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大人と悪人の事情
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※※※
――日差しが柔らかく、あたたかい昼間の広場に立っていた。
『ママ!』
嬉しそうな声と共に芝生を走る小さな靴。
大きく広げて差し出された手は小さくて。陽の光に透けて茶色く見える髪に白い肌、大きな瞳。
それは小さな女の子。
『ママ』
抱きあげれば眩しいくらいの笑顔が返ってくる。
きゅ、としがみついてくるのすら涙が出るほど愛しかった。
『瑠衣』
近づいてくる足音に振り向く。
『パパ!』
女の子の言葉に彼は嬉しそうに目を細めた。
『愛してる』
そう言って、子どもごとオレを抱きしめる腕。
――風が吹いて緑を揺らした。
※※※
「……いいかしら」
控えめにノックされた音で目がさめる。
「あら、お休みしてるところごめんね」
先生だった。
「あ、いえ。大丈夫です」
なんかすごくいい夢見てた気がするから、もったいなかったけど。また寝たら続き見れるかな。
なんて考えながら身体を起こす。
「少し落ち着いたのね」
優しくそう言うと、彼はサイドテーブルにコンビニの袋を置いた。
「これ。雅健からよ」
中身はいつもの飴。あと可愛らしくて小さな袋のお菓子がいくつか。
「……」
オレは女子か。
でもらしくない差し入れに、思わず吹き出してしまう。
「ほんとあの子、よく瑠衣君のこと話してたわ」
「え?」
「バイト先の先輩が危なっかしくて目が離せないって」
危なっかしいって、相変わらず失礼なやつだな。
仕事だけなら特に迷惑かけた記憶はないぞ。でもたまに、客にナンパされたり絡まれたりしたらさりげなくフォロー入れてくれたっけ。
普段、やる気ありませんって顔しながら結構良い奴だし仕事だってそれなりに出来る。
オレに対してはやたら毒舌だけど。それだって多少は心許してくれてると思えばこそだと思えば可愛いと思える、かな。
「でもしばらくは面会させられないわね」
「え?」
――なんで。
顔を上げると、少し哀しそうな目をした彼と目が合う。
「今の貴方の負担を思っての事よ」
「オレ、そんな……彼にはとても感謝したますし」
「あの子が貴方を番にするって言い出してるわ」
「!」
雅健がオレの番に? でもあいつは確かβのはず。
βとΩは法的には結婚できるし、もちろん恋人同士になることはなんの問題もないけど。だからって番になれるわけじゃない。
あれはαとΩの特徴で、あくまで本能的なものだ。
「貴方がどんな風に聞いてたか想像はついてるけど。でもね、あの子はαよ」
「は………?」
αだって、雅健が!?
嘘みたいな言葉に固まるオレに、彼は髪をかきあげてため息をついた。
「雅健と私は腹違い、つまり異母兄弟なの。あの子の母親と父は、愛人関係でね。産まれてすぐ実の母親に施設に引き取られたってわけ」
どうやらその母親というのがΩで、出産して数年で病死してしまったらしい。
「雅健が引き取られたのは、あの子が八歳の頃ね」
どんな事情かは分からないが施設から引き取られたあいつは、木嶋家の次男として育ったと。
「当時それはもう可愛くて――そして、少しだけ可哀想な子だったわ」
「え?」
彼はふと視線を落とす。
「本人的にもやっぱりあったでしょうね、色々と」
ほとんど語らないけど、その声色と視線からなんか少し察せられた気がした。
「とにかくあの子はαよ。でも少し特殊なタイプで、フェロモンを感知する力がかなり弱いの」
それはαやΩが互いを認識する嗅覚みたいなものだ。
以前、オレがβ男にαだと詐欺られた事があったな。あの時だって、一応わかったからな。
目に見えないものだけど、確実にそれを嗅ぎ分ける事ができるのが特徴の一つだ。
で、あいつはそれが弱いとなると。
「もしかしてバースについて研究してたのって」
「多分、自らのこともあったからでしょうね」
知らなかった。というか、知らない事だらけじゃないか。
単なるバイトの先輩後輩だといえばそこまでなんだけど。でもそんな関係なのに、ここまで色々としてくれたわけだよな。
