手ので。つまり。
「!!!!」
もしかしてキス、されてる――ッ!?!?!?
だがこれだけで思考が追いつくはずもなく、拒絶する前に。
「ん゙ぅ……っ!? ん゙んんッ!」
口の中を湿ったなにかが這い回り始めたのだ。
まさかこれはアイツの、舌? するとこれは。
「んぅ~~~ッ!!!!」
ディープキスされてる!? 俺がッ、コイツにッ、なんで!?
しかもパニックになったのはこれだけじゃない。
気持ち悪い吐きそう、としか思えない行為のハズなのになぜか心臓が痛いほど鳴り始めやがった。
「っ!」
なんだこれ、おかしい。胸が苦しい。苦しいだけならまだしも、なんかどんどん身体が熱くなってくる。
頭ん中もぼーっとしてきて、なんていうか……その……ええっと、気持ちいい? っていうか……。
「んぅっ、ふぁ……ぁ♡」
鼻に抜けた甘ったるい声がした。それを自分が発したことに気づいたのは数秒後で。
「ふふ、ルヴさんったら。すごくエロい顔してますよ」
「んぇ……?」
エロいって誰が、どういう。いやそもそも、なんでコイツこんなに嬉しそうなんだ!?
もうまとまらない思考。なのに容赦なく、サビオは言葉を投げかける。
「もっと貴方をめちゃくちゃにしていいですか」
「な、なにを……んぅぅっ♡♡」
反論するヒマなんて与えられず、またすぐに噛み付くようなキスをされた。
――ああもう。
どんどん朦朧となる意識に俺は瞳さえ閉じざる得なかった。
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