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オメガの子は①
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「お忙しいのにすみません」
開店前の店内で深々と頭を下げれば、健二はケラケラと明るく笑って。
「いいんだよ。泣きたい時は思い切り泣いちゃった方がスッキリして先に進めるってもんだよ」
と慰めてくれた。
あれからどうにも涙が止まらなくなった皇大郎に健二が親切にも、店の中に入るように勧めた。
そこでようやく落ち着いたのだけれど。
「でも迷惑かけちゃって……」
「若い子がそんなの気にしないの」
「すみません」
出されたジュースをすすりながらしょぼくれる。
情緒不安定はどれだけ抑制剤を飲んでも治らない。というか最近はずっと診察が億劫過ぎて、薬だけ貰いに行っている状態だった。
病院へ行くと、いや応なしに自分がオメガだと突き付けられるのが辛かったりする。
――なんだかんだ言って、僕はまだ受け入れられていないんだな。
オメガの自分にもこの状況にも。
「僕、すべてを捨てて来たんです」
そう言ってぽつりぽつりではあるが今までの事を話始めた。
それを健二は邪険にせず、軽い相槌をもって聞いていてくれる。
自分の家柄のこと。アルファの時まで人生順風満帆だった。でもビッチングでオメガになってから周りに手のひらを返されて。
「そりゃあ僕だって完全な人間じゃなかったですけど」
それでもいわゆる良家の子息で跡継ぎという立場の中で、家族や周りの期待や羨望や妬み嫉みを受けながらもそれなりに努力してきた。
「当日付き合っていたカノジョにも言われてたんです。完璧な貴方が好きって」
「あー、それ手のひらクルクルで捨てられるヤツだねぇ」
「……その通りでした」
クッと唇を噛み締めてから、またジュースを飲む。
「そもそも僕はビッチングした時の記憶がないんです。三日ほどぽっかり思い出せない時間があって、気付いたら病院のベッドの上だったし」
だから未だになぜそうなったのかも理解出来ない。
理解できないことはピンともこないし心はまだアルファのまま、とはいかなくてもベータに近いのだ。
「でも身体はちゃんと? オメガなんだよなぁって」
はじめて発情期が来た時に現実を突きつけられた。
「抑制剤も本当は飲みたくないんだ。だってあんなの――」
そこでまたグラスを傾ける。中身がなくなるとすかさず彼がついでくれる。
「でもこれでボクたちはやたらめったらフェロモン撒き散らさなくてすむわけだから」
「まあそうなんですけどね」
先天性オメガとは分かり合えない事のひとつだろう。
「そんでもって厄介払いで見合いさせられたんですけど、そいつがもうふざけたヤツで」
ふざけたを些か超えている気もするが。
「くそっ、オメガだからってバカにしやがって」
見合いからの暴言からの放置。挙句の果てには。
「愛人を囲うなんて屁でもないクソ野郎なんですよ!?」
「そりゃ嫌だねぇ」
「しかも自宅に帰ってきた僕を待ち構えてレイプするような犯罪者なんてっ、こっちから婚約破棄してやるんだから!」
バンッ、とテーブルを叩いた皇大郎は吠えた。
「一生おひとり様で生きぬいてやるぅぅぅッ!!!」
心からの叫びである。
「僕はっ、オメガとして強く生きていきたいんです!」
「ふうん」
「誰に対しても媚びたくないんだ。オメガであっても自力で生きていく手立てがちゃんとあるはず……だって……僕は……僕……あ、あれ?」
突然、ぐらりと目の前が揺れた。
「え?」
脳みそがゆらゆらして視線がさだまらない。座っているはずなのに感じる妙な浮遊感に、なぜだか笑いが込み上げてきた。
「ふふっ……あはは、ぁ、なんか楽しくなってきた。このジュースすっごくおいしー、もっと飲んでいいれすかぁ?」
なみなみと注がれていたオレンジ色の飲料を一気に飲み干し、さらにお代りを欲する。
その間にもふわふわゆらゆら愉快で、まるで別世界にきたみたいだった。
「げっ!? これ、オレンジジュースじゃない!」
健二が瓶のラベルを見て声をあげるのが、皇大郎にはどこか遠くに聞こえる。
「はやくジュースちょうらい? ね、これおいひーからァ」
「駄目だよ! これジュースじゃない、お酒だ」
「おしゃけ……ぇ?」
甘くて美味しいグラスの中身はどうやらアルコール飲料だったらしい。しかもその飲みやすさとは反して、アルコール度数はビールを超える強いな大人の飲み物。
