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1.前世が戻れば今世は消えし
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「大丈夫か」
「あー……はぁ」
心配そうな男の声に対し、曖昧に笑って頷く。
……僕、 田野中 瑠偉はこの人を知らないし、ここがどこなのかさえ分からない。
―――急に浮かび上がった意識。
嵐のように浮かんできた情景。
そして気が付けばなんか知らない部屋のベッドの上だ。
さらに覗き込んでいたのが『マト』と名乗る人物。
高校生である僕と同じ年頃に見える短髪。
あと黒ずくめに長いローブ羽織っている。
……オマケにやたらマッチョというか、筋骨隆々な男。
「もしかして俺の事、覚えてないのか?」
マッチョ男が、戸惑ったように口を開く。
……覚えてないってどういう事だろう。
もしかしてこの人僕の知り合い?
するとこれって。
記憶喪失?
……ええっと、確か。
僕は日本の高校生、カノジョ無し。
一人っ子でごく平凡な生活を送ってきた。
でも見ていると、この目の前の男は僕の事を知っているらしい。
「ご、ごめんなさい」
「……そうか」
マトは小さくため息をつくと、僕の欠けた記憶を話して聞かせてくれた。
―――ここは『トライフル』という国。
手っ取り早く言えば、剣と魔法が普通に存在している世界。
ゲームとかアニメ、ラノベ等に疎い僕でも何となく分かる。
魔法使いや勇者達が魔物や魔王に立ち向かう、そんなファンタジー世界。
そこで僕は、魔王討伐を目指す勇者ルイと呼ばれているらしい。
……なにもかもが意味不明。
新手のドッキリかタチの悪いイタズラかと思ったけど、彼の様子を見るとどうも違うらしい。
この部屋の家財や窓から見える景色、聞こえてくる音からも何となく分かった。
一度頭を整理させようと数秒目を閉じると、目の前の男に訊ねる。
「ええっと、マト……さん、貴方は魔法使いですか?」
「そうだぜ! それとマトでいいからな。俺とお前の仲だ」
「仲って、どういう?」
「そりゃお前」
さっきまで明るく笑っていたマトだったが、ふと真顔になって一言。
「恋人同士だぜ。俺達」
「へ?」
……こ、恋人ぉぉ!? 僕がっ、このマッチョな男と!?
思わず自身の身体を探って確かめる。
間違いない、僕も男だ。
「愛に性別なんて関係ねーだろ」
あっけらかんと言うマト。
僕は信じられない気持ちで見上げた。
……少しお調子者っぽいけど、すごくイケメン。
瞳はエメラルドグリーンで、優しげに細められている。
確かにさっきから距離が近い気がしていた。
恋人だと打ち明けてからは、更に顔がグッとこちらに寄ってきてほとんどキスする距離感だ。
「あ、あ、あの、マト?」
「ルイ。記憶が無くなっても愛してるぜ」
ああぁ、愛してる!?
……あっ、そうか。恋人だもんなぁ、って僕が彼の??
あーっ、もう頭がごちゃごちゃしてきたぞ。僕は一体何者で、どういう状況なんだ!
