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色仕掛けは修羅場の最中に2
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――やっぱり気にしてたのかもしれない。
「瑠衣君?」
「えっ。あ、すいません」
デート中だっていうのに心ここに在らず状態だったらしい。心配そうに声かけられて、ハッとなる。
「大丈夫かい。もしかして具合悪いとか」
「いや、違うんです。ほんと、すいません……」
最低だ。彼の時間を使わせてるのに、気もそぞろとか。
今日は彼から、連れていきたい場所があるって言われて車の中。
まさか見るからに高そうな車で迎えに来られるなんで思ってなかったから、そりゃもうびっくりしたんだけど。
「そう? それならいいけど」
「あ、はい」
正直に言うと体調良くは無い、んだけどな。でもドタキャンするほどでもないし、ドタキャンするわけにもいかない。
……今日こそキメないと。
何をって? そりゃあもちろん、色仕掛けをだ。
時期的にもうヒート始まってもおかしくないんだけど、今のとこ予兆的なのは分かんない。
少し身体が火照ってる気がする? いや単純に残暑で暑いだけかも。
「どこ行くんですか」
行先、聞いてなかった。
でも奏斗さんは優しく笑うだけで。
「秘密。でも大丈夫、今日が君と僕の人生でとても大事な日になるはずだよ」
大事な日。
まさか、まさかな。でもオレが婚活でこのマッチングアプリ使ってたことも、その理由も一応伝えてあるわけだし。
こんな出会い方だからヤリモクとか単なる恋人探しの可能性だってあったわけだけど、それも奏斗さんに限ってという気持ちもある。
でも期待して……いいんだよな?
勝手にドギマギしてるオレに対して、彼はいつも通りだ。
それどころかいつも以上に緊張してるオレに色々と話しかけてくれてるのに。
「以前言ったと思うけど、僕はΩを支援する活動をしてるんだ」
最初に聞いたっけな。
世の中は確かにオレ達みたいなΩは生き辛い。
発情期があるから仕事も抑制剤効かなきゃ週単位で休まなきゃいけないし、抑制剤あっても二、三日は人によって体調崩す。
なによりそのフェロモンで不特定多数を誘うという偏見で、そもそもΩを雇わない職場すらあるって話だ。
実際は強く惹き付けられるのはαくらいで、βはよほど嗅覚に優れてると甘い匂いがするらしい。
でも酷い奴らになると、Ωだったらレイプしても無罪だとでも思うのか絡んできやがる。
当然、避妊具つけてもらえなきゃβ相手でも子どもが出来る。そうなると苦しむのはやっぱりオレたちΩなんだよ。
ちなみに番になることは無いから、いっそうのことロクでもないクソ野郎共に狙われるってわけ。
後腐れない性処理道具とでも思ってんのか。
「Ωは適切な相手、つまりαを求める権利がある。そう思わない?」
「あ、はぁ」
一概には言えないけどな。
「逆も然りで、αもまたΩと子を成すのが最良なんだよ」
「でも番や子どもを作らない人もいますよね」
「……嘆かわしいことにね」
「えっ」
少し低い声に思わず運転席の奏斗さんを見る。
まっすぐ前を向いて運転してるからか、その横顔はいつもより冷たく思えた。
「この国が少子高齢化の問題を抱えているのは知っているだろう」
「あ、はい」
「それもこれも本来あるべき姿を忘れた人類への罰だと思うんだ」
「……」
話がなんか壮大になってきた。
「人類における強者。つまりαが率先して繁栄することで、それらの問題は解決する」
「そう、なんですか?」
「そうだ。少なくとも我々はそう考えているよ」
我々って。
なんか一気に彼が知らない人みたいに見えて怖くなる。
