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悔い改めろマッチ売りの少女♂

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「――ずいぶん遅かったようですが、ご主人マスター

 薄暗い路地裏に立つ女。
 まず目についたのが切れ長の目の背の高い美女だったということ。
 東洋人だろうか、珍しく黒髪で肌はここからでもわかるくらい白かった。

 メイド服をひるがえし、なぜかモップ (掃除道具)を肩にかついでいる。

「すまない、少し手間取ってね。しかしそっちはかなり順調だったようだね」

 ご主人と呼ばれた男は相変わらずオレの右手をつかんでこたえた。
 しかし美女、もといメイドは頭一つさげず無表情で。

「ワタシを見くびらないでいただきたい。このようなガキども、チンピラにも劣ります」

 そこではじめてオレは気づく。
 
「お、お前ら!?」

 仲間たちが全員、縄で全身ぐるぐる巻きのイモムシみたいな格好でそこら辺に転がってうめいていることに。
 
「ふむ亀甲縛りか。やるね」

 異様なはずの光景に平然としている男にオレは目を剥く。
 しかし向こうも普通に。

菱縄縛ひしなわしばりです、ご主人」
「まあ、激しくどっちでもいいが」
「……ふん」

 男の苦笑いにメイド女は鼻白んだように肩をすくめる。そして。

「そんなことより、ちゃんとの説明は」
「いやまだだ」

 契約? なんのことだ。いやそんなことより。

「おいっ、仲間になにしやがった! この女!!」

 オレの頭にはカッと血が上った。
 だってそうだろう。ここでこいつらがいたら、一瞬でこのオッサンをボコボコにできたんだ。
 なのにこんな。まさか一人の女が……。

「私の秘書けんメイドは非常に優秀でね。一通りの武術剣術、もちろん銃火器の扱いはお手の物だ。少し、君の仲間が賑やかだったみたいだな。彼女はこの通り有能だが、少々部類なのだよ」

 そう言って、絶望しきったオレの頬を撫でた。

「……さて契約の説明にうつろうか」
「離せッ、この変態野郎!」

 もうパニックだった。
 絶体絶命、こんなのありえない。オレはこれからどうなるんだ。
 まさかこのオッサンに殺される? 最悪バラされてどこかに売り飛ばされるとか?
 
 イヤだ。絶対にイヤ、まだ死にたくない!

「おいっ、お前ら!! なにしてんだよッ、おいってば!」

 助けてくれと必死に仲間に向かって叫ぶ。
 でもみんなあらぬ方向を見てハァハァと息を荒らげているだけだ。中にはヨダレをたらしているやつもいる。

「なんなんだ……これ……」
「私はやかましいのは好みませんので、少しばかり薬を投与させていただきました」

 メイドはニコリともせずに言う。
 
「ご主人の代わりに、僭越ながら私が御説明しましょう。まずこれをご覧下さい」

 鼻先に突きつけられたのは一枚の紙。しかも見た事のない色の分厚く長い紙だ。中にはズラズラと細かく何か書いてある。

「貧民街育ちの貴方は文字が読めないと思いますので、私が内容をかいつまんで解説いたしますと――」

 そのあとの言葉には、オレは言葉を失った。

「か、母さんが……?」

 なんとあのクソババァ、オレをこの男に売り飛ばしやがったというのだ。

「ええ。貴女の母親、アンネ・モーラーのサインが契約書に」
「えっ」

 書類と言ってら見せられたこれが、母さんがしたサインなのか。
 オレはまったく字が読めないしかけない。だってそんなこと、この街では必要なかったから。
 むしろ、そんなことより生きるためにしなきゃならない事なんて腐るほどあった。
 
 勉強で腹なんてふくれないだろ。

「信じるか信じないかは貴方次第です。しかしこれは正式な契約。貴方は本日付けで我が主人、アドラー・ヴォルフ様の所有となりました」

 なんなんだよそれ。つまりこの男、アドラーとかいうやつのモノになっちまったのか?

「い、いい加減なことをいうな! オレは認めてねえからなっ、仲間だって!!」
「いったでしょう。契約書は取り交わし済みです。そして貴方のお仲間とやらには権限もないのをご存知ですか」
「っ、でもそんなこと……」

 完全にイっちまったような目のあいつらを見て、オレは改めて自分の状況を思い知られた。

 やられた。あの女、息子を簡単に売りやがったんだ。くそっ、最悪だ。

「理解していただけますね。でしたらこのまま、すみやかに屋敷へお連れします」
「なにを勝手なことを、オレはまだ――っ!?」

 その瞬間、顔になにか吹き付けられた。甘ったるい匂いが一気に鼻の中に充満する。

「おいおい。不意打ちは勘弁してくれないか。私まで巻き添えくらうだろう」

 さっきまで黙っていた男のとぼけた声とともに、オレの意識は急激に遠ざかっていく。

「あ……ぁ……な、な、に……っ」

 ダメだこれは。眠っちゃダメなやつ。気を確かに持て、やめろ、起きろ、ダメ、ねたらダメ。

 ……必死にこじ開けようとする目も閉じていき、オレの視界はそのまま真っ暗な中に――おちた。





 

 


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