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狡猾な弟

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 街はすっかり冬である。

 気の早い世の中はすでにクリスマス商戦や早くも年末の空気に浮かれ気味だった。

「そうこうするうちに、あっという間に今年終わっちゃうなぁ」

 思わずそうぼやくと。

「ほんとそれ。ってか寒い~」

 と一緒に歩いている朱音から返ってくる。
 彼女神妙な顔で寒い寒いと首をすくめてうなずいていた。

 健二の誕生日がもうすぐということで、二人でプレゼントを買いに出たのだ。

「急に寒くなって、余計に実感出ちゃうなぁ」

 ついこの前まで熱い熱いと言っていた気がする。
 夏から秋、冬と変化しているはずが気候の変化についていけない。

「たろくんがウチに来た時、アタシまだ半袖だったもんね」

 ほんの数ヶ月前まで見ていた景色とまったく違う世界で生きている。
 過去がまったく不幸だとは言わないが、あれから価値観もかなり変わったと皇大郎は感じている。

 人と人の繋がり、特に家族について考えるのだ。

 ――家を飛び出した時は一生ひとりでいいって思ってたっけ。

 こうやって見ず知らずの親子に拾われて優しくされて。
 それだけではない。この近所や商店街の人達も顔なじみになればみんな親切だった。

 八百屋の主人や奥さん、古本屋のお爺さんも衣料品店のお姉さんも。ほかにも心温まる関わりはたくさんあったのだ。

 会社という小さな世界で無視されいじめられてきた彼にとって、挨拶をすれば笑顔で返ってくることがたまらなく嬉しかった。

 媚びへつらう笑みではない。対等な人間として返してくれるコミュニケーション。きっと多くの人にとって当たり前の事、一つ一つに喜びを噛み締めたものである。

 ――ずっと独りなんて無理なんだろうな。

 もしこの先、彼らと離れても人との関わりを拒むことはないだろう。
 
 そんな事をつらつらと考えていた時だった。

「来年もこんな風に過ごせてたらいいな」

 朱音がぽつりと言う。

「え……」

 思わず立ち止まった。彼女の方をみると。

「あ、そういえばクリスマスプレゼントに新しいスマホ欲しい!」

 とさっきの切なげな言葉なんて忘れたような顔をしていた。
 
「まだ使えるでしょって健二さんに言われるんじゃないかな」

 彼の呆れた顔を思い出しながら言うと。

「えーいいじゃん。いつまでもキッズ携帯はちょっと……あ、たろくんはスマホ持たないの?」

 朱音の問いかけに少し困った。
 家出をする時に持っていたスマホは捨てた。祖母の連絡先だけをお守りのように持って。

 しかし新しく契約する気にはなれなかった。
 最初はどこかで情報が漏れて、両親に連れ戻されるのを恐れたのだ。しかし予想に反してなにもない。

 探されてもいないのだろう。つまり御笠家にとって自分はいつでも替えのきくスペアであり、適当な理由でもつけて婚約の話は近しい親戚に回されているだろう。

 高貴だってこんな不出来なオメガなど忘れて、本命である櫻子とよろしくやっているのかもしれない。

 それとも御笠家は大変な事になっているだろうか。
 息子が婚約破棄をして家出なんて親の顔に思い切り泥を塗りたくったようなもの。
 しかしその原因を婚約者の不貞とするならば、さらに関係悪化は避けられないのではないか。

