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8.女王陛下にひざまずく

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 ―――広く荘厳な広間。
 敷かれた深紅の絨毯に佇む。

 奥に掲げられる、王家の紋章。
 玉座は一つ。

 しかしそこには、このトライフル国の王である、リベラ二世の姿は無い。
 いるのは銀髪の女性。
 ただ一人。

「ランタナ、君は……」

 玉座の傍らに佇む彼女を見上げた。 

 柔らかな光が差す。
 その艶やかな銀色が一筋、彼女の頬に掛かる。
 それを優雅な手つきで直すと、蒼いドレスを小さく摘んだ。
 
「改めて御挨拶させて頂きますね。私はトライフル国の女王、ナタラと申します」

 彼女がこの国の女王陛下。
 そして、正義の自警団ユスティを統べる人。

 ……あの村で見た時には、まるで予想も出来なかった。
 僕のそんな驚愕と戸惑いを目にして、女王陛下は少し表情を曇らせる。

「騙す様なことをしてしまって、ごめんなさい……しかし私も正義感自警団ユスティの一員なのです。貴方達の動向を探る必要がありました」
「それは何故」
「ルイ。貴方が魔王の眷属である、というのは知っていますね?」
「えぇ。記憶はありませんが……」

 そう、あの森で断片的な記憶の欠片は戻って来た。
 だけどあくまで欠片だ。
 育った村や、育ての親である牧師様父さんの死は思い出した。
 正直、思い出さなければ良かった思い出だ。

「貴方の忘却は、呪いによるものです。それも魔王の掛けた呪い……そして彼もまた、
「取り戻す? どういう事なのでしょう」

 すると女王は、しばし目を伏せた。
 そしてマトを見ると小さく頷く。

「ルイ、貴方の過去を……私が知る限りの一部ですが。お話ししましょう」
「僕の……過去?」
「そう。時は、貴方の幼少にまで遡るのです」
 
 彼女は僕の返事を待つことなく、話し始めた―――。



■□▪▫■□▫▪■□▪▫■


 僕が育ったのは、シェオル村。
 辺境の地とも言われた、農村ばかりの集落だ。

 昔、その村には多くの戦士達が流れ着いたらしい。
 その大半が傷付き、ボロボロの状態での敗走。
 皆、そこで力尽きるように死んでいく。
 まるで故郷に帰ってきたかのように、安らかな表情で。

 村人達は、彼らを村外れの墓地や近くの森に埋葬した。
 ……それが、彼らの役目だと言わんばかりに。

 ―――ある年の春。
 雪解けの水が川に流れ出した朝だ。

 ある一人の老兵が、覚束ぬ足取りで村にやってきた。
 傷付き、今にも死んでしまいそうなのに。
 その瞳は紅く、強い輝きを放っていたという。

 老兵はその胸に、小さな男の子を抱いていた。
 背中に大きな傷を負った男と、すやすやと安らに眠る幼い顔。
 彼は村人達に言った。

『この子は希望であり、また絶望だ』と。

 村人は傷付いて瀕死だった彼に、一軒の小屋を与える。
 ……死ぬ前の、安息の地だと言って。

 しかし男は死ななかった。
 それどころか、日に日に傷は塞がり元気になっていったのだ。
 
 土気色だった肌は、一週間も経たずに血色も良くなり。
 そして驚くべき事に、男は若返っていた。
 シワの刻まれたはずの容姿はピンと張って、二週間もすればうら若き青年の姿になっていたのである。

 ……彼は、人間ではなかった。

 エルフ。
 しかも特殊な種族で、極度の疲労やダメージで老いたように変化する。
 それが解消されれば、また元の若い姿に戻るのだ。

 寿命が長いのは、エルフ特有か。
 恐らく、自らので若さを保っているのだろう。
 エルフの中でも亜種に近い。

 ―――村人は驚愕し、落胆した。

 なぜなら、彼らの

 ……この村は巨大な墓。
 そして村人達は、墓守であると共に墓荒らしにもなる。
 
 そう。
 死にゆく者達の遺品を剥ぎ取り、山分けにして村の財産としていたのだ。
 村人達はこの小屋を与えて、彼らが死ぬのを待っていた。
 
『獲物が死なない』
 
 もはや人の死を望むまでになった人々。
 ……それはもう、知能を持った獣ではなかろうか。
 
 ―――そして。あの夜がやってきた。

 まず女達が、彼と幼子に食料を運んでくる。
 そこには毒薬が仕込まれていた。

 すぐに苦しげな呻き声が、村に響く。
 村人達が恐る恐る小屋に入ると、そこには苦悶し絶命した男。
 
 ……そして傍らには、ニコニコとしながら毒薬の入った菓子を頬張る幼子の姿。

 その幼子には、毒が効かなかったのだ。
 
『きっとこいつも人間じゃない!』

 一人が叫んだ。
 くわや鎌をもった男達が、それらを一斉に幼子に向ける。

『殺せ』
『忌まわしい化け物』
『悪魔の子だ』
『厄災』

 口々にそう叫ぶ大人たち。
 鬼気迫る空気に、怯え嗚咽する子。
 
 この幼子を化け物と呼ぶならば、彼は一体なんなのであろうか。
 それはまるで……生贄の供物を屠ろうと待ち構える、悪魔達の晩餐のようだった。

『皆さん! 落ち着きましょう』
 
 そんな異様な場を収めるべく声を上げたのは、一人の聖職者。名前はアロ、という。

 村の端にある小さく古い教会。
 そこに牧師、アロがやってきたのは半年前の事だ。
 前の牧師が病からの死により、旧知の仲である彼がやってきたのだという。

 ……なんと死人の金品や遺品を漁るのにも関わらず、彼らは神を信仰していたのだ。
 教会には週に何度も通い、祈り、賛美歌を口ずさんでいた。

 そこに彼ら自身の行為に対する、罪の意識などは感じられない。
 村にとって、それは単なるでしかなかったのである。

『我々はまだ、この子供が害を成す存在なのかすら分からない。だったら、私がこの子を監視する。もし本当に忌まわしき魔物であれば……神の名において、この手で殺す』

 そう提案したのだ。
 
 村人達は、しばし思案する。
 そして重々しく頷いたのだ。

 ―――こうして幼子だった僕は、アロと共に暮らす事になった。
 




 
 
 
 
 
 


 
 
 

 


 
 
 


 
 
 
 

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