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初日

第六話 首の皮一枚

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「暁さん、すみません!私、その……」

 慌てて立ち上がり謝罪をする私をよそに、技術部の男たちはケインローズの整備を始めた。消え入りそうな声で繰り返し謝罪をしていると、暁さんが私の肩を手で軽く叩いた。

(ああ、これはドラマで見たことある。クビだ……)

 私は肩を落としたが、暁さんは親指を立てて微笑んだのだ。

「よくやったよ、樹論さん!危なかったですね……首の皮一枚ってところ、かな。ああ、それはケインローズの話ですよ!一泡吹かせてやりましたね」

「えっ、ああ、はあ……」

 つまりこれはクビのジェスチャーではなく、よく頑張りました、のジェスチャーだったのだ。紛らわしいのでもうやって欲しくない。にっこりと微笑む暁さんの顔からは、普段ケインローズに酷い目に遭っていることが理解できた。ただ……。

「あの、彼は無事なんですか?強く叩き過ぎたかもしれません」

 私がケインローズの側に寄り、技術部の方々に混ざった。よくみてみると、首元のコードが一本切れている。なるほど、人間に例えると、叩かれた勢いが強すぎて首の筋を痛めたものだろう。仕方ない、直そう。

「このケインローズには電気が流れていないんだ。だから、そのまま作業しても問題ないんだがな……」

「それがどうかしました?」

「目を覚ましたら、ヤツがどう暴れるかわからん。ああ、くわばらくわばら……」

 技術部の男たちが蜘蛛の子を散らすようにケインローズから離れ、暁さんと私だけで作業をすることになってしまった。工具箱には私でも使えるハンダのセットやニッパー、モンキーレンチなどが入っている。幸運にも、隠しコンセントが側にあったので、プラグを差し込み、準備はできた。
 切れたコードをニッパーで剥き、銅線と銅線をねじる。その後はロボット工学部で何度も行ったハンダ付けだ。ハンダごてでハンダを溶かし、ひっつけば成功だ。

「……ふう」

 私は熱々のハンダごてのコンセントプラグを抜き、台座に納めて冷ます。暁さんは今度こそ私の盾になってくれるらしく、ケインローズと私の間に膝を立てて座っていた。しばらくそのまま待っていたのだが、工具箱を技術部の誰かに返そうと私は立ち上がる。対岸の男性が受け取ると手を挙げたので、川の向こうにジャンプした。

「痛っ!」

 足を伸ばした瞬間につってしまったのだ。そのまま川に体が落ちてゆく。咄嗟に工具箱を対岸の男性に投げつけると、川に沈む覚悟を決めた。

 目を閉じて息を止めていると、いつまで経っても水の感触がない。辺りからは「わあ⁉︎」と言った驚きの声が聞こえる。私は目を開いた。宙に浮いている……?いや、誰かに脇の下を掴まれて浮いているのだ。視界は技術部の男性より高い。まさか。

「ケインローズ⁉︎」

「迷惑な女だ。全く」

 私を浮かせていたのは迷惑な人馬、ケインローズだった!よく見ると暁さんは跳ね除けられたらしく痛そうに肩をさすっていた。人馬は私を自身の側の岸に下ろすと、尻尾を小さく揺らした。

「ありがとう、ケインローズ。……さっきはごめんね。言い過ぎたし、やり過ぎた」

 私は彼の大きな手を握り、両手で包み込んだ。

「本当だな。俺より小さいくせに力は強えし、横暴なのはお互い様かもな!」

「フンッ」と嗎のような鼻息をこぼすと、彼はそっぽを向いた。

 痛めた足は、暁さんが湿布を持って来てくださり、応急処置が施された。その間もケインローズは私の手を振り解こうとはせず、そのまま目を合わせないだけだった。

「残り五時間くらいどうしましょうね……」

「暁リーダー、早退させましょう」

「でも、ケインローズが動かない限りは……」

「ケインローズは彼女に任せましょう。我々は他の作業が待ってますし」

 暁さんと他の技術部の面々が話をしている。全員対岸に集まっているのだが、アトラクション音楽が小さなこの場所では会話内容が筒抜けだ。どうやら、私を放置することに決まったらしい。

(ああ、夜間特別技師って確かに特別だなぁ……)

 私は床に座り眠る体勢の彼の手と自分の手を合わせてみたり、くすぐってみたりした。シリコンの肌には血が通っていないはずだが、ほのかな熱を感じる。そしてそのまま、眠り込んでしまっていたらしい。一日目は、ただ眠る日だった。
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