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4.残滓は裏切り者の味がするか③
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「マトの事、なんだけど……」
カンナは部屋に入ってすぐ、おずおずと切り出した。
「あいつ。最近夜遅く帰って来るし、朝も早く何処か行っちゃうのよ」
「あぁ」
……知ってる。
隣の部屋だし、夜中に足音忍ばせて部屋に入る音くらいは分かるから。
まるで僕達、いいや僕と顔を合わせたくないみたいだ。
「もう6日よ? 聞いても全く言ってくれないし。ルイから聞いてくれないかしら」
「僕は多分無理だよ……」
彼女が聞いて言わないなら、僕なんて。
それに、彼の行動は僕のせいだってカンナに言ったらどんな反応するだろう。
「もうルイまで、ぼぅっとしちゃって!」
「あぁ、ごめん」
……最近、本当に考え込むことが増えちゃったなぁ。
こういう所が、仲間を不安にさせるのは分かってるんだけど。
「呑気してる場合じゃないのよ!? 」
「え?」
カンナがふと声を落とし、神妙な顔で言った。
「あたし、見ちゃったの……」
「何を?」
「……マトが」
「彼がなんだって?」
相当言い難い事なのだろうか。
さすがの僕も、外に向きがちの意識を彼女に戻し始める。
「……から出てきたのよ」
「えっ、なんだって?」
聞き取り辛かったから、顔を彼女に近付けた。
カンナは今度はヤケになったように叫んだ。
「だからぁっ、娼館から出てきたのよッ!!」
「うわっ、びっくりしたぁ……えっ、え、娼館?」
「そう。それって浮気って言うんでしょ!? どーすんのよ!」
「どうって……」
悪いけど、いまいちピンと来ないというか。
それより彼女の迫力にタジタジしているというか。
マトが女の人と……? 浮気、かぁ。
そう言えばカンナ、よくそういう言葉知ってるなぁ。
『浮気』なんて、生まれてこの方森から出たことのないスライムが知ってるのか。
それが妙に不思議で彼女に訊ねれば、『小屋に膨大にあった本にあったわよ』と。
「そんなことより! ……ルイ、彼と何かあったの?」
「なにも。というかアレから顔合わせて無いんだ」
「そうなの? 本当に何があったのよ」
「さぁね」
僕は気のない返事をしながら、ぼんやりと外を眺めた。
今日の空は分厚い雲が掛かる、曇天だ。
■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□
あれから僕は毎日ジョージの店に行っていた。
彼が働いていたのは、色とりどりの果物が売っている青果店だ。
しかもなかなかの老舗って事で、多くのお客さんで賑わっている。
「お、来たか」
「うん。来ちゃった」
その挨拶で、彼は嬉しそうに笑う。
そして店の商品である赤い果物(ポームというらしい。林檎を中まで真っ赤にした感じ)を一つ投げて寄越す。
「ほら、それ食っていつもの所で待ってな!」
彼のその言葉に頷いて、僕はすぐ近くの古い教会の裏へ行く。
そこが僕と彼の待ち合わせ場所だから。
―――この町にはあまり宗教めいたモノがない、という。
何故なら、ここはたくさんの文化が行き交う場所。ひとつの何か教会を立ててしまえば、他の宗教宗派と喧嘩になる。
だからあるのは、昔ここがただひとつの小さな集落だった名残である古い教会だけ。
「……」
元々白かっただろう木製の壁をそっと撫でる。
実は鍵なんか掛かってなくて、中に入れるらしいけど彼は絶対に『外で待ってろ』と言う。
中は浮浪者が住み着いていて危険かもしれないから、らしい。
「……棘、刺さるぞ」
彼の声だ。
顔を上げると、彼もポームを持っていた。
「先に食っとけば良かったのに」
「ジョージと一緒に食べたいから」
「……ふふ、可愛いヤツ」
そんなやり取りをしながら、彼は僕の隣に座った。
そして二人してこの紅い木の実にかぶりつく。
見た目はそっくり林檎なんだけど食べてもまだ赤いからびっくりする。
でもこの世界ではポピュラーな果物らしい。
最初の僕の反応で、彼こそ驚いていたっけ。
「あ、これ甘い」
「当たりかよ」
僕が言うと、彼のどこか恨めしげな声が返ってくる。
「君のは?」
「……酸っぺぇな」
このポーム。
僕の知ってる林檎より少し酸っぱいかな? ってくらい。
