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16.災い転じて福となす???
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「グルルルル」
三階層に出てくるはずのない魔物が幸隆に向けて牙を剥く。
低い唸り声。
逆立つ白い毛。
床を削る鋭利な爪。
大型犬よりも尚大きい白い狼が息を呑む獲物に飛び掛かる。
「はっや!」
喉元目掛けてその大きく開いた口からなんとか身を躱した。
ゴブリンなど比較にならない、四足獣の持つとんでもない初速。
高い位置の喉を狙ってきたために何とか避けることに成功したが、これが脚を狙ったものだったら避けることは叶わなかっただろう。
それほどまでにゴブリンとの格の差を幸隆はその肌で感じた。
「獣相手に逃げ切るなんて現実的じゃないわな」
脚で敵わず、鼻で追われる。
被捕食者は天敵である捕食者から逃れることはできない。
ならば、立場を否定するしか生き延びる道はない。
「こいよ。一匹オオカミ。この言葉の意味を教えてやる」
逃げられないなら立ち向かうのみ。
幸いなことに敵は一匹。
勝てない相手ではないと信じ、強い意志を乗せた眼で狼を見据える。
その意思を野生の勘で感じ取ったのか、狼は追撃を堪え様子を伺い始めた。
「今度はこっちのターンだよな!」
幸隆は狼へと駆ける。
狼ほどではなくとも、一般人からはかけ離れ始めたその速度。
しかし、狼にとって見れば十分に対処が可能な速度に過ぎなかった。
「チッ……」
簡単に蹴りを避けられた幸隆は舌打ちを鳴らした。
大きな動作で隙の生まれた幸隆に狼が再び飛び掛かる。
今度は急所である喉ではなく、脚へ。
太ももを狙った咬合を後ろへと転がり寸のところで避ける。
だが、態勢を崩して転がった獲物を狼が逃すことは無い。
低い位置に下がった喉を狙った追撃。
幸隆の視界が狼の赤い口腔に埋め尽くされ、白い牙が迫る。
「こなくそ!!」
「ギャンッ」
迫る顔面の横っ面を思いっきり殴り倒す。
数十キロはありそうなその体躯が殴り飛ばされた。
「……俺の力も大分探索者に染まってきたんじゃないか?」
無意識で反応できたことに安堵し、ゴブリンよりも重い獣の体が吹き飛ぶ光景にいよいよ人間離れしてきたと幸隆は自覚する。
「……グルル」
いいパンチをもらった狼は何とか立ち上がるもふらついていてその姿は弱弱しい。
幸隆はチャンスを逃さないために、考える前に追撃をかける。
足元の覚束ない敵目掛けて足を振りかぶり、蹴りが見舞う。
ふらつきながらもこちらの攻撃を避けようとしたためにミートを外すも手応えは感じた。
止めにもう一撃を叩きこもうとしたその時、追い詰められた狼は死に物狂いで反撃を仕掛けてきた。
腹に蹴りをもらいながらも腕に噛みつく狼。
その鋭い牙が幸隆の腕の肉を食い破る。
「ぐっ……」
だらだらと血が流れる光景に幸隆の口角が吊り上がった。
「いってぇじゃねーかよ───犬っころ!!」
噛みつき、爪を立ててしがみ付く狼ごと腕を振り上げて、体重を乗せて床へと叩きつけた。
「くっ」
「ギャウンっ」
叩きつけの衝撃で突き立てられた牙が動き、傷が抉られる痛みに苦悶をこぼす。
しかし、遂に狼の鼓動が止まったことを腕を通して感じ取り、幸隆は勝利を得た。
しっぽから順に塵へと消えていく魔物。
逆立った毛も、鋭い爪も消え、最後に腕に突き立った牙とビー玉サイズの魔石だけが残った。
「最後まで離さないとかマジ恐るべし野生」
牙を抜いて、魔石を拾う。
「血、とまんな」
最初よりも勢いは弱くなったが、それでも流れ続ける血に少し焦りを覚える。
「怪我もしたし、さすがに帰るか。良い戦利品もゲットできたしな」
思わぬ強敵になんとか勝利を収めた幸隆は戦利品を手に帰還を決めた。
「四階層の敵がこんなところに出たことも伝えなきゃな」
ダンジョンは階層ごとに敵の強さが一定程増すが、それが大きく変わる区切りが存在する。
このダンジョンでは初めのそれが四階層となっており、三階層までが新人探索者が主に活動するエリアとされており、四階層デビューが新人卒業としての一つの大きな目安となっている。
