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玉の輿になるまで待ってろ

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「今、蹴ったよな?」

 大真面目にオレの腹に耳を当ててた遼太郎が言った。

「だな」

 いつもはグネグネ動く感じなんだけど珍しいよな、と付け加えて答えると。

「やっぱりこの子は天才かもしれん」

 とまた神妙な顔。

「親バカめ」

 愛しくなって、可愛いバカの頭を撫でるオレもたいがいだな。

「……腹が大きくなってきた」

 ぽつりと遼太郎が言った。

「さめたか?」
「いや、むしろ」

 立ち上がるとオレの肩を抱く。

「俺の子を育ててくれてるんだって自覚できて、嬉しくなった」
「そうか」
「ありがとう」

 礼を言われるなんて。オレの方こそ、幸せすぎて怖くなるくらいなんだけどな。
 でも。

たせて言うことじゃないな」
「……むぅ」

 ちょうど当たったところを触ってやると、気まずそうなのがまだガキって感じ。

「妊婦に興奮するとか」
「さめたか」
「いや、全然」

 少し背伸びして彼の頬にキスをする。

「可愛いとは思ってるよ」
「瑠衣」
「でも臨月だし――って、んぅッ!?」

 抱え込むように口付けられた。

「んんっ、ふ、ぁ……んぅ」

 こいつキス上手くなったなぁ、なんてぼんやりと考える。
 
 ――あれから驚くほどあっという間に日々が過ぎた。

 オレの悪阻がおさまって体調がよくなった頃に退院。家に帰ると、泣き顔の美紅と優しい笑顔の母さんに迎え入れられた。

『お兄ちゃんのバカバカバカバカァァッ!!!』

 そう叫ばれ、思い切り腹パン食らったのは何故か遼太郎だったな。

 やはりオレは妊娠を苦に家出って事になってたらしい。錯乱状態なのと悪阻による衰弱で一時保護入院と聞いてたと。

 その件に関して何度も謝った。
 母さんの病院もあったのに、美紅には全部押し付けた形になったし心配もかけた。でも二人は。

『おかえり。そしておめでとう』

 って言って抱きしめてくれた。もうめちゃくちゃ泣いたもんで、今でも美紅にあの時の事をからかわれるんだけどな。

 きっと色々と言いたいことあったと思う。
 なのに何一つ責めることなく、受け入れてくれた家族にこれから先も頭が上がらないんだろうな。

 それから遼太郎の両親にも挨拶に行ったり、遼太郎がうちに挨拶に来たり (その時には美紅が彼に肩パンしてた)色々とあったな。

 バイトは両方とも最初の入院の時に辞めてしまったけど、カフェの店長からは。

『出産して落ち着いたら赤ちゃんに会わせてね。それと、また働けそうな状況になったら連絡ちょうだい。こき使ってあげるわね』

 なんて言ってもらえた。まあバイト先の人達にも迷惑かけたから、実際甘えるわけにはいかないだろうけどな。

 ……あとは奏斗さんのこと。

 あの人のことは後から聞いた。施設育ちっていうのまでは知ってたけど、そこで一緒に育った年上の男性Ωと関係を持ったらしい。

 というのも最初は奏斗さんの片想いで。その人が施設を出て一年後、外で再会しての事だったとか。

『でもあれ、絶対に合意じゃなかったと思うんスよね』

 そう話したのは雅健だ。

 なんとあいつがいた施設も同じ所で、二人のことは人づてでも聞いたことがあったとか。

『Ωを犯して妊娠させたαがいた。でもαであるという事実と、彼を施設から引き取った人間が大企業を複数経営する実業家だったから、全てもみ消された』

 そんな闇深い噂。

 確かに今でもありがちなんだよな。
 彼はそのΩのことをずっと好きで、でも先に施設から出てしまった彼を想い続けていた。

 一年して、彼と再会して無理矢理関係を迫ったってことか。
 
 しかしそのΩは数年後に死んでしまったらしい。
 死因は明らかにされていないけど、多分……。
 
『そこから壊れたってワケ』

 顔を歪めながら雅健は吐き捨てた。

『同じαとして、僕は奴を軽蔑する』

 その気持ちも何となく分かる。オレだって、あんなひどいことされて。お腹の子がいなかったらどうなっていたか。

 そもそも周囲の人達に助けられた部分も大きいからな。

『でももう、奏斗は西森さんに近付かないっスよ』

 だから安心して欲しい、と言った理由は明かさなかった。
 きっと色々と事情があるんだろう。でも最後の。

『こうするしかなかったから』

 っていう呟きの意味が今でも分からない。

「やばいな」

 遼太郎がしかめっ面していた。

「なにが」
「……」
「おい黙るな」
「……」
「おい!」

 またその無口キャラでいくわけじゃないよな?
 やめてくれよ。オレはに惚れたわけじゃない。
 遼太郎そのものに惚れたんだ。

 昔の泣き虫で可愛かった時から、今のデカくて賢いだろうに少しアホなガキのこいつの事が。

「遼太郎」
「……………しい」
「え?」
「約束、して、欲しい」

 約束ってなんだ。いつになく情けない顔をするヤツの目を覗き込む。

「なにを約束すればいい?」
「呆れない、軽蔑しないって約束してくれ」
「へ?」

 そりゃ今更だな。する訳ないだろ、と笑うとようやく安心したようにうなずいた。

「臨月だし、その……我慢しようと思ったから、せめてキスだけでもって思った」
「うん?」
「そしたら余計に…………おさまらなくなった」
「ぶはっ!!!」

 思わず吹き出しちまったじゃないか。

「おまっ、それでそんな深刻そうな……ぶふっ!」
「笑うことねぇだろ」

 あんまりにもあんまりな話と、遼太郎の様子にひとしきり笑いまくった。だってそれこそ今更すぎるだろ。
 でも思えば、こいつもまだ十代。そりゃあ、な。
 
「なあ、遼太郎」

 オレはそっと彼のを服の上から撫でた。

「愛しの旦那様のケアは、オレの役目だと思う」
「る、瑠衣!?」

 ああ気分がいい。
 クール系なんてとんでもない、すっかり真っ赤になったこの男の頬にもう一度キスをしてから。

「まかせてくれる、よな?」
 
 と囁いた。

 ――オレはやっぱり、年下との青田買い婚の方が向いていたらしい。








 
 


 
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