でも中にはすごく甘いのとすごく酸っぱいのがまぁまぁな割合である。
「なんかオレが食うやつ、いつも酸っぱいんだよなぁ」
「あはは、運が悪いんだね」
「ケッ、ほとんど毎回当たり引いてる奴に言われたかねぇや」
憎まれ口叩きながらも、その表情は優しい。
彼といると、他の嫌なことや悲しいことが一時でも忘れられるから不思議だ。
「ねぇ、今日はどこ連れてってくれるの?」
……昨日と一昨日は確か遊戯場へ連れて行ってくれた。
なんていうか思った以上に大人の遊び場、つまりカジノだった訳だけど。
すごく刺激的で。
本来は高い入場料払わなきゃいけない。
でも、そこを彼の『友達』が経営してるとかで顔パスで通してもらえた。
やっぱり彼は顔が広いみたい。
「そうだなぁ……その前に、オレの仕事に付き合ってくれないか」
「仕事?」
青果店の配達かなんかだろうか。
そりゃあ手伝うけど、と頷く。
「……よし。じゃあ雨降り出す前に済ましちまおう!」
そう言って、食べ終わって芯だけになったポームの実を僕のもまとめて道に投げ捨てた。
ちゃんとゴミ箱に捨てなきゃ、と一瞬思った。
でも、ここは異世界の町。独自のルールがある。
ここではゴミは投げ捨てて、その代わりに町で雇われている清掃夫(多くはゴブリン等の妖精や小鬼)が片付けるらしい。
『彼らの仕事を取っちゃあダメだよ』と、逆に注意されて面食らったことがある。
……そう言えば前世でも、国によっても文化の違いがあったなぁ。
それをちゃんと実感して体験するまでに、あっさり死んじゃったけど。
「また、ぼんやりしてる。行くぞ」
「あ、うん」
彼は知らない。
僕に前世の記憶があるなんて。
実は記憶喪失なんだと、軽く打ち明けたことはある。
でも彼は特に興味無さそうに『ふぅん』って返されて終わり。
……あー、そう言えば『じゃオレが最初の男って事で』と意味不明なギャグ飛ばされて困ったけどね。
ほんと彼の冗談はよく分からないよ。
「そう言えば。オレに似た奴って、その記憶喪失になってからの男な訳?」
「え、ええっと」
いきなり、しかもまるで天気の話するみたいに始まった話題に度肝を抜かれた。
「なぁなぁなぁ、そいつとの関係は? 元カレ?」
「え、えぇぇ」
なんか凄い問い詰めてくるんだけど。
しかもまたこの顔だ。
こういう時、彼の目は笑わない。
そういうの所も、僕の知ってる幼馴染と同じなんだよなぁ。
……本当に他人の空似なんだろうか。
もしかして僕と同じく、なんて何度も空想した。
でも有り得ないんだ。
「アヤシーなぁ」
「怪しくないって! ……ええっとね、僕は色々忘れちゃったけど、昔の。すごく昔の事だけは、少しだけ覚えてるんだ」
「すごく昔ィ?」
「そ、小さい頃からの幼馴染が二人いてね」
「そのうちの一人に、オレが似てるって訳?」
「ま、そんなとこ」
「……そっか」
ジョージは何故か、少しくすぐったそうな顔で笑う。
そして僕の手を、とても優しく握って歩き出した。
―――降り出しそうで降らない。
雨を存分に含んだ重そうな雲。広い空をすっかり覆って、灰色だ。
「ついた」
彼の言葉で、初めて目的地が分かった。
だってジョージは、狭く入り組んだ裏路地を迷う様子もなく歩くんだもの。
でも途中で何度か後ろを振り返っていたのが、少しだけ不思議だった。
「ここ、薬屋さん?」
「そ、そろそろ行かなきゃって思ってたんだけどなぁ」
『気が進まなくて』とぼやきながら押したドア。
そこには古ぼけた板に、愛想もへったくれもない字体。
魔法薬専門店とルビ打ってあった。
―――カランカラン。
ドアに付けられたドアベルが鳴った。
アンティーク品っぽい鉄製のそれは、黒猫を模していて。
僕達を……いや、僕をじっと睨みつけているような気分になる。
「相変わらずだな」
入ってすぐの光景に、ジョージが苦笑い混じりで呟いた。
こじんまりして、日の当たらない店にカウンター。
そしてその裏と店内に陳列棚がいくつか。
そこ全てに所狭しと硝子瓶や、他にも得体の知れない乾燥させた何かが詰め込まれていた。
そして鼻孔くすぐる不思議な香り……なるほど、ここが薬屋ってことか。
「……いらっしゃい」
カウンターの奥から、陰気な声がした。
「よぉ」
ジョージは軽く手を挙げて挨拶をする。
僕も小さく会釈してから、その姿を見ようと視線を彷徨わせるが。
……ど、どこ!?
