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楠木家の末路②

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 ※※※

 断末魔はいつ聞いても良いものだ、と嘯くのは悪役ならではである。
 ただし映像や調査資料越しであるが。

『きゃはははっ、ぁはっ、あ゙ーッ!!!』

 発狂して笑い転げる若い女。その姿はあられも無い下着姿で、腕には注射痕があるのが目を凝らせばみえるかもしれない。

「つまらん」

 愛らしい良家のお嬢様はもういない。そもそもこの楠木家の名は地に堕ちた。

 映像の中では人間の尊厳を狂わせ貶めらる行為が延々と映し出されている。
 これが虚言女の末路である。

「本当に馬鹿な女だ」

 虚偽を吹聴さえしなければこんなことにはならなかったのだ。





『楠木 櫻子は社長の恋人である』

 というのは社員の間でまことしやかに流れた噂であった。
 婚約者のいる男との身分違いの悲恋。
 
 それはとある女性社員達が発端であり、その話が伝わる数日前に昼に貸し切られた会議室でひと騒動があったというのがある一人の窓際部署の社員からの告発で明らかとなった。

「社長! 私も噂のことは本当に知らなくて……でも確かに貴方様のことは以前よりお慕いして――」
「貴女には以下の知らせをしなければならない」
 
 何を勘違いしたのか。
 社長室に呼び出すと恥じらうように頬を染めて上目遣いに見つめてきた櫻子を一蹴したのは、社長である高貴みずからである。

「業務上横領と業務命令違反、あと背信行為等の理由で懲戒解雇を言い渡す」
「ちょうか……ぃ……え?」
「ふわふわで中身のない軽い頭の君にも分かりやすく言おうか。つまりクビだ、今すぐ出ていきたまえ」
「く、クビって! なんでっ、私はなにも……それにお父様が黙っていないわ!」

 彼女は突然の解雇通告に顔色を真っ青にした後に、すぐに先程とは打って変わった真っ赤な顔で叫んだ。
 
 しかし高貴は冷たい目をわずかに細める。

「ああ。貴女のお父様とやらは先程、同じように懲戒解雇を言い渡した。父娘そろってどうしようもないな」
「なぜですか!! 私はなにも――」
「ふん。そういえば貴女は俺と愛人関係だったんだっけか」
「そ、それは……」

 さすがに嘘を吹聴して引っ込みがつかなくなった事は自覚があるのか、一気に口篭り唇がワナワナと震え始める。

「たしかに君の事は知っていた」
「え?」

 しかし好意とは真反対の感情で。

「さあ出ていきたまえ。ああ、そういえば君の弟くんは先程窃盗で逮捕されたみたいだよ。もうすぐ連絡があるんじゃないかな。まったくどうしようもない一家だ」
「な、なにを言って……」

 彼女がへたりこんだ瞬間、けたたましい着信音が鳴り響いた。

「出ていいぞ」
「……」
「ほらどうした。家族からだろう? ああ、君の御母堂もたしか投資をしていらっしゃったな。てっきり家庭におさまるタイプだと思っていたが。しかし騙されて大損とは気の毒だったね、と。これはネタバレだったな」

 腹の底から可笑しそうに、笑ってみせてやると櫻子の顔色が赤から青。そして蒼白に変わる。

 震える指で通話に出た彼女の喉の奥からひきつれた悲鳴が迸った時は、対照的に高貴は笑みを深くした。

「そんなっ、そん、な……あぁあっ、なんで……!」
「自業自得だろう。こちらはその罪を少し浮き彫りにしただけさ」
「あ……ぁ……」
「むしろ君よりマシくらいあるだろう。なんせ虚言吐いて、でっち上げで他人を騙していたわけじゃないんだから」
「それは、それは……」

 自分の方が純正のオメガで彼に相応しいのだと戦慄く唇が語った。

「高貴さん、助けてください! ねぇ、なんでもします。なんでも、貴方のためになんでもしますからぁ!!」

 櫻子は絨毯敷の床をにじり寄り、なんと首元のボタンに手をかけ始める。
 彼女とは完全に知らない者同士ではない。実は遠縁の親戚にもあたるし、接点だけなら多少あるのだが。

「なんでも、ね」

 浅ましい女。同じオメガであるのになぜこうも彼と違うのだろう。

「わ、私なら貴方を受け入れる事が出来ます。あんな硬い身体じゃありませんし、子どもだって絶対――」
「やっぱり全然違うな」
「高貴さん」

 彼女の形のよい顎を掴み上を向かせる。

 首元にはホクロが二つ。はだけた胸元には豊満でやわらかそうな膨らみが覗いたレースに飾りたてられている。
 
 かいた汗の微かな香りや軽くつけた香水とともに、オメガフェロモンが匂い立つ。

 ――生存本能ってやつなのか。

 だとすればこのメスは今、命の危機に瀕しているという自覚がある。

 ――別に命までとろうってわけじゃないが。

 それ以外。いや下手すればそれすら自ら手放す選択肢も入るくらいの状況になるだろうが。

「っ、はぁ……てこ、高貴、さん……」

 恍惚とした表情。
 世のアルファであれば垂涎ものであろう。しかし。

「まったく違いすぎて何一つそそられんな」

 心の底から驚いたように彼はつぶやく。
 たしかに興奮どころかまったく反応していない下半身と、嫌悪を抱き知らず知らず眉間にシワが寄る。

「なんでもしてくれるのは結構だが、相手が違うな」
「え……」

 すっかり捲れ上がったスカート。彼はポケットからハンカチを出し広げてかけてやる。

「さて警備員を呼ぶよ」
「こ、高貴さん!?」
「もう君はうちの社員じゃないからな。不法侵入というやつで警察を呼ばれたくなければ――って聞いてないな」

 精神的ストレス、そして急激なフェロモン放出で次々と服を脱いでいく彼女の姿にため息をつく。

「彼もこのくらい素直になってくれたらいいんだが。さて」

 当然だが録画と録音はされている。
 あとは冷静に警備員に引き渡すだけだ。

「手間がかかる女だ」

 彼はやれやれと息を吐いて、自らを慰めはじめた悩ましい声を背に電話をかけ始めた。

 それからの顛末は語るまでもないだろう。

 真の悪役たちの転落はここからである。
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