あれだけ優しかった笑みすら、まるで貼り付けたようなような。
オレは落ち着こうと窓の外に視線を移す。
「あ、あの。本当にどこ行くんですか」
「……」
「奏斗さん」
ダメだ、これはヤバいかもしれない。この先が分からないけど、非常に良くない気がする。
「オレ、やっぱりちょっと体調が――」
「大丈夫だって言ってたじゃないか、さっき」
「!」
怖い。すごく怖い。車になんて乗らなきゃよかった。
こんなことになるなんて。
いや、すぐに逃げれば。でもどうやって? ドアもロックされてる。
時折チラチラと向けられる視線の中、妙な動きをするなと釘刺されてる気分に。
「番というのもあるけど」
「……」
「でもそれじゃあ効率的ではない」
彼が何を言いたいのか分からない。
「そもそもΩの総体数は極めて少なくてね。我々はそんな君たちを保護して管理して繁殖の役割を担ってもらう活動をしているんだよ」
「そ、それって」
つまりΩを使って子どもを作らせるって事で――。
「もちろん母胎にストレスをかけるような事なんてあってはならないのだけれど」
「母胎って。まさか望まない妊娠をさせるワケじゃないですよね」
「でも必要なことだよ。それに中には自らすすんで我々の元に来る者もいるんだ」
やっぱりそうだった。
Ωを支援するなんて言ってるけど、実際はαとの子を産ませるために集めてるだけ。
まるで家畜かなにかだ。
産まれた子は一体どうなるんだろうとか、一瞬だけ頭をよぎったがもう考えたくもない。
「瑠衣君なら理解してくれるだろう」
「か、奏斗さん」
「君にはまず最初に、僕の遺伝子を継いだ子を産んで欲しい」
最初? じゃあその後は。
「我々が共同体として暮らしてる施設に案内するよ。そこで君も暮らすんだ」
「共同体!? 施設!? 一体なに言ってるんですか。オレそんなつもりなんて……」
これ拉致られるやつ!?
思わず車のドアに手をかけるも。
「大人しくして。君には手荒なことはしたくないから」
「っ、ぇ」
やけに冷静な声に冷や汗がドッと出る。
ずっと連絡とってきて、実際に会ったこともあって。お互いこと沢山知っていると思ったのに。
なのにこんなのってアリかよ。
これから得体の知れない場所に連れていかれる、変な思想に取りつかれたイカれた野郎の運転付きで。
この現実にジワジワと恐怖と不安と後悔に押しつぶされそうだ。
「とりあえず一回家に帰してください。突然オレがいなくなったら家族が心配する」
「もちろん。でもそれは君が僕の子を孕んでからね。大丈夫、安定期に入ったら二人で報告に行こう。出産は無痛分娩にしようね。産後のアフターケアも完璧さ。そしたら一年後にはまた妊娠可能になるだろう」
本当に家畜扱いじゃないか。しかもそれをまるで至極当然のことみたいに、それどころか使命感みたいなものを持っていそうな様子なのはなぜだ。
唖然として何も言えないオレにお構い無しに、彼は話し続ける。
「でも実はね、僕は瑠衣君となら番になりたいと思ったんだ。でも戒律としてそれは出来ない」
「戒律?」
「世間は我々をカルトと呼ぶか、救世主と呼ぶか。とにかく君たちΩは常に共有財産でなければならない。もちろん僕らαのね」
どうやらそのヤバい集団はα至上主義で。さらにΩ支援と言いながら、実際は子供を産ませることしか考えてない頭おかしいヤツらってことじゃないか。
これが今まで見えてなかった彼の正体を突然目の当たりにして、オレは思考停止状態。
やられた、騙された。結婚詐欺にでもあった方がマシなレベルでひどい。これからどうなっちまうんだろう。
「震えてるね、エアコン寒かったかな」
「っ……さわるな!」
肩に触れられた手を反射的に叩いてしまう。すると彼は小さく首をかしげて。