そのため、新人探索者には荷の重い四階層の敵がここまで上がってくるなど一大事であり、緊急対応の案件だった。
こういった報告はギルド側の査定の基準の一つとなっており、信用が増せばランク査定の他、買い取りの査定にも色が付くようになったり、探索者用品の買い物時にポイントや割引といったサービスが受けられるようになる。
パーティーの仲介も受けられるようになるため、ギルドからの信用は金を出しても買いたいという輩も多い。
幸隆もそれらのサービスは期待したいが、さすがに駆け出しの探索者がこの報告を上げたくらいでそこまでの好待遇は得られない。
だから、幸隆が考えるのは今手に入れた牙と魔石の換金性だ。
ルーキーを卒業し、下級探索者と俗に呼ばれるようになる階層での収入は三階層までとはやはり大きく変わってくると聞く。
「さすがにこれだけだとそこまでの金にはならないだろうが、少しは期待していいよな」
スライムの溶液が結構な高値だったのだ。
この牙も期待ができる。
魔石もゴブリンのものに比べて大きいし、合わせた金額に胸が膨らむ。
「欲を言えばこれが複数ありゃあ文句なしなんだがな」
四階層での収益を分配することなく一人で独占できるのだからその得られる額も他の探索者に比べても大きなものになる。
だがこれだけ手傷を負わされた相手の本拠地で、複数を相手にとろうなどとはさすがの幸隆でも無謀だと考えた。
「さて、さっさと戻りますか」
ゴブリンを警戒して踵を返したその時、消し去った筈の鳴き声が二つ背後から聞こえてきた。
「まじかよ」
冷や汗を掻いて後ろを振り返ると、新手の手負いの狼が二匹、幸隆を睨みつけていた。
まだ少し血の流れる腕を抑えて幸隆は笑う。
「愚痴ったお願いを聞いてくれるなんて気の利く神様じゃねーかよ。てかあいつはぐれ狼じゃなかったのな」
逃げられないことをその身で体験した幸隆は絶望的な状況でも諦めない。
いや、戦うことを決めた幸隆は既にそいつらから得られる戦利品の事で頭が一杯だ。
負けられないのだから考えるのは勝利だけだ。
幸隆は獰猛に笑い、牙を剥いた。
三階層に出てくるはずのない魔物が幸隆に向けて牙を剥く。
低い唸り声。
逆立つ白い毛。
床を削る鋭利な爪。
大型犬よりも尚大きい白い狼が息を呑む獲物に飛び掛かる。
「はっや!」
喉元目掛けてその大きく開いた口からなんとか身を躱した。
ゴブリンなど比較にならない、四足獣の持つとんでもない初速。
高い位置の喉を狙ってきたために何とか避けることに成功したが、これが脚を狙ったものだったら避けることは叶わなかっただろう。
それほどまでにゴブリンとの格の差を幸隆はその肌で感じた。
「獣相手に逃げ切るなんて現実的じゃないわな」
脚で敵わず、鼻で追われる。
被捕食者は天敵である捕食者から逃れることはできない。
ならば、立場を否定するしか生き延びる道はない。
「こいよ。一匹オオカミ。この言葉の意味を教えてやる」
逃げられないなら立ち向かうのみ。
幸いなことに敵は一匹。
勝てない相手ではないと信じ、強い意志を乗せた眼で狼を見据える。
その意思を野生の勘で感じ取ったのか、狼は追撃を堪え様子を伺い始めた。
「今度はこっちのターンだよな!」
幸隆は狼へと駆ける。
狼ほどではなくとも、一般人からはかけ離れ始めたその速度。
しかし、狼にとって見れば十分に対処が可能な速度に過ぎなかった。
「チッ……」
簡単に蹴りを避けられた幸隆は舌打ちを鳴らした。
大きな動作で隙の生まれた幸隆に狼が再び飛び掛かる。
今度は急所である喉ではなく、脚へ。
太ももを狙った咬合を後ろへと転がり寸のところで避ける。
だが、態勢を崩して転がった獲物を狼が逃すことは無い。
低い位置に下がった喉を狙った追撃。
幸隆の視界が狼の赤い口腔に埋め尽くされ、白い牙が迫る。
「こなくそ!!」
「ギャンッ」
迫る顔面の横っ面を思いっきり殴り倒す。
数十キロはありそうなその体躯が殴り飛ばされた。
「……俺の力も大分探索者に染まってきたんじゃないか?」
無意識で反応できたことに安堵し、ゴブリンよりも重い獣の体が吹き飛ぶ光景にいよいよ人間離れしてきたと幸隆は自覚する。
