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瀕死だったからクソガキに助けられてみた

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 指一本も動かせない。それどころか身体中に走る激痛に、うめくことしか出来なかった。

「がっ……は、ぐッ、ぅ゙」

 宿屋の前で多人数にタコ殴りにされて、そのまま近くの森に捨てられてから数時間。

「く、くそっ」

 ボロボロになった俺は必死に地面を這いつくばっていた。
 多分、肋骨や足の骨はいくつか折れているだろう。それにさっきから咳き込むと血の味が口に広がる。内臓もやられてるかもしれないな。

 だがひたすら前に進んだ。
 
「うぐぐっ」

 生きるためにはまずは森から出なければ。
 いくら町からそんなに離れていないといっても、森の中にはモンスターがウヨウヨしている。
 他にも野盗やらイカれたヤツやら、治安としては最悪なんだ。とにかく一刻も早く、町に戻るしか道はない。

「うぐっ」

 一歩一歩、とほふく前進する度に痛みたが全身を襲う。
 
「なんで俺がこんな目に……っ」

 実力不足だと立ち上げたパーティを追い出され、不名誉な濡れ衣着せられ公開処刑状態。
 すっかり変わってしまった恋人にも、周りの自分を見る侮蔑の目にも絶望した。
 
 そうだ、絶望だ。
 俺はなにもしていない。その日を必死で生きて、努力して恋をしただけ。それなのに、それなのに。
 
「っ、く」

 ふと心のなにかが切れる音がした。
 俺は歩みを止める。身体から力が抜けたんだ。
 なにをやっても無駄。俺なんて、所詮は才能もなにもない凡人なのを思い知った。
 
「タロ・メージ……」

 本当に異世界召喚勇者なのだろうか。確かにあの実力はかなり信ぴょう性がある。
 だが、だったらなんであんなことをする?
 一介の剣士からすべてを奪う必要なんてどこにあるんだ。

 理不尽を通り越して理解不能だった。でもそれ以上に。

「は……ははっ……あははっ」

 なんか笑えてきた。楽しくもないのに。
 腹の底から、なんかどうでもよくなったんだろう。人ってやつは心底絶望して、どうでもよくなると笑いたくなるらしい。

「あは……ははッ、あーはっはっはっはっ!!!」

 アホらし。アホらしすぎる。今までの努力も人との繋がりも、全部がただの時間の無駄だったんだ。
 もう生きてることすら。

「は……は……ぁ……ははっ……あー……」

 やばい。泣けてきた。気が狂いそうなのに、笑って泣いて。いや、もう狂ってんのかもしれねぇな。
 でも、どうでもいい。このまま夜になって、魔獣にでも食われちまうんだろ。惨めで最低な最期だ。

 全身の力を抜ききった時だった。

「――泣いたり笑ったり。情緒が忙しいヤツだなァ」
「!」

 頭上から声が響く。一瞬で正気に返って顔を向けようとするとまた鋭い痛みで、歯を食いしばる。

「おまえ、なんだよ。まだ、殴り足りねえか」

 多勢に無勢で殺す程の度胸はないとおもってたが、引き返してやりに来たか。だいたい気配も足音もしなかったと思うが、いつの間にここにいたんだろらう。
 
「おいおい。命の恩人に向かって、なんて口の利き方だよ」

 鼻で笑うように言った声は、おもったより高い。少年のような少女のような。少なくとも、俺をタコ殴りにした奴らの中にガキはいなかったと思うが。

「な、なんだ、と」

 じゃあ通りすがりの子供か。こんな森にいるのが不自然だが、近くの村から遊びに来たのか? でもやけに。

「ごちゃごちゃ考えるなよ、オッサン」
「お、オッサンじゃ――いでででッ!!」

 痛みに叫ぶが必死に顔を上げて視線を向ける。すると。

「無理すんなよ、オッサン」

 黒い服、ひるがえるマントに身を包んだ姿。でもその身長は圧倒的に小さく。

「やっぱりガキか」
「おい! ガキとはなんだ、オッサンのくせに」

 さっきからオッサンオッサンと。俺は25歳で、まだ若者だっつーの。
 そんな失礼極まりない子供、いやクソガキが俺をえらそうに見下ろしていた。
 
「オッサンじゃない」
「ふん、地面に這いつくばってみっともないオッサンじゃん」
「うるせえな、くそっ」

 なんだ冷やかしか。てか、さっきからなんなんだよ。
 相変わらずなにやら嫌味ったらしい事を言っているクソガキを強く睨みつけた。

「ガキは関係ねぇだろ」

 ガキは大人しくお家に帰ってママにでも甘えてろってんだ。
 するとクソガキはムッとした顔で。

「さっきからガキだガキだと失敬な奴め。この際言っとくけどな! 僕は貴様なんかよりずぅぅっと――」
「はいはい。分かった分かった」
「バカにすんな、このドアホ」
「うぎゃァっ!? いっ、いでぇぇ゙ぇッ!!!」