当然、皇大郎は成人済みだから法律的になんら問題はないのだ。だが問題といえば彼が酒に弱いということだろう。
「うっわ。これラベルじゃ分かりづらいやつじゃん! あーあ、どうするかなぁ」
「けんじ、さん~」
「しかもこの子めちゃくちゃ酒に弱いし……」
「ていうか聞いてくださいよぉ!」
困り顔の健二にお構い無しに抱きつく。
「健二さんもオメガですれすよね?」
「ああうん、そうだよ」
「僕なんかと違って純正のオメガだもんな。それに健二さんは美人だし、きっとすっごくモテるんだろうなぁ」
それにひきかえ自分は後天性ということで同じオメガたちからも差別をうける始末。
また凹んでうなだれる彼の頭を優しく撫でる手が。
「そんなこと……あるけど。でも色々と煩わしいことも多いよ。特にこの仕事してるとね」
さすが夜のお店のママなだけある。酔っ払いのあしらいは得意らしい。
それでも情緒迷子でさらに酒に飲まれてる彼の心には沁みた。
「健二しゃん!」
「お、盛大に噛んだなぁ」
「僕をここで働かせてくださいっ!」
「え?」
「おねがいします!!」
困惑する彼に頭をテーブルにぶつけん勢いで下げる。
「ここで雇って欲しいの?」
「はい! 僕、もう家も仕事も家族もなーんにもないんです」
「あらあら」
「大マジなんです。なんでもしますっ、どんなことでも頑張ります。だから、だから……」
どんどん語尾が小さくなっていく。決意が揺らいだとかそういうことではない。
「僕、の名前……皇大郎っていいます……よろしく、おねがいします……」
ポケットから名刺を取り出して恭しく差し出す。
それは。
『ま、ウチには必要ないだろうけどネ』
と最初に課長から押し付けられた名刺だった。
もう庶務三課どころか、あの会社の社員でさえないのに。
どうしても捨てられなかったのだ。大学を無理矢理中退させられてからマトモに働いたのははじめてだったからかもしれない。
「皇大郎君って、なんでもしてくれるんだっけ?」
「しますしますっ、なんでも! 僕に出来る事ならやらせてください!!」
「ふうん」
健二は少し考えるように目を細めた。
「そっか」
その瞬間、皇大郎は目の前を彼の手で覆われる。
「じゃあ――」
吐息混じりでそっと耳元で囁かれた言葉。
「なんでもしてもらおうかな」
妖しい声。
その瞬間、酔いが最高潮に達したのだろう。
ぷつりと意識が途切れた。
開店前の店内で深々と頭を下げれば、健二はケラケラと明るく笑って。
「いいんだよ。泣きたい時は思い切り泣いちゃった方がスッキリして先に進めるってもんだよ」
と慰めてくれた。
あれからどうにも涙が止まらなくなった皇大郎に健二が親切にも、店の中に入るように勧めた。
そこでようやく落ち着いたのだけれど。
「でも迷惑かけちゃって……」
「若い子がそんなの気にしないの」
「すみません」
出されたジュースをすすりながらしょぼくれる。
情緒不安定はどれだけ抑制剤を飲んでも治らない。というか最近はずっと診察が億劫過ぎて、薬だけ貰いに行っている状態だった。
病院へ行くと、いや応なしに自分がオメガだと突き付けられるのが辛かったりする。
――なんだかんだ言って、僕はまだ受け入れられていないんだな。
オメガの自分にもこの状況にも。
「僕、すべてを捨てて来たんです」
そう言ってぽつりぽつりではあるが今までの事を話始めた。
それを健二は邪険にせず、軽い相槌をもって聞いていてくれる。
自分の家柄のこと。アルファの時まで人生順風満帆だった。でもビッチングでオメガになってから周りに手のひらを返されて。
「そりゃあ僕だって完全な人間じゃなかったですけど」
それでもいわゆる良家の子息で跡継ぎという立場の中で、家族や周りの期待や羨望や妬み嫉みを受けながらもそれなりに努力してきた。
「当日付き合っていたカノジョにも言われてたんです。完璧な貴方が好きって」
「あー、それ手のひらクルクルで捨てられるヤツだねぇ」
「……その通りでした」
クッと唇を噛み締めてから、またジュースを飲む。
「そもそも僕はビッチングした時の記憶がないんです。三日ほどぽっかり思い出せない時間があって、気付いたら病院のベッドの上だったし」
だから未だになぜそうなったのかも理解出来ない。
理解できないことはピンともこないし心はまだアルファのまま、とはいかなくてもベータに近いのだ。
「でも身体はちゃんと? オメガなんだよなぁって」
はじめて発情期が来た時に現実を突きつけられた。
