自動販売機にて。

雷仙キリト

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 翌日、細木はいつものように学校にやってきていた。原因は分からないが、俺が細木を泣かせたのは事実だったし、昨日の出来事のせいで細木は塞ぎ込んで、教室に入ってこないんじゃないかと正直なところ不安だった。

 だが、細木は案外普通だった。それどころか、俺が教室に入ってきた途端、どこか恥ずかしそうに、ソワソワと話しかけてきた。

「お、おはよう、菊池くん」
「……おー、はよっす」

 向こうから話しかけてくるなんて珍しい。大体は、俺が細木に一方的に話しかけたり、からかったりしていたからだ。

 細木は、ちょびっとは俺のことを信用してくれたのかもしれない。そう思うと嬉しくて、思わず緩みそうになる唇を手で覆って隠す。

 机の上に置かれたペットボトルに目を遣る。俺と細木を繋げてくれた飲み物も、もうお役御免かもしれない。

 俺は授業中、思わずじろじろと細木を観察して、あることに気がついた。

 眼鏡をかけていない。

 俺が指摘すると、細木は照れくさそうにはにかむ。

「母ちゃんに頼んで、コンタクトにしてみたんだ」
「へー……」

 度の強い眼鏡をかけている時は小さく見える目が、今は大きく見える。裸眼の時は遠くを見るために目を細めていたから、尚更細く、凶悪な顔つきになっていたのだ。

 ……こうして見ると、俺の見立て通り、中々悪くないじゃないか。いや、むしろ、可愛いかもしれない。

 俺は首を振った。いやいや、可愛いって。嘘だろお前。そりゃ前も、そんなこと思ったかもしれないけどさ、こいつは男なんだぜ。

「だけど、どうして急に? 昨日はあんなに嫌がってたじゃんか」

 昨日のことに触れて良いのか分からなかった。だけど、俺が昨日あんなことを言わなければ、細木はコンタクトに変えるなんて発想は持っていなかっただろう。こいつは努力家だが、慣れ親しんだ環境や習慣から一歩外に飛び出すには、酷く臆病すぎる嫌いがある。

「自分を変えたかったんだ」

 細木は重々しく、慎重に言葉を選ぶように言う。

「ずっと目が見えるのは怖いけど、でも、菊池くんが似合ってるって言ってくれたから、僕はそれを信じたかったんだ」

 たかがコンタクト。そう思わないでもなかった。だが、視力を良くするためのたった一枚のレンズが、こいつにとってはとびきりの試練で、努力なのだということを俺は知っている。

 こいつは、貰った飲み物を飲めなかったくらいで泣くような、努力家で、馬鹿真面目で、不器用で、アホみたいに純真な奴なのだから。

 俺が何も言わないでいると、細木は不安そうに上目遣いで俺を見つめる。

「やっぱり、似合ってないかな……」

 目にじわりと涙が浮かぶのを見て、俺は咄嗟に叫んでいた。

「似合ってる! めっちゃ似合ってるって!」

 あまりに大きな声だったので、クラスメイトが一斉に俺達の方を見た。細木が、怯えたように顔を俯かせる。

「何やってんの、菊池ぃ。虐めるのは可哀想だからやめてあげなよ?」

 女子が、囃し立てるように言う。

「ばーか、虐めてなんかないっての。お喋りしてるだけじゃん。な、細木」

 言ってから、これは完全に虐めてる奴のセリフだということに気がついた。いるよな、こんなこと言って、「愛のある弄りです」みたいなツラして虐める奴。

 細木は俯いたまま、小さく頷いた。他人に見られるのは、やはり得意ではないようだ。

「悪い、細木」
「……ううん、大丈夫」

 大丈夫とは言うものの、体は微かに震えていた。昨日の出来事が、まだ影響しているのかもしれない。

 こいつの過去に何があったのか、俺の方から細木に尋ねることはしない。その時が来れば、細木の方から話してくれるだろう。

……それまで、俺とこいつが仲良くしていたらの話だが。

 突然頭に浮かんだ後ろ向きな考えに、背筋がぞくりとした。

 らしくもない。だけど、思わずにはいられない。俺は細木が思うほど凄くはないし、細木に釣り合うような「良い」人間ではないのだ。

「……似合ってるよ、本当に」

 俺は、今度こそ小さな声で、周りには聞こえないように言った。細木が少し顔を上げて、くすぐったそうにはにかんだ。


 俺も、今度こそ、変わらなければいけない。
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