「オレ、あいつに助けられてばかりですね」
「それはあの子が瑠衣君に恋をしてるからよ」
「こ、恋!?」
「あら知らなかったとは言わせないわよ。あんな熱烈なプロポーズまでされといて」
「プロポーズって……」
あれをそんな風に言われると、改めてすごく恥ずかしくなる。
オレ自身、彼にそこまで想ってもらってたなんて正直気づかなかった。
「だからすごく良い奴なんですよ、あいつは」
「あらま。雅健が聞いたら泣いちゃうわよ」
脈ナシ過ぎて、と肩をすくめられた。
うん、確かにそうかもしれない。だっていまだにまだピンときてないから。
あいつの事はあくまで癖は強いが頼もしくて優しい後輩、なんだよ。そりゃあ、さっきの言葉も驚いたけど嬉しかった。
でもやっぱり。
「先生だって、雅健がオレと駆け落ちしたら困るでしょ」
「ふふ。そうね」
あっさりそう認めて微笑む。
「私、こう見えて結構ブラコンなの」
そりゃそうか。
むしろ潔さに傷つくことすらしない。
産むにしろ諦めるにしろ、自分の弟をこんな男と一緒にしたくないわな。
「でも貴方とその赤ちゃんのことも考えてるわ」
「……」
思わず自らの腹を見下ろす。
「知ってると思うけど、堕胎のリスクは高いわよ」
それも分かってる。でもどう考えても明るい未来なんて見えないんだ。
「今はひとり親に対するサポートもそれなりにあるのよ。もちろん万能ってわけじゃないし、大変なのはそうなんだけど」
つまり彼は堕ろすのを思いとどまらせたいのか。なぜだろう。単なる価値観か、それとも。
「さっきの女性、研修医の人には堕ろせって迫られました」
「……そう」
あー、これまた含みのある間が。
さては彼も知ってたんだな。彼女が奏斗を知っていた事を。
「この病院も安全じゃないかもしれない」
ぽつりとそう呟き腕を組む。
でもオレには別の考えがあったが、あえて黙っていた。
「とにかく一旦退院してご実家に戻った方がいいかもね。さすがに向こうだって、そんな過激な手は打ってこないはず」
この向こう、ってのは奏斗さんのこと。彼はオレにかなり執着してるらしい。
先生にも連絡が度々あって。
『西森 瑠衣のお腹の子共々引き取りたい』
『家族とはすでに話はついている』
『彼はマタニティブルーで一時的に情緒不安定に陥っているだけで、互いに合意の上で結婚の意志がある』
なんて言ってきているんだと。
「本気で病院を訴えかねないのよね、ああいう手合いは」
そうなればここだけでなく、この人にも迷惑かけるだろう。
「やっぱり堕ろして――」
「それはダメ」
「え?」
食い気味に発せられた言葉に驚く。でもそれは言った本人もだったらしく、少し繕うように口ごもった。
「と、とにかくよく考えた方がいいわ。中絶は心にも身体にも負担が大きいのよ」
産むのも同じく負担だと思うんだけどな。
こういうのが安易だって非難されるんだろうか。でも父親がいなくて、愛してくれるか分からない母親がいる時点でこの子の人生は幸せなんだろうか。
でもそれすらオレの願望でエゴで、結局は開き直るとオレの人生を優先したいだけだったりするんだろうか。
また分からなくなってきた。
※※※
――やべ、寝れない。
吐き気や怠さは寝れば通り過ぎて時間が経つ。
いっその事睡眠薬とかでぶっ続けで眠りたいけど、妊娠中だとそういった薬は一切処方してもらえない現実。
ていうか堕ろさせてもらえない感じ、なのか。
まさかな、こういうのって本人の意思が尊重されるもんだよな?
「あぁ、しんど……」
一時よりはまだマシになったとはいえ、結構辛い状況だ。食べられるものもあの飴くらいだし、それだってウッカリしたら吐き気への導入になりかねない。
ちょっと起き上がってトイレにでもいくかと起き上がろうとした時だった。
「っ、え」
微かな物音。読書灯すら付けてないベッド周りは目が慣れていないと、本当に真っ暗で。
慌てて枕元で充電中のスマホを手探りする。
「……」
入口ならまだ分かる。でも聞こえたのが何故か窓側だったから緊張で胃が痛くなる。
――誰かいる、まさか幽霊!??!?!?
