ここは血塗れ乙女亭!

景丸義一

文字の大きさ
上 下
55 / 108
主菜 ただいま営業中!

第28話 熱いハートで鉄を打て!

しおりを挟む
 ……親方はさっきからずっと客のアダマンタイトを触ったり虫眼鏡で覗き込んだりしてるから、その間におれは客から話を聞いていた。
 武者修行のために海を渡って大陸をずっと西に移動し続けてきたってだけで、この人が凄い冒険者だってことはよくわかる。おれには大陸がどれくらい広いかもわからねえんだ、きっとおれの見たことのないものを見て、想像もできないような戦いを繰り広げてきたんだろう。
 その話にも大いに興味を引かれたが、なんといっても一番気になるのは刀だ!
 こいつはすげえ……
 見たこともない作りなのは当然としても、なによりめちゃくちゃ美しいんだ!
 おれはこんなに美しい剣を見たことがねえ。
 自然な角度で反った刀身なんていかにも斬りやすそうだし、そのためか重心が切先のほうにあって握ってみると見た目よりずっと暴力的な感じがする。だけど柄に巻かれた紐の巻き方もやっぱり見事だし、手を護るために円形に広がった鍔にもさり気なく彫刻が施してあって異国情緒に溢れてる。
 しかしなんといっても、刃文だ!
 どうやって現れてるのかわからねえし、見てると吸い込まれそうになるほど妖しい美しさを放つ波型の模様……
 こいつはウケる!
 間違いない。
 うちの剣にもこの刃文を入れたら、絶対ウケるぞ!
 おれがわくわくしてると、ようやく鑑賞し終わった親方が虫眼鏡を置いた。
「確かに本物の、それもかなり良質なアダマンタイトだ。しかし悪いが、うちでは受けられねえ」
「なんで!?」
 ジョーさんより先におれが反応しちまったよ!
「あのなあ、ラウル。うちの人間が今までアダマンタイトなんて扱ったことがあると思うか?」
「ぐっ」
 そうだった……
 うちは鍛冶屋とは名ばかりのヘタレ工房だった……
「っつうわけだからよ、お客さん。悪いが他を当たってくれ」
「他ねえ。ここでだめとなると、もうこの町には期待できねえって意味だよな?」
「まあ……そうなるだろうな」
「参ったな……」
 ジョーさんはぼさぼさの黒髪をぼりぼりかいて腕を組んだ。

 まずい。
 ここでこの人を逃がしたら、せっかくの美味しい話がなくなっちまう!
「やつらと合流できたらすぐに離れるしかねえか……」
 ますますまずい!
「おれにやらせてくれ!」
 でかい魚を逃がすまいと必死だったおれは、自分でも馬鹿だと断言できるほど馬鹿なことをいっちまった。
「調子に乗るな」
 ゴツン、と親方の拳がおれの脳天を襲う。
「でも親方! 本が出回ってるぐらいだから扱い方は知ってるだろ!? アダマンタイトの剣を鍛えることができりゃあ、うちの看板にも箔がつくじゃねえかよ!」
 もう一度拳が降ってきた。
 さっきのより重かった。
「箔なんかを目当てにできもしねえ仕事を受けるのはクソボケ野郎のやることだ。職人のやることじゃねえ」
 ……なんか、久しぶりだ。
 親方に本気で怒られたのは。
「あー、扱い方を知ってるってんなら、剣はおれが打つぞ?」
「はあ?」
 おれと親方の反応が同じになったのも、随分久しぶりのことだった。
「あんた、剣を打てるのか?」
「今使ってるこいつも自作だ」
 マジかよ……
「だいたい、おれがほしいのは刀だ、こっちの剣じゃねえ。あんたらに刀は打てねえだろ?」
 このとき、おれは閃いちまった。
「じゃあおれに刀の作り方を教えてくれ!」
「はあ?」
 今度は親方とジョーさんの反応が同じだった。
「おれも本読んでアダマンタイトの勉強するからよ! そんでもって刀も作れるようになれば文句ねえだろ!? 頼むよ、おれはこんなくたびれたまんまの工房で日用品ばっか作って終わりたくねえし、この工房もくたびれたまんまにしたくねえんだ! なあっ、頼むよ!」
 おれはカウンターに額を叩きつけて頭を下げた。
「なんかすごいいわれようだぞ、親方」
「まったく、このガキは……」
 三度目の拳がおれの後頭部を潰した。
「悪いが小僧、おれはもともとこの町に長く留まるつもりはねえんだ。おれの目的は強くなることと、強さを支える最高の剣を作ること。ここにアダマンタイトを扱える職人がいねえってんなら他を当たるまでだ」
 させてたまるか!
「強くなりたいってんなら、ここは最高の場所だぜ?」
「ほう?」
「なんたってここには解禁されたばかりのラビリンスがあって、そこにはどんなバケモノがいるかわかりゃしねえ。それになにより、血塗れ乙女亭ブラッディー・メイデンがある」
 ジョーさんの眉がピクリと動いて、興味の方向がこっちに傾いた――ような気がした。
「血塗れ乙女亭か……確かに、その名は聞いてる。やつらはそんなに強いのか?」
「強いとも!」
 おれは人生で初めて舌をフル回転させて血塗れ乙女亭の人たちがこの町でやったことをとにかく大袈裟に語ってやった。あることないこと思いつく限りぶち込んじまったから逆に怪しくなっちまったかもしれないが、もう知ったこっちゃねえ!
 とにかくこの上客を引きとめておれの夢の第一歩に協力してもらうんだっ!
「親方、今の話はどれくらい本当だ?」
 あ、やっぱりバレてた……
「半分以下だな」
 お、親方……!
 あんた今、初めておれに優しくしてくれたんじゃねえのか……!?
 口にしといてなんだが、自分でも三分の一以下だと思ってたのに……!
「半分か……ふむ」
 ジョーさんはちょっと楽しそうに微笑みながら顎鬚を撫でた。
「挑戦する価値はありそうだな」
「そうとも!」
「小僧、そんなに職人としての名誉がほしいか?」
「ほしいに決まってるだろ! 向上心のない職人なんて職人じゃねえ!」
「このガキ、一丁前に吠えやがる……」
 悪いけど親方、今のはあんたに対する不満でもあるからな。
「それじゃあ小僧、ひとつおれと勝負するか」
「あんたと?」
「おれは今から血塗れ乙女亭の誰かに果たし状を叩きつけてくる。そいつとの勝負におれが勝てば諦めろ」
「負けたら?」
「おまえに刀の打ち方を教えてやる」

