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高貴な種族とその愛玩

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「バカ。やりすぎだ」
「ご、ごめん」

 彼の言葉にルークスは項垂れた。

 部屋の大半が破壊され、文字通り暴れ尽くしたといった状態。当然、渦中の男たちも。

「これ死んでないよな……?」

 裸足の足先でツンツンとつつけば、うっすら反応するから恐らく大丈夫だろうとメルトは判断した。
 とはいえ大の男達がボコボコにされて白目むいてぶっ倒れている姿はなかなかで。

「ていうかお前、その剣の意味ないだろ」

 そこらに放り出された棍棒、でなく剣。
 助けに来た時こそ振り上げていたものの、なぜか結局拳をふるってこの暴挙に出たのだ。

「いやだってまた折ると、エル婆さんに怒られるし」
「折るって。あんなの簡単に折れてたまるかよ」
「普通に折れるぞ。現にもうすでに少しヒビ入ってるし」
「ハァ?」

 とんでもない馬鹿力、というか剣というものの使いたそのものがなっていないのはないか。
 貴族出身で曲がりなりにも剣術も習ってきたメルトとしては、首をかしげる他ない。

「剣の使い方勉強でもしろよな」
「えっ、もしかしてメルトが教えてくれんの!?」
「どうしてそうなるんだよ!」
「えー、いいじゃん。代わりに俺が殴り方教えてやるからさ」
「なんだ殴り方って。アンタのは馬鹿力で単純にボコるだけだろうが」
「バカバカ言い過ぎだって。本当にバカになっちまう」
「もう手遅れだバーカ」

 はぐれていたのはほんの数時間前だと言うのに、何故かこんなに会話すら楽しく思えるのが分からなかった。
 
 屈託のない笑顔から、頬を膨らませむくれている様まで。くるくると変わる表情にメルトは先程の受けた仕打ちも惨めさも絶望も心の内から洗われていくのを感じていた。

「あ、あの」
「えっ?」

 そんな二人に遠慮げにかけられた声。ハッとして振り向けば。

「これ着てください」
「君は……!」

 そこにいたのは褐色の肌の少年で、彼はなにやらこちらに押し付けてきた。
 
「はやく、その、隠した方がい良いと思います」
「へ?」


 隠すってなにを、そして目の毒とは。そもそもなにを渡された物を改めて見ると、衣服だった。
 ちゃんと男性用のものであったことに少し安堵したのは、以前無理やり着せられたドレスにトラウマがあったからだ。

「ルークス、アンタってやつは」
「だって仕方ないだろ!?」

 そして遅ればせながら、やっと気づく。
 自分が裸だということと、目の前で話をしていた者が隠しているつもりか股間を膨らませていた事も。

「お、男の生理現象っつーか。でも指摘したら、お前怒るし」
「だからってずっと見てんじゃない、このムッツリスケベ野郎が!! だいたい同じ男の裸みておっ立てるな」
「同じ男じゃねーしっ、メルトのだから勃つの!」
「なおさら悪いわッ!!」
「お前が綺麗で可愛い過ぎるのが悪い!」
「き、綺麗……っ、可愛っ……!?」

 不意打ちに叫ばれた言葉に驚き反論できなくなる。
 
 ――綺麗って、可愛いって。オレが?

 言われたことがないとはいわない。むしろ男にも女にも好意を持たれるのは慣れていた。
 もちろん応じるのは気に入った女相手にだけだが。
 妙にくすぐったい気分になるのはなぜだろう。

