Ωですがなにか

田中 乃那加

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人は成長するといいますが3

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「ほんとごめんね、暁歩君」
「いや良いんです」

 すっかり酔い潰れてしまった香乃の肩を支えながら、エリカさんが申し訳なさそうに言う。

「この子がここまで酔うなんて。よっぽど楽しかったのね、連絡くれてありがとう」

 たしかに珍しいかも。僕よりずっとお酒に強いはずだし。

「でも私も暁歩君の顔が見れてよかった。元気そうで安心したわ」
「エリカさんこそ、香乃から色々聞いてましたけど」

 そう言うと彼女は笑いながら肩をすくめる。

「どんな噂されてるのかだいたい想像つくけどね。そしえ心当たりありすぎて何にも言えないっていう」
「あはは。惚気ばっかりですよ。仲良さそうで羨ましいな」

 お世辞抜きにそう思う。結婚こそしてないけど、お互いをちゃんと想い合ったパートナーって感じ。
 きっとここまでくるのに二人だけの時間を沢山過ごしたんだろうな。それが何より羨ましかったりする。

「暁歩君はどうなの」
「仕事ですか。まあそれなりに――」
「違う違う、プライベートの方。特に恋愛」
「恋愛ですか」

 香乃としたのと同じ話題。やっぱり気にしてくれてるんだろうな。
 僕の情けない失恋なんてこの二人にはお見通しってことか。
 なんか変にぼかして隠すのも面倒くさくなってきた。

「正直……まだ無理かなって」

 彼女は静かにうなずく。

「愛してたのね」
「愛、かどうかは分かりません。でもまだ彼意外の人と恋愛なんて考えられないくらいには引きずってます」
「そう」
「あんな姿を見られて恥ずかしくて死にそうなのに、でも本当は会いたくて仕方なかった」
「……」
「馬鹿ですよね。自分から連絡して拒絶されるのが怖くて、それも出来ない」

 あの日、予想外のヒートが来なかったら。僕はまだ友達として凪由斗の隣にいられたかな。
 いや違う。きっといつかは気づいて耐えられなくなる。

 彼がΩ男性を抱かないって事実に苦しむんだ。
 それに比べたらマシだと思わなきゃ、やってられない。

「ふふ、
「え?」
「じゃあね」
「ちょ、どういう意味――」

 問いかけようにもさっさと運転席のドアをあけた。

「エリカさん?」
「聞いたでしょ、貴方たち二人ともお似合いのバカップルだわ」

 だから意味が分からないと口を開きかけた時だった。

「……暁歩」
「!?!?!?」

 車の影からそっと出てきた人物に、僕の頭は一瞬でパニックになる。

「な、凪由斗」

 嘘でしょ、なんで彼が。でも驚いたのはそれだけじゃない。

「髪の毛……それ……」

 目立つような赤い髪がすっかり変わってる。地毛なんだろう、日本人にしては明るめの茶色い髪。襟足も長かったのがスッキリしていて、ヤンチャ感がなくなったというか。
 大人の男って感じ。

「アホの暁歩」

 でも彼の口から出てくるのは、あのムカつく呼び方で。

「アホっていうな、バカ凪由斗」

 もう目から溢れそうな涙を咄嗟に下向いて隠しつつ、僕は精一杯の憎まれ口を叩く。

「こっち見ろよ」
「やだ」

 見たらバレるじゃん、情けなく泣いてるのが。

「暁歩」
「や、だ」

 ああもう、ぐちゃぐちゃだよ。嬉しいんだか苦しいんだか。
 期待しちゃってる自分が恥ずかしくて。

「アンタ達」

 車の窓が空いて、車内にいる香乃が顔を覗かせていた。
 いや酔いつぶれてたんじゃないの、それにしては元気そうなんだけど。

「あとでノロケ話でも聞かせなさい、じゃあね!」

 彼女がそう言うと車はゆっくり発進。
 あとに残されたのは僕と凪由斗と、何ともいえない空気だけだった。

「おい行くぞ」
「ん」

 どこへ、とか。なんで、とか聞かなかった。
 そんな事考える余裕もなくに愕然としてたから。

 ――まさかさっきの聞かれてた!?

 自分がさっきエリカさんに対して語ってた事が頭の中をリピートされていく。

「来い」

 僕が固まってるいてもお構い無しで、腕を掴まれる。

「痛い!」

 乱暴なそれに思わず声をあげると彼の動きが止まった。そして。

「ごめん」

 そうつぶやくと手を離す。
 
「あっ」

 彼を傷付けたんだって悲しかったし、すごく寂しかった。でも意気地無しで意地っ張りな僕は何も言えない。

「手、貸せよ。痛くしないから」

 思い詰めたような、苦しそうな声。恐る恐る手を差し出した。

「いいのか」

 僕の方こそ良いのだろうか。この手をとってしまって。
 でも優しく握りこまれた体温をもう手放すなんて出来そうにない。

「暁歩、俺は今からお前を連れていくぞ」
「……」
「大体のことはをつけた、でもまだ問題はたくさん残ってる」
「……」
「本当ならすべてを終わらせて、俺が暁歩を完全に守り切れるまで我慢しようって思ってた。そうじゃなきゃ、乗り越えられないって」
「……」
「でもダメだ。もしお前が他のやつの所にいったらって思うと狂いそうになる」
「そんなこと……」
「GPSつけたり興信所に尾行させたり、家を張り込んだりしたけどそれでも不安は――」
「ちょっ、ストップストップ!! 待って、今なんて言った!?!?」

 GPS? 興信所? 張り込み? いやいやいや、そんなことしてたの!?

「不安だからな」
「だからって何してんの! ていうか気づかなかった」

 あれ、もしかしてこれ僕の方もたいがいマヌケなのでは。
 思いがけないカミングアウトに唖然としつつも、なんだか少し笑えてきた。

「なんだ、僕だけじゃなかったんだ」
「なに笑ってやがる」

 ムッとした彼の手を握り返す。

「僕も会いたかったよ、凪由斗」

 僕も意地っ張りだけど彼も相当なものだ。
 だからこそ今だけ素直になってもいいのかもしれない。

「……俺の方が会いたかったんだぞ」

 負けず嫌いで少し意地悪な彼はそう言って、僕の頬にキスをした。




 





 


 


 


 
 
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