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騙されたので反撃の時間にしてやってみた3

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 男は、多少青ざめてはいたが薄く笑みを浮かべていた。

「さすがだな。ふむ、気に入ったよ」
「あ?」

 こめかみがピクリと脈打つ。
 凶暴凶悪な衝動が、俺の中で頭をもたげた。

「君は、私を攻撃できまい」
「なぜ?」

 食い気味に返したのは、よりこいつを追い詰めたいがため。今すぐにでも喉笛に噛みついて腹を裂いて、はらわたを掻き回してやりてえ。
 ほら怯えろ、血の涙で命乞いしろよ。

「私は――」
「なぜだ、と聞いている」

 まるで酷く酩酊してる時のようだ。自分で自分でない感覚。そのまま歯を剥いて口角を上げてやった。

「っ……」

 ほら途端、虚勢に怯えが走ったぞ。いい気味だ。
 俺はピウスを見据える。

「は、はははっ、あはははッ。やはり気に入った、気に入ったぞ!」

 だが予想に反し、奴は歯をガチガチいわせながらも高笑いをする。

「メイト・モリナーガ。その能力を高く買おうじゃあないか!」
「あ?」
「体術ばかりでなく、その高度な召喚術。しかも悪魔を召喚するなんて、君は私の想像を遥かに超えてくるのだな! 私の仲間に、いや対等なをしようじゃないか。悪い話にはしない。もちろん仕事をしてくれたら取り分は弾む。十五パーセントはどうだ、いや二十パーセントでもいい」
「……」
「二十三パーセントだ! ああ破格だぞ。しかしそれくらいの価値を君は持っている」
「……」

 俺が黙っていると、やつの口はペラペラとよく回る。まるで何かを恐れるように。

 つーか、召喚術ってなんだ。
 あの黒ずくめのやつのことか、やっぱり悪魔だったのか。
 ていうか、俺自身なにがあったのかよく分からんのだが。次に解呪されたスキルはこともあろうに召喚術師のスキルなのか?
 
 死者や魔物、魔獣にいたるまで召喚する魔法使いの専門スキル。
 上級になると天使や悪魔を呼び出して力を得ることが出来るらしいが、その存在はかなり希少なために見たことがなかった。

