上 下
9 / 12

9.その褥、悲哀につき

しおりを挟む
「また抱き合ってた」

 そう言って彼は睨んだ。

「だからなんだ」

 と俺はそっぽ向く。
 放課後の廊下。
 突然気配なく背後に立って囁いてきてなんなんだ。
 
 ……分厚い雲が空を覆って、灰色で水分を含んだ窓の外。傘、持ってきたっけな。とぼんやり考える余裕すらあった。

「まだストーカーしてんのか」

 脅す材料ならいくらでもあるだろうに。
 呆れを言葉で返せば、鼻白んだような表情が窓に映る。
 まったく、このガキは彼と違って表情に色々出やすい。

「先生、今日も来てよ」
「一昨日行っただろ」

 明日も仕事だ。手加減されたって平日の夜に抱き潰された身体を朝までになんとかするのは厳しい。
 俺だって年齢も年齢だしな。

「ね。良いでしょ」
「ダメだ」
「どうしても?」
 「どうしても、だ」

 今度はぷぅーっと頬を膨らませた。 
 幼児かよ、と内心少しおかしくなったがまぁ俺は顔に出さない。

「じゃ、丹羽先生との写真ばらまいてやる」
「お好きにどうぞ」

 別に好きにすればいい。
 そりゃあえらいことになるだろうけど、あんな事に比べたら……。

「なに。堂々としちゃって」
「ふん。脅すなら、あのハメ撮りでも晒すって言えよ」

 それなら多分……突っぱねられない。脅す立場なら、それらしくしていろよ。変に色気出すそういう態度がムカつくし嫌いなんだよ。クソガキめ。

 ……すると彼は短く息を吐いて言った。

「やだよ。それ、他人に見せる用じゃないから」
「はぁ? なんだそれ」
「とにかく、お願い。今日だけ……もう、最後でいいからさ」
「橘?」

 突然、語尾が震え弱々しくなった彼の言葉に振り返る。
 そこには予想に反して薄ら微笑んだ男。

「ね、お願い」

 ……初めてお願いされた。
 俺はその雰囲気に押されて、情けなくも頷く。

「ありがと」

 殊勝な様子に、俺が何か言う前に彼は足早にその場を立ち去ってしまった。
 残されたのは何やらモヤモヤとした感情を抱えた俺が一人。

 ■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□

 まぁその日だって特に変わらず身体を重ねただけで。
 でも何故か仕切りと『抱きしめて』と強請る態度に、柄にもなくセンチメンタルになったのかと訝しんだっけ。

「ねぇもっと抱きしめてくれよ……」
「お前ね、俺のこと母親だとでも思ってんの」
「うるさいよ、優希」
「名前で呼ぶなっつーの」

 なんだかイチャついてるカップルみたいだろ。
 こいつとそういう関係とかゾッとすること考えちまった。あくまで俺たちは『こういう』関係。

「……」
「……」
「……なんか言ってよ」
「お前がうるさいって言ったんだろうが」

 自分勝手過ぎて呆れる。大人である俺は振り回されてばっかりだ。
 男二人分の体重を掛けられたベッドは身動ぎすると少し鳴る。
 でもまぁ俺の部屋のベッドよりはいい奴みたいだな。くそ、ガキのくせに。
 嗚呼、それにしても温かい。さっきまでの行為で高まった熱がそろそろ引いてもいい頃なのに。
 人肌というのはここまで暖かいものなのか。

 あまり女としても、終わったあとこうやってくっついて寝ることなかったかもしれない。背中を向けて寝るなんて酷い男じゃなかったと思うが分からない。
 なにせ出した後って、男は全力疾走したみたいに体力消耗するし色々と抜けきって面倒になるんだよ。
 そんな事より寝たい。そういう生き物だろう?
 