「怖がらないでよ」
と笑った。
この男、なんでこんな状況でなんで笑えるんだ。
車内は確かに涼しいはずなのに、冷や汗が止まらない。
……そうだ、今からでも助けを呼べば。
スマホを取り出そうとポケットを探ると
「えっ、な、ない!? 」
ポケットに入れてたはずのスマホが探りあてられない。カバンに入れてたっけ、思うも後ろの席に乗せちゃったから確認も出来ない。
慌てふためいていると。
「ついたよ」
気づけば車は止まっていた。
ちらりと視線を走らせると、町外れの空き地のような場所みたいだ。所々、雑草が生えていて向こうの方には無機質で白く大きな建物がそびえ立っている。
さらに奏斗さんの手にはオレのスマホが握られていて。
「あっ!」
取ろうと手を伸ばすも、あっさりかわされた。
「くそっ、返せよ!」
「駄目だね」
「この野郎。ふざけんな!!」
せめて一発殴って逃げ出してやろうか。なんてやぶれかぶれもいいとこだけど、それでもオレだって男だ。恐怖を振り払うように拳を振り上げる。
「やめなさい」
「っ、いい加減に――ひっ!?!?」
いきなり車のドアのロックが外れる音が。同時に勢いよく開いて後ろから肩を思い切り掴まれた。
いや肩だけじゃない。上半身を数本の腕がからめとるように捕まえられて、車外に引きずり出された。
「うわぁぁッ!?」
「ああ、手荒なことはしたくなかったのに」
二人の若い男女に羽交い締めにされ地面に転がるオレの頭上から、奏斗さんが。
「でも仕方ない。でもさ、瑠衣君も少しは期待してきたんでしょ?」
「そんなことっ!」
「こんなに甘い匂いさせておいて」
「!」
アスファルトを踏んで、彼がこちらに踏み出してくるのがわかった。
「甘い、匂い……?」
「自覚ないのかな。αを惹き付ける、甘くて濃い魅惑的な香りだよ。君のは頭がクラクラしそうなくらいだね。なに、もしかして発情期? 抑制剤飲まずに僕に会ってくれたのも、そういうつもりなんでしょ」
ひ、否定できない。
確かに期待というか打算はあった。むしろそれしかない。男だぞ、下心くらいかってもいいだろ。
なんて開き直る状況でもなくて。
「瑠衣君は素敵だよ。今までどれだけ手を出さずに我慢してきたことか」
オレの前に膝をつく奏斗さんの目は口元とは違って笑っていない。
「孕むまで、何度でも抱いてあげる。最初にその胎に僕の子が宿るのが嬉しくて仕方ないんだ」
「っ、なんでオレなんだよ」
Ωなんて確かに多くは無いけど、他にもいるだろう。それもこれも彼は運命、だなんていうんだろうか。
「睨まないでよ。煽られてるとしか思えない」
「そんな、ワケ、ないだろ……っ!!」
バカみたいだ。一瞬でも期待して喜んで、選ばれたいなんて思った自分が惨めで恥ずかしくてムカつく。
だから薄ら笑い浮かべたやつに怒鳴りつけてやった。
「騙しやがって、このクソ野郎! オレを見くびるなッ!!」
「貴様、奏斗様になんて口をっ……」
「痛゙ッ!?」
オレを拘束してる男が叫んで、さらに押さえつけられる。思わず声をあげれば。
「手荒なことはやめなさい。彼は僕達の大切な人だ」
「すいません。奏斗様」
男は謝るが締めあげられたままの腕。それよりその薄気味悪いこいつの方が癇に障る。
オレはこんなやつに騙されたんだ。
唱える理想やら夢想で、人格者だと盲目的に信じて。あまつさえ番になれば安泰だって。
完全に金目当てだけじゃなかったのがさらに悔しい。
「アンタとなんて絶対にヤらないからな!」
なにがΩを守るだ、オレたちは産む機械じゃない。αという立場から見下して貶めようとしてるだけ。しかもそれを自覚すらしていない。
嫌悪感で吐き気がしてくる。
「でも君は望んで僕の元に来た」
「それは……うっ!?」