「金も女も、すべてが君のものさ! 考えたことがあるかね。極上の人生を約束するよ、この私が」

 ……コイツ、なにをいってんだ?
 どんどん白けていく感情。冷たいモノが心臓にまで流れてきそうじゃねえか。
 俺は小さく舌打ちをした。

「んなもん興味ねぇよ」

 そう言って俺が拳を構えれば、屈強な男たちが周りを取り囲む。

「私にも切り札というものがある」

 ピウスの言葉と同時に、小さなうめき声が上がる。

「スチル!」
「おっと、待ちたまえ」

 黒いローブをとりあげられた少年が、固い床に投げ出されている。その背を踏む男。

「人質なんて手は使いたくなかったがね。しかし仕方がない」
「てめぇ……」
「そんな怖い顔するな、これはれっきとした交渉だ。恥じることはない」

 交渉だ? ふざけている。
 実質は人質だ。おおよそ、俺に攻撃されないようにスチルの存在をこれみよがしに示しているのだろう。
 とことん卑劣なやつだ。

「この少年の身体と命が少しでも惜しいなら、考えることを勧めるよ。わかるだろう?」
「くっ……」
「まあ彼となら心中する覚悟を持つ輩もいるだろうがねぇ」
「!」

 そんなことを言いながら、彼の身体を撫で回すのも俺に対する挑発であり挑戦だろう。
 さすが肝が座ってやがる。
 
 出来るものならやってみろ、と言いたい態度。
 俺が彼を犠牲にしまいと踏んでやがる。しかし悔しいのが、やつの思惑が的外れでないことだ。

「くそっ」

 怒りだけがぐるぐると俺自身を駆け巡っていた時だった。

「――ここまでです。キーマス・フォン・ピウス、いいえ。嘘吐き娼婦ロークス・カプトと呼んだ方がよろしいかしら」

 凛とした声と共に、入口にいた男たちの悲鳴が響き渡る。

「っ、あ、アメリア、さん!?」

 いつものドレスに身を包んだ、宿屋の女主人が優美な笑みを浮かべて立っていた。
 思わず俺が声をあげると。

「様をつけなさい、このデコ助野郎。制裁されたいの?」
「え、エル先輩まで!?!?!?」

 こちらもいつものひっつめ髪にメイド服。厳しい表情で俺を睨みつけている。そして右手では、どうやらいまさっき瞬殺でボコったであろうチンピラの胸ぐらを掴んでいた。

「うふふ、エルちゃんは本当に強いわねぇ♡」
「そっ、そんな過分なお言葉……!」

 頭をよしよしする女主人に、感極まった様子で目を潤ませる彼女。ちなみにその瞬間にも飛びかかってきた男を蹴りの一撃でふっ飛ばしている。

「うわ」
 
 えげつないくらい強いじゃねえかよ。てか散々スパルタ受けてきたけど、そんなの可愛く思えてくるレベルだ。
 
「ふふ、とても似合っていますわよ。その格好」
「!」

 俺の方を見たアメリアの言葉に俺は自らを見下ろした。全身タイツはやっぱりめちゃくちゃ恥ずかしい。

「さて。そろそろ無駄な抵抗はおやめになった方がよろしくてよ」

 スっと目を細めて彼女が言った。その相手は、顔色を変えて唇を噛み締めるピウスだ。

「これはこれは……アメリア嬢」

 ぎこちなくだがなんとしてでも平静を装いたいといった様子で頭を下げる。

「このようなところにお越し頂くとは」
「うふふ。このような、なんて持ち主が聞いたらガッカリなさいますよ」
「っ、なんのことだか」
「あら。貴方はご存知なかったわね」

 彼女の艶やかな色の唇が弧を描く。

「ここは私が買収いたしましたのよ。土地建物ごと、ね」
「!?」

 ピウスが目を見開く。

「ば、買収? しかしここは、ステュルス家の――」
「そう。貴方が当主のご子息を脅して取り上げた屋敷ですわね。他にも、同じ手口でいくつも所持している資産のひとつ。しかし話はすでにつけてありますのよ」
「なっ!?」
「残念ですわね。私、貴方とは少し違う切り口でビジネスをしているものですから」

 そう言うと彼女はゆっくりと歩み寄ってきた。

「すべてはもう、調査済みですわ。貴方の罪を白日のもとに晒しましょう」
「な、なんのことだか……」
「とぼけるのですか? 貴族ですらない、元は単なる男娼で欺瞞と血なまぐさい所業で塗り固めた偽りの姿。人道を外れた人身売買や窃盗、集団誘拐も貴方が黒幕なのですね」

 やはりこの男がそうだった。
 自分の罪を俺やベルを排除するためになすりつけようとした卑劣な野郎なんだ。
 すべてを暴かれ顔面蒼白な男に対し、アメリアはもう一歩近づく。

「大人しく罪を認めますね?」
「ふ、ふざけやがって、このクソ女がァァッ!」

 ピウスは叫び、走り出す。その手には刃物、短剣がにぎられていた。

「!!」

 やばい、と思った。ヤケになった人間はとんでもないことをやらかす。しかも思ってもないスピードで。
 だから俺はその一瞬が遅れた、しかし。
 
「……汚い手でアメリア様に触るな、無礼者」
「ゔがっ!?」

 ガキンッ、という鈍い金属音と共に彼が手にした短剣が宙を舞う。
 メイド服のスカートがひるがえり、フリルの隙間からスラリと伸びた足がのぞく。固い素材で造られた靴が、男の手元を正確に弾き飛ばしたのだ。

「この短剣ごと、死をもって贖罪せよ」
「あらあら♡ エルちゃんってば~」

 ガチの殺気を放つ彼女に対し、アメリアはやはりにこやかだ。
 
「そんなに虐めたら可哀想よ」
「しかし、アメリア様に対してあのような無礼は許されません」

 即答するエル先輩の表情は真剣そのものだ。むしろ、すっかり腰を抜かしているピウスを一瞥すらしない所に俺の腹の底は冷えっぱなしなんだが。

「こ、この化け物がっ……」

 奴はそう罵りながらも、なんとか壁沿いに這ってその場から逃げようとする。しかしそうは問屋が卸さないらしく。

「さてエルちゃん、よ」
「……御意ぎょい
「ちょっ!?」


 先輩の言葉と、俺が声を上げたのとは同時だった。
 その手にはいつの間にかトマホーク。無骨で大きなそれは、ぬらりと赤黒い光を放っているのが印象的で。
 真っ直ぐに切っ先を、逃げ出そうと必死になるピウスに狙いを定めていたからだ。

