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2.とりあえず粘着質なチュートリアルといきましょう③

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「うん、行こうか」
「……へ?」

 カンナが言う通りに一度道を引き返す……

 実際は少し脇道へ逸れて様子を伺ったのだ。
 彼は僕の思惑に気付いてはいないようで、元の道へ戻ろうと声をかけるとキョトンとしていた。

「どういう事だよ、俺にはさっぱり……」
「彼女の怪我には
「ある傷ゥ?」

 彼の手を取って、包帯が巻かれたそこにそっと口付ける。

「お、おいっ……急に何を」
。それが彼女の体にはなかった」

 あるのは切り傷、裂傷のみ。
 しかもそれらはかなり深い。
 まるで剣で切り付けられたみたいな。

「あれだけ斬られたら、出血も酷かっただろろうけどね」

 彼女の顔色は確かに悪かった。
 相当のを流していただろう。

「……ちょっと待てよ! この森にはスライムしかいないって」

 マトの言葉に頷く。

「そう。スライムには多くの種類がいて、それらはまだ僕達人間が解明し認知していない種類も多数いる」
 
 ……しかも、その生態の多くも謎だ。
 
 森を吹き抜ける風に耳をすませつつ、再び口を開いた。

「でも少なくてもこの森のスライムの大半、その飛沫する体液は皮膚を焼く濃い酸成分」
「あ、あぁ」
「だから僕も君も、それに当てられて軽い火傷を負った……ここまでは分かるね?」

 しかもそれは案外厄介で、並大抵の回復魔法じゃ治癒できない。だからどうしても薬膏頼りになる。
 
「さて、一方彼女の裂傷も回復魔法では逆効果になるタイプだった。正直少し違和感と疑問を感じていたのだけれど……ようやく合点がいったよ」
「ど、どういう事なのか俺にはさっぱり……」

