おひとり様オメガの異世界暴走譚

田中 乃那加

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こじれた二人と青春の気配?

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「どうもノゾミ君」
「えっ!? る、ルネ!」

 ひょい、と顔を覗かせたのは魔界で唯一の魔法学者のルネであった。

 魔王城で会うのは初めてで驚いたがおそらく魔王に呼び出されたのだろう。
 特に最近はなにか城の中が騒々しい。

 蚊帳の外であるノゾミは何も知る由がないが、とにかく慌ただしい空気だけは感じることができた。

「仕事なのか?」
「そうなんです。ホントこき使われちゃって。トホホ……なーんて。まぁ得意分野なので良いんですけどね」

 明るく肩をすくめたルネにノゾミは思い切って訊ねることにした。

「もしかして人間界とのことだったりするのか?」

 何故そんなことを聞いたかというと、兵士たちが噂しているのを偶然聞いてしまったのだ。

『どうやら人間界と魔界を隔てる扉が一部こじ開けられ、そこから人間達が侵入しているらしい』

 と。

 人間界と魔界は長く閉ざされている。
 それは双方に多くの血を流させた凄惨な戦争の結果であり、当時それぞれを統べる王たちが代理人を立てて(多大なる犠牲と陰謀を乗り越え)ようやく実現した契約であった。

 不可侵条約と言えば良いだろうか。
 互いに行き来を禁止し、強固な結界魔法を幾重にも張り巡らせた扉を据え置いた。

 そこにはも置き、厳重に封じてあったはずなのだが。

「まったく情報漏洩が過ぎるなぁ。ここの兵士たちは」
「あ……すまない」
「いいんですよ。これだけ大事になっているんです、隠す方が難しいでしょうねぇ」

 ルネは小さくうなずき言った。

「ご明察の通り。魔界と人間界との境界が綻びつつありましてね。というより誰かが勝手に形跡というか」
「穴?」
「もちろん大扉の方にも結界を破壊した痕跡はあって、魔王様たちはそちらを問題視しているようですが。ぼくはどうも穴の方が腑に落ちない」

 彼は顎下に手をあてて考える素振りをする。

「小さいんですよね、まるで子どもが通ったような」
「子ども……?」
「いやドワーフとかの小柄な種族もあるかもしれませんがね。だとしたら彼らにここまでの魔法陣を構築する魔力があるかどうか」

 魔力の大きさというのはやはり種族によるところも大きいのだという。

「それに――」

 ルネはほんの少し宙を睨んだかと思うと。

「魔族のがベッタリとついていたのが気になりまして」
「匂い? つまり魔族があけた穴だと」
「いや断定は出来ません。ぼくが調査に赴いた時には既にケルノスが――」

 そこで後ろからぬっと出てきた大男に彼が頭を軽く小突かれた。

「おいコラ。テメェこそ情報漏洩とは感心せんな」
「なんだケルノスか。あのね、ぼくの優秀な頭がポンコツになったらどうするんだい」

 自らの後頭部を軽く擦りながらルネが振り返り抗議する。
 すると魔王の長男であり自称、魔界動植物研究家の男が今度は彼の長い髪をくしゃくしゃと撫で回しはじめた。

「そうでもなったらテメェはずっとオレのものになってくれるかもしれねぇな」
「ちょっ、なにしてんの! こらっ、やめなさいって!!」

 ――んんっ!?

 一瞬で二人の世界。つまりイチャイチャし始めた男たちを目の前にノゾミは固まった。
 その距離感はあまりにも恋人同士のそれで、ケルノスもこの前会った時とは全く別で不器用そうだが優しい笑みを浮かべている。

「そろそろオレと一緒になってくれねぇか」
「またその話かい? ダメだよ。ぼくみたいなオジサンには君の人生は荷が重い」

 彼が苦笑いをして首を横にふる。

 ――お、オジサン? 

 とそこでノゾミは思い出した。
 ルネはエルフであるリリシュの幼い頃を(おそらく彼自身は大人の状態で)知っているということを。
 しかし彼の耳を見るにエルフではなさそうだ。だとしたら魔族か。

「あの」

 恐る恐る二人の間に割って入る。

「二人の関係は……」

 その瞬間揃う声。

「セフレです」
「婚約者だ」

 そしてまったく真逆な事を言う。

「おいテメェ。言うに事欠いてセフレとはなんだ、ブチ犯すぞ」
「あー怖い怖い。こんなオジサンに欲情する君がもっと怖いねぇ」
「婚約者だろ、だから一緒になれっていってるんだ」
「だからイヤだって言ってるんだけど? ぼくは自由な独身貴族を謳歌するんです」

 そしてルネは彼を軽く睨めてつけて。

「だいだい、ぼくと君は血が繋がってるんだけど?」

 ――は、はぁぁぁ!?

 ノゾミは驚愕した。
 二人の会話からおそらく身体の関係はバッチリある関係なのだろう。

 そして片方はセフレだと言い張り、片方は恋人どころか婚約者だからとプロポーズしている。
 そこでまさかの事実。

「あ、あの二人って親戚かなんかなのか」
「うん」

 あっさりとうなずいたのはルネの方だ。

「ぼくは先代魔王、つまり彼のだからね」
「先代? 今の魔王様じゃなくて……」

 するとなにか。
 ケルノスの大叔父にあたるということだ。さすがに予想外の関係性に開いた口が塞がらないとはこのことだった。

「笑っちゃうだろ。こんなオジサンに童貞捧げちゃったんだから」

 薄々察していたがやはりルネの方が抱かれる方らしい。

「とにかく」

 コホンと彼が咳をひとつ。

「ケルノスが現場を荒らしたせいで壁に空けられた穴の痕跡が分からなくなっちゃったんですよ」

 魔法を使った者、術者を特定するにはその痕跡も重要だ。特に種族ごとに異なる特徴が出る可能性もあるので、まずは誰も近付けないようにと魔王軍の上層部には申し付けていたはずなのだが。

「仕方ないだろう、そこに魔獣がいたんだ」
「この魔獣マニアめ!」

 悪びれもなくシレッと言うケルノスにすかさずツッコミを入れる彼。
 そんな二人を眺めながら。

 ――なんか……こじらせてるなぁ。

 と誰かがどこかで『お前が言うな』と言いそうな事を考えていた。

「そうそう。君に伝言があったんですよね」
「伝言?」
「まずはこれ」

 ぽん、と手渡されたので思わず受け取りまじまじとそれを眺める。

「これって」
「よく分からないですけどカシャナから預かってきました」

 オメガであればおなじみのそれ。
 チョーカー型の首飾り……という体裁の、うなじを守る保護具である。
 
「少し改良したのでこれをつけてと言ってましたけど。あ、そういえばノゾミ君はそういうのよく着けてますねぇ。それもよく似合うでしょうね」
「あぁ、ありがとう」

 こころなしかズッシリ重い気がするが、とりあえず後で付け替えようと置いておく。

「それともうひとつ。ロスカから『明日は迎えに行くから楽しみにしとけよ!』ですって」

 似てない口真似までしてから微笑ましそうに笑う彼に、ノゾミは少し顔を赤らめた。

「いいですねぇ、若いって」
「オレたちもデートするか」
「ケルノス君とぼくだと、介護みたいになっちゃうのでダメ。それにお互いまだ仕事が残っているでしょ」
「チッ……」

 またもやり始める二人をよそに彼はそっと自らの唇に触れる。

 ――デートかぁ。

 何を着ていこうか、なんてガラにもない事を考えていた。

 

 
 
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