「抑制剤も本当は飲みたくないんだ。だってあんなの――」
そこでまたグラスを傾ける。中身がなくなるとすかさず彼がついでくれる。
「でもこれでボクたちはやたらめったらフェロモン撒き散らさなくてすむわけだから」
「まあそうなんですけどね」
先天性オメガとは分かり合えない事のひとつだろう。
「そんでもって厄介払いで見合いさせられたんですけど、そいつがもうふざけたヤツで」
ふざけたを些か超えている気もするが。
「くそっ、オメガだからってバカにしやがって」
見合いからの暴言からの放置。挙句の果てには。
「愛人を囲うなんて屁でもないクソ野郎なんですよ!?」
「そりゃ嫌だねぇ」
「しかも自宅に帰ってきた僕を待ち構えてレイプするような犯罪者なんてっ、こっちから婚約破棄してやるんだから!」
バンッ、とテーブルを叩いた皇大郎は吠えた。
「一生おひとり様で生きぬいてやるぅぅぅッ!!!」
心からの叫びである。
「僕はっ、オメガとして強く生きていきたいんです!」
「ふうん」
「誰に対しても媚びたくないんだ。オメガであっても自力で生きていく手立てがちゃんとあるはず……だって……僕は……僕……あ、あれ?」
突然、ぐらりと目の前が揺れた。
「え?」
脳みそがゆらゆらして視線がさだまらない。座っているはずなのに感じる妙な浮遊感に、なぜだか笑いが込み上げてきた。
「ふふっ……あはは、ぁ、なんか楽しくなってきた。このジュースすっごくおいしー、もっと飲んでいいれすかぁ?」
なみなみと注がれていたオレンジ色の飲料を一気に飲み干し、さらにお代りを欲する。
その間にもふわふわゆらゆら愉快で、まるで別世界にきたみたいだった。
「げっ!? これ、オレンジジュースじゃない!」
健二が瓶のラベルを見て声をあげるのが、皇大郎にはどこか遠くに聞こえる。
「はやくジュースちょうらい? ね、これおいひーからァ」
「駄目だよ! これジュースじゃない、お酒だ」
「おしゃけ……ぇ?」
甘くて美味しいグラスの中身はどうやらアルコール飲料だったらしい。しかもその飲みやすさとは反して、アルコール度数はビールを超える強いな大人の飲み物。
当然、皇大郎は成人済みだから法律的になんら問題はないのだ。だが問題といえば彼が酒に弱いということだろう。
「うっわ。これラベルじゃ分かりづらいやつじゃん! あーあ、どうするかなぁ」
「けんじ、さん~」
「しかもこの子めちゃくちゃ酒に弱いし……」
「ていうか聞いてくださいよぉ!」
困り顔の健二にお構い無しに抱きつく。
「健二さんもオメガですれすよね?」
「ああうん、そうだよ」
「僕なんかと違って純正のオメガだもんな。それに健二さんは美人だし、きっとすっごくモテるんだろうなぁ」
それにひきかえ自分は後天性ということで同じオメガたちからも差別をうける始末。
また凹んでうなだれる彼の頭を優しく撫でる手が。
「そんなこと……あるけど。でも色々と煩わしいことも多いよ。特にこの仕事してるとね」
さすが夜のお店のママなだけある。酔っ払いのあしらいは得意らしい。
それでも情緒迷子でさらに酒に飲まれてる彼の心には沁みた。
「健二しゃん!」
「お、盛大に噛んだなぁ」
「僕をここで働かせてくださいっ!」
「え?」
「おねがいします!!」
困惑する彼に頭をテーブルにぶつけん勢いで下げる。
「ここで雇って欲しいの?」
「はい! 僕、もう家も仕事も家族もなーんにもないんです」
「あらあら」
「大マジなんです。なんでもしますっ、どんなことでも頑張ります。だから、だから……」
どんどん語尾が小さくなっていく。決意が揺らいだとかそういうことではない。
「僕、の名前……皇大郎っていいます……よろしく、おねがいします……」
ポケットから名刺を取り出して恭しく差し出す。
それは。
『ま、ウチには必要ないだろうけどネ』
と最初に課長から押し付けられた名刺だった。
もう庶務三課どころか、あの会社の社員でさえないのに。
どうしても捨てられなかったのだ。大学を無理矢理中退させられてからマトモに働いたのははじめてだったからかもしれない。
「皇大郎君って、なんでもしてくれるんだっけ?」
「しますしますっ、なんでも! 僕に出来る事ならやらせてください!!」
「ふうん」
健二は少し考えるように目を細めた。
「そっか」
その瞬間、皇大郎は目の前を彼の手で覆われる。
「じゃあ――」
吐息混じりでそっと耳元で囁かれた言葉。
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