 滔々と口から言葉が溢れて来ている中でふと、彼の声で我に返った。

 ……僕は何故、こんな知識をもっているのだろう。

 しかも先程は今、口にした事柄の何一つを特に意識として感じること無く、彼女を治療していたのに。

「つまりこういう事か? 
「……そうだよ」
 
 僕の中で『なにか』が返事をした―――。



■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□


 ……この森は暗く湿っている。
 鳥すらその上を飛ばない。

 背の高い木々が太陽の光を取り上げてしまい、色とりどりの果物が実らないから……そう言う者もいる一方で。

 この森には恐ろしい呪いがかかっているのだ、と言う者もいる。

「……ふぅ」

 ―――僕達の隠れる木の十数メートル先。

 一人の少女がため息をついて、とぼとぼと歩いている。
 包帯というには少しばかり粗末な布を巻いて、どこかへまっすぐ向かっているようだった。
 
「!」

 ガサッ、ガサガサッ。
 
 ……草を踏み分ける音がする。

 しかしそれはこっちでは無い。
 今の僕達はマトの持った魔道具で姿を隠しているから。

 ちなみにその道具はこの世界で言うところのジョークグッズの一つだ。
 ちょっとした目くらまし魔法が掛けられている布。

 ……しかも無限に使えるわけじゃないらしい。

 前世の世界で言うと電池が切れると使えなくなる玩具みたいなものだろうか。

 ……確か某人気アニメ(ドラ●も●)で似た道具があった気がする。

 ともかく。
 そんな布に大の男2人が包まってジッと息を潜めるものだから、少し……いやかなり気まずい。

「あ゙あ゙ぁ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぃ゙ぃ゙」

 ……奇妙な呻き声が森に響く。
  
  ぬちゃァぬちゃぬちゃぁぁ。

 ―――粘着質な音が共に反響した。
 その二つの音はとても耳障りで胸が悪くなる。

 僕を後ろから抱えるように一緒に隠れたマトも同じ気分になったのか『ゲッ』と小さく息を詰めた。

「……」
 
 彼女は怖気付いた様子はない。
 それどころか、じっと音のするほうを微動だにせず立ち止まり待っていたのだ。

 ……そして『それ』は直ぐに現れる。

 黒い汚泥のような。
 しかしヌメヌメとしたと糊のような粘着な見た目。
 そしてゆっくりだが確実に這って伸ばされる触手。

 それは紛れもないスライムだった。

「あ゙ぐげぇ゙ぇ゙ぇ゙ぇ゙」

 その黒いスライムは、緩慢な動きで彼女に向かって距離を詰めていく。
 
「……『助けて』ね」

 彼女の声は、嘲笑に満ちていた。

 しかし同時に、悼んでいるようにも聞こえる。

「もう遅いわ。
「ぁ゙ぁ゙ぐぎゃ゙だあ゙あ゙あ゙」
「『スライムはチュートリアルか経験値稼ぎで大量虐殺してするには丁度いい』……なんて、あんた達言ってたわよねぇ?」

 彼女はどうやらこのスライムに語りかけているようだ。

「あんた達がどういう知識でこの森に入り込んで来たのか知らないけど……鹿
 
 その時だ。僕の耳にマトの小さな呟きが聞こえたのは。

「このスライム、人を取り込んでやがる。しかも大量にだ」
「そうか」

 僕の中でまたひとつ疑問が解消された瞬間だった。

「……ゆっくりと溶かされる気分はどう? 雑魚だと疑わなかった、脆弱なモンスターに侵食される気分は!」
「お゙お゙お゙ぉ、お゙、ぅ゙、い゙ぇ゙」
、最初はとても美しい蒼色だったのに」
 
 そう言って彼女が何かを取り出した。

 それは爆薬を用いて作った、爆弾である。
 ……と、何故か僕は瞬時に理解する。

 これも今世の記憶の残滓か。

「あたしが、跡形も無く消し去ってあげる」
「……それじゃあ、ちゃんと燃えない」
「!?」

 ―――バサリ。

 布を落とす。
 僕の後ろから悠々と出てきた、黒いマントを羽織った魔法使い。

 マトは軽い笑みを浮かべる。
 彼女と黒スライムに歩み寄った。

「あんた達、何しに来たの」

 静かな声だ。
 でも怒りと戸惑い等、複数の感情を内包している。
 
 彼は肩を竦めるだけでそれを軽くいなし、何も応えることは無かった。
 
 呪文唱え魔法陣を描く。
 
「ちょっと、何をする気!?」

 パチンッ! 
 ―――ゴゥゥォォォォォォッ!!!