「ヒッ……や、やめ……」
「うふふ♡ 少し、おいたが過ぎたのねぇ」

 ジリジリと詰められる距離に怯える男。
 まさか殺す気なのか? 俺はどうすればいいんだ。

「っ、ぼ、ボス……」

 隣で小さなつぶやきが発せられた。ベルだ。

「ベル。大丈夫か、無理するな」

 ようやくショック状態だった意識がハッキリしてきたのだろう。よろよろと足を踏ん張る彼女を支える。

「メイト、ありがとう」

 気丈にも答える彼女の目の端には、涙の粒が散っていた。
 無理もない。自分を助け出してくれたと恩を感じ、ずっと慕っていた人物に殺されそうになったのだ。
 
「ねえボス……あたしバカだからわかんないけど」

 ベルは彼に話しかけた。

「覚えてるの。ボスがあたしのこと、愛してるって。大切な子だって言ってくれた」
「あ、ああ。そうだ! ベル。君なら分かってくれるよな!?」

 ピウスは叫ぶようにこたえる。

「すべて仕方がなかった、そうするしか、そう。いい子だ、ベル。いい子だから、私の元に!」
「ボス……」

 最後の希望とばかりに手をのばす彼の所へ、足を踏み出そうとする彼女。俺は、咄嗟にその肩をつかむ。

「おいベル!」
「ボス……ボス……」

 光の一切感じない瞳はピウスをすがるように見つめていた。
 彼女はまだ信じたいんだ、大切にされていたと。愛されていたと。それが痛いほどに分かった。

「あたし――」
「助けてくれっ、ベル! このバケモノに殺されるっ……」

 なんて往生際の悪い男だ。自分から犬だのと口汚く罵って切り捨てておいて、今さら頼ろうとするなんて。

「ベル。もうやめろ」

 俺の口調も自然と乱暴になる。だが。

「ベル! 助けてくれ。君だけなんだっ、私には……っ!」

 ベルの腕にそっと触れる。服が破れたそれは悲しいくらい冷えていた。そして所々に痣や傷が。
 それは新しいものから古いものまで。これが彼女がこの過酷な人生の証であり、呪いなのかもしれない。

 だからこそまだ期待するんだな。こんな嘘つき野郎でも。

「ボス」
「もうやめろよ。あいつはお前を裏切っただろ」

 駆け寄ろうとするのを止めたくて、手に力を入れる。
 でも彼女はこちらを振り向かない。

「でもボスが……」

 相変わらず助けてくれと喚き散らす卑劣な恥知らずを心配そうに見つめてやがるんだ。

「ベル」
「あたし、行かなきゃ」
「ベル!」
「ごめんなさい。でもあたしにはボスしかいないんだ……ごめん」

 誰に謝ってんだよ。そしてなんで謝ってんだよ。
 俺の中にどんどん怒りとやるせなさが込み上げて膨れていく。

「いいかげん分かれよッ!!!」
「っ……!」 
「あ」

 もどかしさとやり切れなさで思わず怒鳴ってしまう。ビクッと震える肩に、しまったと瞬時に悟る。
 今のベルに、俺はどんな風に映る? さながら幼かった彼女を虐待した、大人たちと同じなんじゃないだろうか。
 
 だとすると狂いそうになる。

「す、すまん。俺は……」
「メイト。泣かないで」

 情けない俺に、今度は彼女が触れた。
 
「あたしが弱かったんだ。あたしが、あたしがもっと強かったら」
「ベル」

 俺たちは見つめあう。お互い、境遇は違えど親のいない者たちだ。
 これは人生に大きな影を落としていた。
 俺だってひとつ間違えれば彼女のように、いやそれ以上の転落人生を迎えていたかもしれないんだ。
 
「ベル! た、たのむ、助けくれ……っ」

 悲痛な叫び声。
 狙いを定めたトマホーク。残酷な笑みの女主人に、無表情な執行人エル先輩
 なにがなんだかまだよく分からんが、この男の末路は悲惨なことになるだろう。
 
 俺は恐る恐るベルの方を見た。

「ボス」

 彼女は大きく息を吸って、口を開く。

「ごめんね、あたし

 そしてピウスに背を向けた。

「メイトっ……」

 歯を食いしばって大粒の涙を浮かべ流す彼女を、俺は黙って抱きしめる。

 


 




 



 


 
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