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陰謀の箱庭
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王国はすでに陰湿な毒に侵されているようだった、と王女は言う。
「ルグラ国王陛下が長く病に伏していた時から――」
「ちょっと待ってくれ、それはおかしい」
思わず彼女の話に割って入る。
異世界召喚勇者であるタロ・メージが、ラヴィッツ王女と婚姻を結び次期国王となるとの宣言。
驚愕する俺たちに、王女は王国内部の実情を語り始めたのだ。
「国王はラヴィッツ王女が……」
「私のことはラヴィッツ、と呼んでください」
「しかし」
「私も仲間でしょう?」
その言葉とほんの少し不安げな表情。だから、俺は大きくうなずく。
「ああ、そうだな。俺たちはラヴィッツが誘拐されたショックで国王が床に伏したと聞いたぞ」
そうだ。愛娘を案じるゆえにという言葉をリベロ将官から聞いたんだった。
でも彼女の口ぶりだと、その前から王は病におかされていたようじゃないか。
俺と同じ疑問をもったのだろう、スチルも顔をしかめている。
「国民に対していたずらに不安を与えまいとする、大臣の判断のようです」
俺は全く知識がなかったが、この国には国王の他に大臣と呼ばれる高官が政治をつかさどっているらしい。
平たく言えば、二番目の権力をもつ人間。王の下した命令はそこから下され、下からの報告などもそいつから王に伝えられる。
「半年ほど前からでしょうか。城内でとある噂がたちました」
王女がいうには、近々王位継承がされるとのこと。それはつまり王の病が重く、そろそろ危ないということを意味していた。
「私は陛下の容態について何も知りませんでした。私だけじゃなく、だれも知っている者はいなかったかもしれません。ただ、二人の人物以外は」
「え?」
「大臣と魔法医師です。彼らだけが、陛下の部屋の出入りを許されていましたから」
「……待て。魔法医師、だと」
スチルがふいに割って入る。
「王の病気は一体なんだ。あと君はそいつを、通常医学の宮廷医でなく魔法を専門とした魔法医師だとどうして判断した?」
俺はスチルの言いたいことがよく分からなかった。
しかし彼女はそうでないようで。
「スチル様の疑念ももっともです。たしかにその医師は見た目だけは、人間のお医者様となんの変わりもありませんでした。しかし私は見てしまいました。あの日、私が城を出た日のこと――」
まばたきをした彼女の眼差しが不安げに揺れているようにみえた。
だがその様子を察して、無言であったベルがそっと彼女の手を握る。
「ラヴィッツちゃん」
「ありがとうございます、ベルさん」
寄り添う二人。
意を決したかようにラヴィッツは口を開く。
「お父様……いいえ、国王陛下の部屋に入る大臣とお医者様を見ました。それ自体はそう不思議なことではありません。陛下が病に伏してからは、定期的にお薬や治療を施しに出入りしていたのは私でなく侍女だって知っていましたから」
そこで息をつく。
「今思えばどうしてあのような事をしたのか……私は陛下の部屋にあるとある隠し部屋の存在を思い出してそこに潜み、そこから彼らを監視しようと考えたのです」
聞けばその隠し部屋は万が一の時のための緊急脱出用としてのものと、父親であるルグラ国王に教えられたのだという。
「陛下と私の数少ない親子らしい思い出なのです」
ラヴィッツの表情は少し寂しげだ。
――まだ幼児の頃。ルグラ国王は非常に穏やかで愛情深い父親であった、と彼女は語る。
「母は元々心が弱く、私を育ててくれたのは乳母や侍女達でした」
母親はいてもいない同然。それは幼い心にどれだけの影を落としたのだろう。
「私にたくさんの異母兄弟がいることを知ったのは、ごく最近です。それまで兄弟はおろか、ほとんどの時間を限られた部屋の限られた者たちの中で育ちました。軟禁状態の王女、と噂されていたのを後から知ったほどです」
きっと父親なりの愛情であろう、と彼女は言う。
王妃が産んだ唯一の子供。血族としてはより正当なる王位継承者とも言えるわけだ。
だとすればその立場の危うさと身の危険は少し考えれば分かることだろう。年端もいかぬ少女は、生まれながらにして命を狙われるには十分な条件を持っている。
「陛下はたまに、私のいる子供部屋に足を向けてくれました」
母は産んだ子に見向きもせず社交界へ入り浸り、同年齢の遊び相手もいない。そんな中、忙しい公務の間をぬってやってきてくれる父親。