唐突に心臓が大きく跳ね上がる。体温が一気に上がったような熱に、身体をすくませた。
「本格的にヒート状態になったようだね。君のその顔もとても素敵だよ。今すぐこの場で押し倒してしまいたいくらいだ」
「や、やめ……っ、あ……」
それだけはやだ。こんな制御出来ない状態で。
オレの気持ちなんてお構い無しに息は上がり、頭の芯が朦朧としてくる。同時に今も触れられてる所から、這い上がってくるゾクゾクとした感覚。
知らず知らずのうちに変な声が出そうになるから、唇を噛んだ。
「奏斗様」
「わかってる、ちゃんと段階を踏むさ。その前に準備をしてしまおう。お披露目も兼ねた、僕らの初夜の準備を」
お披露目? 初夜? 何言ってんだ。もう彼の言葉の意味さえ拾うことができない。
「はぁ……ぁっ……ぁ……た、たすけ……て……」
熱い、怖い、苦しい。ヒートってこんなのに辛かったっけ。
とにかく何かに縋りたい。必死で彼を見上げると。
「ああ、なんて可愛い人」
幸せそうな笑みを浮かべる男の顔が。
「んぅ……ぅ!?」
キスされたと気づいたのは、強引に顎をつかまれて受け入れさせられた舌が食いしばった歯をなぞった時。
それだけで電気でも流されたかのように、びくりと身体が震える。
「んん゙っ、ぅ……ぅ……!」
ダメ、気持ちいい。キスだけで脳ミソが溶けてしまいそう。
発情期ってだけでこんなおかしくなる。頭では拒否したいはずなのに、身体が勝手に悦んでしまう。
これ以上屈辱的なことってない。情けなさから涙が溢れてくる。
「ひ……ぅ、ぅ」
「やはりΩのフェロモンは最高だ。君を最初に僕のものにするのが待ち遠しいよ」
唇を離されても余韻でイってしまいそうな無様なオレを見下ろして、彼は満足そうにうなずく。
「連れて行っていいよ」
「はい」
男女は短く返事をするとオレの腕を捻りあげるようにして強引に立たせた。
「ほら来い」
完全に気力すら削がれ引っ立てられる。
古く割れたアスファルトを半ば引きずられ建物の中へ連れ込まれるのは、大した時間はかからなかった。
――どうしよう。
これから受ける仕打ちのことなんて考えたら発狂してしまいそうだ。
後悔と自分自身への怒りと、あとはこんな状態にも関わず吹く風にすら感じてしまう情けない身体に泣きそうになっていた。
「瑠衣君?」
「えっ。あ、すいません」
デート中だっていうのに心ここに在らず状態だったらしい。心配そうに声かけられて、ハッとなる。
「大丈夫かい。もしかして具合悪いとか」
「いや、違うんです。ほんと、すいません……」
最低だ。彼の時間を使わせてるのに、気もそぞろとか。
今日は彼から、連れていきたい場所があるって言われて車の中。
まさか見るからに高そうな車で迎えに来られるなんで思ってなかったから、そりゃもうびっくりしたんだけど。
「そう? それならいいけど」
「あ、はい」
正直に言うと体調良くは無い、んだけどな。でもドタキャンするほどでもないし、ドタキャンするわけにもいかない。
……今日こそキメないと。
何をって? そりゃあもちろん、色仕掛けをだ。
時期的にもうヒート始まってもおかしくないんだけど、今のとこ予兆的なのは分かんない。
少し身体が火照ってる気がする? いや単純に残暑で暑いだけかも。
「どこ行くんですか」
行先、聞いてなかった。
でも奏斗さんは優しく笑うだけで。
「秘密。でも大丈夫、今日が君と僕の人生でとても大事な日になるはずだよ」
大事な日。
まさか、まさかな。でもオレが婚活でこのマッチングアプリ使ってたことも、その理由も一応伝えてあるわけだし。
こんな出会い方だからヤリモクとか単なる恋人探しの可能性だってあったわけだけど、それも奏斗さんに限ってという気持ちもある。
でも期待して……いいんだよな?