それらしき人の姿は全く見えないんだ。
通路幅さえ危うい店内を、ジッと目を懲らす。
「ひ、ひ、久しぶりじゃ、ぁないの」
微かな衣擦れをさせて、カウンターから出てきたのは黒い塊だった。
「エリカ」
薄暗い店内の中、目を懲らす。
すると、それが黒いローブをすっぽりとかぶるように着込んだ人で。
しかも小さく痩せた女性だと言うことに、ようやく気付いた。
「エリカはここの女主人さ。彼女が扱う魔法薬は質がいいし、種類も豊富だ」
ジョージがそっと耳打ちしてくる。
「ふふふ、ふふ、ジョージ、ったらぁ」
褒められて嬉しかったのか、エリカさんはぎこちなく笑うと俯いた。
「久しぶりに寄ってみたんだが……忙しかったかな?」
「ぐふぅっ、ふ、そ、そ、そんな、こと、だ、大歓迎っ、だわ」
彼女には少し吃音があるらしい。
さらに、たどたどしさを感じるのは言葉の抑揚か独特だからか。
もしかしたら、この国の言語に不慣れなのかもしれない。
「それは良かった。じゃあいつものを調合頼めるかい?」
その言葉に小さく頷いた彼女。
しかしその場から動こうとしない。
「彼は大丈夫だよ。オレの友達さ」
「そう……」
エリカは納得したのか、のろのろと店の奥へと消えていった。
「薬頼んだの?」
……健康そうに見えて、案外持病とかあるのかな。
そっと訊ねてみる。
しかし彼は肩を竦めて。
「御遣い物さ」
「御遣い物?」
なんだか僕の知ってる意味のそれじゃない気がした。
薬を贈り物って。状態回復薬の類だろうか。
それは薬草数種類を調合して作られる薬。剣士や兵士、狩猟職等の人達や森を散策する人達にも好まれる。
金額は張るけど、ただの薬草より効果は高いからだ。
―――彼は奥で調合作業しているであろう、微かな物音を気にしながら僕に言った。
「あの女、食屍鬼との混血種でな。数年前からここを一人で切り盛りしてるんだぜ」
「へぇ!」
……さすがパパナシュの町。
僕は改めて、この町の多様性に驚く。
食屍鬼、元々は砂地に住まう種族だ。
身体の色や姿を変えられ、死体や子供を食べると言われていた。
しかし、それも昔の話だ。
今はその変身能力で、人間社会に馴染んで暮らす者も多い。
「驚くのはそれだけじゃなくてな」
そこでふとジョージは声を潜めて。
「まぁ陰気な女だけど、気は悪くねぇんだ。あとコッチの方も、な」
……コッチってどっちだ。
まぁだいたい予想付くけど。
僕のジト目に気が付いたのか、彼はものすごく嬉しそうにニヤニヤとし始めた。
「あ。もしかして妬いた?」
「妬いてない」
「またまたぁ……妬いたでしょ」
「な、い、です!」
「ん~?」
「……」
顔を覗き込んでくる彼から逃れつつ、店内を見渡した。
妖しげなラベルの薬ばかり。
あとなんか、明らかに生き物の乾物や市場でも見たことない植物もある。
これら全て魔法薬関係の物なんだろう。
……ごちゃごちゃしているように見えて、ちゃんと分かりやすく陳列されてる。
エリカさんが一人で切り盛りしているこの店。
彼女は、相当有能なんじゃないかな。
それを素直に口に出せば。
「……なーんか、オレの方が妬かされてる気がする」
と苦い顔する。
「なんだそりゃ」
妬くやら妬かされるやらって、また難解なギャグだなぁ。
―――そんなやり取りをしていると、また奥から衣擦れと共に黒く小さな姿が現れる。
「で、できた、わ」
「おう、ありがとな!」
受け取ったのは、なにやらピンク色の水薬。
少し大きめの瓶に入って、チャプチャプと揺れている。
「毎回すまないな。お代はまた次に持ってくるよ」
「う、う、うん。そそっ、それ、より……」
「ん?」
エリカさんは大きなフード付きローブでもよく見える、大きく真っ赤な口をニンマリとさせて言った。
「ふひひひっ……あの薬ぃ、ちょ、頂戴ぃっ」
「あー、『あれね』」
「ぐふぅっ、そ、それそれ」
「うーん」
独特な笑い声を上げる彼女に、彼は少し考え込む顔をする。
「そうだなぁ……また兄貴に言っとくよ。値段はこの前より少し上がるよ?」
「ふへへへっ、わわっ、わかっ、た」
何か興奮しているのか、少しずつ息が荒々しくなる彼女に僕は気味悪さを覚えた。
……というかそれだけの反応で欲しがる『あの薬』ってなんだろう。
「ね、ねぇ? ジョージ」
「ルイは気にしなくて良いから」
「え、でも 」
「……んじゃ、エリカ。またな」
ジョージはそれ以上、薬について何も答えない。
彼女は相変わらず薄気味悪い笑みで、こちらを舐め回すように見ている。
僕はその視線にすっかり怯えて、店を出る彼に縋り付くようにその場を後にした。
―――それから彼に連れて行かれたのは、数メートルほど歩いた一軒の店。
「ここは?」
「魔法道具専門店さ」
……チリンチリン。
こちらは壁掛けのドアベル。
可憐な音が小綺麗な店内に響く。
「あらあらあらァ! ジョージちゃんじゃないのぉ」
ドアベルの鈴の音をかき消すような、独特な歓声。
それが入った僕達に浴びせられた。
「久しぶりだね、デアレイ」
「んもぅ、随分ご無沙汰だったじゃないのよぉ」
凄い勢いで駆け寄って来たのは、煌びやかな美女……じゃない。
確かに派手で濃い化粧にドレス。
でも明らかに、そのフリルたっぷりの生地の中身は男だった。
ドラァグクイーン、オネェ、オカマ……色々言い様はあるだろうが。こんな所だ。
デアレイは、筋骨隆々な逞しい身体をクネクネとさせてジョージを軽く睨めつける。
「ちょっと忙しくてね。もっと早く来たかったんだけど」
「……ふふん、嘘ばっかりぃ。あら、そっちのかわい子ちゃんは?」
「彼はオレの友達だよ」
「あらまぁ!」
関心を向けられ、僕は怖気付きながら小さく会釈して自己紹介をする。
「可愛い子ねぇ。まるで女の子みたい! もっとよく顔を見せてちょうだい……ルイ君、メイクに興味ないかしらン?」
「い、いや、僕はちょっと……」
……ごめん、なんか怖い。
大きく逞しい身体で、その豪奢なドレスがまるで厳つい甲冑さながらの迫力だ。
更にグイグイと詰められた距離に、思わずジョージの服の裾を掴んでしまう。
「あははっ、あんまり苛めないでやってよ」
僕の動揺を面白がり半分、苦笑い半分の表情をする彼。
そっと持ってる肩掛けの鞄で、隠すように手を繋いでくれた。
「まさかこの子と、よろしくやってたから最近来てくれなかったのかしらァ?」
「いやいや。本当に忙しかったんだってば……ほら、今日はこれ持ってきたんだ。受け取ってくれる?」
彼女の機嫌をとるように彼は、先程エリカに調合してもらったピンクの水薬を差し出した。
「あらン、いつも悪いわねぇ」
水薬を透かしたり揺らしたり。
そうして薄ら微笑んだデアレイさんは、僕にそっと囁いた。
「これ、ルイくんはもう使ったのかしら」
「???」
……あの水薬がなんだって?
