Ωですがなにか

田中 乃那加

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名乗る以上のものですが

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 ――今日は朝から天気も良くて気分もいいな。
 
 学校最寄りの駅から歩きながら、空を見上げる。
 普段はバスを使うけどこんなに晴れてるのにもったいなくなっちゃった。時間もあるし、たまには徒歩で行くことにしたわけだ。

「ふぅ」

 なんか最近少しイライラする事があったせいか、こういうのも気分転換になるよな。
 それにしても本当に、あの男には腹が立つ。

 別に偏見があるのもΩ男が嫌いなのも良いよ。個人の自由だし。
 でもそれを本人目の前にして言える神経がわかんない。
 響介さんの事がなかったら、僕だってαは傲慢で嫌なヤツらばかりだって思っちゃうだろ。

 それ良くないと思うんだよなぁ。
 って、こんな日に嫌なこと思い出すなんて。もう忘れよう、あのクソ野郎の事なんて。

 そうすりゃ今日はきっといい日――。

「おい」

 …………撤回。今日は最低最悪な日だ。

「おい。無視するなんざ、いい度胸してんな」
「チッ」

 思わず舌打ちが出るくらい嫌な再会。
 あの凪由斗とかいうクズ男が目の前にいたからだ。

「今、舌打ちしやがっただろ」
「シテマセンケド」
「嘘つけ、目ぇそらしてんじゃねぇよ。あからさまに嫌な顔しやがって」

 当たり前だろ。ていうか、なんでこんなとこにいるんだ。
 もう会話すらかわしたくなくて避けて行こうとした時。

「あっ、暁歩ちゃん!」
「響介さん」

 笑顔で駆け寄ってくる彼は、やっぱり爽やかだしイケメンだった。

「ごめんね。俺が暁歩ちゃん探してたから」
「僕を、ですか?」
「うん」

 響介さんは少し躊躇うように間を開けてから。

「連絡先、教えてもらおうと思って」
「えっ」
「あと暁歩ちゃんのこと、もっと知りたい」
「ええっ!?」

 彼が、僕のこと? いやいや、普通に考えて理由が分からないんだけど。

「あ、あの僕……」
「ダメ?」

 なんでそんなショボンとした顔するんだよ。タダでさえαだしイケメンだしで、仲良くしたがる人なんて引く手あまただろうに。
 
 ていうか今すごく僕目立ってない!? そりゃそうだよな。キラキラオーラのα様に冴えない男のΩなんて組み合わせ、普通に振り返りたくなるよね。
 
 一刻も早くここから去りたくて及び腰になってる僕に関わらず、響介さんはグイグイ距離を詰めてくる。

「暁歩ちゃんはあの居酒屋でいつもバイトしてるの?」
「えっ、あ、あの。週末だけ……実家なんで」
「ご実家なんだ? じゃあそこに行けば暁歩ちゃんに会えるんだね」
「えぇ……」

 なにこれ、少し怖い。僕のそんなドン引き具合にさすがに気付いたのか。

「あ、ごめん。オレ、暁歩ちゃんと仲良くなりたくて」
「そんなこと言われても……」

 ほとんど会ったことない人だよ。でも彼は、ニッコリ笑って。

「暁歩ちゃんがオレたちのこと怒ってくれた時、すごく感動したし尊敬したんだ」

 ええっと。僕、別に尊敬されるような事言ってないような。むしろ居酒屋店員として最低な接客しただけなんだけど。
 客にキレるっていうね。

「とにかくLINE交換から、ダメかな?」
「ええっと」

 周りの視線が、痛い。こころなしかヒソヒソされてる気すらする。
 さすがに僕がΩだってバレてないと思う (思いたい)んだけど。だとしても所々聞こえてくるのが。

『ちょっとあれ、久遠君と南雲君じゃないの。ほら、二年の』
『あっ、ほんとだ!』
『てかなんでここにいるのよ』
『いや、それよりあそこにいるの誰? 短大に男の子いたっけ』
『もしかして……』

