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2.失恋とゴリラのドラミング
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本日も平穏な日であった。
「ふぅ……」
譲治は学校の玄関で、人知れず安堵のため息をつく。
―――学校で妙な噂を聞きつけた六兎が、噂の出処を突き止めようと学校を無理やり早退する事もなかったし、『依頼』と称して数多くいる彼の仲間が彼にまとわりつくことも少なかった。
……六道 六兎にはその性格の特殊さ故か、妙な輩に好かれることが多い。
譲治に言わせると、彼らの殆どが『カタギじゃなさそうな人』『厨二病』『変態』『異常者』『サイコパス』『メンヘラ』『偏った天才』のどれかに当てはまる。
今朝のひったくり犯といい、六兎は捕まえた犯人を警察に突き出すことはしない。
そもそもその後に興味はないのだ。
しかし犯人や関係者達を『人材』と呼び重宝することもある。
彼らとしても通報せずに見逃してくれたこの高校生素人探偵を『六道先生』と呼び慕うというなんとも奇妙な事になってしまう。
譲治としてはほとほと理解出来ない世界であるが、彼らからも大事な想い人を守る使命感がメラメラと燃え上がるのは仕方の無いことだ。
「譲治、どうした。腹でも痛むのか」
拳を固め気合いを入れ直していた彼の気も知らずか、六兎がのんびりと訊ねる。
(痛むのは腹じゃなくてな……)
胸の方だぜ。と内心呟きながらも軽く手を振って否定する。
自分を心配する言葉に喜びを噛み締めながら。
「いや、大丈夫だ。今日は真っ直ぐ帰るか?」
そう言えばこの前、六兎が気になる書籍があると言っていたな……と譲治は考える。
(件の商店街の古本屋か、それとも新しく駅前に出来た大型書店か……ああ。出来れば後者がいいな。古本屋にひったくり野郎がいたらマズイ。元々こいつに妙な色目使いやがって気に食わないヤツだったぜ)
「いや、これから行くところがあるんだ」
「ほぅ。どこだ」
(やっぱり書店か?)
「あー、言い難いんだが……」
「ん?」
(さては商店街の古本屋か)
「あのな」
「なんだよ」
(まさかまた変な噂やニュース耳にしたのか!?)
珍しく言い淀む六兎に、じりじりとしながら譲治は色んな最悪の想定を頭の中に重ねていく。
(これからどこかの廃墟に行くとか? また『仲間』からの依頼で夜の学校や工場にでも忍び込むか……あ、まさか。女性ばかり狙う不審者を張り込みで捕まえようってか!? )
今まで彼は散々な目に合ってきたのだ。
町外れの廃屋へ肝試しに行こうと言われた夏には、中に潜んでいた殺人犯に追いかけ回された挙句建物ごと焼き殺されそうになるわ。
ストーカーを捕まえるために協力したら、ストーカーが量産されて数人の頭おかしい女達に包丁片手に迫られたり。
(迷い猫探しで死体見つけて、犯人扱いされたのはまぁマシな方だったかな)
……挙げればキリがないのである。
「六兎、お前と俺の仲だろ。少々の事じゃ驚かねぇよ」
多少の覚悟を胸に、彼の肩を叩きながら譲治が言えば。
「そうだな。さすが親友」
と悪い笑みを浮かべる、彼のイカれた想い人。
(くそ、可愛い過ぎんだろ! ……ぶち犯してやろうか。この野郎)
彼は紳士である。見た目はどちらかと言えば美形ゴリラであるが、その内面は優しい男だ。
腹の底でそんな事を呟いていても、実際はこの想いすら長年伝えられない。よしんば伝えたとしても、大切にこの恋を育もうと決めているのた
「あのさ。僕……」
「お、おぅ」
(な、なんだよ……改まって。っていうか! 心なしかうっすら赤面してねぇか!?)
上目遣いのうっすら頬を赤らめる美少年。硬派な譲治の心臓は高鳴る。さながらゴリラのドラミングだ。
「僕……」
「あ、ああ」
(遂に来るか……おれの十数年の片想いが実る時がッ!)
カッと目を見開き拳を固める姿はまるで戦場の荒武者のようだ、と通りすがりの生徒達は後に語る。
「実は……」
「お、おぅ!」
はにかむような笑みを浮かべ、目線を逸らして六兎は小さな声で言った。
「カノジョが出来たんだ」
「……は?」
(カノジョ? 彼女? どっちと言うとこいつがカノジョ的ボジションじゃねぇのか?)
