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破滅
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目の前に『赤』が広がる。
すぐさまそれは酸素と混じりあって黒く、グロテスクな色に変化してしまうのを呆然と眺めていた。
「るい、さん……?」
いつもの部屋、奥の座敷。あの和布団は綺麗に畳まれ押し入れの中なのだろう、寂しいくらいこざっぱりとしていた。
そこに膝を抱えるように倒れ込む身体と、畳を汚しながら広がる血溜まり。
触れればまだ温かいんじゃないかと一瞬思ったが、俺はぴくりとも動くことが出来ない。
「なん、で――」
「お兄ちゃん!」
大声とともに押しのけるように駆け出したのは佳奈だった。
「お兄ちゃんっ、お兄ちゃん!! わぁぁぁっ!」
追いすがって泣きわめく嫁の姿を、口をバカみたいに半開きにして眺めること数秒。突然カッと怒りが込み上げてきた。
「触んなっ、このクソ女!!」
衝動的に。
彼女を足蹴にしてた。ほとんど抵抗もなくコロコロと血まみれの畳を転がる彼女。
綺麗だったコントラストをこれ以上ないほど汚しやがった。
「……パパぁ?」
「黙れ」
惚けたように振り向く女が憎くてたまらない。
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れッ!!!」
怒声だけで、怒りだけで人が殺せるならば俺は彼女を殺せていた。
なぜかって。
知ってしまった。気づいてしまったんだ。
――誰が瑠衣さんを殺したのかって。
「佳奈だよな」
証拠だとかそんなものはない。分かるんだよ、だって俺たち同類だもんな。
「瑠衣さんは俺のものだ」
「……でも私のお兄ちゃんだよ?」
彼女が笑った。
無邪気な子どもみたいな表情で。
「ママはお兄ちゃんと私を産んだんだもん、私だって翔吾とならお兄ちゃんの子を産めるかもしれないでしょ」
めちゃくちゃだ。
遺伝子的にありえない。でもそんな常識は今の彼女に通用しない。
それくらい狂っている。
「三人で子ども育てるの。素敵だわ」
「は……はぁ?」
まさかこの女が子ども欲しいって言い出したのって。
「お兄ちゃんのこと、愛してたの。ずっとずっと前から」
あなたより、とつぶやく顔は能面みたいだ。
「せっかく諦めたのに。なのに、なんで翔吾がお兄ちゃんといたの?」
「え……」
「私が男ならお兄ちゃんのこと抱いてあげられたのに」
「佳奈、まさか」
ああ白々しい。どこかで分かっていただろうに。
少なくとも今よく理解した。
佳奈は双子の兄である瑠衣さんを好きだった。
でも彼が魔性の男でゲイであるから、その恋は実らない。だから俺と結婚した。
「生まれる前からずっと一緒だったのよ。憎らしいほど美しくて愛おしい、私だけのお兄ちゃん」
「……」
驚愕からまた怒りが。目まぐるしい感情の揺れに目眩と吐き気が止まらない。
「翔吾ならわかるでしょ? お兄ちゃんを愛してしまう気持ちが」
分かるからそこ腹立たしいんだ。
「でも俺たちは愛し合っていた」
「…………あ゙ァ?」
佳奈の目が一気に血走る。
歯を剥き出しにして、噛み付くように叫んだ。
「なにいい加減なこと言ってんのぉぉぉッ!」
「うわっ!?」
獣のように掴みかかってくるその手には包丁。
俺は慌てて飛び退くが、膝に鋭い痛みが走り倒れ込んでしまう。
「っ、ぐ」
「バカなこと言ってンじゃないわよぉ。貴方ごときが、お兄ちゃんに愛されるわけがない。世界一綺麗で可愛くて美しいお兄ちゃん。私のすべてだった。お兄ちゃんに近づく男は許さなかったのよ」
もしかして瑠衣さんが男を狂わせていただけでなく、妹である佳奈も兄に近づく男たちをどうにかしてきたんじゃないか。
人のスキャンダルに真実性なんて必要ない。
薄っぺらで表面上のものだけでいい。実際なにがあったか、なんて。
「いってぇな……ぁ」
かすっただけだとおもったが、思いのほか傷は深いらしい。焼けるような痛みととめどなく流れる赤、大量出血により目眩を起こす身体と絶対絶命というやつだ。
「お兄ちゃん」
ブツブツと口の中で何やらつぶやく女は、本当に嫁なのだろうか。
彼ほどではないにしろ、可愛く明るい女だったじゃないか。
「心配しないでお兄ちゃん。私が一緒に逝ってあげる」
立つことすらままならなくて無様に床を這いずる俺に見向きもせず、彼女は瑠衣さんの傍らに跪いた。
「産まれた時も一緒だもの。死ぬ時も――」
その瞬間、俺は見た。
彼がぴくりと身体を動かしたのを。
「っ……しょ、ぅご……く、ん」
そしてなんと俺の名を口にしたんだ。すぐ近くにいる気狂いの妹でなく、俺の事を!