 なんてこの二人、めちゃくちゃ有名人じゃないか! 道理でさっきから何度も見られてたわけだ。
 こりゃもう逃げるしか。

「おい」
「!」

 横から頭を掴まれて声にならない悲鳴をあげる。

「お前。名前を教えろ」
「は、はぁ!? ……い、いででででっ!!!」

 名前って、今更でしょ。だけど今度は逃がさないとばかりにヘッドロックかましてきて。

「名前」
「ンなもんっ、響介さんから聞いてるでしょ!? 離せっ、この暴力クズ男!!!」
「うるせぇな。お前から名乗らせなきゃ意味ねぇだろ」

 なんの意味だよ! っていうか、この人ガチで絞めてくるんだけど!? 普通に痛いし熱いし……って、いくら僕が嗅覚鈍感でもさすがにこの距離でαに近づくのはマズイんじゃ。だいたい、このクズ男は抑制剤飲んでないって言ってたし。

「俺のプライドに関わる」
「しらないよ!!」

 そんなこと言ったら僕だってプライドがあるからな!
 ぜーったいに、このクズ男に名前なんて教えてやらない。

「君に名乗る名前なんてないからなっ!」
「……」

 あ、さすがに激怒されて殴られパターンかと一瞬身構えたけど。

「面白い奴だな、お前」
「!」

 ニヤリと笑った顔を見て、なんか殴られるより面倒で最悪な状況になったような気がした。






 ※※※


「で、SOSを出してきたと」
「うん」

 呆れ返った香乃の前で僕は項垂れた。

「よしよし、怖かったね。暁歩」
「奈々ぁ~!」

 抱きしめて頭を撫でてくれるもう一人の友達に少し涙が出そうに。
 
「確かにあっちが圧倒的に悪いしクズだけど、暁歩も意地になりすぎ」
「だって……」

 香乃の言うことが一理も二理もある。ついついムキになったよ。でもジタバタ暴れて逃げたら、そのままダッシュで追いかけてくるなんて思わないだろ! 

「大学内追い掛けごっこなんて。ちょっとしたエンタメになってたよね、ありゃ」
「うぅ、恥ずかしい……」

 好きでやってたワケじゃないよ。でもガチで怖かったんだからな。

「向こうはめちゃくちゃ笑ってたけど」
「くっ、ムカつく」

 どーせ僕をバカにしてるんだろ、あの性格最悪なクソαは。
 最終的には響介さんがあいつに飛び蹴りしてくれて、ようやくおさまったみたい。
 それでようやく周りの注目に晒されてる事に気づいて、半泣きで二人に助けを求めたわけ。

「大学部の人達はここには入れないから大丈夫だよ」

 奈々がまた頭を撫でてくれる。
 そう。今いるのはピアノ練習室で、基本的には保育科の生徒しか入れない。ピアノのある個室がいくつもあって、防音バッチリの安心出来る場所だ。

「それにしても。面倒なのに気に入られちゃったねぇ」
「気に入られてなんかないもん」

 香乃の言葉に反論する。
 気に入られるどころか、嫌われて嫌がらせされてるんだけど? 

「大学生のくせにいじめしやがって……」
「まあ、αはプライド高いのも多いからね」

 香乃が腕を組み、ため息まじりで言う。

「あんなの高いってレベルじゃない、エベレスト級だよ!」
「暁歩、あんたは意地になりすぎ」
「うっ」

 耳が痛い。でもどうしたって我慢出来なかったんだ。
 多分、僕がΩでなくても怒ってたと思う。それくらい、酷い発言だったんだ。

「でもそれも一つの価値観として存在するのは確かだからね?」
「……」
「そりゃあね。アタシも大事な友達がボロくそに言われてムカつくし、個人的にお礼参りに特攻したいくらいにキレてるよ」
「お、お礼参り?」
「でも。それでさらに暁歩が、何にも知らない周囲のアホどもの好奇の目に晒されるのも我慢出来ないワケよ」
「香乃……」
「だからね」

 彼女も僕をゆっくり抱きしめる。

「今みたいにちゃんと、アタシらに助けを求めなさい」
「そうだよ、暁歩」
「~~~っ!!!」

 二人の優しさに僕の涙腺は決壊した。
 
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