嫌われオメガが婚約破棄を申し出ました

田中 乃那加

文字の大きさ
上 下
10 / 32

悪役令息が婚約破棄をするまで③

しおりを挟む
「……ども。田中 たなか 歩夕あゆる、です」

 耳に慣れない名を口にして平然と、まるでそれが至って当たり前かのように祖母の隣に座る歩夕と名乗るその人は。

「お、女の子?」

 小柄でパッと見は十代に見える。長い髪は黒と緑のツートンカラー。メイクはいわゆる地雷系というやつだろうか。
 ファッションもまさしくそれで、どこからどう見たって少女だった。

「歩夕、この前は話たわよね。彼が孫の皇大郎よ」

 ニコニコと隣を詰めて座り直す祖母の姿は見たくなかった。
 というか。

「お祖母様、この方は……?」
は純代の恋人だ」

 ぶっきらぼうに答えたのは少女の方。上目遣いなのに媚びなど微塵もない。むしろ破睨みされている。
 向こうも警戒している、といったところか。

「恋人って。君はまだ未成年だろう」
「あ? 違うし」

 ふん、と鼻を鳴らされた。
 なんだか田荘と似ていると思った。向こうはギャル、こっちは地雷系だが。

「歩夕はね、こうみえてこうちゃんと同じ歳なのよ」
「えっ!?」

 ビックリして目を見張る。
 すると彼女が眉間にシワを寄せた。

「そんな驚くことか」
「ごめん。でもな」

 社会人としても通じるかどうか。やはり未成年に見えるのだが、と眺めていると。

「アンタこそ、いい加減乳離れしな」
「ち、乳……っ!?」

 突然の言い草に目を白黒させる彼に、歩夕は肩肘ついてわざとらしいため息をついた。

「いい歳こいてお祖母様お祖母様って。言っとくけどこの人はアンタのお祖母様ってだけじゃない。あーしの恋人だし嫁なわけ」
「嫁って。まだ結婚してないじゃないか」
「そりゃあすぐにでもしたいよ。でも純代がアンタに紹介してからって聞かないんだもん」

 今度はぶすっとして、そして純代の方を見た。
 打って変わって甘えたような眼差しと口調である。

「ねぇ純代。もういいでしょ? あーし、すごくガマンしたんだ。結婚しよう? 家族になろうよ。あーしはもう純代がいないと生きていけないよ」
「あらまあ、歩夕ったら」

 まんざらでもない。それどころか可愛くて仕方ない、でもちゃんと恋をした瞳の祖母を目の当たりにしてしまい皇大郎のショックは計り知れない。

 ――なんだよ、それ。

 ずっと一緒にいたのは自分なのに。ほんの数ヶ月、それも悲しんで心配して。でも頑張ってきた、それなのに。

「僕は認めないからなっ、結婚なんて!」

 ダンッ、とテーブルを叩く。カップが痛々しい音を立てるがお構い無しだ。

「こうちゃん」
「だいたい歳の差考えろよ! どうせその女はお祖母様の財産狙いとかだろ。だいたいアルファとベータの結婚なんて……っ」

 純代はアルファだ。だからまだ御笠家で受け入れられた。
 祖父と共にアルファの夫婦。反目し合うフェロモンで上手くいくはずがないと陰口を叩かれていたが、それでも互いを想い合いリスペクトし合う関係は皇大郎も素直に憧れていたのに。

「バースなんて関係ないわよ、こうちゃん」
「そんなはずないだろ! 関係ないならなんで僕は今、こんな状況なんだよ」

 若きアルファだとチヤホヤされて期待されて。愛らしいオメガの恋人もいて最高の人生
 それがオメガになって一転したのだ。

 軽んじられ虐められ、オメガの中でも男だからとか後天性だからと差別される。
 この世に平等なんてないのは知っていた。おとぎ話さえ説かない性善説。

 しかし自分の身にふりかかり、嫌というほど解らされたのだ。

 なのにこの二人の幸せそうな顔はなんだ。

「僕は……僕……だって……」
「こうちゃん、辛い目に合わせたわね」
「お祖母様、のせいじゃ、ない」

 また目頭がツンと痛む。情緒不安定なのはオメガだからだろうか。
 ふと、オメガは子宮でモノを考える原始的な生き物だと揶揄して炎上した芸人だか俳優だかを頭のすみに思い出した。