勝手にドギマギしてるオレに対して、彼はいつも通りだ。
それどころかいつも以上に緊張してるオレに色々と話しかけてくれてるのに。
「以前言ったと思うけど、僕はΩを支援する活動をしてるんだ」
最初に聞いたっけな。
世の中は確かにオレ達みたいなΩは生き辛い。
発情期があるから仕事も抑制剤効かなきゃ週単位で休まなきゃいけないし、抑制剤あっても二、三日は人によって体調崩す。
なによりそのフェロモンで不特定多数を誘うという偏見で、そもそもΩを雇わない職場すらあるって話だ。
実際は強く惹き付けられるのはαくらいで、βはよほど嗅覚に優れてると甘い匂いがするらしい。
でも酷い奴らになると、Ωだったらレイプしても無罪だとでも思うのか絡んできやがる。
当然、避妊具つけてもらえなきゃβ相手でも子どもが出来る。そうなると苦しむのはやっぱりオレたちΩなんだよ。
ちなみに番になることは無いから、いっそうのことロクでもないクソ野郎共に狙われるってわけ。
後腐れない性処理道具とでも思ってんのか。
「Ωは適切な相手、つまりαを求める権利がある。そう思わない?」
「あ、はぁ」
一概には言えないけどな。
「逆も然りで、αもまたΩと子を成すのが最良なんだよ」
「でも番や子どもを作らない人もいますよね」
「……嘆かわしいことにね」
「えっ」
少し低い声に思わず運転席の奏斗さんを見る。
まっすぐ前を向いて運転してるからか、その横顔はいつもより冷たく思えた。
「この国が少子高齢化の問題を抱えているのは知っているだろう」
「あ、はい」
「それもこれも本来あるべき姿を忘れた人類への罰だと思うんだ」
「……」
話がなんか壮大になってきた。
「人類における強者。つまりαが率先して繁栄することで、それらの問題は解決する」
「そう、なんですか?」
「そうだ。少なくとも我々はそう考えているよ」
我々って。
なんか一気に彼が知らない人みたいに見えて怖くなる。
あれだけ優しかった笑みすら、まるで貼り付けたようなような。
オレは落ち着こうと窓の外に視線を移す。
「あ、あの。本当にどこ行くんですか」
「……」
「奏斗さん」
ダメだ、これはヤバいかもしれない。この先が分からないけど、非常に良くない気がする。
「オレ、やっぱりちょっと体調が――」
「大丈夫だって言ってたじゃないか、さっき」
「!」
怖い。すごく怖い。車になんて乗らなきゃよかった。
こんなことになるなんて。
いや、すぐに逃げれば。でもどうやって? ドアもロックされてる。
時折チラチラと向けられる視線の中、妙な動きをするなと釘刺されてる気分に。
「番というのもあるけど」
「……」
「でもそれじゃあ効率的ではない」
彼が何を言いたいのか分からない。
「そもそもΩの総体数は極めて少なくてね。我々はそんな君たちを保護して管理して繁殖の役割を担ってもらう活動をしているんだよ」
「そ、それって」
つまりΩを使って子どもを作らせるって事で――。
「もちろん母胎にストレスをかけるような事なんてあってはならないのだけれど」
「母胎って。まさか望まない妊娠をさせるワケじゃないですよね」
「でも必要なことだよ。それに中には自らすすんで我々の元に来る者もいるんだ」
やっぱりそうだった。
Ωを支援するなんて言ってるけど、実際はαとの子を産ませるために集めてるだけ。
まるで家畜かなにかだ。
産まれた子は一体どうなるんだろうとか、一瞬だけ頭をよぎったがもう考えたくもない。
「瑠衣君なら理解してくれるだろう」
「か、奏斗さん」
「君にはまず最初に、僕の遺伝子を継いだ子を産んで欲しい」
最初? じゃあその後は。
「我々が共同体として暮らしてる施設に案内するよ。そこで君も暮らすんだ」
「共同体!? 施設!? 一体なに言ってるんですか。オレそんなつもりなんて……」
これ拉致られるやつ!?
