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若きアルファの破滅②
しおりを挟むそこがあまりにも目と鼻の先だったので、恭二は驚いた。
――チッ、狭苦しくて貧乏臭い店だな。
兄、皇大郎がいる街に向かいその店に入る。
よくあるカジュアルなショットバーであり内装はオシャレでそれなりに客入りは悪くないらしい。
しかし元々あまり酒は得意でなく。付き合いで連れていかれるタイプの場所でもないためか、慣れない空気に顔をしかめた。
「キミ、ここははじめてだよね。あのもしかして未成年とかじゃ……」
店員らしい男の言葉に黙って免許証を出して見せる。
タバコを買うのにも未成年を疑われるため、免許証を直ぐに出せるようになった。
「ごめんごめん。可愛らしい顔してるからさ、ついね。なに飲む?」
「……ビール」
「あ、そう。いいよ」
ムスッとして答えたが、特に気にしていない様子で男は微笑んだ。
「むくれて可愛いね」
「はぁ?」
恭二はグラスを置いて顔を覗き込んできた男を睨む。
「いつもはもっとお高いお店に連れて行ってもらうんでしょ。今日はどうしてここに?」
「っ、な、なにを言って――」
思わず腰を浮かしかけると。
「あははっ、図星だったんだ。適当に言っただけだから気にしないでよ」
たいそう可笑しそうにする男のネタばらしにさえならない言葉に、恭二はより挙動不審になる。
「適当に……って、アンタなんだよ」
「なんだって言われても。ここの店主、つまりマスターですよ。可愛らしいお客様?」
まず可愛らしいはやめろと口に出そうとして、ふと気づいた様子で。
「まさか大西って」
「あれ、もしかしてボクのこと知ってるのかな」
「いや……」
調べさせた調査結果にあった名前。写真はよく見なかったがおそらく彼で間違いないだろう。
兄を匿っているオメガだ。
「もしかしてキミって、あんまり嘘をつくのが上手じゃなかったりする?」
「うるさい」
ちなみに嘘は上手いという自覚はある。これはワザとだ。
ここへ来た目的は、自分を皇大郎の兄だと自覚させた上である程度の親密度を上げていくこと。
そして上手く丸め込んで家に帰り、婚約破棄自体を無かったことにさせることだ。
匿ってくれている相手。つまり少なからず信頼している相手から家に帰るように言われたら、兄はどんな気持ちになるだろうか。
大人しくそうか、とはなるまい。ショックを受けるだろう。
しかも後からではあるが楠木 櫻子や他社員からの虐め、そして婚約者による性暴行も知っている。
この男にも話している可能性は高い。
そんな人物に『家に帰れ』と言わせる事ができれば、皇大郎をこの上なく傷つけることができるのでは無いか。
とにかく兄を傷つけたくて仕方が無いのだ。
そのためならなんだってする。
これもまた彼のひん曲がった性格によるものであろう。
「うーん、キミみたいな可愛い子を忘れるなんてなぁ」
「だから可愛いってのはやめろ。オレには褒め言葉にならない、むしろ逆効果だ」
「へぇ? じゃあもっと言おうかな」
「……おい」
健二の物言いに眉間のシワが深くなる。
おかしい、いつもの調子が出ない。慣れない場所だからか、この男のペースにのせられつつあるのか。
「ママ、若い子ばっかり構い倒してんじゃん。こっちも相手してよぉ」
店内から他の客たちの声が飛ぶ。
反対側で飲んでた女性二人組らしく。
「そっちのお兄さんも、あたしたちと飲みません? ね、いいでしょ」
「そうよぉ。みんなで飲んだ方が楽しいわよ」
明るく酔った言葉に顔こそ愛想笑いを浮かべているものの、内心は苦虫を噛み潰したような気分であった。
「は、はぁ……」
――余計な邪魔しやがって。
女性は嫌いじゃない。むしろ思いのままにしやすいから遊ぶことも多い。しかし今はそういう気分でも時でもない。
だいたいここへは楽しみに来た訳ではないのだ。
「こらこらダメだよ。彼はボクとお話するんだからね」
困惑していると思ったのだろう、助け舟が健二から出される。
