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魔王様は辛いよ

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 ……どうしてこうも毎日毎日、同じことの繰り返しなんだろう。
 
「はぁぁぁぁ」

 夜になっても書斎に積み上がる書類にため息しかでないのも、まったく昨日と同じ。いや、昨日だけじゃない。いつもコレなんだから。

「大丈夫ですか、シド様」

 秘書兼、ボディガードのエルヴァは表情筋をピクリとも動かさず口を開いた。
 そうそうこの娘の反応も、毎日変わらず。
 ダークエルフ特有の褐色の肌と銀色の絹糸みたいな綺麗な髪。あととびきりの容姿もあいまって、人形めいている。

「君さァ、実は心配なんてしてないだろ」
「ええ。まったく」
「だろうね」

 気まぐれに問うてみたら、予想通りの答えだ。
 この優秀でめちゃくちゃ強い秘書さんが、仕事の進行以外のことで頭を悩ませることはないだろう。
 分かってるし、それがむしろこの娘として大正解だから良いんだけどね。

 それでも、こうも疲れていると結構精神的にクるものがある。
 いや、仕方ない。仕方ないんだけどね。
 
 なんせ僕は魔王だ。

 ――魔王シド、それは僕のこと。
 この世界は人間界と魔界に別れていて、言わば僕は魔界の王様。

 王様、なんていってもそんないいご身分じゃない。
 どうせ世間のイメージだと、やたらおどろおどろしい装飾の玉座でふんぞり返ってるんだろうけど。
 実際はそんなヒマなんて欠片もありゃしない。

 だいたい一日。書斎にこもって書類に目を通したり、重要官職の奴らと会議をしたり。
 一応。視察って仕事もあるけど、ここの所は行けていない。たしかに自ら出向く方が、魔界の民たちにもアピールになる。
 でもそんな時間すら取れないのが現実……夢ならどれだけいいんだろう。ところがどっこい夢じゃありません、これが現実。

「シド様。ご報告があります」
「あー、なに?」

 もうこのまま寝室に駆け込みたい。
 疲れた疲れた疲れた疲れた!!! なーんてダダをこねたら、彼女はどんな反応するだろう。
 
 多分、だまって一発殴られるだろうな。ダークエルフってのは、こう見えて気性が荒いし力が強いから。
 いくら魔王の僕でも、全治三日じゃきかないかもしれない。そうでなくても痛いのはイヤだ。

「シド様」
「わーってる。聞いてるから、聞いてる」
「なら良いのですが」

 つり目気味だけど綺麗な形の目を少し細めて、呆れたように言う。
 どうでもいいけどさ、エルヴァもクタクタなんじゃないのか。同じように、むしろ見えない所でも仕事してこんなに平然としていられるなんて。

 そろそろ我が魔界にも有給制度を導入しようか、なんて考えながらも話の先を促す。

「本日、アルヴォス地方のカヌラ諸侯から懇請書が届いております」
「へぇ。で、なんて?」
「税金が高いと領民が暴動を起こしている、と」
「あーもう、またかよ」

 かつて魔界の統治は、わりと無法状態だった。
 魔王なんて職はあれども。ちゃんと国家運営のマニュアルもロクになかったせいか、世代によって影響力もまちまちでかなり不安定。
 おまけに、ひとたびイザコザが起きれば何十年も紛争が起こるものだから。しかも魔王軍がしゃしゃり出て行こうにも、めちゃくちゃ金がかかる。
 
 そう、魔界は経済問題も抱えていたのだ。

 そんなトラブルしかないこの世界を、こともあろうに僕が統治することになってしまった。
 経緯は割愛するけども、簡単に言えば押し付けられたようなものだ。
 魔王の妾の一人が母親ってだけで、あれよあれよという間に座らされた椅子。

 みんな絶対に座りたくなかったはずだ。
 昔じゃないんだ、名ばかりですぐに崩れるような権力なんかより気楽に生きたいだろうさ。
 現に僕だってそう。

 でもなってしまったものは仕方ない。
 徹底的に無駄をはぶいて、魔界を立て直すことにしたんだ。
 無名かつ無能な魔王なんて汚名、真っ平御免だったから。どうせやるならやれる所までやりたくなるだろ。

 でもそれが今の僕なわけだけども。

「やはり一度、軍を送っては?」
「それは最終手段。予算も組まなきゃだし、なにより遺恨を遺すだろ」
「そうですか」

 エルヴァは小さくうなずくと、手元の手帳にメモをした。
 彼女には悪いけど、もう少し先方との対話によって解決する道を模索してもらおう。

「僕が直々に出向いた方がいいかもしれないなぁ……」
「それは承知しかねます」

 ぼやくように言った言葉に、思いのほか強く返されて顔をあげる。
 しかしやはりいつもの無表情がそこにいた。

「危険かと」
「危険? 危険なわけあるかよ、ここは魔界だぜ」

 下手すりゃ今の戦争だらけの人間界より、平和かもしれない。内戦だって、かなり沈静化している地区も多い。
 完全なる平安ってのもまだまだ遠いけど、いずれは実現できると思う。

