自動販売機にて。

雷仙キリト

文字の大きさ
上 下
1 / 13

プロローグ

しおりを挟む
 学校に向かう道すがら、立ち寄った自販機でサイダーを買った。日本津々浦々どこにでもある、至って普通の当たりつき自販機だ。
 朝から炭酸飲料が飲みたい気分だった俺の目に突如として飛び込んできた「110」という数字。
 
 俺は気がつけば小銭を握りしめていた。
 
 ボタンを押すと、自販機が「ピピピ」と音を立てながらパネルの中の赤い数字がくるくると形を変える。

 当たることなんて最初から考えていなかった。友人の斉藤と喋りながら、目当てのサイダーを取り出してすぐに自販機に背中を向けた。その時、「ピー」と、覚えのない音が聞こえてきて、まさか故障でもしたのかと振り返ると、パネルの数字が「7777」と揃っていた。
 
 ペットボトルを2本抱えながら廊下を歩く。斉藤が「いらないなら1本俺にくれ」とねだるのを無視しながら教室までたどり着き、自分の机の上に荷物を置いた。斉藤は俺の左隣の席に鞄を引っ掛けて、尚も「なぁ、くれよ」と俺に言う。

 くれてやっても良かったのだが、何となく気分が乗らなかった。ペットボトルを左右に動かし、斉藤の視線がオモチャに食いつく猫のように釘付けになっているのを見ながら、どうしたものかと考える。その時ふと、俺から見て斜め左前、斉藤の真ん前の座席に座っていた男が目に入った。

 男は耳にワイヤレスイヤホンを嵌め、背中を丸めて小さく縮こまっている。教室の背景と化していたそいつの輪郭が、認識した途端に急にくっきりと太い線で描き出される。

「細木、これやるよ」

 前の席に座っているそいつにペットボトルを押し付ける。俯いていたそいつの視界に映り込むように手を伸ばすと、顔を上げた細木は目を見開いてビクッと体を震わせた後、不思議そうに瞬きを繰り返した。

「自販機で当たったから、やる。ほら、貰いな」

 何と言われたのかは覚えていない。たぶん「ありがとう」だとか「良いの?」だとか、細木は当たり障りのないことを言っていたんだろう。

 俺が覚えているのは、そいつの笑顔だった。眉を八の字にして、ふにゃっとふやけたような笑みを浮かべ、おずおずと両手でサイダーを受け取った。

 指先がかすかに触れ合う感触。

 パチンと泡が弾けるみたいに一瞬だった、その時の笑顔が、感触が、

 頭に焼きついて離れなくなった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ひとりぼっちの180日

あこ
BL
付き合いだしたのは高校の時。 何かと不便な場所にあった、全寮制男子高校時代だ。 篠原茜は、その学園の想像を遥かに超えた風習に驚いたものの、順調な滑り出しで学園生活を始めた。 二年目からは学園生活を楽しみ始め、その矢先、田村ツトムから猛アピールを受け始める。 いつの間にか絆されて、二年次夏休みを前に二人は付き合い始めた。 ▷ よくある?王道全寮制男子校を卒業したキャラクターばっかり。 ▷ 綺麗系な受けは学園時代保健室の天使なんて言われてた。 ▷ 攻めはスポーツマン。 ▶︎ タグがネタバレ状態かもしれません。 ▶︎ 作品や章タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。

熱中症

こじらせた処女
BL
会社で熱中症になってしまった木野瀬 遼(きのせ りょう)(26)は、同居人で恋人でもある八瀬希一(やせ きいち)(29)に迎えに来てもらおうと電話するが…?

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

帰宅

papiko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

罰ゲームで告白したら、一生添い遂げることになった話

雷尾
BL
タイトルの通りです。 高校生たちの罰ゲーム告白から始まるお話。 受け:藤岡 賢治(ふじおかけんじ)野球部員。結構ガタイが良い 攻め:東 海斗(あずまかいと)校内一の引くほどの美形

伯爵家のいらない息子は、黒竜様の花嫁になる

ハルアキ
BL
伯爵家で虐げられていた青年と、洞窟で暮らす守護竜の異類婚姻譚。

前世から俺の事好きだという犬系イケメンに迫られた結果

はかまる
BL
突然好きですと告白してきた年下の美形の後輩。話を聞くと前世から好きだったと話され「????」状態の平凡男子高校生がなんだかんだと丸め込まれていく話。

処理中です...