「……これはもしやアレだな」
「アレ?」
マトは深く頷いた。
「ここ数年、同じ事例があるんだ。前世の記憶が蘇ってきたっていうやつがな」
「ぜ、前世?」
もしかして田野中 瑠偉だったのは前世だったのか。
でも今の僕には今世である、ここでの記憶が無い。
「前世の記憶が蘇ると、今の記憶を失ってしまう……今のルイだな」
「まさか!」
思わず声を上げたが、確かにこれしか僕の状況を説明できるモノはない。
「心配いらねーよ。俺が守ってやるし、お前の剣の腕は例え記憶を失ってもきっと身体が覚えているって!」
「えぇぇぇぇ!?」
記憶喪失の前世は平凡な高校生の僕が、魔王討伐なんてできるんだろうか。
不安と心細さで視線を彷徨わせる。
「まぁ今日はゆっくり休めよな。……大丈夫、今度こそ守ってやるから」
そう言って、マトの顔が僕のそれに重なった。
「……おやすみ、俺の大事な人」
そんな呟きと共にチュッ、と軽い音と額に触れた唇の柔らかな感触が―――。
■□▪▫■□▫▪■□▪▫■
……数時間眠って起きたら真夜中だった。
部屋は真っ暗。
恐怖に思わずベッドの隣を手探りすると、何やら手に当たる。
「あっ」
ハッとする程に暖かいその手は僕の腕を、するりと撫でて柔らかく掴む。
……逞しくて大きな手。その先にある身体も、ベッドに対して少し窮屈そうだ。
そう言えば眠る前、やけに広いベッドだと思っていたがダブルベッドだったらしい。
「マト」
彼は記憶を失った僕を心配こそすれ、責めたりガッカリしたりしなかった。
それに眠りに落ちる前の言葉―――。
『今度こそ守ってやる』なんて。
なんだかお姫様にでもなった気分。
可笑しいな、僕は男で勇者らしいのに。
……ふと胸の鼓動が早まって、首から上が熱くなってくる。
手を伸ばしながらも眠っている彼の胸元にこっそり擦り寄ってみた。
不思議な事になんの嫌悪感も違和感もない。僕は本当に彼の……その……恋人なんだろうか。
記憶がないままに、ゲイになっちゃったのは正直複雑な心境だ。
でも。すごく温かい。彼の高い体温と、心地よい心臓の音が僕のそれと重なるみたいだ。
……それにさっきキスされたっけ、額だけど。
どうやら僕達は恋人らしいし、今ならやり返しても恥ずかしくない。
でも、どうしても背の高い彼の額に届かない。
だから精一杯身体を伸ばした先が、滑らか頬。
なるべく静かな音で、啄むようなキスを落とす。
「……んー」
「!」
一瞬、彼が身動ぎしたように思えたが寝ぼけの一種らしい。
再びスヤスヤと寝息を立て始める。
それに安心して、僕は再び重くなってきた瞼を閉じた―――。
「あー……はぁ」
心配そうな男の声に対し、曖昧に笑って頷く。
……僕、 田野中 瑠偉はこの人を知らないし、ここがどこなのかさえ分からない。
―――急に浮かび上がった意識。
嵐のように浮かんできた情景。
そして気が付けばなんか知らない部屋のベッドの上だ。
さらに覗き込んでいたのが『マト』と名乗る人物。
高校生である僕と同じ年頃に見える短髪。
あと黒ずくめに長いローブ羽織っている。
……オマケにやたらマッチョというか、筋骨隆々な男。
「もしかして俺の事、覚えてないのか?」
マッチョ男が、戸惑ったように口を開く。
……覚えてないってどういう事だろう。
もしかしてこの人僕の知り合い?
するとこれって。
記憶喪失?
……ええっと、確か。
僕は日本の高校生、カノジョ無し。
一人っ子でごく平凡な生活を送ってきた。
でも見ていると、この目の前の男は僕の事を知っているらしい。
「ご、ごめんなさい」
「……そうか」
マトは小さくため息をつくと、僕の欠けた記憶を話して聞かせてくれた。
―――ここは『トライフル』という国。
手っ取り早く言えば、剣と魔法が普通に存在している世界。
ゲームとかアニメ、ラノベ等に疎い僕でも何となく分かる。
魔法使いや勇者達が魔物や魔王に立ち向かう、そんなファンタジー世界。
そこで僕は、魔王討伐を目指す勇者ルイと呼ばれているらしい。
……なにもかもが意味不明。
新手のドッキリかタチの悪いイタズラかと思ったけど、彼の様子を見るとどうも違うらしい。
この部屋の家財や窓から見える景色、聞こえてくる音からも何となく分かった。
一度頭を整理させようと数秒目を閉じると、目の前の男に訊ねる。
「ええっと、マト……さん、貴方は魔法使いですか?」
「そうだぜ! それとマトでいいからな。俺とお前の仲だ」
「仲って、どういう?」
「そりゃお前」
さっきまで明るく笑っていたマトだったが、ふと真顔になって一言。
「恋人同士だぜ。俺達」
「へ?」
……こ、恋人ぉぉ!? 僕がっ、このマッチョな男と!?