なんか嫌な予感がしつつも首を横に振る。
「これ今度。彼と使ってごらん」
「ジョージと、ですか?」
「そぅ! すっごくいいわよォ」
「???」
……何言ってのか全然分からない。
キョトンとしてる僕に今度はジョージが言った。
「それ、媚薬」
「び、びびっ、媚薬!?」
思わず吃りながら、その瓶の中を揺れる水薬を見つめる。
……そう言われたら、なんだかそのピンク色がアレな感じに見えてきちゃったじゃないか。
「それって」
「エッチなお薬よぉ。すっごく良いの、オススメよ!」
「お、オススメされても……」
……悪いけど僕は(前世記憶では)まだ高校生で、童貞。
刺激が強すぎる。
「うふふっ、ウブで可愛いわねン……あ、そうだわ。ちょっと待っててね!」
そう言って僕と彼に投げキッスして、ドスドスと店の奥に消えて行った。
「ふぅ……」
「顔真っ赤だぞ」
「うるさい」
「……可愛い過ぎかよ」
「可愛くない!」
「いーや、可愛いね」
「可愛くないもん……」
顔が赤いのは別に、変なこと考えた訳じゃなくて……ちょっと暑がりなだけ、多分。
隣でタチの悪い笑みを浮かべて、脇腹をつついてくるジョージ。
それを無視しながら、店内を見渡した。
―――まず目に付いたのは、展示されていた杖だ。
太めの教鞭って感じの印象。
しかもデザインがやたら多くて、きっと見ていたら楽しいだろうな。
……あとは魔法石が整然と並べられていたり、大きさ様々な鍋。凝ったデザインの方位磁石や、煌めく砂の入った砂時計。
あとキャンドルとか、小壷に入ったインクとか。
おおよそ魔法に関係するのか分からない物から、使い方すら意味不明な物等。
見ていて飽きない。
「なぁなぁなぁ」
「な、何?」
……また碌でもない事考えてる。
そう思いながら、彼の方は見ないで次は本棚に向かう。
本棚には魔法道具や呪いに関する書籍があるみたいだ。
そういうのって、おどろおどろしい字と文体で書かれてると思ってた。
案外普通に、淡々と。
まるで図鑑や取り扱い説明書みたいな、分かりやすく書かれている。
「天使の嬌態っていってさ。これを飲めば、どんな聖人でもヤりたくて堪らなくなる」
「……」
「興味あるだろ」
「絶対にないよ!?」
そんなハレンチな薬……セクハラもいいとこだ。
「一回位試してみなよ。無料でやるから」
「要らないってば!」
悪ガキ同然の彼の背中を軽く抓る。
―――そうこうしているうちに、デアレイさんが戻ってきた。
他にも注文があったらしく、メモ書きを数枚彼に手渡した。
「これ、また頼んでいいかしら。あと……また『あの薬』も」
少し声を潜め、言う言葉に再び違和感。
しかし彼は先程同様、値上がりの件だけ伝えて頷く。
その一瞬の雰囲気。なんとも言えない気分になる。
……なんだか悪いモノを見ているような。
「兄貴に伝えとく。じゃ、これで」
「えぇ、ありがと……あら?」
デアレイさんがふと僕に目を止めた。
「ルイ君、それ……珍しいわねぇ」
視線が注がれていたのは左手首にしていた腕輪。
最初の村で、宿屋の娘のランタナさんがくれたものだ。
……紫の勾玉が連なったデザインで、石の中には白い渦のようなモノが見える。
「デザインが、この国のものじゃないわねぇ。ワコ国で昔、これに似た物を見たわ」
いつの間にか、手を取られ真剣な眼差しで観察されていた。
「でもこの石……あぁ、間違いない。これはかなり強い魔法石」
「は、はぁ」
「……ルイ君? これ、譲ってくれないかしら」
「えっ」
「無料でとは言わないわ」
「でもこれは……」
―――僕は丁重にお断りした。
僕が記憶を失って最初に貰ったものだし、何よりランタナさんの大切な物だ。
魔王討伐を果たした暁には、またあの村に戻って返したい。
だから。
……まぁその魔王討伐を巡って恋人と喧嘩してるのだけれど。
そう考えると、知らず知らずのうちにため息が出た。
カンナは部屋に入ってすぐ、おずおずと切り出した。
「あいつ。最近夜遅く帰って来るし、朝も早く何処か行っちゃうのよ」
「あぁ」
……知ってる。
隣の部屋だし、夜中に足音忍ばせて部屋に入る音くらいは分かるから。