 頭をパァァンと叩かれその衝撃でまた激痛が走る。
 
「お゙、おまっ、おまえなあ!」

 こちとら半死半生の怪我人だぞ!? いくらガキといってもやっていいことと悪いことがあるだろ。

 俺が声にならない悲鳴をあげながらのたうち回っていると、さすがにやばいと思ったのかガキがしゃがんでこちらに視線を合わせてくる。

「なんだ、生きてるじゃん」
「あ゙だり゙え゙だッ、この外道が!」

 そう簡単に死んでたまるかってんだ。
 さっきまでの絶望してやけっぱちになってた気分は、なぜか一気に霧散していた。やはり怒りってすげえな。
 今はめちゃくちゃムカムカしてるし、目の前のコイツを張り飛ばしてやりたくて仕方ない。
 そんな俺の様子に、ガキがふんと鼻で笑った。

「外道なんてとんでもない」

 そう言って目の前に突きつけられたのは杖。コイツの出で立ちに良く似合う、真っ黒なそれが俺の眉間を軽く叩いた。

「僕がアンタの呪いスキルして、そのしょぼくれた人生を変えてやるんだから」
「え゙っ、ちょま、え゙ぇ!?」

 何言ってんだこいつ。そして杖で人の眉間に触れてんじゃねぇよ!
 魔法使いの杖といえば、言わば銃口のようなもので。そこから魔力を変換し増幅させて攻撃魔法を食らわすイメージだ。
 
 だからこれはすなわち。

「まっ、ままま待てっ!!!」

 そんな至近距離でぶっぱなされたら、間違いなくジ・エンドじゃねぇか。
 さすがに死にてぇとかどーでもいいとか思ったけど、こんな死に方はイヤに決まってるだろうが!
 痛みで失神しそうになりつつも、再び地面を這いながら後ずさる。

「おい動くなよ、オッサン」
「いやいやいやいやッ! いくらなんでもダメだろ!? ひ、非人間かよっ、お前!!!」
「は?」
「いいからその杖をおろせぇぇぇッ!!!」

 てか全然聞いてない。むしろ普通になんか呪文唱えだしたぞ。
 
 やばい、やられる――ッ!

 青白く光る杖先に、俺は思わず目を閉じた。

「【解呪ディスペロ】」

 囁くような、でも凛とした声と共に閉じたまぶたからでもハッキリとわかる光がほとばしった。
 それはまるで音のない雷のような、鮮烈で強烈な閃光。
 
「っ、な……!?」
「いつまでビビってるんだよ、オッサン」

 半笑いでガキがそう言い、俺は怖々と目を開けた。
 そこには相変わらず木々の生い茂る森の中。魔獣の住む場所だから小鳥のさえずりはないし、のどかなってわけにはいかないが。それでも冒険者としては見慣れた、言わば仕事場だった。

「???」

 俺は魔法を食らったんだよな? どんなものかは知らないし、聞き覚えもないが確かにその杖を突きつけられて――。

「あ……あれ?」

 なんだか身体の調子がおかしい。いや、正しくいうと、
 さっきまでボコボコにされて死にそうになってたはずなのに。痛みだってめちゃくちゃやばかったし、指一本動かせないくらいだったんだぞ。
 