これほどの喜びは、ない。
俺は死にものぐるいで立ち上がる。激痛に奥歯を噛み締め呻くが、そんなもの屁でもない。
「瑠衣さん!」
やっぱり俺の勝ちだ。
俺が、俺たちは愛し合っている。
「おにい、ちゃん……?」
まさか生きてるとは思わなかったのだろう。ぽかんとバカみたいな顔でいるクソ女を嘲笑したくなった。
「か、佳奈……を……」
「瑠衣さんっ、やっぱり俺、アンタのこと――」
俺は女を渾身の力を込めて蹴りつけた。
悲鳴もなく、あっさり吹っ飛ぶのを横目に、ゆっくり愛しの人の元へ。
「瑠衣さん」
迎えに来たよ。
アンタがここへ帰ってきてくれるよう、ずっと考えたんだ。
義父がスマホを携帯しないタイプの、機械音痴で助かったよ。
そこから呼び出しのLINE送ったらちゃんと返事が来た。
もしかしたらアンタは気づいてくれてたのかもしれない。
愛の力ってやつだな。うん、きっとそうだ。
このクソ女のせいで計画もなにもかもめちゃくちゃだけどさ。
でも、もういいよな。
逃避行だ。
「愛してる。俺とアンタ、ぴったりだと思うよ。ね、ずっと一緒にいよう?」
座り込み抱きしめる。
ゾッとするくらい冷たいアンタを。でも酸化した血の匂いの奥から確かに愛しい者の香りがする。
甘くて刺激的な、俺を狂わせるモノ。
「しょうご、くん……?」
なんてことだ、生きてた。彼はまだ息をしていてくれたんだ。
きっと待ってくれてた。俺のために。俺と。
「俺と死んでくれるよね」
地獄まで一緒だ。
あんなクソ家族どもにわたしてたまるか。
なにか言いたげに開けた、彼の口を優しくキスで塞いだ。
――俺の命はアンタだけ。
その逆も、だろ?
「んぅ゙」
身動ぎくねらせる腰を抱きながら、俺は彼の背中に忍ばせてた刃物を突き立てる。
そして今度こそ人形のように息絶えた彼の前で、自分の腹に同じモノを刺した。
「あ゙ッ、ぁ゙」
痛いってもんじゃない。でも痛いと思う間さえ惜しかった。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
えぐって刺して、無我夢中で、血の匂い、口から、血が、くるし、い、息が、でき、たすけ、て、死にたく、な――。
『……惚れたら最期』
目が合ったのが運の尽き。
すぐさまそれは酸素と混じりあって黒く、グロテスクな色に変化してしまうのを呆然と眺めていた。
「るい、さん……?」
いつもの部屋、奥の座敷。あの和布団は綺麗に畳まれ押し入れの中なのだろう、寂しいくらいこざっぱりとしていた。
そこに膝を抱えるように倒れ込む身体と、畳を汚しながら広がる血溜まり。
触れればまだ温かいんじゃないかと一瞬思ったが、俺はぴくりとも動くことが出来ない。
「なん、で――」
「お兄ちゃん!」
大声とともに押しのけるように駆け出したのは佳奈だった。
「お兄ちゃんっ、お兄ちゃん!! わぁぁぁっ!」
追いすがって泣きわめく嫁の姿を、口をバカみたいに半開きにして眺めること数秒。突然カッと怒りが込み上げてきた。
「触んなっ、このクソ女!!」
衝動的に。
彼女を足蹴にしてた。ほとんど抵抗もなくコロコロと血まみれの畳を転がる彼女。
綺麗だったコントラストをこれ以上ないほど汚しやがった。
「……パパぁ?」
「黙れ」
惚けたように振り向く女が憎くてたまらない。
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れッ!!!」
怒声だけで、怒りだけで人が殺せるならば俺は彼女を殺せていた。
なぜかって。
知ってしまった。気づいてしまったんだ。
――誰が瑠衣さんを殺したのかって。
「佳奈だよな」
証拠だとかそんなものはない。分かるんだよ、だって俺たち同類だもんな。
「瑠衣さんは俺のものだ」
「……でも私のお兄ちゃんだよ?」
彼女が笑った。
無邪気な子どもみたいな表情で。
「ママはお兄ちゃんと私を産んだんだもん、私だって翔吾とならお兄ちゃんの子を産めるかもしれないでしょ」
めちゃくちゃだ。
遺伝子的にありえない。でもそんな常識は今の彼女に通用しない。
それくらい狂っている。
「三人で子ども育てるの。素敵だわ」
「は……はぁ?」
まさかこの女が子ども欲しいって言い出したのって。
「お兄ちゃんのこと、愛してたの。ずっとずっと前から」
あなたより、とつぶやく顔は能面みたいだ。
「せっかく諦めたのに。なのに、なんで翔吾がお兄ちゃんといたの?」
「え……」
「私が男ならお兄ちゃんのこと抱いてあげられたのに」