彼女は柔らかく微笑んだ。
「ただただ嬉しかった。ただの乳幼児であればそうでもなかったかもしれませんが、私には異世界での記憶があります。そこで私は父親からも冷たく見放され、寂しい幼少期を迎えましたから」
しかしこの世界では違う。
ここでふと俺は、彼女が自身の境遇を時間跳躍でなく異世界転生であると結論づけた理由がわかった。
「陛下は私をこっそり、自分の部屋に連れて行ってくれました」
そこではつかの間の、父娘の幸せな時間があったんだろう。彼女の顔を見ればわかる。
「そこでその隠し部屋を教えられたと」
「ええ。そこから陛下の寝室に忍び込み、彼らの正体と陰謀を知ったのです」
それから数秒沈黙した後。
「陛下は病気なのではなく、呪いをかけられまるで眠ったような状態にされていました」
「え?」
「あれはただの魔法でも、ましてや治療でもありません。呪文は私も独学で習得していますから、その意味を理解できました。相手を生きた屍のような状態にし、悪夢をみさせるという恐ろしい呪術。苦しみ悶えるお父様を、彼らは薄ら笑いを浮かべて見下ろしていた」
ぽろぽろと瞳から涙がこぼれ、ベルが心配そうに覗き込む。
「その時、私は叫びだしたいのを必死でこらえました。しかし、彼らは気づいた。大臣が、こちらを見たのです」
慌てて部屋を飛び出し、それからは恐怖と混乱にかられて城を飛び出したのだという。
「ラヴィッツちゃん」
話し終え、堰を切ったように嗚咽する小さな背中をベルが抱きしめる。
「私は……私は……お父様を見捨てて逃げ出した……優しかったお父様……あんな姿に……なのに、なのに……」
途切れ途切れかの言葉の中に、自責の念と大きな悲しみが滲んでいた。
目の前で愛する家族が死ぬより苦しめられていて、そんな鬼畜野郎たちがこっちに脅威を向けてくるなんてことがあったら。そりゃあ逃げ出すのも当たり前だ。ただでさえ、常に命の危機に晒されてきたのだから。
俺は彼女を責める権利は誰にもないと思う。
「なんてことだ」
ずっと聞いていたヴィオレッタも眉間に深いしわを寄せている。アルワンも思うところがあるのか、黙ったままだ。
しゃくりあげるラヴィッツを支えながら、ベルが俺を見上げた。
「メイト」
「分かってるさ」
俺はうなずく。
「ヴィオレッタ。考えがある、少し手を貸してくれ」
まずは国王の安否を確認しなければならない。
俺の提案に、この女軍人も目を大きく見開いて絶句した。
「ルグラ国王陛下が長く病に伏していた時から――」
「ちょっと待ってくれ、それはおかしい」
思わず彼女の話に割って入る。
異世界召喚勇者であるタロ・メージが、ラヴィッツ王女と婚姻を結び次期国王となるとの宣言。
驚愕する俺たちに、王女は王国内部の実情を語り始めたのだ。
「国王はラヴィッツ王女が……」
「私のことはラヴィッツ、と呼んでください」
「しかし」
「私も仲間でしょう?」
その言葉とほんの少し不安げな表情。だから、俺は大きくうなずく。
「ああ、そうだな。俺たちはラヴィッツが誘拐されたショックで国王が床に伏したと聞いたぞ」
そうだ。愛娘を案じるゆえにという言葉をリベロ将官から聞いたんだった。
でも彼女の口ぶりだと、その前から王は病におかされていたようじゃないか。
俺と同じ疑問をもったのだろう、スチルも顔をしかめている。
「国民に対していたずらに不安を与えまいとする、大臣の判断のようです」
俺は全く知識がなかったが、この国には国王の他に大臣と呼ばれる高官が政治をつかさどっているらしい。
平たく言えば、二番目の権力をもつ人間。王の下した命令はそこから下され、下からの報告などもそいつから王に伝えられる。
「半年ほど前からでしょうか。城内でとある噂がたちました」
王女がいうには、近々王位継承がされるとのこと。それはつまり王の病が重く、そろそろ危ないということを意味していた。
「私は陛下の容態について何も知りませんでした。私だけじゃなく、だれも知っている者はいなかったかもしれません。ただ、二人の人物以外は」
「え?」
「大臣と魔法医師です。彼らだけが、陛下の部屋の出入りを許されていましたから」
「……待て。魔法医師、だと」
スチルがふいに割って入る。
「王の病気は一体なんだ。あと君はそいつを、通常医学の宮廷医でなく魔法を専門とした魔法医師だとどうして判断した?」
俺はスチルの言いたいことがよく分からなかった。
しかし彼女はそうでないようで。