「いつまで寝っ転がってんの、オッサン」
「だーかーらッ、オッサンじゃねえっての! ……って!?!?」

 怒りのあまり勢いよく、偉そうにふんぞり返るガキにつかみかかった。
 そう、立てたんだ。しかも痛みひとつもなく、むしろ身体が異様に軽い。

「お、おい。これはどういう事だ」

 この魔法使いのガキがなにかしたのか。回復魔法? 少なくとも俺が知っているやつじゃなさそうだ。

 そもそも回復魔法なんていっても人の治癒能力を驚異的に高めるものが一般的で、ここまで一気に怪我を治してしまうものじゃないはずだぞ。

 不審に身体のあちこちを確認する俺に、ガキは肩をすくめる。

「どういうことって、人の話聞けよな。オッサン」
「だからそのオッサンってのをやめろ!」
 
 何度も言うが俺は25歳、オッサンと呼ばれる年齢でも筋合いでもない。
 と文句言うと。

「メイト・モリナーガ、だろ。知ってるよ」
「なんで知ってんだよ」

 起き上がってコイツの顔を改めてみたが、知ってる顔じゃないのは確かだ。
 青白い肌にアーモンド型の目。神経質そうな感じの薄い唇は意地の悪そうな笑みを作ってる。
 そして背丈と体格から、歳は10歳くらいだろう。少し大きめなフードつきローブを羽織っている姿は、やっぱり魔法使いなんだろう。

 でもその年頃の魔法使いなんて、あの町では見たことがないな。

「有名だったよ。聖女のパンティ盗んで追放された、変態剣士って」
「くっそぉッ!! アイツらっ!!!!」

 なんてウワサ流しやがったんだあのクソ野郎どもが!
 思わず頭を抱えて叫ぶ。

 そんな濡れ衣かけられて吹聴されたら、もうあの町にいられねぇじゃねーか。パーティは追放されてただでさえやりにくいってのに、これじゃあ冒険者生命絶たれたのと同じ。

 クソッ、やりやがった!

 どうせそれもタロ・メージとその取り巻きの仕業だろう。
 また死にたくなった。

「病んでるところ悪いけどさ。僕も忙しいんだよね」
「あ、ああ?」

 人が絶望に打ちひしがれてるってのに、ガキが冷たく言い放つ。

「早く行かないと日が沈むけど」
「あー、そうだな」

 そうこうしてると夜がくる。魔獣達の声が遠くに聞こえてきた。
 ここは一気に危険地帯になる。
 
「おいガキ。助けてくれて悪いが、今の俺は文無しなんだ」

 謝礼が欲しいのならお生憎様。荷物どころか、使ってた剣もない。どうせ途中で捨てられたかめぼしいものは売られたのかもしれない。
 ったく、最低なのはどっちだよ。

「文無し、ねえ」

 その場に座り込んだ俺の隣に、なぜかガキがしゃがみこむ。

「別にいいさ。言っただろ、アンタの人生を変えてやるって」
「え?」

 そういえばそんな事言ってたっけ。でもどういうことだ。
 こんなガキに才能のない俺の、このどん底人生を逆転させてるような力があるっていうのか。

「アンタの余剰スキル呪いすでに解呪されている。ま、一部だけどな」
「どういうことだ。意味がわからんぞ」
「まあ論より証拠。習うより慣れろ……これは違うか。とにかく」

 彼はニッ、と笑った。その途端、俺の背筋に嫌な予感が。
 そして。

「っ!!!!」

 数メートル先と思われる所から、甲高い奇声のような咆哮がとどろく。
 それはまさしく魔獣。しかも恐ろしく獰猛で厄介な――。

「おお、巨大マムシ魔獣ワイヴァーか」
 
 マムシ、というが超巨大ミミズのような魔物が鋭い牙がみっしり生えた大口を開けて俺たちの前に立ちふさがった。

「お、おい……これって……」

 うねうねと。しかし確実にこちらを捕食しようと狙っている魔獣に対して、俺は武器もなにもない丸腰。
 もはや逃げることすら不可能なんじゃないのか。
 コイツは確か、凄く移動速度が早い。

「んじゃ。まずは小手調べといこうか」

 冷や汗を垂れ流す俺に対し、ガキは呑気に言って立ち上がった。

「オッサン、いやメイト・モリナーガ。今からこの魔獣を一人で倒してみなよ」
「は、ハァ~~~ッ!?!?!?」

 何言ってんだこいつ!!! 無理に決まってんだろうが。
 慌てふためく俺に、ガキはなおも言う。

「アンタは今、すごく強いはずだよ」
「ちょっ、それはどういう…………ゥギャァッ、こっち来たァァァッ!!!」

 魔獣は俺の方をロックオンしたらしく、一際大きな奇声を上げて襲いかかってきた。

 ――もう、ダメかもしれん。

 あの無数の牙で四肢を粉砕される様を想像して、俺は身震いした。
 
 



 




 

 
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