「あとコイツらもう一回殴っていいか?」
「それはやめとけ、死ぬぞ」
「だよなぁ」
「……」

 また腹が立ってきたのか、昏倒する男たちを見下ろしてしかめっ面する顔すらなんだか可愛らしく思えてくるから不思議だった。

「あの」
「えっ、あ。ごめん、服ありがとう」

 また少年が困ったように言うものだから、我に返り慌てて渡された服を身につけ始めた。

 目の端には引き裂かれズタボロになった衣服の残骸を横目で見るとため息がでる。
 せっかくアンナがプレゼントしてくれた服なのに。そんな彼の肩をルークスはそっと叩く。

「その服もめちゃくちゃ似合ってるし、可愛いぞ」
「……アンタは少し黙れ」

 やはり少しズレていると再確認。女心のみならずデリカシーが足りないのかもしれない。
 そんなことを考えながらも少年の方に向き直った。

「えっと君が助けてくれたんだね。あらためて礼を言うよ」
「いえ、僕よりが……」

 その時だった。

「やれやれ、やかましい奴らだ」

 不機嫌そうな低い声とともに、のっそりと現れた大きな姿にメルトは驚く。

「!?」

 黒く艶やかな毛並みの下半身は引き締まった筋肉に覆われている。
 さらに一目見て上質だとわかる服に身を包んだ上半身を見上げていけば、眉をひそめ苦々しい顔をした美丈夫が腕を組んでたたずんでいた。

 ――あのケンタウロス、するとコイツは。

 少年の方を見ればようやくその頭の大きな兎耳に気づく。
 この二人は自分たちが尾行していた者たちだったのだ。
 唖然とするメルトにルークスが。

「あ、そうそう。彼らにはめちゃくちゃ世話になったんだ。お前のこと探すの手伝ってもらったし、さっきこの倉庫のドアを壊してくれたのもな」

 能天気な言葉も今は耳に入らない。
 色々と混乱しているのだ。

「ちょっと整理させてくれ。ええっと兎耳の君は……」
「僕はシュレ。そして彼がフェルス」

 兎耳の少年、もといシュレの言葉にケンタウロスの方は眉をわずかに上げた。

「フェルス・ガセトだ。君の事は聞いている、メルト・セルウス」
「……そりゃどうも」

 どうせろくな事を聞いていないだろうと肩をすくめ応じる。
 姓からするにどうやら異国の、しかもそれなりの家柄の者のようだ。やはりケンタウロスはどこでも社会的地位が高い傾向にあるのは間違っていなかった。

 だからこそやはり不思議なのは。

「ガセトさん、貴方がなぜ彼と――」
「フェルスでいい。礼儀として名乗っただけで、別に身分をひけらかすつもりなど毛頭ないからな」
「ああ、なるほど」

 体格差で見下ろされているからか、それともこの仏頂面のせいか。いけ好かない男だと思った。
 その気配を察してか、シュレがすかさず。

「フェルスってば、こんな怖い顔したら怖がらせちゃうよ。あっ、気にしないでくださいね。彼は顔こそ怖いけど優しい人なんです。顔は怖いけど」
「おい、シュレ。テメェが一番失礼だな」
「ふふ、顔は怖くても君は可愛い僕の恋人だよ」
「……可愛いのはテメェの方だろうが」

 ――ええっと、なんだコイツら。

 砂を吐くような恋人同士のイチャイチャを見せつけられている気分に、メルトはげんなりした。

 そういえば先程もこの二人は、人混みの中だというのに堂々と濃厚な口付けを交わしていたのを思い出す。
 助けてもらったのはありがたいが、やはり妙な者たちであるのは変わらない。

「あの、話を再開したいんですけど。フェルスはオレ達が彼を探していたのを知っていますか」

 金持ちの愛玩奴隷であるこの少年を連れ戻しにきたのだ。
 まさかこんな形で対峙するとは思っていなかったが。

 メルトの問いにフェルスは顔を少し歪めて笑う。

「あのゲス野郎が賞金を積んでこいつを探し回ってるのは知ってたぜ。だがまさか刺客が
「こんなヤツら、とは。どういう意味かお聞かせ頂いても?」
「意味もなにも、そのままだが」
「……」
 
 食えないどころかかなり嫌味な物言いである。
 苛立ちを隠さず、彼を睨めつけた。

「ちょっ、フェルス!? なにケンカ売ってんの、ダメでしょ! ごめんなさい、この人ほんと警戒心強くて。あ、僕らの関係はちゃんと説明しますから」

 慌てた様子のシュレが、険悪な空気に割って入る。

「僕は確かに愛玩奴隷としてあの屋敷にいたんだ。でも飽きたご主人……あ、元だけけど。異国へ転売されそうになってて」

 なんてことないように話すが、声の端々に悲しみと自虐の色が見え隠れするのは気のせいだろうか。
 
「そこを買い取ってくれたのが彼ってわけ。もちろんちゃんとした売買契約を交わそうとしてくれたんだけど」
「契約金払った途端にあの野郎、惜しくなったのか何かとイチャモンつけて契約を反故ほごにしようとしやがったんだ」