「そうではなく――」
 
 エルヴァはここではじめて言葉を濁した。
 なんだ早く言え、とせかす。

「危険人物の報告が届いております」
「危険人物?」

 曲がりなりにも魔王である僕の身を案ずるほどの危険か。いや、そんなことなかなかないだろう。
 だとすると、どういう方向で危険なんだ。
 疲れで回らない頭の中をハテナマークいっぱいにしていた僕に、彼女は噛み締めるように言った。

「その人物はとのことです」
「は………………はぁ?」

 僕の優秀かつ、めちゃくちゃ疲労困憊した脳内には全裸のドワーフだかエルフだかゴブリンだかがサムズアップして微笑んでいた。

 ――あ、魔獣の可能性あるか。だとすると全裸なのはむしろ普通。いや、最近は魔獣も服を着る時代だということか? いやいやいや、なんかそれもイヤだなぁ。

「シド様」
「あ、うん」

 やばい。まったく関係ないこと考えてた。
 さすがに心配するか怒るかって彼女の顔を見たが、やはり無表情なのがさすがというか。
 彼女は真剣な顔で一言。

「くれぐれも、お気をつけ下さい」
「????」

 僕の頭は相変わらずだった。
 彼女は業を煮やしたのか、報告書を机の上に置く。読む気にもならない几帳面な字の上を、嫌々ながら視線を走らせる。

「えーと、なになに? いくつも目撃情報と被害が報告されてるなぁ……ええっと。人間???」

 報告書を要約すると。
 最近魔界に、不審人物がたびたび目撃されているらしい。
 それが全裸の大男だ。どうやら人間らしいが、なぜこんな魔界に出没するのか不明。
 そして看過できないことに。

「おい、コイツとんでもない奴じゃないか!」

 報告によると、いくつかの民家に無断侵入。更には中の壺やら棚を壊して回っているとことで。
 さらには。

「シド様、それだけではございません」
「それもなかなかひどい……んんっ!?」
 
 思わず書類を取り落としそうになった。
 魔城にほど近い町にて、大勢の者たちが負傷したというのだ。その全裸男によって。

「っていうか、相手はオーガ共だろ。全裸がどうして太刀打ち出来たんだ」
「目撃者によると手には剣を持っていたと」
「ほうほう、それか……」
「しかし剣は使わず、体術により十数名を負傷させたと」
「はぁぁぁっ!?」

 そいつ本当に人間だろうな!? なんの装備もなく、それどころか衣服すらまとわず拳で戦うって――しかも相手はあの、ガチムチ武道系のオーガ族。
 彼らもそうとう血の気も多いから、どちらが先に仕掛けたのかは分からないが。それでも丸腰なんて殺されたって文句は言えないレベルの暴挙。
 それが逆にぶっ飛ばすなんて。

「化け物かなんか? その生き物」
「いえ。勇者、と名乗っていたと」
「勇者……」

 うわ、すごくイヤな予感しかしない。
 人間界から数十年に一度くらいのスパンで、殴り込みかけてくることはあった。
 
 時代にもよるが、だいたい身のほど知らずというか。それでいて思い込みと執念だけは恐ろしく強い。
 でもそれ以外は、てんで話にならない。まず対話が不可能な連中だ。

「めんどくせぇなぁぁぁ」

 余計に疲れてきた。
 いやほんと、相手すんのも大変なんだぞ。
 こちらが下手にでで『お引き取り下さい』って頭下げるわけにもいかない。そんなことしたら、あれよあれよという間に戦争や内紛が始まっちまう。
 
 こう見えて、魔界を治めるのもラクじゃないんだ。

「シド様」
「わかってる、ちゃんと解決するよ」

 欠伸をかみ殺しながらうなずくと、なにやら心配そうな。それでいてジトっとした目を向けられる。
 人間をナメるなとかいうお説教か。だとしてももう、それを聞いている元気はない。

「もう限界……明日だ明日。今日はもう休む!」

 身体中がゴキゴキと音を立てそうな程に疲れている。
 いや、ほんと。 
 見た目は年寄りに見えないかもだけど、こう見えて結構歳食ってるからな? 年々、疲労がたまりやすく。そして取れにくくなってんだよ、ちくしょう!

「かしこまりました」

 なにか言いたげな秘書も、僕の悪い顔色を見て考えを変えたらしい。
 大人しく頭を下げて、部屋を出ていった。

「あぁぁぁっ、疲れた!!」

 疲れた疲れたうるさい、と我ながら思う。でも本当に疲れているんだから仕方ないだろ。
 
「もーやだ」

 仕事、やめよっかな。
 なんて魔王就任してから何百回つぶやいてきただろう。
 こんな激務、聞いてない。それなりにあったはずの野望も全部どうでもよくなってしまうくらい、この魔王は忙しすぎた。

「あー…………無理」

 食事をとる気力はない。せめて風呂くらいは入ろう、と召使いを呼びだした。

 
 
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