「佳奈、まさか」
ああ白々しい。どこかで分かっていただろうに。
少なくとも今よく理解した。
佳奈は双子の兄である瑠衣さんを好きだった。
でも彼が魔性の男でゲイであるから、その恋は実らない。だから俺と結婚した。
「生まれる前からずっと一緒だったのよ。憎らしいほど美しくて愛おしい、私だけのお兄ちゃん」
「……」
驚愕からまた怒りが。目まぐるしい感情の揺れに目眩と吐き気が止まらない。
「翔吾ならわかるでしょ? お兄ちゃんを愛してしまう気持ちが」
分かるからそこ腹立たしいんだ。
「でも俺たちは愛し合っていた」
「…………あ゙ァ?」
佳奈の目が一気に血走る。
歯を剥き出しにして、噛み付くように叫んだ。
「なにいい加減なこと言ってんのぉぉぉッ!」
「うわっ!?」
獣のように掴みかかってくるその手には包丁。
俺は慌てて飛び退くが、膝に鋭い痛みが走り倒れ込んでしまう。
「っ、ぐ」
「バカなこと言ってンじゃないわよぉ。貴方ごときが、お兄ちゃんに愛されるわけがない。世界一綺麗で可愛くて美しいお兄ちゃん。私のすべてだった。お兄ちゃんに近づく男は許さなかったのよ」
もしかして瑠衣さんが男を狂わせていただけでなく、妹である佳奈も兄に近づく男たちをどうにかしてきたんじゃないか。
人のスキャンダルに真実性なんて必要ない。
薄っぺらで表面上のものだけでいい。実際なにがあったか、なんて。
「いってぇな……ぁ」
かすっただけだとおもったが、思いのほか傷は深いらしい。焼けるような痛みととめどなく流れる赤、大量出血により目眩を起こす身体と絶対絶命というやつだ。
「お兄ちゃん」
ブツブツと口の中で何やらつぶやく女は、本当に嫁なのだろうか。
彼ほどではないにしろ、可愛く明るい女だったじゃないか。
「心配しないでお兄ちゃん。私が一緒に逝ってあげる」
立つことすらままならなくて無様に床を這いずる俺に見向きもせず、彼女は瑠衣さんの傍らに跪いた。
「産まれた時も一緒だもの。死ぬ時も――」
その瞬間、俺は見た。
彼がぴくりと身体を動かしたのを。
「っ……しょ、ぅご……く、ん」
そしてなんと俺の名を口にしたんだ。すぐ近くにいる気狂いの妹でなく、俺の事を!
これほどの喜びは、ない。
俺は死にものぐるいで立ち上がる。激痛に奥歯を噛み締め呻くが、そんなもの屁でもない。
「瑠衣さん!」
やっぱり俺の勝ちだ。
俺が、俺たちは愛し合っている。
「おにい、ちゃん……?」
まさか生きてるとは思わなかったのだろう。ぽかんとバカみたいな顔でいるクソ女を嘲笑したくなった。
「か、佳奈……を……」
「瑠衣さんっ、やっぱり俺、アンタのこと――」
俺は女を渾身の力を込めて蹴りつけた。
悲鳴もなく、あっさり吹っ飛ぶのを横目に、ゆっくり愛しの人の元へ。
「瑠衣さん」
迎えに来たよ。
アンタがここへ帰ってきてくれるよう、ずっと考えたんだ。
義父がスマホを携帯しないタイプの、機械音痴で助かったよ。
そこから呼び出しのLINE送ったらちゃんと返事が来た。
もしかしたらアンタは気づいてくれてたのかもしれない。
愛の力ってやつだな。うん、きっとそうだ。
このクソ女のせいで計画もなにもかもめちゃくちゃだけどさ。
でも、もういいよな。
逃避行だ。
「愛してる。俺とアンタ、ぴったりだと思うよ。ね、ずっと一緒にいよう?」
座り込み抱きしめる。
ゾッとするくらい冷たいアンタを。でも酸化した血の匂いの奥から確かに愛しい者の香りがする。
甘くて刺激的な、俺を狂わせるモノ。
「しょうご、くん……?」
なんてことだ、生きてた。彼はまだ息をしていてくれたんだ。
きっと待ってくれてた。俺のために。俺と。
「俺と死んでくれるよね」
地獄まで一緒だ。
あんなクソ家族どもにわたしてたまるか。
なにか言いたげに開けた、彼の口を優しくキスで塞いだ。
――俺の命はアンタだけ。
その逆も、だろ?
「んぅ゙」
身動ぎくねらせる腰を抱きながら、俺は彼の背中に忍ばせてた刃物を突き立てる。
そして今度こそ人形のように息絶えた彼の前で、自分の腹に同じモノを刺した。
「あ゙ッ、ぁ゙」
痛いってもんじゃない。でも痛いと思う間さえ惜しかった。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
えぐって刺して、無我夢中で、血の匂い、口から、血が、くるし、い、息が、でき、たすけ、て、死にたく、な――。
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