んなバカなって思うのと、万が一っていうのと。だからようやく見つけたスマホの灯りで少しホッとした。
その時。
「ヒッ!!!」
――ままままっ、窓際に真っ黒な人影がぁぁぁッ!!!!
カーテンに半分隠れるようにしてこっちを向いてる姿に声も上げれず、引きつった悲鳴が喉の奥から漏れる。
「っ!!!!」
なんだこいつ、いやガチで本当に幽霊じゃないよな!?
もうパニックになって、布団をかき抱く。
普通に怖い。なんでいきなりこんなホラー展開になってんだ。
「…………ぃ」
――うぎゃぁぁぁっ! しゃべった!? しゃべったよなっ!?!? まさか人語!? 幽霊って人語しゃべるのか!?
病院だし幽霊なんて百や二百、出ても不思議じゃないのか。だとしてもなんでここに出るんだよ。
祟られるのか、まさか。オレ、祟り殺されちゃうのか。
「……ぃ……た」
ガクガク震えるオレの前で、その幽霊はゆっくりこちらに近づいてくる。
しかもブツブツなんか言ってるし。
怖いなんてもんじゃない。別の意味でゲロ吐きそうだった。
「……い」
「ひぃっ!」
また一歩近づいてきたもんだから悲鳴をあげれば、幽霊は小さく首をかしげる。
「……る、い?」
ウソだろ。オレの名前知ってやがるぞ、この幽霊。
ベッドから降りなきゃ、んでもって走って逃げようと頭では分かってんだ。でも身体が動かない。これが金縛りってヤツ、だよな。
「……るい」
――あれ?
ここではじめて思った。
なんか聞いた事ある声じゃないか。しかもよくよくみれば、なんか見覚えがあるような無いような。
「瑠衣、どうしてそんな震えてる。寒いのか」
また一歩。
スマホの灯りがようやくそいつの顔を照らした瞬間、理解した。
「りょ、遼太郎…………?」
それは一番会いたくて、でも会いたくなかったヤツの名前。
「瑠衣。会いたかった」
「!」
大きく腕を広げて抱きついてくる大きく黒ずくめな身体を、オレは呆然と眺めていた。
――日差しが柔らかく、あたたかい昼間の広場に立っていた。
『ママ!』
嬉しそうな声と共に芝生を走る小さな靴。
大きく広げて差し出された手は小さくて。陽の光に透けて茶色く見える髪に白い肌、大きな瞳。
それは小さな女の子。
『ママ』
抱きあげれば眩しいくらいの笑顔が返ってくる。
きゅ、としがみついてくるのすら涙が出るほど愛しかった。
『瑠衣』
近づいてくる足音に振り向く。
『パパ!』
女の子の言葉に彼は嬉しそうに目を細めた。
『愛してる』
そう言って、子どもごとオレを抱きしめる腕。
――風が吹いて緑を揺らした。
※※※
「……いいかしら」
控えめにノックされた音で目がさめる。
「あら、お休みしてるところごめんね」
先生だった。
「あ、いえ。大丈夫です」
なんかすごくいい夢見てた気がするから、もったいなかったけど。また寝たら続き見れるかな。
なんて考えながら身体を起こす。
「少し落ち着いたのね」
優しくそう言うと、彼はサイドテーブルにコンビニの袋を置いた。
「これ。雅健からよ」
中身はいつもの飴。あと可愛らしくて小さな袋のお菓子がいくつか。
「……」
オレは女子か。
でもらしくない差し入れに、思わず吹き出してしまう。
「ほんとあの子、よく瑠衣君のこと話してたわ」
「え?」
「バイト先の先輩が危なっかしくて目が離せないって」
危なっかしいって、相変わらず失礼なやつだな。
仕事だけなら特に迷惑かけた記憶はないぞ。でもたまに、客にナンパされたり絡まれたりしたらさりげなくフォロー入れてくれたっけ。
普段、やる気ありませんって顔しながら結構良い奴だし仕事だってそれなりに出来る。
オレに対してはやたら毒舌だけど。それだって多少は心許してくれてると思えばこそだと思えば可愛いと思える、かな。
「でもしばらくは面会させられないわね」
「え?」
――なんで。
顔を上げると、少し哀しそうな目をした彼と目が合う。
「今の貴方の負担を思っての事よ」
「オレ、そんな……彼にはとても感謝したますし」
「あの子が貴方を番にするって言い出してるわ」
「!」
雅健がオレの番に? でもあいつは確かβのはず。
βとΩは法的には結婚できるし、もちろん恋人同士になることはなんの問題もないけど。だからって番になれるわけじゃない。
あれはαとΩの特徴で、あくまで本能的なものだ。
「貴方がどんな風に聞いてたか想像はついてるけど。でもね、あの子はαよ」
「は………?」
αだって、雅健が!?
