鬼村という作家

篠崎マーティ

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七話「シミ」

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 以前にも書いたが、鬼村の家はかなり古い。床は軋むしぐにゃりと沈み込む場所まであるうえ、年季の入った汚れがそこかしこにこびりつき、最早模様の一部と化している有様だった。
 そんな数ある鬼村家の汚れの中で一際気になってしまうのが、寝室の天井のシミだった。
 点が三つあると人の顔に見えるなんとか現象のせいか、それはハッキリと人の顔に……それもお約束とばかりに苦悶の顔に見えるのである。一体なんのシミ汚れなのか分からないが、今にも悲鳴を上げだしそうなそのシミが不気味で、鬼村はよくもこんな部屋で寝れたものだと常々感心していた。
「ただのシミだよ」
 鬼村は決まって、涼しい顔でそう言う。
 それから暫く、彼女の寝室に入る用事はなかった。
 私が再びその部屋に入ったのは二か月後の事だった。鬼村がどうしても起きてこなかったのだ。部屋に入り、そう言えばと天井を見やると、不思議な事にシミはどこにあったのか分からないくらい跡形もなく消えていた。よもや見間違いだったのだろうか。否、そんなはずはない。きっと新たな汚れに巻き込まれたか、可能性は低いが鬼村が掃除でもしたのに違いない。そうでなければあんな年季のはいったようなシミが綺麗さっぱり消え失せることなどあり得ないので、ここはもう、そう言う事にしておく。
「先生、もうお昼ですよ。打ち合わせって言ったのに」
 部屋に入るたびに頭上からじっとり降って来ていた視線がなくなり、心なしホっとした気持ちで鬼村をゆすり起こす。
 暫く唸ったり身を捩ったりとぐずぐずしてから、ようやく鬼村は掛け布団をずらして布団の要塞から顔を出した。
 右の頬骨の辺りに、あの顔のシミが浮かんでいた。
 固まる私に気づいた鬼村は、知ってか知らずか涼しい顔でこう言った。
「ただのシミだよ」
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