思わず自身の身体を探って確かめる。
間違いない、僕も男だ。
「愛に性別なんて関係ねーだろ」
あっけらかんと言うマト。
僕は信じられない気持ちで見上げた。
……少しお調子者っぽいけど、すごくイケメン。
瞳はエメラルドグリーンで、優しげに細められている。
確かにさっきから距離が近い気がしていた。
恋人だと打ち明けてからは、更に顔がグッとこちらに寄ってきてほとんどキスする距離感だ。
「あ、あ、あの、マト?」
「ルイ。記憶が無くなっても愛してるぜ」
ああぁ、愛してる!?
……あっ、そうか。恋人だもんなぁ、って僕が彼の??
あーっ、もう頭がごちゃごちゃしてきたぞ。僕は一体何者で、どういう状況なんだ!
「……これはもしやアレだな」
「アレ?」
マトは深く頷いた。
「ここ数年、同じ事例があるんだ。前世の記憶が蘇ってきたっていうやつがな」
「ぜ、前世?」
もしかして田野中 瑠偉だったのは前世だったのか。
でも今の僕には今世である、ここでの記憶が無い。
「前世の記憶が蘇ると、今の記憶を失ってしまう……今のルイだな」
「まさか!」
思わず声を上げたが、確かにこれしか僕の状況を説明できるモノはない。
「心配いらねーよ。俺が守ってやるし、お前の剣の腕は例え記憶を失ってもきっと身体が覚えているって!」
「えぇぇぇぇ!?」
記憶喪失の前世は平凡な高校生の僕が、魔王討伐なんてできるんだろうか。
不安と心細さで視線を彷徨わせる。
「まぁ今日はゆっくり休めよな。……大丈夫、今度こそ守ってやるから」
そう言って、マトの顔が僕のそれに重なった。
「……おやすみ、俺の大事な人」
そんな呟きと共にチュッ、と軽い音と額に触れた唇の柔らかな感触が―――。
■□▪▫■□▫▪■□▪▫■
……数時間眠って起きたら真夜中だった。
部屋は真っ暗。
恐怖に思わずベッドの隣を手探りすると、何やら手に当たる。
「あっ」
ハッとする程に暖かいその手は僕の腕を、するりと撫でて柔らかく掴む。
……逞しくて大きな手。その先にある身体も、ベッドに対して少し窮屈そうだ。
そう言えば眠る前、やけに広いベッドだと思っていたがダブルベッドだったらしい。
「マト」
彼は記憶を失った僕を心配こそすれ、責めたりガッカリしたりしなかった。
それに眠りに落ちる前の言葉―――。
『今度こそ守ってやる』なんて。
なんだかお姫様にでもなった気分。
可笑しいな、僕は男で勇者らしいのに。
……ふと胸の鼓動が早まって、首から上が熱くなってくる。
手を伸ばしながらも眠っている彼の胸元にこっそり擦り寄ってみた。
不思議な事になんの嫌悪感も違和感もない。僕は本当に彼の……その……恋人なんだろうか。
記憶がないままに、ゲイになっちゃったのは正直複雑な心境だ。
でも。すごく温かい。彼の高い体温と、心地よい心臓の音が僕のそれと重なるみたいだ。
……それにさっきキスされたっけ、額だけど。
どうやら僕達は恋人らしいし、今ならやり返しても恥ずかしくない。
でも、どうしても背の高い彼の額に届かない。
だから精一杯身体を伸ばした先が、滑らか頬。
なるべく静かな音で、啄むようなキスを落とす。
「……んー」
「!」
一瞬、彼が身動ぎしたように思えたが寝ぼけの一種らしい。
再びスヤスヤと寝息を立て始める。
それに安心して、僕は再び重くなってきた瞼を閉じた―――。
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