嘘みたいな言葉に固まるオレに、彼は髪をかきあげてため息をついた。
「雅健と私は腹違い、つまり異母兄弟なの。あの子の母親と父は、愛人関係でね。産まれてすぐ実の母親に施設に引き取られたってわけ」
どうやらその母親というのがΩで、出産して数年で病死してしまったらしい。
「雅健が引き取られたのは、あの子が八歳の頃ね」
どんな事情かは分からないが施設から引き取られたあいつは、木嶋家の次男として育ったと。
「当時それはもう可愛くて――そして、少しだけ可哀想な子だったわ」
「え?」
彼はふと視線を落とす。
「本人的にもやっぱりあったでしょうね、色々と」
ほとんど語らないけど、その声色と視線からなんか少し察せられた気がした。
「とにかくあの子はαよ。でも少し特殊なタイプで、フェロモンを感知する力がかなり弱いの」
それはαやΩが互いを認識する嗅覚みたいなものだ。
以前、オレがβ男にαだと詐欺られた事があったな。あの時だって、一応わかったからな。
目に見えないものだけど、確実にそれを嗅ぎ分ける事ができるのが特徴の一つだ。
で、あいつはそれが弱いとなると。
「もしかしてバースについて研究してたのって」
「多分、自らのこともあったからでしょうね」
知らなかった。というか、知らない事だらけじゃないか。
単なるバイトの先輩後輩だといえばそこまでなんだけど。でもそんな関係なのに、ここまで色々としてくれたわけだよな。
「オレ、あいつに助けられてばかりですね」
「それはあの子が瑠衣君に恋をしてるからよ」
「こ、恋!?」
「あら知らなかったとは言わせないわよ。あんな熱烈なプロポーズまでされといて」
「プロポーズって……」
あれをそんな風に言われると、改めてすごく恥ずかしくなる。
オレ自身、彼にそこまで想ってもらってたなんて正直気づかなかった。
「だからすごく良い奴なんですよ、あいつは」
「あらま。雅健が聞いたら泣いちゃうわよ」
脈ナシ過ぎて、と肩をすくめられた。
うん、確かにそうかもしれない。だっていまだにまだピンときてないから。
あいつの事はあくまで癖は強いが頼もしくて優しい後輩、なんだよ。そりゃあ、さっきの言葉も驚いたけど嬉しかった。
でもやっぱり。
「先生だって、雅健がオレと駆け落ちしたら困るでしょ」
「ふふ。そうね」
あっさりそう認めて微笑む。
「私、こう見えて結構ブラコンなの」
そりゃそうか。
むしろ潔さに傷つくことすらしない。
産むにしろ諦めるにしろ、自分の弟をこんな男と一緒にしたくないわな。
「でも貴方とその赤ちゃんのことも考えてるわ」
「……」
思わず自らの腹を見下ろす。
「知ってると思うけど、堕胎のリスクは高いわよ」
それも分かってる。でもどう考えても明るい未来なんて見えないんだ。
「今はひとり親に対するサポートもそれなりにあるのよ。もちろん万能ってわけじゃないし、大変なのはそうなんだけど」
つまり彼は堕ろすのを思いとどまらせたいのか。なぜだろう。単なる価値観か、それとも。
「さっきの女性、研修医の人には堕ろせって迫られました」
「……そう」
あー、これまた含みのある間が。
さては彼も知ってたんだな。彼女が奏斗を知っていた事を。
「この病院も安全じゃないかもしれない」
ぽつりとそう呟き腕を組む。
でもオレには別の考えがあったが、あえて黙っていた。
「とにかく一旦退院してご実家に戻った方がいいかもね。さすがに向こうだって、そんな過激な手は打ってこないはず」
この向こう、ってのは奏斗さんのこと。彼はオレにかなり執着してるらしい。
先生にも連絡が度々あって。
『西森 瑠衣のお腹の子共々引き取りたい』
『家族とはすでに話はついている』
『彼はマタニティブルーで一時的に情緒不安定に陥っているだけで、互いに合意の上で結婚の意志がある』
