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転機を望むΩの運命はいかに

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「あれ、西森さん。今日も早いっスね」
「そうか? いつもだろ」

 事務所にタイムカード押しに来た雅健の言葉にそう返して、すぐに他のバイト仲間に話しかけに店の方に出ていく。

「あ、中野さん。店長がシフト出してくれて。ロッカールームにも貼っておいたから。この後来る子達にも共有しといて。あと――」

 中野さんも学生バイトで、近くの女子大に通っているらしい。
 少しクセのある喋り方と雰囲気の子だけど仕事はすごく出来るから重宝してる。

 あ、ちなみにオレは一応ここでは多少先輩ってこともあって店長からの指示はだいたい受けてる。
 あとはそれを他の子達と助け合っていくのが現状だ。
 
 あとオレがΩであるのがバレないのは、ここの子達がβだからってのもある。まあ、雅健には知られてるわけだけど。

「そういや佳奈ちゃん、今日も休みなんだよな?」
「そうなんですよねー。なんかおばあちゃんが病気、みたいで」
「マジか」
「まあ、三日前もそのおばあちゃん危篤にって言ってましたどー」
「ま、マジか……」

 休みがちになってる彼女、オレがあまり入らない土日は出てるみたいだから完全に来なくなることは無いらしいけど。
 でもなんか心配にはなるよな。しかも明らかに嘘の理由で休むのも。休み連絡は店長に来たらしいけど、この事知っているんだろうか。

「こういったらアレですけど。佳奈ちゃん、最近少しアレなんですよねー」
「ん?」

 アレ、ばかりだけどこれはこの子の口癖でもある。

「もしかしてなんか聞いてるの」
「私、あの子と同じ大学なんですけどー。っていってもたまーに講義とか、あと学食一緒になるくらいなんですけどー」

 そこで一瞬だけ周りを見てから、声をひそめて。

「……あの子、なんかパパ活してるっぽくて」
「へ?」

 パパ活ってあれか。オジサンにお金もらってデートしたりするやつ。
 
「しかも彼氏持ちってのもアピってきてて、すごくアレっていうかー」
「え、えぇ」
「さらにその彼氏が高校生でαの男の子ってので。さらにさらに! 医学部の超優良物件の彼氏もいるんだってー。それで私、その場で言えなかったけど」
「うん。まあ言いたい事わかった」

 つまりあの日見かけたアイツらで付き合ってるってことか。
 恋愛は自由、だもんな。でも。

「高校生はちょっとなあ……」
「そういう問題じゃなくないですかー?」
「えっ」

 なんかすごく呆れたように言われたけど、オレにはよく分からなかった。

「ま、いいんですけどー。マジでありえないっていうかー」

 かなり愚痴がたまってるみたいだ。そりゃそうだろう。最近突然休むこともあったし、そうなりゃ普通に負担も増える。
 さらに女の子同士って色々とあるみたいだしな。

「あと西森さんの事だって」
「オレ?」

 聞き返した時だった。

「楽しそうにおしゃべりっスか」
「あ、北嶋さん」

 彼女が気まずそうに視線を逸らした。
 雅健は声こそいつも通りの飄々としたものだったが、その目は見たことないくらい怖いというか冷たくて。

「仕事中に他人ひとのウワサ話なんて。ヒマで羨ましいっスね」

 なんて言葉すらトゲトゲしい。

「っ……」

 彼女は可哀想に一瞬だけ泣きそうに顔を歪めて小走りで立ち去ってしまった。

「おい」

 当然、オレは雅健に詰め寄る。

「あんな言い方ないだろ」

 そりゃあ正論かもしれないけどオレが聞いたから教えてくれたんであって、彼女は何も悪くない。
 それを言っても。

「ハイハイ。怒んないでくださいよ」

 と半笑いで肩をすくめるだけ。怒ってんのはお前だろうが。つーか、今までこんな態度したことあるか? 
 これはバイトの先輩として少し話を聞いた方がいいのかな。

「雅健」
「あ、ホール出るんで」
「おい!」

 ったく逃げやがった。なんなんだよ、もう。
 それに中野さんが言ってたこと。オレに対してもなんか思う所あるっぽいし。
 確かに、佳奈ちゃんにはここのところ少し塩対応? されてたフシはあるもんな。少し前までは普通に話しかけてくれたんたのに。オレ、なんかしちゃったんだろうか。

「ハァ……」

 悪いことは重なるもので。
 さっき来た時にロッカールームへ行った時のこともだ。
 着替え用に置いといた予備の制服がない。
 別に、他にあるからいいけど。確かここに一枚置いといたはず。

 勘違いだったらいいけど。でも、この前の金曜まではあったのに。

「うーん」
 
 それにしても人間関係って難しいな。こういう時は、相談にできる奴がいれば少しは気が楽なのか。

 ……奏斗さんみたいな素敵な人にフリーターの愚痴とか聞かせるのもな。
 
 映画のあとも普通にお茶して、本屋で少し買い物して。
 なんて中学生かよっていうデート。さすがになんかあるかなって密かな覚悟? してきた自分が恥ずかしくなるくらいだった。