思わず車のドアに手をかけるも。
「大人しくして。君には手荒なことはしたくないから」
「っ、ぇ」
やけに冷静な声に冷や汗がドッと出る。
ずっと連絡とってきて、実際に会ったこともあって。お互いこと沢山知っていると思ったのに。
なのにこんなのってアリかよ。
これから得体の知れない場所に連れていかれる、変な思想に取りつかれたイカれた野郎の運転付きで。
この現実にジワジワと恐怖と不安と後悔に押しつぶされそうだ。
「とりあえず一回家に帰してください。突然オレがいなくなったら家族が心配する」
「もちろん。でもそれは君が僕の子を孕んでからね。大丈夫、安定期に入ったら二人で報告に行こう。出産は無痛分娩にしようね。産後のアフターケアも完璧さ。そしたら一年後にはまた妊娠可能になるだろう」
本当に家畜扱いじゃないか。しかもそれをまるで至極当然のことみたいに、それどころか使命感みたいなものを持っていそうな様子なのはなぜだ。
唖然として何も言えないオレにお構い無しに、彼は話し続ける。
「でも実はね、僕は瑠衣君となら番になりたいと思ったんだ。でも戒律としてそれは出来ない」
「戒律?」
「世間は我々をカルトと呼ぶか、救世主と呼ぶか。とにかく君たちΩは常に共有財産でなければならない。もちろん僕らαのね」
どうやらそのヤバい集団はα至上主義で。さらにΩ支援と言いながら、実際は子供を産ませることしか考えてない頭おかしいヤツらってことじゃないか。
これが今まで見えてなかった彼の正体を突然目の当たりにして、オレは思考停止状態。
やられた、騙された。結婚詐欺にでもあった方がマシなレベルでひどい。これからどうなっちまうんだろう。
「震えてるね、エアコン寒かったかな」
「っ……さわるな!」
肩に触れられた手を反射的に叩いてしまう。すると彼は小さく首をかしげて。
「怖がらないでよ」
と笑った。
この男、なんでこんな状況でなんで笑えるんだ。
車内は確かに涼しいはずなのに、冷や汗が止まらない。
……そうだ、今からでも助けを呼べば。
スマホを取り出そうとポケットを探ると
「えっ、な、ない!? 」
ポケットに入れてたはずのスマホが探りあてられない。カバンに入れてたっけ、思うも後ろの席に乗せちゃったから確認も出来ない。
慌てふためいていると。
「ついたよ」
気づけば車は止まっていた。
ちらりと視線を走らせると、町外れの空き地のような場所みたいだ。所々、雑草が生えていて向こうの方には無機質で白く大きな建物がそびえ立っている。
さらに奏斗さんの手にはオレのスマホが握られていて。
「あっ!」
取ろうと手を伸ばすも、あっさりかわされた。
「くそっ、返せよ!」
「駄目だね」
「この野郎。ふざけんな!!」
せめて一発殴って逃げ出してやろうか。なんてやぶれかぶれもいいとこだけど、それでもオレだって男だ。恐怖を振り払うように拳を振り上げる。
「やめなさい」
「っ、いい加減に――ひっ!?!?」
いきなり車のドアのロックが外れる音が。同時に勢いよく開いて後ろから肩を思い切り掴まれた。
いや肩だけじゃない。上半身を数本の腕がからめとるように捕まえられて、車外に引きずり出された。
「うわぁぁッ!?」
「ああ、手荒なことはしたくなかったのに」
二人の若い男女に羽交い締めにされ地面に転がるオレの頭上から、奏斗さんが。
「でも仕方ない。でもさ、瑠衣君も少しは期待してきたんでしょ?」
「そんなことっ!」
「こんなに甘い匂いさせておいて」
「!」
アスファルトを踏んで、彼がこちらに踏み出してくるのがわかった。
「甘い、匂い……?」
「自覚ないのかな。αを惹き付ける、甘くて濃い魅惑的な香りだよ。君のは頭がクラクラしそうなくらいだね。なに、もしかして発情期? 抑制剤飲まずに僕に会ってくれたのも、そういうつもりなんでしょ」
ひ、否定できない。
確かに期待というか打算はあった。むしろそれしかない。男だぞ、下心くらいかってもいいだろ。
なんて開き直る状況でもなくて。