まるで僕達、いいや僕と顔を合わせたくないみたいだ。
「もう6日よ? 聞いても全く言ってくれないし。ルイから聞いてくれないかしら」
「僕は多分無理だよ……」
彼女が聞いて言わないなら、僕なんて。
それに、彼の行動は僕のせいだってカンナに言ったらどんな反応するだろう。
「もうルイまで、ぼぅっとしちゃって!」
「あぁ、ごめん」
……最近、本当に考え込むことが増えちゃったなぁ。
こういう所が、仲間を不安にさせるのは分かってるんだけど。
「呑気してる場合じゃないのよ!? 」
「え?」
カンナがふと声を落とし、神妙な顔で言った。
「あたし、見ちゃったの……」
「何を?」
「……マトが」
「彼がなんだって?」
相当言い難い事なのだろうか。
さすがの僕も、外に向きがちの意識を彼女に戻し始める。
「……から出てきたのよ」
「えっ、なんだって?」
聞き取り辛かったから、顔を彼女に近付けた。
カンナは今度はヤケになったように叫んだ。
「だからぁっ、娼館から出てきたのよッ!!」
「うわっ、びっくりしたぁ……えっ、え、娼館?」
「そう。それって浮気って言うんでしょ!? どーすんのよ!」
「どうって……」
悪いけど、いまいちピンと来ないというか。
それより彼女の迫力にタジタジしているというか。
マトが女の人と……? 浮気、かぁ。
そう言えばカンナ、よくそういう言葉知ってるなぁ。
『浮気』なんて、生まれてこの方森から出たことのないスライムが知ってるのか。
それが妙に不思議で彼女に訊ねれば、『小屋に膨大にあった本にあったわよ』と。
「そんなことより! ……ルイ、彼と何かあったの?」
「なにも。というかアレから顔合わせて無いんだ」
「そうなの? 本当に何があったのよ」
「さぁね」
僕は気のない返事をしながら、ぼんやりと外を眺めた。
今日の空は分厚い雲が掛かる、曇天だ。
■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□
あれから僕は毎日ジョージの店に行っていた。
彼が働いていたのは、色とりどりの果物が売っている青果店だ。
しかもなかなかの老舗って事で、多くのお客さんで賑わっている。
「お、来たか」
「うん。来ちゃった」
その挨拶で、彼は嬉しそうに笑う。
そして店の商品である赤い果物(ポームというらしい。林檎を中まで真っ赤にした感じ)を一つ投げて寄越す。
「ほら、それ食っていつもの所で待ってな!」
彼のその言葉に頷いて、僕はすぐ近くの古い教会の裏へ行く。
そこが僕と彼の待ち合わせ場所だから。
―――この町にはあまり宗教めいたモノがない、という。
何故なら、ここはたくさんの文化が行き交う場所。ひとつの何か教会を立ててしまえば、他の宗教宗派と喧嘩になる。
だからあるのは、昔ここがただひとつの小さな集落だった名残である古い教会だけ。
「……」
元々白かっただろう木製の壁をそっと撫でる。
実は鍵なんか掛かってなくて、中に入れるらしいけど彼は絶対に『外で待ってろ』と言う。
中は浮浪者が住み着いていて危険かもしれないから、らしい。
「……棘、刺さるぞ」
彼の声だ。
顔を上げると、彼もポームを持っていた。
「先に食っとけば良かったのに」
「ジョージと一緒に食べたいから」
「……ふふ、可愛いヤツ」
そんなやり取りをしながら、彼は僕の隣に座った。
そして二人してこの紅い木の実にかぶりつく。
見た目はそっくり林檎なんだけど食べてもまだ赤いからびっくりする。
でもこの世界ではポピュラーな果物らしい。
最初の僕の反応で、彼こそ驚いていたっけ。
「あ、これ甘い」
「当たりかよ」
僕が言うと、彼のどこか恨めしげな声が返ってくる。
「君のは?」
「……酸っぺぇな」
このポーム。
僕の知ってる林檎より少し酸っぱいかな? ってくらい。
でも中にはすごく甘いのとすごく酸っぱいのがまぁまぁな割合である。
「なんかオレが食うやつ、いつも酸っぱいんだよなぁ」
「あはは、運が悪いんだね」
「ケッ、ほとんど毎回当たり引いてる奴に言われたかねぇや」