 そういう所を詰られた事、そういやあったな……うん、あった。
 苦い過去を思い出しつつ、やっぱりこういうのも悪くないかもしれないとうっかり錯覚してしまう。

「そういえばさ」
「ん」

 思いついた言葉を並べよう。このまま眠ってしまえばまずい。
 もう少ししたら起きて服着て帰らないと。明日仕事だ。このまま朝ってパターンだけは避けないと。

「設定、どうしたよ」
「設定?」
「心臓病の設定。余命1ヶ月だっけ」

 遅咲きの厨二病め。
 1ヶ月前に言ったことで恥ずかし悶え苦しめ。馬鹿野郎。

「そうだねぇ。そろそろそんな時期だ」

 意に反して彼は呟くように言う。そしてすがりつく手に力を込めた。

「……先生、ありがとね。もう解放してあげる」

 という言葉を添えて。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

年上が敷かれるタイプの短編集

あかさたな!
BL
年下が責める系のお話が多めです。 予告なくr18な内容に入ってしまうので、取扱注意です! 全話独立したお話です! 【開放的なところでされるがままな先輩】【弟の寝込みを襲うが返り討ちにあう兄】【浮気を疑われ恋人にタジタジにされる先輩】【幼い主人に狩られるピュアな執事】【サービスが良すぎるエステティシャン】【部室で思い出づくり】【No.1の女王様を屈服させる】【吸血鬼を拾ったら】【人間とヴァンパイアの逆転主従関係】【幼馴染の力関係って決まっている】【拗ねている弟を甘やかす兄】【ドSな執着系執事】【やはり天才には勝てない秀才】 ------------------ 新しい短編集を出しました。 詳しくはプロフィールをご覧いただけると幸いです。

大好きな先輩に言いなり催眠♡

すももゆず
BL
R18短編です。ご注意ください。 後輩が先輩に催眠をかけて、言うこと聞かせていろいろえちなことをする話。最終的にハッピーエンドです。 基本♡喘ぎ、たまに濁点喘ぎ。 ※pixivでも公開中。

ダメですお義父さん! 妻が起きてしまいます……

周防
BL
居候は肩身が狭い

肌が白くて女の子みたいに綺麗な先輩。本当におしっこするのか気になり過ぎて…?

こじらせた処女
BL
槍本シュン(やりもとしゅん)の所属している部活、機器操作部は2つ上の先輩、白井瑞稀(しらいみずき)しか居ない。 自分より身長の高い大男のはずなのに、足の先まで綺麗な先輩。彼が近くに来ると、何故か落ち着かない槍本は、これが何なのか分からないでいた。 ある日の冬、大雪で帰れなくなった槍本は、一人暮らしをしている白井の家に泊まることになる。帰り道、おしっこしたいと呟く白井に、本当にトイレするのかと何故か疑問に思ってしまい…?

とろとろ【R18短編集】

ちまこ。
BL
ねっとり、じっくりと。 とろとろにされてます。 喘ぎ声は可愛いめ。 乳首責め多めの作品集です。

クソザコ乳首くんの出張アクメ

BL
おさわりOK♡の家事代行サービスで働くようになった、ベロキス大好きむっつりヤンキー系ツン男子のクソザコ乳首くんが、出張先のどすけべおぢさんの家で乳首穴開き体操着でセクハラ責めされ、とことんクソザコアクメさせられる話。他腋嗅ぎ、マイクロビキニなど。フィクションとしてライトにお楽しみください。 ネタの一部はお友達からご提供いただきました。ありがとうございました! pixiv/ムーンライトノベルズにも同作品を投稿しています。 なにかありましたら(web拍手)  http://bit.ly/38kXFb0 Twitter垢・拍手返信はこちらから https://twitter.com/show1write

家庭教師はクセになっていく〈完結〉

ぎょく大臣
BL
大学生の青年が家庭教師でバイトしている先で親子に体を開発されていく話。 マニアックなプレイ上等。 頭からっぽで読めるエロを目指してます。

出産は一番の快楽

及川雨音
BL
出産するのが快感の出産フェチな両性具有総受け話。 とにかく出産が好きすぎて出産出産言いまくってます。出産がゲシュタルト崩壊気味。 【注意事項】 *受けは出産したいだけなので、相手や産まれた子どもに興味はないです。 *寝取られ(NTR)属性持ち攻め有りの複数ヤンデレ攻め *倫理観・道徳観・貞操観が皆無、不謹慎注意 *軽く出産シーン有り *ボテ腹、母乳、アクメ、授乳、女性器、おっぱい描写有り 続編) *近親相姦・母子相姦要素有り *奇形発言注意 *カニバリズム発言有り

処理中です...