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純白の天使は邪悪に笑う

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 くすんだ白い棺の蓋がゆっくり開く。

 ぎ、ぎ、ぎぎ、と耳障りな音を立てて。

「みんな気をつけろ」

 すごく嫌な予感がする。この中にはきっと忌々しいが入っていて、それがどす黒い瘴気を撒き散らしながら出てくるのだ。

『あら、そんなことを言っては気の毒というものです』

 天使が微笑む。白い頬とは対照的に血のような赤い唇で。

『前世とはいえ、
「!」

 完全に押しやられた蓋。大きな塊がのそりと起き上がるのが見えた。
 よくよく目をこらせばそれは、幾重にもボロ切れを纏った巨体の人のよう。大きく数度前後に揺れると、緩慢かんまんな動きで棺から這い出してきたのだ。

「まさかこれがタロ・メージ!?」

 ベルの驚く声に天使の笑みがいっそう深くなる。

『彼は絶大な力を手に入れました。この私によって!』

 こちらに近づいていくまるで屍人アンデッドかその種族のひとつである、ミイラ人間ムンミャのような出で立ち。
 
 顔も身体もすべて覆われているのにも関わらず、ふらつきながらこちらへ這いずってくる。

『命を奪い喰らった者の能力の一部を自分のモノとする。名付けて、食神の悪食グリィディ・イータ! それがどれだけ汎用性があり最強チート能力であることか。あなたがたには理解できますか』

 天使は誇らしげに言う。

 選ばれし転生勇者という存在には、常人が持たない最強能力が備わっていると聞いたことがある。
 それをもって数々の魔族魔獣を打ち負かし、魔王すら倒してしまった。これが伝説なのだ。

 しかしその能力についてはほとんどが噂程度で、おとぎ話めいていた。
 
「く、喰らうって……」
『とある種族において。太古には敵対する集団の、優秀な戦士の脳を喰らうことによって不思議な力を得ようとしてたようです。それを少し応用しましてね』

 ベルは吐き気をもよおしたのか口に手を当てて絶句している。
 
 つまりなにか。
 タロ・メージはこれまで多くの魔族達を食らって伝説を作りあげてきたということか。
 しかもそれが俺の、前世での兄だったと。

 もう状況がめちゃくちゃすぎてキャパオーバーしそうだ。
 しかし目の前の状況もかなりまずい。

「そんなことよりお父様っ、いや国王陛下はどうしたのですか!」

 ラヴィッツが叫んだ。

「天使のような姿をしていますが、きっと悪魔なのでしょう!? 私たちを惑わし、恐ろしく忌々しい悪魔!」

 彼女の取り乱した様子に俺たちは動揺した。
 自らも呪いをかけられていると話した時も、父について哀しみを口に出す時も。いつも声を荒らげることはなかった。

 しかし今、頬を紅潮させて髪を振り乱し天使を悪魔だと罵る様を見て驚きを隠せない。

「ラヴィッツちゃんっ、落ち着いて」
「お父様を返して! このバケモノ!!!」

 ベルが慌てて抱きしめて抑えようとするが、涙を溢れさせた瞳は怒りに燃えている。

 対して天使は。

『ふん。私を悪魔、なんてとんだ言いがかりだわ。あんな契約がないと何も出来ない無能どもと一緒にしないでよ』

 と、さっきまでの口調も表情も一変させて吐き捨てた。

『だいたい、あんたらも悪魔とやらも。単なるなワケよ。こっち側とは存在ステージすら違うワケ。ったくこれだから愚民どもは。自分が自分の意思で動いているなんて、勘違いもはなはだだしいっての』

 何を言っているのかさっぱり分からない。しかし唖然としている俺たちに、天使は顔を歪めた。

『さあ、私の最高傑作を見せてあげる』

 天使が這ってきた男になにか囁いた瞬間。

「ぅぎッぃ゙ぁ゙……ぅう、ぅ゙がァァァッ!!!」

 苦しげにのたうち回り始めたのだ。
 すると少しずつ、身体中をおおっていたボロ布切れが剥がれ落ちていく。下から現れたのは、人間の四肢や胴体。つるりとして少し褐色がかった健康的な肌。

「こ、こいつがタロ・メージ?」

 すべてが剥がれた後に現れたのは、大柄な男だった。
 筋骨隆々とした体つきに、冷たく端正な顔立ち。まるでどこぞの神をかたどった彫刻像のような。

 神話の世界から飛び出してきたと言っても信用してしまうような、美しい者。

『新しく生まれ変わらせてもあげたのよ。ルグラ国王のひた隠しにしていた能力を使って、ね』
「それはどういうことだ」

 国王の隠された能力? まさかこの人もまた異世界からの力を持っていたというのだろうか。
 俺が疑問をぶつける前に、ラヴィッツが天使をキッと睨みつけた。殺意と狂気の入り交じった目で。
 俺はそこで全てを察した。

「ラヴィッツ」

 どうして今まで城の中で生きてこれたのか。
 立つこともできない幼いうちに暗殺されてもおかしくない生い立ちだったのに。

 それに彼女が自らのことをタイムリープではなく、転生者だと理解した根拠は。

「国王があんたを守り癒していたんだな、彼自身の能力を使って」

 スチルが横から言う。
 ラヴィッツは数回やばたきをした。涙がツーっと頬を流れる。

「……陛下はこれを贈り物ギフトと呼んでいました。この再生の能力で、私の怪我や受けた毒を無効化して下さっていたのです」

 恐らく彼女の言っていた隠し部屋も、国王が娘を守り怪我や毒を治すためのもの。これは父と娘の大きな秘密だったわけか。

「私はそんな父を見捨てた卑怯な人間です。もう守ってくれる人がいないと、おめおめ逃げ出したのです」

 自責の念に駆られ髪を掻きむしる少女をただただ見るしか出来なかった。

 そしてタロ・メージが彼女の父親の能力を持っているということは――。

 ハッとしたのは俺だけじゃなく。

「まさか……っ、い、いやぁぁぁぁぁっ!!」

 泣き崩れる小さな背中。そこに刺すような天使の嘲笑が響く。

『さあ美しく強い王の誕生を祝福しなさい。愚か極まりない人間達にはもったいないくらいだわ!』

 最初からこれが目的だったのだろう。
 異世界から人間を連れてきてチート能力を授け、色んな者たちを喰わせていく。
 
 魔族に悪魔、そしてついには国王まで。

『さあ新たな王よ。真実を知った愚か者たちを喰らってしまいなさい』
「……」

 男はガラス玉のような目でこちらを見つめた。
 すると次の瞬間、ビキッという音とともに右手が大きく爆ぜて変形したのだ。
 それは濡れたように光る大鎌。鋭い切っ先は俺たちの方を向いている。嫌な汗がながれた。

『ふふ、まずは小手調べね。私のお眼鏡にかなったら、彼に食べさせるにしてあげる。光栄に思うといいわ、国どころかこの世界を統べる王の一部となれるのだから』

 熱に浮かされますように微笑む天使に、人形めいた感情のない男。
 
「!?」

 純白の羽と対照的に邪悪な高笑いが合図となって、鋭く光る死神の持つような大鎌が俺たちに襲いかかる――!


 
 
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