憎まれ口叩きながらも、その表情は優しい。
彼といると、他の嫌なことや悲しいことが一時でも忘れられるから不思議だ。
「ねぇ、今日はどこ連れてってくれるの?」
……昨日と一昨日は確か遊戯場へ連れて行ってくれた。
なんていうか思った以上に大人の遊び場、つまりカジノだった訳だけど。
すごく刺激的で。
本来は高い入場料払わなきゃいけない。
でも、そこを彼の『友達』が経営してるとかで顔パスで通してもらえた。
やっぱり彼は顔が広いみたい。
「そうだなぁ……その前に、オレの仕事に付き合ってくれないか」
「仕事?」
青果店の配達かなんかだろうか。
そりゃあ手伝うけど、と頷く。
「……よし。じゃあ雨降り出す前に済ましちまおう!」
そう言って、食べ終わって芯だけになったポームの実を僕のもまとめて道に投げ捨てた。
ちゃんとゴミ箱に捨てなきゃ、と一瞬思った。
でも、ここは異世界の町。独自のルールがある。
ここではゴミは投げ捨てて、その代わりに町で雇われている清掃夫(多くはゴブリン等の妖精や小鬼)が片付けるらしい。
『彼らの仕事を取っちゃあダメだよ』と、逆に注意されて面食らったことがある。
……そう言えば前世でも、国によっても文化の違いがあったなぁ。
それをちゃんと実感して体験するまでに、あっさり死んじゃったけど。
「また、ぼんやりしてる。行くぞ」
「あ、うん」
彼は知らない。
僕に前世の記憶があるなんて。
実は記憶喪失なんだと、軽く打ち明けたことはある。
でも彼は特に興味無さそうに『ふぅん』って返されて終わり。
……あー、そう言えば『じゃオレが最初の男って事で』と意味不明なギャグ飛ばされて困ったけどね。
ほんと彼の冗談はよく分からないよ。
「そう言えば。オレに似た奴って、その記憶喪失になってからの男な訳?」
「え、ええっと」
いきなり、しかもまるで天気の話するみたいに始まった話題に度肝を抜かれた。
「なぁなぁなぁ、そいつとの関係は? 元カレ?」
「え、えぇぇ」
なんか凄い問い詰めてくるんだけど。
しかもまたこの顔だ。
こういう時、彼の目は笑わない。
そういうの所も、僕の知ってる幼馴染と同じなんだよなぁ。
……本当に他人の空似なんだろうか。
もしかして僕と同じく、なんて何度も空想した。
でも有り得ないんだ。
「アヤシーなぁ」
「怪しくないって! ……ええっとね、僕は色々忘れちゃったけど、昔の。すごく昔の事だけは、少しだけ覚えてるんだ」
「すごく昔ィ?」
「そ、小さい頃からの幼馴染が二人いてね」
「そのうちの一人に、オレが似てるって訳?」
「ま、そんなとこ」
「……そっか」
ジョージは何故か、少しくすぐったそうな顔で笑う。
そして僕の手を、とても優しく握って歩き出した。
―――降り出しそうで降らない。
雨を存分に含んだ重そうな雲。広い空をすっかり覆って、灰色だ。
「ついた」
彼の言葉で、初めて目的地が分かった。
だってジョージは、狭く入り組んだ裏路地を迷う様子もなく歩くんだもの。
でも途中で何度か後ろを振り返っていたのが、少しだけ不思議だった。
「ここ、薬屋さん?」
「そ、そろそろ行かなきゃって思ってたんだけどなぁ」
『気が進まなくて』とぼやきながら押したドア。
そこには古ぼけた板に、愛想もへったくれもない字体。
魔法薬専門店とルビ打ってあった。
―――カランカラン。
ドアに付けられたドアベルが鳴った。
アンティーク品っぽい鉄製のそれは、黒猫を模していて。
僕達を……いや、僕をじっと睨みつけているような気分になる。
「相変わらずだな」
入ってすぐの光景に、ジョージが苦笑い混じりで呟いた。
こじんまりして、日の当たらない店にカウンター。
そしてその裏と店内に陳列棚がいくつか。
そこ全てに所狭しと硝子瓶や、他にも得体の知れない乾燥させた何かが詰め込まれていた。
そして鼻孔くすぐる不思議な香り……なるほど、ここが薬屋ってことか。
「……いらっしゃい」
カウンターの奥から、陰気な声がした。
「よぉ」
ジョージは軽く手を挙げて挨拶をする。
僕も小さく会釈してから、その姿を見ようと視線を彷徨わせるが。
……ど、どこ!?