「恋人がな」
「こ、恋人……えっ? え、マジで……」
期待と高揚から混乱、絶望まで。ものの数秒だっただろう。
ガクリ、と膝をついた逞しい男に六兎は目を見開き慌てて駆け寄る。
「譲治!? どうした、貧血か?」
「い、いや……大丈夫、だ……うん……」
手を伸ばし、肩を貸そうとしてくれる想い人を譲治は複雑な気分で眺めていた。
(え。こいつすげぇ優しいじゃん。でもカノジョできた? うそ……マジで? 俺、泣きそうなんだけど……)
「ゴリラ性貧血ってやつか?」
「だれがゴリラだ」
失恋の上に、相手からゴリラ呼ばわりされる男。譲治は本日で一番深いため息をついた。
「ふぅ……」
譲治は学校の玄関で、人知れず安堵のため息をつく。
―――学校で妙な噂を聞きつけた六兎が、噂の出処を突き止めようと学校を無理やり早退する事もなかったし、『依頼』と称して数多くいる彼の仲間が彼にまとわりつくことも少なかった。
……六道 六兎にはその性格の特殊さ故か、妙な輩に好かれることが多い。
譲治に言わせると、彼らの殆どが『カタギじゃなさそうな人』『厨二病』『変態』『異常者』『サイコパス』『メンヘラ』『偏った天才』のどれかに当てはまる。
今朝のひったくり犯といい、六兎は捕まえた犯人を警察に突き出すことはしない。
そもそもその後に興味はないのだ。
しかし犯人や関係者達を『人材』と呼び重宝することもある。
彼らとしても通報せずに見逃してくれたこの高校生素人探偵を『六道先生』と呼び慕うというなんとも奇妙な事になってしまう。
譲治としてはほとほと理解出来ない世界であるが、彼らからも大事な想い人を守る使命感がメラメラと燃え上がるのは仕方の無いことだ。
「譲治、どうした。腹でも痛むのか」
拳を固め気合いを入れ直していた彼の気も知らずか、六兎がのんびりと訊ねる。
(痛むのは腹じゃなくてな……)
胸の方だぜ。と内心呟きながらも軽く手を振って否定する。
自分を心配する言葉に喜びを噛み締めながら。
「いや、大丈夫だ。今日は真っ直ぐ帰るか?」
そう言えばこの前、六兎が気になる書籍があると言っていたな……と譲治は考える。
(件の商店街の古本屋か、それとも新しく駅前に出来た大型書店か……ああ。出来れば後者がいいな。古本屋にひったくり野郎がいたらマズイ。元々こいつに妙な色目使いやがって気に食わないヤツだったぜ)
「いや、これから行くところがあるんだ」
「ほぅ。どこだ」
(やっぱり書店か?)
「あー、言い難いんだが……」
「ん?」
(さては商店街の古本屋か)
「あのな」
「なんだよ」
(まさかまた変な噂やニュース耳にしたのか!?)
珍しく言い淀む六兎に、じりじりとしながら譲治は色んな最悪の想定を頭の中に重ねていく。
(これからどこかの廃墟に行くとか? また『仲間』からの依頼で夜の学校や工場にでも忍び込むか……あ、まさか。女性ばかり狙う不審者を張り込みで捕まえようってか!? )
今まで彼は散々な目に合ってきたのだ。
町外れの廃屋へ肝試しに行こうと言われた夏には、中に潜んでいた殺人犯に追いかけ回された挙句建物ごと焼き殺されそうになるわ。
ストーカーを捕まえるために協力したら、ストーカーが量産されて数人の頭おかしい女達に包丁片手に迫られたり。
(迷い猫探しで死体見つけて、犯人扱いされたのはまぁマシな方だったかな)
……挙げればキリがないのである。
「六兎、お前と俺の仲だろ。少々の事じゃ驚かねぇよ」
多少の覚悟を胸に、彼の肩を叩きながら譲治が言えば。
「そうだな。さすが親友」
と悪い笑みを浮かべる、彼のイカれた想い人。
(くそ、可愛い過ぎんだろ! ……ぶち犯してやろうか。この野郎)
彼は紳士である。見た目はどちらかと言えば美形ゴリラであるが、その内面は優しい男だ。
腹の底でそんな事を呟いていても、実際はこの想いすら長年伝えられない。よしんば伝えたとしても、大切にこの恋を育もうと決めているのた
「あのさ。僕……」
「お、おぅ」
(な、なんだよ……改まって。っていうか! 心なしかうっすら赤面してねぇか!?)
上目遣いのうっすら頬を赤らめる美少年。硬派な譲治の心臓は高鳴る。さながらゴリラのドラミングだ。
「僕……」
「あ、ああ」
(遂に来るか……おれの十数年の片想いが実る時がッ!)
カッと目を見開き拳を固める姿はまるで戦場の荒武者のようだ、と通りすがりの生徒達は後に語る。
「実は……」
「お、おぅ!」
はにかむような笑みを浮かべ、目線を逸らして六兎は小さな声で言った。
「カノジョが出来たんだ」
「……は?」
(カノジョ? 彼女? どっちと言うとこいつがカノジョ的ボジションじゃねぇのか?)
「恋人がな」
「こ、恋人……えっ? え、マジで……」
期待と高揚から混乱、絶望まで。ものの数秒だっただろう。
ガクリ、と膝をついた逞しい男に六兎は目を見開き慌てて駆け寄る。
「譲治!? どうした、貧血か?」
「い、いや……大丈夫、だ……うん……」
手を伸ばし、肩を貸そうとしてくれる想い人を譲治は複雑な気分で眺めていた。
(え。こいつすげぇ優しいじゃん。でもカノジョできた? うそ……マジで? 俺、泣きそうなんだけど……)
「ゴリラ性貧血ってやつか?」
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