「……グルル」
いいパンチをもらった狼は何とか立ち上がるもふらついていてその姿は弱弱しい。
幸隆はチャンスを逃さないために、考える前に追撃をかける。
足元の覚束ない敵目掛けて足を振りかぶり、蹴りが見舞う。
ふらつきながらもこちらの攻撃を避けようとしたためにミートを外すも手応えは感じた。
止めにもう一撃を叩きこもうとしたその時、追い詰められた狼は死に物狂いで反撃を仕掛けてきた。
腹に蹴りをもらいながらも腕に噛みつく狼。
その鋭い牙が幸隆の腕の肉を食い破る。
「ぐっ……」
だらだらと血が流れる光景に幸隆の口角が吊り上がった。
「いってぇじゃねーかよ───犬っころ!!」
噛みつき、爪を立ててしがみ付く狼ごと腕を振り上げて、体重を乗せて床へと叩きつけた。
「くっ」
「ギャウンっ」
叩きつけの衝撃で突き立てられた牙が動き、傷が抉られる痛みに苦悶をこぼす。
しかし、遂に狼の鼓動が止まったことを腕を通して感じ取り、幸隆は勝利を得た。
しっぽから順に塵へと消えていく魔物。
逆立った毛も、鋭い爪も消え、最後に腕に突き立った牙とビー玉サイズの魔石だけが残った。
「最後まで離さないとかマジ恐るべし野生」
牙を抜いて、魔石を拾う。
「血、とまんな」
最初よりも勢いは弱くなったが、それでも流れ続ける血に少し焦りを覚える。
「怪我もしたし、さすがに帰るか。良い戦利品もゲットできたしな」
思わぬ強敵になんとか勝利を収めた幸隆は戦利品を手に帰還を決めた。
「四階層の敵がこんなところに出たことも伝えなきゃな」
ダンジョンは階層ごとに敵の強さが一定程増すが、それが大きく変わる区切りが存在する。
このダンジョンでは初めのそれが四階層となっており、三階層までが新人探索者が主に活動するエリアとされており、四階層デビューが新人卒業としての一つの大きな目安となっている。
そのため、新人探索者には荷の重い四階層の敵がここまで上がってくるなど一大事であり、緊急対応の案件だった。
こういった報告はギルド側の査定の基準の一つとなっており、信用が増せばランク査定の他、買い取りの査定にも色が付くようになったり、探索者用品の買い物時にポイントや割引といったサービスが受けられるようになる。
パーティーの仲介も受けられるようになるため、ギルドからの信用は金を出しても買いたいという輩も多い。
幸隆もそれらのサービスは期待したいが、さすがに駆け出しの探索者がこの報告を上げたくらいでそこまでの好待遇は得られない。
だから、幸隆が考えるのは今手に入れた牙と魔石の換金性だ。
ルーキーを卒業し、下級探索者と俗に呼ばれるようになる階層での収入は三階層までとはやはり大きく変わってくると聞く。
「さすがにこれだけだとそこまでの金にはならないだろうが、少しは期待していいよな」
スライムの溶液が結構な高値だったのだ。
この牙も期待ができる。
魔石もゴブリンのものに比べて大きいし、合わせた金額に胸が膨らむ。
「欲を言えばこれが複数ありゃあ文句なしなんだがな」
四階層での収益を分配することなく一人で独占できるのだからその得られる額も他の探索者に比べても大きなものになる。
だがこれだけ手傷を負わされた相手の本拠地で、複数を相手にとろうなどとはさすがの幸隆でも無謀だと考えた。
「さて、さっさと戻りますか」
ゴブリンを警戒して踵を返したその時、消し去った筈の鳴き声が二つ背後から聞こえてきた。
「まじかよ」
冷や汗を掻いて後ろを振り返ると、新手の手負いの狼が二匹、幸隆を睨みつけていた。
まだ少し血の流れる腕を抑えて幸隆は笑う。
「愚痴ったお願いを聞いてくれるなんて気の利く神様じゃねーかよ。てかあいつはぐれ狼じゃなかったのな」
逃げられないことをその身で体験した幸隆は絶望的な状況でも諦めない。
いや、戦うことを決めた幸隆は既にそいつらから得られる戦利品の事で頭が一杯だ。
負けられないのだから考えるのは勝利だけだ。
幸隆は獰猛に笑い、牙を剥いた。
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