「スチル様の疑念ももっともです。たしかにその医師は見た目だけは、人間のお医者様となんの変わりもありませんでした。しかし私は見てしまいました。あの日、私が城を出た日のこと――」
まばたきをした彼女の眼差しが不安げに揺れているようにみえた。
だがその様子を察して、無言であったベルがそっと彼女の手を握る。
「ラヴィッツちゃん」
「ありがとうございます、ベルさん」
寄り添う二人。
意を決したかようにラヴィッツは口を開く。
「お父様……いいえ、国王陛下の部屋に入る大臣とお医者様を見ました。それ自体はそう不思議なことではありません。陛下が病に伏してからは、定期的にお薬や治療を施しに出入りしていたのは私でなく侍女だって知っていましたから」
そこで息をつく。
「今思えばどうしてあのような事をしたのか……私は陛下の部屋にあるとある隠し部屋の存在を思い出してそこに潜み、そこから彼らを監視しようと考えたのです」
聞けばその隠し部屋は万が一の時のための緊急脱出用としてのものと、父親であるルグラ国王に教えられたのだという。
「陛下と私の数少ない親子らしい思い出なのです」
ラヴィッツの表情は少し寂しげだ。
――まだ幼児の頃。ルグラ国王は非常に穏やかで愛情深い父親であった、と彼女は語る。
「母は元々心が弱く、私を育ててくれたのは乳母や侍女達でした」
母親はいてもいない同然。それは幼い心にどれだけの影を落としたのだろう。
「私にたくさんの異母兄弟がいることを知ったのは、ごく最近です。それまで兄弟はおろか、ほとんどの時間を限られた部屋の限られた者たちの中で育ちました。軟禁状態の王女、と噂されていたのを後から知ったほどです」
きっと父親なりの愛情であろう、と彼女は言う。
王妃が産んだ唯一の子供。血族としてはより正当なる王位継承者とも言えるわけだ。
だとすればその立場の危うさと身の危険は少し考えれば分かることだろう。年端もいかぬ少女は、生まれながらにして命を狙われるには十分な条件を持っている。
「陛下はたまに、私のいる子供部屋に足を向けてくれました」
母は産んだ子に見向きもせず社交界へ入り浸り、同年齢の遊び相手もいない。そんな中、忙しい公務の間をぬってやってきてくれる父親。
彼女は柔らかく微笑んだ。
「ただただ嬉しかった。ただの乳幼児であればそうでもなかったかもしれませんが、私には異世界での記憶があります。そこで私は父親からも冷たく見放され、寂しい幼少期を迎えましたから」
しかしこの世界では違う。
ここでふと俺は、彼女が自身の境遇を時間跳躍でなく異世界転生であると結論づけた理由がわかった。
「陛下は私をこっそり、自分の部屋に連れて行ってくれました」
そこではつかの間の、父娘の幸せな時間があったんだろう。彼女の顔を見ればわかる。
「そこでその隠し部屋を教えられたと」
「ええ。そこから陛下の寝室に忍び込み、彼らの正体と陰謀を知ったのです」
それから数秒沈黙した後。
「陛下は病気なのではなく、呪いをかけられまるで眠ったような状態にされていました」
「え?」
「あれはただの魔法でも、ましてや治療でもありません。呪文は私も独学で習得していますから、その意味を理解できました。相手を生きた屍のような状態にし、悪夢をみさせるという恐ろしい呪術。苦しみ悶えるお父様を、彼らは薄ら笑いを浮かべて見下ろしていた」
ぽろぽろと瞳から涙がこぼれ、ベルが心配そうに覗き込む。
「その時、私は叫びだしたいのを必死でこらえました。しかし、彼らは気づいた。大臣が、こちらを見たのです」
慌てて部屋を飛び出し、それからは恐怖と混乱にかられて城を飛び出したのだという。
「ラヴィッツちゃん」
話し終え、堰を切ったように嗚咽する小さな背中をベルが抱きしめる。
「私は……私は……お父様を見捨てて逃げ出した……優しかったお父様……あんな姿に……なのに、なのに……」
途切れ途切れかの言葉の中に、自責の念と大きな悲しみが滲んでいた。
目の前で愛する家族が死ぬより苦しめられていて、そんな鬼畜野郎たちがこっちに脅威を向けてくるなんてことがあったら。そりゃあ逃げ出すのも当たり前だ。ただでさえ、常に命の危機に晒されてきたのだから。
俺は彼女を責める権利は誰にもないと思う。
「なんてことだ」
ずっと聞いていたヴィオレッタも眉間に深いしわを寄せている。アルワンも思うところがあるのか、黙ったままだ。
しゃくりあげるラヴィッツを支えながら、ベルが俺を見上げた。
「メイト」
「分かってるさ」
俺はうなずく。
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