鬼村という作家

篠崎マーティ

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三十二話「被写体」

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 鬼村が怪談イベントに出る事になった折、作品グッズと一緒に本人のチェキを売ろうという話になった。
 安易な発想ではあるが、なにせ流行っているのだから一度くらいは試したい。鬼村のファンは若い層も多いので、一緒に撮ったチェキはいい思い出になると思ったのだ。
「ああ、だめだめ」だのに鬼村は醜く顔を顰めて私の提案を一蹴した。
 正直驚きはない。彼女は写真好きなタイプじゃない。自撮りをする事も一切ないし、唯一見た事がある彼女の写真は、解体中のおばあ様の家とのツーショットだけである。
 だが、鬼村が断ったのは単純に写真に写りたくないという理由だけではなかった。
「何写るか分かったもんじゃないもん」鬼村は面倒くさそうに唸った。
「えー、いくらなんでもそんなバチバチ心霊写真は撮れないでしょう?」
 事実、テレビ番組に出たり対談で写真を撮られたりした事だってあるが、変なモノは写らなかった。怪奇現象が起きる事もままあるものの、彼女は普通に被写体として満足な働きをしていたはずだ。
 だが鬼村は頑なだった。
「まあまあ」私は持参したチェキ機を鬼村に見せ、レンズを向けた。「大丈夫ですって。ね? ほら」
 むくれた四十女の顔がフラッシュの中に白く浮かび上がる。すぐにチェキが吐き出され、私はそれを覗き込んだ。
 私が写っていた。
「は」
 チェキ機を構えているせいで顔は写っていないが、間違いなく私だ。
 まるで二人でカメラを向けて撮り合ったような写真。こんなの不可能だ。何もかも、道理が通らない。
 固まる私を見、鬼村はひょいとチェキを覗き込んだ。
「ほらねえ?」
 心霊写真くらいなら、可愛いもんだよ。
 独り言のように「随分時空歪んだねえ」と呟きながら私の手からチェキを奪った鬼村は、チェキを食べそうな程口を近づけ聞き取れない程小さな声で何かを囁いた。
「……はい、もう良いよ」
 鬼村に返されたチェキを見ると、そこにはただでさえブサイクな顔を更にブサイクに歪めている嫌悪感丸出しの鬼村が写っていた。
「これでもやるってんなら、一枚一万円にしてもらうからね」
 言われなくても、チェキは無しである。
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