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若きアルファの破滅①

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 その頃、御笠家の次男でありながら次期当主 (あくまで予定であり自称であるが) の恭二はイライラと舌打ちをしながらタバコをふかしていた。

「どいつもこいつも」

 ――使えない奴らばかりで嫌になる。

 眉間にギュッとシワをよせて考え込む男は実年齢よりずっと若く見える。それがコンプレックスというのも常日頃の横柄な態度を加速させていた。

「くそっ」

 アルファの時は目の上のたんこぶで邪魔で仕方なかった。
 幼いころから何事もよくこなして、おまけに慢心することなく努力するのも苦でないらしい。
 しかも性格は長子ならではのおっとりタイプで人に好かれる事も多かった。

 極めつけは身長。成長期をとうに終えてしまったが結局は兄より五センチも低い事がたまらず悔しかった。

 ――最悪だ。

 高身長イケメンで性格もそれなりに良いとなれば、やはり女性たちが放っておかない。
 
 恭二とて別にモテないわけじゃない。むしろ兄とは毛色の違う美形として、男女ともに袖を引かれることは数知れず。

 聞くところによると、であるが。
 どちらかと言えば童顔である恭二のどこか挑発的な色香に女は支配されることを望み、男は屈服させることを渇望するという。

 そんな彼がコンプレックスと劣情を拗らせている相手は兄である皇大郎であった。

 なにをさせても如才無く、それどころか神童。果ては天才ではと讃えられるレベルまでこなす兄に嫉妬するなという方が無理なのかもしれない。

 それはどんなジャンルにおいてもそうだった。

 勉学のみならず趣味にいたるまで。
 好きで始めたとあるスポーツでも。

『あの御笠 皇大郎弟』と呼ばれ、なにくそと頑張ってもあの兄にはあと一歩及ばない。

 己より大きな影のようにつきまとう兄の名前に、幼い頃から嫌気が差してきた。いや、嫌気などという生ぬるいものでは無いのかもしれない。
 
 兄を出し抜こう、打ち勝とうという気持ちが攻撃的にねじ曲がって果ては歪な執着となった。

 何故なら皇大郎もまた女のみならず男も振り返るほどの美貌であったからだ。

 あの爽やかで穏やかな美しい顔を歪めてやりたい。
 自分が男たちから向けられてきた邪な視線を、兄に対しても持っていることを彼は自覚できているのか。

「ったくあの豚野郎」

 学生時代の先輩であった高貴への悪態も止まらない。

 最初の印象はただただ太って醜い男児への嫌悪だった。しかも一丁前に兄への恋心を抱えているのが滑稽で。
 しかしだからといって苛める周りの馬鹿共のような愚かなことはしない。
 
 相手を見極める目は幼い頃から持っていた。

 はただの性格の悪い陰険なデブでも、臆病で情けない金持ちのお坊ちゃんでもない。
 いやまあ両方そうなのだが、それだけでは無いということだ。

「せっかくオレがお膳立てしてやったのに」

 見合いも婚約もすべて彼の暗躍によるものだ。

「なんでアイツら揃いも揃って余計なことしやがるんだよ」

 苛立ち紛れに吸いかけのタバコを灰皿に強く押し付ける。

 せっかく双方の親族や親に持ちかけた話をフイにするようなめちゃくちゃな見合いだったと後から聞いた。
 実際にあの場にいたら二人きりにするのだけは何としても止められたかもしれない。
 
 まさか仮にも良家の子息達がいきなり暴言を吐くとも、ぶん殴って応戦するとも思わなかった。

 ――これだから甘ちゃんどもは。

 特に兄はそうだ。
 他人を出し抜き足を引っ張り合う、そんなほの暗い世界で足掻いた経験が乏しいから。

 だから苦手と言いつつ、皇大郎は一応兄として弟に接していたのだろう。

 こちらはまったく別種類の感情を抱いているのも知らずに。

「……ムカつく」

 それなのに結局は逃げ出したのだ。すべてを捨てて。

「ババアを逃がしたのも間違いだったなァ」

 彼女の存在を軽く見ていた。所詮、血の繋がらない同居している老女だと。
 祖母として懐く兄の姿もまた恭二は気に入らなかったのだが。

 とは言っても今更どうしようもない。
 純代のとやらがかなり厄介な存在だったからだ。

「なんなんだあの女」

 少なくともあの見た目、年齢ではありえないくらい法律に精通している。資格も持っているのは確認したがやはり信じられないのだ。

 ――どう見たって十代の痛々しいガキにしか見えん。

 地雷系ファッションに身を包みつつ、話す内容は容赦がなかった。
 法治国家日本であるからこその強み。それを最大限に武器とした書類の数々。

 もちろんすべてとは程遠いが、色んな財産をもぎ取るように掻っ攫われた。

 いくつもの物件や会社の株や権限。現金などもかなり持っていかれたと思う。それらは極めて強引に、しかし法律的には問題なく彼女の手に渡ったのだ。

「ああくそっ!」

 考えるだけで腹が立つ。こちらの顧問弁護士が完膚なきまでに叩き潰されるなんて。

『不服であればどうぞ。裁判を起こすことは法律で権利として認められておりますから』

 表情の乏しい、しかし明らかに口の端を歪めた少女 (見た目は)に言われた時に咄嗟に殴りかからなかった自分を褒めたいくらいだと恭二は独りごちる。

『誰しもが貴方の思いのままになると思い上がらない方がよろしいかと、おっと失礼』

 失礼ともなんとも思っていない女の言動。
 それは恭二にとって一番の屈辱であった。
 文字通り、己のすべてを使って成果を手に入れてきた男としては。

 ――絶対に潰してやる。あの女もババアも、全部。

 それにはず兄を取り戻さ無ければならない。
 しかしただ攫ってくるのでは意味がない。

 ――絶望しろ。信じていた奴らに裏切られて絶望してのたうち回って泣けばいい。

 そしてもって穢れて堕ちてこい、と願った。

「……」

 ふと自らの袖を捲りあげて腕の内側を晒す。

 柔らかく白い皮膚に残る小さなケロイド状の跡が複数。随分と色褪せてはいるが、確かに古傷としてそこにある。

 それを指の腹で撫でながら、深いため息をついた。

 


 

 
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