なんて言ってきているんだと。
「本気で病院を訴えかねないのよね、ああいう手合いは」
そうなればここだけでなく、この人にも迷惑かけるだろう。
「やっぱり堕ろして――」
「それはダメ」
「え?」
食い気味に発せられた言葉に驚く。でもそれは言った本人もだったらしく、少し繕うように口ごもった。
「と、とにかくよく考えた方がいいわ。中絶は心にも身体にも負担が大きいのよ」
産むのも同じく負担だと思うんだけどな。
こういうのが安易だって非難されるんだろうか。でも父親がいなくて、愛してくれるか分からない母親がいる時点でこの子の人生は幸せなんだろうか。
でもそれすらオレの願望でエゴで、結局は開き直るとオレの人生を優先したいだけだったりするんだろうか。
また分からなくなってきた。
※※※
――やべ、寝れない。
吐き気や怠さは寝れば通り過ぎて時間が経つ。
いっその事睡眠薬とかでぶっ続けで眠りたいけど、妊娠中だとそういった薬は一切処方してもらえない現実。
ていうか堕ろさせてもらえない感じ、なのか。
まさかな、こういうのって本人の意思が尊重されるもんだよな?
「あぁ、しんど……」
一時よりはまだマシになったとはいえ、結構辛い状況だ。食べられるものもあの飴くらいだし、それだってウッカリしたら吐き気への導入になりかねない。
ちょっと起き上がってトイレにでもいくかと起き上がろうとした時だった。
「っ、え」
微かな物音。読書灯すら付けてないベッド周りは目が慣れていないと、本当に真っ暗で。
慌てて枕元で充電中のスマホを手探りする。
「……」
入口ならまだ分かる。でも聞こえたのが何故か窓側だったから緊張で胃が痛くなる。
――誰かいる、まさか幽霊!??!?!?
んなバカなって思うのと、万が一っていうのと。だからようやく見つけたスマホの灯りで少しホッとした。
その時。
「ヒッ!!!」
――ままままっ、窓際に真っ黒な人影がぁぁぁッ!!!!
カーテンに半分隠れるようにしてこっちを向いてる姿に声も上げれず、引きつった悲鳴が喉の奥から漏れる。
「っ!!!!」
なんだこいつ、いやガチで本当に幽霊じゃないよな!?
もうパニックになって、布団をかき抱く。
普通に怖い。なんでいきなりこんなホラー展開になってんだ。
「…………ぃ」
――うぎゃぁぁぁっ! しゃべった!? しゃべったよなっ!?!? まさか人語!? 幽霊って人語しゃべるのか!?
病院だし幽霊なんて百や二百、出ても不思議じゃないのか。だとしてもなんでここに出るんだよ。
祟られるのか、まさか。オレ、祟り殺されちゃうのか。
「……ぃ……た」
ガクガク震えるオレの前で、その幽霊はゆっくりこちらに近づいてくる。
しかもブツブツなんか言ってるし。
怖いなんてもんじゃない。別の意味でゲロ吐きそうだった。
「……い」
「ひぃっ!」
また一歩近づいてきたもんだから悲鳴をあげれば、幽霊は小さく首をかしげる。
「……る、い?」
ウソだろ。オレの名前知ってやがるぞ、この幽霊。
ベッドから降りなきゃ、んでもって走って逃げようと頭では分かってんだ。でも身体が動かない。これが金縛りってヤツ、だよな。
「……るい」
――あれ?
ここではじめて思った。
なんか聞いた事ある声じゃないか。しかもよくよくみれば、なんか見覚えがあるような無いような。
「瑠衣、どうしてそんな震えてる。寒いのか」
また一歩。
スマホの灯りがようやくそいつの顔を照らした瞬間、理解した。
「りょ、遼太郎…………?」
それは一番会いたくて、でも会いたくなかったヤツの名前。
「瑠衣。会いたかった」
「!」
大きく腕を広げて抱きついてくる大きく黒ずくめな身体を、オレは呆然と眺めていた。
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