それらしき人の姿は全く見えないんだ。
通路幅さえ危うい店内を、ジッと目を懲らす。
「ひ、ひ、久しぶりじゃ、ぁないの」
微かな衣擦れをさせて、カウンターから出てきたのは黒い塊だった。
「エリカ」
薄暗い店内の中、目を懲らす。
すると、それが黒いローブをすっぽりとかぶるように着込んだ人で。
しかも小さく痩せた女性だと言うことに、ようやく気付いた。
「エリカはここの女主人さ。彼女が扱う魔法薬は質がいいし、種類も豊富だ」
ジョージがそっと耳打ちしてくる。
「ふふふ、ふふ、ジョージ、ったらぁ」
褒められて嬉しかったのか、エリカさんはぎこちなく笑うと俯いた。
「久しぶりに寄ってみたんだが……忙しかったかな?」
「ぐふぅっ、ふ、そ、そ、そんな、こと、だ、大歓迎っ、だわ」
彼女には少し吃音があるらしい。
さらに、たどたどしさを感じるのは言葉の抑揚か独特だからか。
もしかしたら、この国の言語に不慣れなのかもしれない。
「それは良かった。じゃあいつものを調合頼めるかい?」
その言葉に小さく頷いた彼女。
しかしその場から動こうとしない。
「彼は大丈夫だよ。オレの友達さ」
「そう……」
エリカは納得したのか、のろのろと店の奥へと消えていった。
「薬頼んだの?」
……健康そうに見えて、案外持病とかあるのかな。
そっと訊ねてみる。
しかし彼は肩を竦めて。
「御遣い物さ」
「御遣い物?」
なんだか僕の知ってる意味のそれじゃない気がした。
薬を贈り物って。状態回復薬の類だろうか。
それは薬草数種類を調合して作られる薬。剣士や兵士、狩猟職等の人達や森を散策する人達にも好まれる。
金額は張るけど、ただの薬草より効果は高いからだ。
―――彼は奥で調合作業しているであろう、微かな物音を気にしながら僕に言った。
「あの女、食屍鬼との混血種でな。数年前からここを一人で切り盛りしてるんだぜ」
「へぇ!」
……さすがパパナシュの町。
僕は改めて、この町の多様性に驚く。
食屍鬼、元々は砂地に住まう種族だ。
身体の色や姿を変えられ、死体や子供を食べると言われていた。
しかし、それも昔の話だ。
今はその変身能力で、人間社会に馴染んで暮らす者も多い。
「驚くのはそれだけじゃなくてな」
そこでふとジョージは声を潜めて。
「まぁ陰気な女だけど、気は悪くねぇんだ。あとコッチの方も、な」
……コッチってどっちだ。
まぁだいたい予想付くけど。
僕のジト目に気が付いたのか、彼はものすごく嬉しそうにニヤニヤとし始めた。
「あ。もしかして妬いた?」
「妬いてない」
「またまたぁ……妬いたでしょ」
「な、い、です!」
「ん~?」
「……」
顔を覗き込んでくる彼から逃れつつ、店内を見渡した。
妖しげなラベルの薬ばかり。
あとなんか、明らかに生き物の乾物や市場でも見たことない植物もある。
これら全て魔法薬関係の物なんだろう。
……ごちゃごちゃしているように見えて、ちゃんと分かりやすく陳列されてる。
エリカさんが一人で切り盛りしているこの店。
彼女は、相当有能なんじゃないかな。
それを素直に口に出せば。
「……なーんか、オレの方が妬かされてる気がする」
と苦い顔する。
「なんだそりゃ」
妬くやら妬かされるやらって、また難解なギャグだなぁ。
―――そんなやり取りをしていると、また奥から衣擦れと共に黒く小さな姿が現れる。
「で、できた、わ」
「おう、ありがとな!」
受け取ったのは、なにやらピンク色の水薬。
少し大きめの瓶に入って、チャプチャプと揺れている。
「毎回すまないな。お代はまた次に持ってくるよ」
「う、う、うん。そそっ、それ、より……」
「ん?」
エリカさんは大きなフード付きローブでもよく見える、大きく真っ赤な口をニンマリとさせて言った。
「ふひひひっ……あの薬ぃ、ちょ、頂戴ぃっ」
「あー、『あれね』」
「ぐふぅっ、そ、それそれ」
「うーん」
独特な笑い声を上げる彼女に、彼は少し考え込む顔をする。
「そうだなぁ……また兄貴に言っとくよ。値段はこの前より少し上がるよ?」
「ふへへへっ、わわっ、わかっ、た」
何か興奮しているのか、少しずつ息が荒々しくなる彼女に僕は気味悪さを覚えた。
……というかそれだけの反応で欲しがる『あの薬』ってなんだろう。
「ね、ねぇ? ジョージ」
「ルイは気にしなくて良いから」
「え、でも 」
「……んじゃ、エリカ。またな」
ジョージはそれ以上、薬について何も答えない。
彼女は相変わらず薄気味悪い笑みで、こちらを舐め回すように見ている。
僕はその視線にすっかり怯えて、店を出る彼に縋り付くようにその場を後にした。
―――それから彼に連れて行かれたのは、数メートルほど歩いた一軒の店。
「ここは?」
「魔法道具専門店さ」
……チリンチリン。
こちらは壁掛けのドアベル。
可憐な音が小綺麗な店内に響く。
「あらあらあらァ! ジョージちゃんじゃないのぉ」
ドアベルの鈴の音をかき消すような、独特な歓声。
それが入った僕達に浴びせられた。
「久しぶりだね、デアレイ」
「んもぅ、随分ご無沙汰だったじゃないのよぉ」
凄い勢いで駆け寄って来たのは、煌びやかな美女……じゃない。
確かに派手で濃い化粧にドレス。
でも明らかに、そのフリルたっぷりの生地の中身は男だった。
ドラァグクイーン、オネェ、オカマ……色々言い様はあるだろうが。こんな所だ。
デアレイは、筋骨隆々な逞しい身体をクネクネとさせてジョージを軽く睨めつける。
「ちょっと忙しくてね。もっと早く来たかったんだけど」
「……ふふん、嘘ばっかりぃ。あら、そっちのかわい子ちゃんは?」
「彼はオレの友達だよ」
「あらまぁ!」
関心を向けられ、僕は怖気付きながら小さく会釈して自己紹介をする。
「可愛い子ねぇ。まるで女の子みたい! もっとよく顔を見せてちょうだい……ルイ君、メイクに興味ないかしらン?」
「い、いや、僕はちょっと……」
……ごめん、なんか怖い。
大きく逞しい身体で、その豪奢なドレスがまるで厳つい甲冑さながらの迫力だ。
更にグイグイと詰められた距離に、思わずジョージの服の裾を掴んでしまう。
「あははっ、あんまり苛めないでやってよ」
僕の動揺を面白がり半分、苦笑い半分の表情をする彼。
そっと持ってる肩掛けの鞄で、隠すように手を繋いでくれた。
「まさかこの子と、よろしくやってたから最近来てくれなかったのかしらァ?」
「いやいや。本当に忙しかったんだってば……ほら、今日はこれ持ってきたんだ。受け取ってくれる?」
彼女の機嫌をとるように彼は、先程エリカに調合してもらったピンクの水薬を差し出した。
「あらン、いつも悪いわねぇ」
水薬を透かしたり揺らしたり。
そうして薄ら微笑んだデアレイさんは、僕にそっと囁いた。
「これ、ルイくんはもう使ったのかしら」
「???」
……あの水薬がなんだって?