「瑠衣君は素敵だよ。今までどれだけ手を出さずに我慢してきたことか」
オレの前に膝をつく奏斗さんの目は口元とは違って笑っていない。
「孕むまで、何度でも抱いてあげる。最初にその胎に僕の子が宿るのが嬉しくて仕方ないんだ」
「っ、なんでオレなんだよ」
Ωなんて確かに多くは無いけど、他にもいるだろう。それもこれも彼は運命、だなんていうんだろうか。
「睨まないでよ。煽られてるとしか思えない」
「そんな、ワケ、ないだろ……っ!!」
バカみたいだ。一瞬でも期待して喜んで、選ばれたいなんて思った自分が惨めで恥ずかしくてムカつく。
だから薄ら笑い浮かべたやつに怒鳴りつけてやった。
「騙しやがって、このクソ野郎! オレを見くびるなッ!!」
「貴様、奏斗様になんて口をっ……」
「痛゙ッ!?」
オレを拘束してる男が叫んで、さらに押さえつけられる。思わず声をあげれば。
「手荒なことはやめなさい。彼は僕達の大切な人だ」
「すいません。奏斗様」
男は謝るが締めあげられたままの腕。それよりその薄気味悪いこいつの方が癇に障る。
オレはこんなやつに騙されたんだ。
唱える理想やら夢想で、人格者だと盲目的に信じて。あまつさえ番になれば安泰だって。
完全に金目当てだけじゃなかったのがさらに悔しい。
「アンタとなんて絶対にヤらないからな!」
なにがΩを守るだ、オレたちは産む機械じゃない。αという立場から見下して貶めようとしてるだけ。しかもそれを自覚すらしていない。
嫌悪感で吐き気がしてくる。
「でも君は望んで僕の元に来た」
「それは……うっ!?」
唐突に心臓が大きく跳ね上がる。体温が一気に上がったような熱に、身体をすくませた。
「本格的にヒート状態になったようだね。君のその顔もとても素敵だよ。今すぐこの場で押し倒してしまいたいくらいだ」
「や、やめ……っ、あ……」
それだけはやだ。こんな制御出来ない状態で。
オレの気持ちなんてお構い無しに息は上がり、頭の芯が朦朧としてくる。同時に今も触れられてる所から、這い上がってくるゾクゾクとした感覚。
知らず知らずのうちに変な声が出そうになるから、唇を噛んだ。
「奏斗様」
「わかってる、ちゃんと段階を踏むさ。その前に準備をしてしまおう。お披露目も兼ねた、僕らの初夜の準備を」
お披露目? 初夜? 何言ってんだ。もう彼の言葉の意味さえ拾うことができない。
「はぁ……ぁっ……ぁ……た、たすけ……て……」
熱い、怖い、苦しい。ヒートってこんなのに辛かったっけ。
とにかく何かに縋りたい。必死で彼を見上げると。
「ああ、なんて可愛い人」
幸せそうな笑みを浮かべる男の顔が。
「んぅ……ぅ!?」
キスされたと気づいたのは、強引に顎をつかまれて受け入れさせられた舌が食いしばった歯をなぞった時。
それだけで電気でも流されたかのように、びくりと身体が震える。
「んん゙っ、ぅ……ぅ……!」
ダメ、気持ちいい。キスだけで脳ミソが溶けてしまいそう。
発情期ってだけでこんなおかしくなる。頭では拒否したいはずなのに、身体が勝手に悦んでしまう。
これ以上屈辱的なことってない。情けなさから涙が溢れてくる。
「ひ……ぅ、ぅ」
「やはりΩのフェロモンは最高だ。君を最初に僕のものにするのが待ち遠しいよ」
唇を離されても余韻でイってしまいそうな無様なオレを見下ろして、彼は満足そうにうなずく。
「連れて行っていいよ」
「はい」
男女は短く返事をするとオレの腕を捻りあげるようにして強引に立たせた。
「ほら来い」
完全に気力すら削がれ引っ立てられる。
古く割れたアスファルトを半ば引きずられ建物の中へ連れ込まれるのは、大した時間はかからなかった。
――どうしよう。
これから受ける仕打ちのことなんて考えたら発狂してしまいそうだ。
後悔と自分自身への怒りと、あとはこんな状態にも関わず吹く風にすら感じてしまう情けない身体に泣きそうになっていた。
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