 なんて考えたって無駄というもの。
 なんせ皇大郎は家族を捨てて自由に生きる道を選んだのだから。

「そうだなぁ。今はあんまり困ってないんだけど」

 外出の際は健二の複数持ちの一台を借りているし、元々個人的に連絡する相手はこの親子以外にいない。

 だからそんなに必要を感じていなかった。

 ――でも独り立ちするにはそうも言ってられないよな。

 そもそも一台目を捨ててもう一台契約し直せるものなのだろうか。
 
「アツキがたろくんの連絡先教えろってしつこいんだよね」
「ああ、あの子かぁ」

 幼い告白とプロポーズをした少年はその日から猛アタックを決意したらしい。

 とは言っても可愛らしいもので、理由をつけてはうちに来てお茶しながら宿題をするくらいだろうか。
 だいたいは朱音やその友達も集まってしまうのだが。

 みんなでワイワイしている中で皇大郎の手をそっと掴んで。

『な、ドキドキしない?』

 と上目遣いで聞き、朱音に何してんだと頭はたかれ小競り合いするくらいか。
 非常に可愛らしい恋なのだ。

「あいつには教えないとして。やっぱりたろくんともメッセージやり取りしたいしさ」
「うーん」

 そろそろ考えてみようかなと答えようと口を開きかけた時だった。

「ママ?」

 道の向こう側、駅前ロータリー近くのちょっとした広場に朱音の視線が向いている。

 ――あれは健二さんと……まさか。

 見覚えのある背格好が二つ。
 それは朝に人と会うからと出掛けて行った健二と弟だった。

 ――なんであいつがこんな所に。

 ついに連れ戻しに来たのだろうか。いや、もしそうならとっくの昔に現れてもおかしくない。

 別に婚約破棄した兄を心配しての事ではなく、政略結婚の道具として新たな脅しをかけてくる可能性はある。

 だとすれば。

「ママ!」

 朱音が声をあげて走り出した。
 慌てて後を追う。

「朱音? ああ、皇大郎も一緒だったんだね」
「ママ、今の男の人だよね。誰なの?」

 彼が一瞬、気まずい顔をしたのを見落とさなかった。
 しかしすでに弟はいなくなっており、朱音が顔をしかめ詰めよる。

「朱音? どうし――」
「ねえ聞いてるんだけど。あの男の人は誰なの」
「それは……ただのお客さんだよ。たまたま会ったんだ」
「絶対に嘘! だってこの前も一緒にいたじゃん、あの男の人と」
「……」

 目をつりあげ怒鳴る少女を、行き交う人々は振り返りながら通り過ぎる。
 娘の剣幕に唖然とした様子で黙り込んでしまった健二。
 そして苛立ちのためか、顔を真っ赤にしてさらに怒鳴りつけようとする彼女を止めた。

「朱音ちゃん落ち着いて。健二さん、さっきの男は――」
「だからただの客で偶然だってば」
「でも」
「それ以上なにも言うことはないよ」

 感情を押し殺すような硬い声。
 明らかに隠し事をしている。

 ただこちらも引き下がる訳にはいかない。

「あれは僕の弟です。なんでこんな所にいるのか……健二さんたちに迷惑をかけるかもしれません。だから彼に関わらないで」

 弟がやはり何かを企んでいるのは間違いない。
 昔から仲が悪く、なにかと敵視されてきたのだ。それに手段のためにはなりふり構わない性格でもあるのだから。
 
「何を勘違いしてるか分からないけど」

 健二がジッとこちらを見て口を開く。


「え……」
「皇大郎は一度、ちゃんと家族とも話合った方がいいよ」

 なぜそんなことをいうのか。
 彼には事情はすべて話してある。どんな扱いを受けてきたのかも全部。
 
「朱音、帰るよ」
「やだッ!」

 健二の言葉に彼女は噛み付くように返した。

「ママの嘘つき。どうせママはアタシなんて産まなきゃよかったって思ってるんだ。アタシさえいなきゃ、幸せになれるって。好きな人と結婚できるって――」
「っ、朱音!」

 パンッ、と乾いた音が響く。
 健二が彼女の頬を叩いたのだ。

「ママなんて嫌い……っ」

 わっと泣き出しそのまま走り出す。

「朱音ちゃん!」

 皇大郎は慌てて追いかけようとしたが振り返って。

「健二さん、絶対にあいつはダメです。弟は……恭二きょうじだけは」

 自分の思い通りにするために他人を踏みつける事を何とも思っていない男だ。気に入らない相手を巧妙に罠を張って騙しておとしいれるのを何度も目にしてきた。

「……」

 何も言わず目を逸らした彼を一瞥し、皇大郎は彼女の後を追って走り出した。



 


 



   
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