なんか嫌な予感がしつつも首を横に振る。
「これ今度。彼と使ってごらん」
「ジョージと、ですか?」
「そぅ! すっごくいいわよォ」
「???」
……何言ってのか全然分からない。
キョトンとしてる僕に今度はジョージが言った。
「それ、媚薬」
「び、びびっ、媚薬!?」
思わず吃りながら、その瓶の中を揺れる水薬を見つめる。
……そう言われたら、なんだかそのピンク色がアレな感じに見えてきちゃったじゃないか。
「それって」
「エッチなお薬よぉ。すっごく良いの、オススメよ!」
「お、オススメされても……」
……悪いけど僕は(前世記憶では)まだ高校生で、童貞。
刺激が強すぎる。
「うふふっ、ウブで可愛いわねン……あ、そうだわ。ちょっと待っててね!」
そう言って僕と彼に投げキッスして、ドスドスと店の奥に消えて行った。
「ふぅ……」
「顔真っ赤だぞ」
「うるさい」
「……可愛い過ぎかよ」
「可愛くない!」
「いーや、可愛いね」
「可愛くないもん……」
顔が赤いのは別に、変なこと考えた訳じゃなくて……ちょっと暑がりなだけ、多分。
隣でタチの悪い笑みを浮かべて、脇腹をつついてくるジョージ。
それを無視しながら、店内を見渡した。
―――まず目に付いたのは、展示されていた杖だ。
太めの教鞭って感じの印象。
しかもデザインがやたら多くて、きっと見ていたら楽しいだろうな。
……あとは魔法石が整然と並べられていたり、大きさ様々な鍋。凝ったデザインの方位磁石や、煌めく砂の入った砂時計。
あとキャンドルとか、小壷に入ったインクとか。
おおよそ魔法に関係するのか分からない物から、使い方すら意味不明な物等。
見ていて飽きない。
「なぁなぁなぁ」
「な、何?」
……また碌でもない事考えてる。
そう思いながら、彼の方は見ないで次は本棚に向かう。
本棚には魔法道具や呪いに関する書籍があるみたいだ。
そういうのって、おどろおどろしい字と文体で書かれてると思ってた。
案外普通に、淡々と。
まるで図鑑や取り扱い説明書みたいな、分かりやすく書かれている。
「天使の嬌態っていってさ。これを飲めば、どんな聖人でもヤりたくて堪らなくなる」
「……」
「興味あるだろ」
「絶対にないよ!?」
そんなハレンチな薬……セクハラもいいとこだ。
「一回位試してみなよ。無料でやるから」
「要らないってば!」
悪ガキ同然の彼の背中を軽く抓る。
―――そうこうしているうちに、デアレイさんが戻ってきた。
他にも注文があったらしく、メモ書きを数枚彼に手渡した。
「これ、また頼んでいいかしら。あと……また『あの薬』も」
少し声を潜め、言う言葉に再び違和感。
しかし彼は先程同様、値上がりの件だけ伝えて頷く。
その一瞬の雰囲気。なんとも言えない気分になる。
……なんだか悪いモノを見ているような。
「兄貴に伝えとく。じゃ、これで」
「えぇ、ありがと……あら?」
デアレイさんがふと僕に目を止めた。
「ルイ君、それ……珍しいわねぇ」
視線が注がれていたのは左手首にしていた腕輪。
最初の村で、宿屋の娘のランタナさんがくれたものだ。
……紫の勾玉が連なったデザインで、石の中には白い渦のようなモノが見える。
「デザインが、この国のものじゃないわねぇ。ワコ国で昔、これに似た物を見たわ」
いつの間にか、手を取られ真剣な眼差しで観察されていた。
「でもこの石……あぁ、間違いない。これはかなり強い魔法石」
「は、はぁ」
「……ルイ君? これ、譲ってくれないかしら」
「えっ」
「無料でとは言わないわ」
「でもこれは……」
―――僕は丁重にお断りした。
僕が記憶を失って最初に貰ったものだし、何よりランタナさんの大切な物だ。
魔王討伐を果たした暁には、またあの村に戻って返したい。
だから。
……まぁその魔王討伐を巡って恋人と喧嘩してるのだけれど。
そう考えると、知らず知らずのうちにため息が出た。
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