「あー、アホくさ」
「歩夕!」

 少女が大あくびをしてつぶやく。さすがに純代が窘めるが悪びれた様子もない。

「あーしね、これでも心配してたんだ。でも元気そうじゃん」

 彼女は不格好で噛みグセのわかる指の爪先を、こちらに突きつけてくる。

「あんたの大事な、あーしがちゃんと幸せにするから」

 別に家族の縁が切れるわけじゃない。むしろ新しい繋がりが出来るのだ。
 そう言いたいらしい。

「っ、勝手な゙こと言いやがって……」

 ぐずと鼻水をすすって皇大郎が睨み返す。

「当たり前だろ。お祖母様を泣かせたら僕が殴り込みに行ってやるからな」
「上等だよ、受けて立ってやる」
「いやそういう時は反省しろよ」
「あーしの辞書には『反省』という文字はないし」
「なんだその傍若無人な言い草」

 決して素直にならない者同士の会話だ。
 
 しかし純代の。

「歩夕ってば反省しないの? この前の――」
「ごめんっ、うそうそうそうそ! ちゃんと反省するから!! ね? だからもう手繋ぎ禁止はやめて!!」
「ふふ、分かってるわよ。貴女はちゃんと謝ることも反省もできる素敵な娘だわ」
「む……また子供扱いしてる」
「年下の恋人を甘やかすのも、歳の差恋愛の醍醐味らしいわよ」

 ね、と皇大郎はウィンクされて何も言えなくなった。

 本当に祖母には敵わない。アルファであろうがオメガ、ベータであろうが。


 ※※※


 ――ああもう、なんなんだ。
 
 自宅のポストにあった無地の封筒はずいぶんと分厚く、ずっしりと重かった。

 祖母達と別れスッキリしたような、それでいて疲れ果てたような気分で帰宅した彼に待っていたのはこの郵便物。

 とはいっても直接投げ込まれたのだろう。
 訝しみながらも慎重に開けたら何枚もの写真とともに、白い便箋の手紙が出てきた。

「なんだよこれ」

 まずは写真。
 主に二人の男女が写っている。楽しそうに仲睦まじい、恋人同士だろう。
 背景は色んな景色だ。旅行中だろうと思うものから、近くの高級飲食店の店内であろうものまで。
 すべて笑顔の自撮りと思しきもの。
 
「てか高貴あいつってこんな顔も出来るんだな」

 婚約者の笑顔といえば嘲るような皮肉げなものしか記憶にない。
 しかしこれは違う。
 相手のことが愛しいと顔に描いてあるような、と言えば陳腐だろうか。
 
 祖母とその若い恋人のことを思い出した。
 想い想い合う二人の姿。
 今の自分にはない関係性に深いため息が漏れる。

「はは、便箋も可愛いとか。さすが櫻子だなぁ」

 かつての恋人。昔も手紙をもらったことがある。
 その時は少し丸い小さな字でしたためられたラブレターに頬がゆるんだものだったが。

「これって牽制だよな」

 婚約者の恋人からの挑発と言い換えてもいいかもしれない。
 
 言葉こそ丁寧で可愛らしいが内容はすべて自分がいかに彼を愛していて、彼に愛されているかを切々とつづられている。

 自分が邪魔者であるのはよく理解できた。
 
「……」

 最後の一文に眉をきつく寄せる。

「くそっ!」

 ふいに湧き上がる苛立ちに写真と手紙を封筒ごと床に叩きつけた。

 そしてそのまま一度は脱いだ靴を履こうと踵を返す。

「バカにしやがって!!」

 忌々しそうに呟いて唇を噛む。
 感情を爆発させた理由はこの手紙だ。本当ならぐちゃぐちゃに破いてゴミ箱にでも捨ててしまいたい。
 しかしそんなことよりもう一刻も早く逃げ出してしまいたかった。

『――貴方にも運命の人が現れますように』

 その一文がたまらなく皇大郎を哀しませ怒らせたのだ。

 

 
 
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?

いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、 たまたま付き人と、 「婚約者のことが好きなわけじゃないー 王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」 と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。 私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、 「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」 なんで執着するんてすか?? 策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー 基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。

僕は人畜無害の男爵子息なので、放っておいてもらっていいですか

カシナシ
BL
 僕はロローツィア・マカロン。日本人である前世の記憶を持っているけれど、全然知らない世界に転生したみたい。だってこのピンク色の髪とか、小柄な体格で、オメガとかいう謎の性別……ということから、多分、主人公ではなさそうだ。  それでも愛する家族のため、『聖者』としてお仕事を、貴族として人脈作りを頑張るんだ。婚約者も仲の良い幼馴染で、……て、君、何してるの……? 女性向けHOTランキング最高位5位、いただきました。たくさんの閲覧、ありがとうございます。 ※総愛され風味(攻めは一人) ※ざまぁ?はぬるめ(当社比) ※ぽわぽわ系受け ※番外編もあります ※オメガバースの設定をお借りしています

処理中です...