 苦々しそうな顔と声でフェルスが言葉を挟む。

 ――やらかしそうだな、あの狸オヤジなら。

 成金のテンプレでもあるのかと疑いたくなるくらいに、よくあるギラギラとした目付きと脂ぎった中年男。

 優れた容姿に愛らしい耳のこの奴隷少年が惜しくなったのか。もしかしたら他に高く売りつける先を見つけてしまったのかもしれない。

 こういった厄介な客は珍しくない。金持ち喧嘩せず、という言葉もあるがそうじゃない浅ましい連中ばかりなのが世の常。

 苛立ちを隠さず舌打ちまでするフェルスには確かに同情する。

「それで連れ出した、と」
「ちゃんと金は払ったんだ。正当な権利だぜ」

 今にも噛みつきそうな顔で言う。
 そしてシュレを強く抱き寄せた。

「惚れたヤツを金で買うような形になって不本意だが。手に入れた以上、妻として祖国に連れ帰るつもりだ。邪魔をするのならどんな相手でも――」

 鋭い視線がメルトとルークスを貫く。

「タダじゃおかねぇ」

 粗野な物言いも力に自信があるからだろう。
 現に、この倉庫の一部を破壊したのはこの強い脚力だ。

「言いたいことは理解しました。オレたちだって事情を知らず依頼を受けた立場。賞金は多少惜しいけど、こうなってはどうしようもない。それに」

 そこで言葉を切って、メルトはそっと自分の手首を見る。
 縄や手錠こそ使われなかったが戒められた箇所には赤く痕が残っていた。加えられた恥辱を思い出してしまい、顔をしかめる。

「……助けてくれたことには礼を言いたい。感謝します」

 そう言って頭を下げた。

「メルト君、と呼んでいいかな」

 シュレがそっと手首に触れる。

「ルークス君がね。君のことを必死に探してたんだよ。僕らにも土下座せんばかりに協力を頼んで」
「……」
「愛玩奴隷として産まれ育った僕が、奴隷商人だった君に言うのもなんだけどさ」

 柔らかく微笑んだ彼の瞳は兎のように紅かった。

「色んな人に愛されることより、ただ一人を心の底から愛することの方が幸せかもしれないね」
「それは」
「ははっ、嫌味とかじゃないよ。たんなる経験で学んだことさ」

 居心地が悪いことこの上なかった。
 別に自分の生きてきた道に対して後悔や恥もない。むしろそうしなければ生きて行けなかったとすら思う。

 しかしこうも立場が変わってしまえば、なにか色々と考えてしまうのだ。

「ふん」

 またしてもフェルスが横槍を入れる。

「俺はシュレみてぇに甘ちゃんじゃねえからな」
「そんな事言っても、ちゃんと探すの手伝ってくれたじゃないか」
「テメェがそうしろって言ったからだぜ」
「もう、素直じゃないんだから」

 やはり奴隷商人だったメルトの事を良く思っていないのは仕方ないのか。しかし今のメルトはそれに腹を立てるつもりもなかった。
 しかし。

「謝礼を、と言いたいところだけど。あいにく今のオレ達にはろくな金がないんだ」

 シュレは少し慌てた様子で首を振る。

「いやいやいや、僕達はそういうの求めてした訳じゃ――」
「対価は身体で払ってもらおうか」
「!?」

 グッと彼をおさえたフェルスの言葉に一同は絶句した。

「身体って、まさかメルトの!?」

 ルークスが前に進み出る。その表情は固かった。
 しかしそんなこと意にも介した様子もなく。

「テメェをとして連れていくことにする」

 そう言って薄く笑ったその目は恐ろしく冷たかった。


 
 



 





 

 
 
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