 ……これは、今まで不遇に耐え続けたおれへの神さまからのご褒美か?
 この勝負、もはや勝敗は見えてる。
 この人がどんなに強かろうが、あのゼルーグさんたちに敵うわけがない。
 あの人たちは本物の化け物だぞ?
 本当に一人で百人は殺せるような怪物だぞ?

 ……勝った。
 おれは晴れて、一流武具職人への第一歩を踏み出したんだ!

「乗った!」
「ようし」
「お客さん、悪いことはいわねえから……」
「そういわれるとますますやりたくなるのが武芸者ってモンでな。邪魔したな」
 やったぜ。
 待ってろ刀!
 待ってろアダマンタイト!
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

異世界転移したけど、果物食い続けてたら無敵になってた

甘党羊
ファンタジー
唐突に異世界に飛ばされてしまった主人公。 降り立った場所は周囲に生物の居ない不思議な森の中、訳がわからない状況で自身の能力などを確認していく。 森の中で引きこもりながら自身の持っていた能力と、周囲の環境を上手く利用してどんどん成長していく。 その中で試した能力により出会った最愛のわんこと共に、周囲に他の人間が居ない自分の住みやすい地を求めてボヤきながら異世界を旅していく物語。 協力関係となった者とバカをやったり、敵には情け容赦なく立ち回ったり、飯や甘い物に並々ならぬ情熱を見せたりしながら、ゆっくり進んでいきます。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

家の庭にレアドロップダンジョンが生えた~神話級のアイテムを使って普通のダンジョンで無双します~

芦屋貴緒
ファンタジー
売れないイラストレーターである里見司(さとみつかさ)の家にダンジョンが生えた。 駆除業者も呼ぶことができない金欠ぶりに「ダンジョンで手に入れたものを売ればいいのでは?」と考え潜り始める。 だがそのダンジョンで手に入るアイテムは全て他人に譲渡できないものだったのだ。 彼が財宝を鑑定すると驚愕の事実が判明する。 経験値も金にもならないこのダンジョン。 しかし手に入るものは全て高ランクのダンジョンでも入手困難なレアアイテムばかり。 ――じゃあ、アイテムの力で強くなって普通のダンジョンで稼げばよくない?

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

転生したらチートすぎて逆に怖い

至宝里清
ファンタジー
前世は苦労性のお姉ちゃん 愛されることを望んでいた… 神様のミスで刺されて転生! 運命の番と出会って…? 貰った能力は努力次第でスーパーチート! 番と幸せになるために無双します! 溺愛する家族もだいすき! 恋愛です! 無事1章完結しました!

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

処理中です...