 鳴らされた指。
 先刻より一際大きく放出された炎。

 再び唱えられた言葉はやはり呪文だろう。

 ……炎の色が、変わった。

 朱色から蒼白色へ。
 
 ごうと咆哮の如き嘶きで燃え上がる。
 たちまち黒き魔物モンスターを包み込んだ。

 しかしそれはほんの数秒。

 再び轟音を立てて上がった炎。
 火花を散らし爆ぜたのは一瞬だった。
 
 ……煙も何も消え失せた大地が広がるのを、僕はぼんやり眺める。

「ゆっくりお眠り」

 微かに震える声で呟いたのは褐色の少女。

 この炎の中の魔物に対する哀悼だった。
 その大きく紅い瞳には涙など浮かんでいない。
 それがまたやるせない嘆きと、静かな怒りを彷彿させた。
 
とむらいの火炎はな、出来るだけ大きな方が良いんだぜ」
「そうね」

 マトの言葉に初めて彼女は頷く。
 眩しそうな目で。
 燃え盛る刹那の炎を思い出すように。

「……どうして、気付いたの?」

 カンナが、僕の方を振り返った瞬間だ。
 何処からか、強く温度の高い風が森に吹く。

「君の身体の傷だ。それは冒険者達に傷付けられたモノだね」
「ええ」

 栗色の短い髪が、サラサラと風に靡く。
 
「あたしの方が少しばかり、人型を保つのが上手なスライムだったのよ」

 ―――この褐色の少女は人間ではない。
 スライムだ。

 しかも通常の種より知能が高い。
 加えてその姿を自由自在に変化できる。

 それはスライムとしては突然変異に近いのかもしれない。
 本来、彼らはあのゲル状の姿のまま住処である湿地帯や森の奥を、ゆっくり移動しながら生活しているからだ。
 
ただ、静かに暮らしたかっただけ」

 彼女のたった一つの願い。それは平穏な生活。

 ……最初は本当にそれだけだったのだろう。

 それが覆されたのは、彼女と同じく人型でいられる唯一の仲間、『彼』の暴走だった。

「『彼』はね。毒を取り込んでしまったの」

 このとは恐らく、この森へやってきた冒険者達が放った毒矢だ。

 ここはスライム達が群生して生息してる。
 不用意に近付けば、攻撃されること必至な土地だ。

「何もあたし達を攻撃するな、なんて言わないわ。だって、あたし達もあなた達人間を攻撃するんですものね」

 互いにテリトリーを巡っての抗争。

 ……それは一見非情で血なまぐさい話しだ。
 しかし、同時に彼女は語った。 
 
「あたしが許せなかったのは、あいつらがスライムを侮辱した事よ」
「経験値稼ぎか」

 マトの言葉に『そうね』と返す。

「『スライムを雑魚ざこと呼び、大量虐殺して経験値稼ぎをする』そういう奴らがいるのは知ってるが……」
「あたし達は人間共の玩具じゃないわ。対等に戦い殺し合う、それがあたしと『彼』の矜恃きょうじなのよ」

 人間たちの傲慢な言葉に、彼らは激怒しただろう。
 特に、元々好戦的な種族の赤スライムだった彼女はそんな人間達と徹底的に戦った。

 ……スライムは雑魚じゃない、と。

「『彼』はあたしなんかと違って、優しくて賢くて穏やかだったわ。蒼色の透き通った身体でね、本を読むのが好きだったわ」

 時に人間たちと戦いに行く、と出て行くカンナを『彼』は窘めたという。
 
「そんな『彼』が暴走して、人間達を見境なく取り込み始めたわ……争いが怖いと泣きべそかいていたのにね」

 ふふっ、と彼女は笑う。
 しかしそれは酷く自嘲的で、ともすれば崩れてしまいそうな笑みだ。

「それに人型も保てなくなって、あんなに綺麗だった蒼色の身体も汚れてしまった」

 だから彼女は決意したのだ。
 『彼』を殺そう、と。

「……そうか」

 マトはそう言ったきり黙り込んだ。
 沈黙の中、僕は口を開く。

「僕は人間で、君たちスライムの全てを知る事も共感しきることも恐らく叶わないだろう……でもね。僕はその誇りに敬意を感じている。マトだって、そう思っているからこそ『彼』に火を放ったんだ」

 そう弔いの炎だ。全てを浄化せんと願う彼の気持ち。
 敵であろうと。人間と魔物モンスターであろうと……それはきっと変わらない。
 マトは頬を掻きながらそっぽを向き、彼女は小さく頷く。

「……ありがとう、二人とも」

 そう言った彼女の目から、一筋のポロリと零れた涙は青く透き通っていた―――。

「あ、そう言えば」

 僕はさらなる追求をしなければならない。
 ……まだ終わっていないからだ。

「カンナ、君には
「んんっ!? ルイ、それはどういう事だよ!」

 僕の言葉に彼女は俯き、彼は驚く。

「それは、この森の秘密……君はそれも抱えて葬ろうとしているんだよね? しかも、たった一人で」
「……」
「な、何を言ってんだ!?」

 ……僕は辛抱強く待った。

 そして、彼女はついに顔を上げる。

「分かったわ。全て話す……ついてきて」

 そう言って、カンナは僕らに背を向けて歩きだした―――。

 

 
 


  

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