「えぇ~っ、ズルいよママぁ~」
「あたし達もカワイイ系イケメンとお話したいー!」
ぷぅと頬を膨らませる女性たちに彼はちょっとイタズラっぽく笑って。
「たまにはボクに譲ってくれたっていいじゃない? ほらそれに向こうのテーブル。二人組のイケメンからだって」
そう言ってそれぞれ淡い色のカクテルをつくってやる。
きゃあ素敵! と黄色い声があがり、すぐさまそちらのテーブルに向かったようで。
楽しげな男女グループの出来上がりだ。
「……ずいぶんと強引な手を使うんだな」
これは思わず出た本音だ。
たしかに先程から向こうの男性たちが女性たちに視線をむけていたが、カクテルを頼んだ感じではなかった。
それを指摘したのだ。すると。
「そう? でもほら、結果的に上手くいったから問題ないってことで」
まるで秘密の話をするかのように顔を近づけて囁いた。
その仕草があまりに洗練された夜の蝶のようで、わずかだが面食らってしまう。
やはり適度に水商売の女に慣れておくべきかと内心舌打ちしつつ、負けじと健二の目を見つめる。
「そんなにオレと話したかったんだ」
「そりゃあね」
ここで頬のひとつでも染めれば可愛げがありそうなものだが、彼はあっさりそう答えてすぐに元の距離に戻る。
「だってなんかキミの方がボクに相手して欲しそうだったし」
「あ?」
これもうっかり出た声だ。
オメガのわりに物怖じしなさすぎる。こういう世界なのか、ここは。
「キミさ、アルファでしょ」
「それがなにか」
なぜわかったとは言わない。オメガであればよほどフェロモン管理出来ていたり、極端にオメガ性が薄い者でない限り分かるのだ。
オメガにはアルファが、またはその逆もしかり。
「あんまりここで下手な遊び方はしないようにね」
つまり女漁り男漁りは他所でやれ、もしくは自粛せよということだろう。バーのマスターとしての釘刺しだ。
「わかってるよ、ここはママが怖いお店みたいだからな」
「あはは、お利口さんだね」
健二は片眉を上げて笑い、彼の肩に手を伸ばした。
「皇大郎って子はここにいないよ。すぐに追い出したからね」
「そっちも嘘が下手くそみたいだな」
「あれ、分かっちゃった?」
おどけているがこれは意思表示だ。見え透いた嘘だが、絶対に本当のことは言わないという。
「本人の意思なく連れていくのは誘拐だからね。一応忠告しておくけど」
「そりゃそうだ。日本は法治国家だからな」
腹の底をさぐり合うような視線を送り合う二人。
ここが夜の繁華街にあるバーであることを忘れるほどの緊張感が一瞬流れるも、その事に気づく者は店内にいなかった。
「お客様として来てくれるのはいつでも大歓迎だからさ」
パッと表情を変えて笑顔になる健二に恭二は肩をすくめる。
「もちろん、俺はこれからも可愛いアンタに会いにいくよ」
「おあいにくさま。ボクは可愛いって言われるのは好きなんだよね」
「あっそう」
――男のクセに気色悪いやつ。
彼は男が可愛いと言われて喜ぶなんてくだらないと思ってる。オメガであれば女と同じくそういった思考になるのだろうが、まったく理解出来なかった。
むしろ女々しいと内心で吐き捨てる。
「今夜はこれで失礼する」
先程からまた他の客たちからの視線が気になってきたので、切り上げてさっと立ち上がる。
やはりアルファであるゆえに注目を集めてしまうのだろう。あとはその端麗なる容姿とたたずまいか。
「また来て欲しいな。キミとはもう少し話をしたかったから」
さりげなく手に触れてきた指の感覚に内心辟易しつつも、それなりに手応えを感じてほくそ笑む。
――ふん、カマ野郎め。せいぜい骨抜きにしてやる。
そしてこちらの味方にして目的を果たさなければ。とはいえあまり時間はなく、悠長にはしていられないのだが。
しかし焦りは禁物なのも事実。
「ま、気が向いたらな」
恭二はとびきり愛想良く微笑んだ。
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