 って、これってさ。
 オレはちゃんと恋愛対象として見られてるのか? 
 雰囲気とか言葉こそ優しいけど、なんか対象として見られてない気がする。
 
 だいたいαとΩだぞ?
 その日のうちに、あんなこともこんなこともしちゃうのかと思うじゃん。
 
「ま、まさか」

 オレってΩとしても低スペックすぎて、αを惹き付けられないとか!?
 だとしたら。

「!」

 婚活で高望みなんてしてる場合じゃないんじゃないのか。
 
 そろそろ飲まなきゃいけない抑制剤と、発情期について考えた。

「や、やってみる、か……?」

 でも正直怖い。発情期を抑制剤なしで迎えるなんて。しかもそんな状態でαに会うのも自殺行為に等しいんじゃないか。

 でもこのままズルズルといくのもどうなんだ。
 別に嫌いなやつ相手に抱かれにいく訳じゃない。
 奏斗さんなんだ。きっと紳士で優しいはず。
 ――

 そう頭の中で繰り返しながらも、なぜか手の震えが止まらなかった。





  ※※※

 バイト終わりの診察。毎回、時間外にしてくれてるからか誰もいない待合室を通る。

 小児科と内科、と看板だしてるのに抑制剤もだしてくれるのは珍しい。
 やっぱり雅健のお兄さんってことで診てくれてるんだろうな。

「はい、いらっしゃい♡」

 相変わらずの迫力美人。美丈夫というのが正しいかもしれない。
 顔だけ見れば本当に海外とかの女優さんみたいなんだけど身体がな。白衣の上から分かる逞しい腕と胸板。あ、服も女性のそれだけどそれでも着こなしてるのがすごい。

「ちゃちゃっとちゃうわネ♡」
「は、はあ……」

 ひとしきり問診や診察はいつもの事。壁に掛けられたキャラクターもののカレンダーをぼんやり眺めてたらすぐだ。

「あとこの前の検査の結果も出てるわ」
 
 一枚の紙を出しながら先生は口を開く。
 検査って、定期的にしてる血液検査のことだ。Ωといっても人それぞれホルモンバランスがあるみたいで、市販の抑制剤以外に個人にあわせた抑制剤を処方してくれるのが病院のメリットだ。

「少し大変な体質みたいねぇ。自覚はある?」
「いえ、特には」

 はじめての発情期以降。とにかくヒート状態にならないようにって病院処方以外にも、実は市販の抑制剤を勝手に飲んだこともある。

 それが良くなかったのか。少し言いにくそうに。

「今のあなたはホルモンバランスが不安定なのよ。おそらく、抑制剤の過剰摂取も原因のひとつね」

 先生が言うには、今までのオレはΩの特徴であるフェロモンを身体に溜め込んだ状態。
 
「本来、微量でも常に発散してる状態なの。でも改めて検査してわかったわ、このままだと危ないわよ」
「あ、危ないって」

 まさか死ぬ、とか。いやいやいや、抑制剤の過剰摂取だぞ!?
 そんなんで死んだらほんと嫌すぎる。

 ガクブルするオレに先生は小さくうなずいて。

「フェロモンが常にダダ漏れの、バイ○ハザード状態になるわよ」
「ば、バイ……?」

 なんなの、それ。ゾンビ? じゃなくて。どうやらαやβと、誰かれ構わず惹き付ける超強力なフェロモンを始終放つ状態になるらしい。
 しかもそりゃもう並の抑制剤なんて効かなくて、悪夢の万年発情期状態になってしまうとか。

「えぇぇっ、最悪じゃないですか!!!」

 ただでさえ発情期にちょっとしたトラウマがあるのに、そんな事になったら悲惨すぎる。
 どこのエロ漫画だよって展開になりうることを想像すると、興奮どころか嫌悪感で吐きそうに。
 
「あら大丈夫?」
「ゔっ、だ、大丈夫じゃないです……てか、どうすりゃいいですか!?」

 テンパっていると先生は真面目な顔になって。

「ちゃんと治療を受けること。市販の抑制剤なんて勝手に飲まないことね。あと」

 綺麗にネイルがほどこされた指がオレの胸を軽く突く。

「早めにパートナーを見つけて、子供を産むことね♡」 
「こ……子供……」
「出産よ♡」
「しゅ……さ……」
「中出しセックスして孕ませてもらいなさいな♡」
「な、な!?!?」
「もちろんちゃんと首の後ろ噛んでもらって番になるのよ♡」

 せ、先生の言葉がどんどんエグくなるぅぅ。
 言いたい意味はわかる。オレだって大人だし。
 でも理解したくない。だってだってだって、オレ。

「た、卵で産むってアリですか…………?」

 なんてワケの分からないことを口走るくらい、動揺しまくっていた。






 
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