ねえ、番外編

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・番外編 音羽×匡哉

披露宴の後に

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 無事披露宴が終わり、みなそれぞれに想うところがあり、更にはなかなか予約の取れない、箱根エンパイアホテルだということで、今夜は一泊する人々が多かった。

 それぞれに思いを抱きながら夜は更けていく。そんな中、尊人は那由多に声をかけた。それは――

「那由多、少しいいかな」
「尊人さん? うん、い、いいよ」

 ――どうしたのかな。みんなもうそれぞれに休んでいるから、この後は特に何もないはずだったけど。
 何か用事でもあったのかな。

 扉にちらちらと視線をやりながら話していた尊人だったので、部屋の外に用事があるのかと思った那由多。尊人に差し出される手を取りながら歩き出した。

 そこはホテルの敷地内の教会の前だった。

「尊人さん……?」

 ――教会? 教会だよね。ここに何か用事があるのかなあ。

 そう思っていると、尊人が那由多の方を向き、対面になり口を開いた。

「結婚式、しようか」
「……け、っこん、しき……? 結婚式……え……?」
「うん。ここで。今。結婚式しよう」
「……え……えっと……」

 結婚式をしよう。そう思っていた。しかしまさか、今ここでとは露にも思っていなかった那由多は困惑した。しかし尊人の瞳が本当だよと那由多に伝えてくる。
 はっと気づくと、そこには皇がいた。その横には神父さん。

「……皇さん……神父さん……?」

 みんな微笑んでいる。
 本当に今からここで、そう那由多は実感した。

 神父が那由多と尊人の前に進み出る。

「尊人さん、あなたは那由多さんを妻とし、神の導きによって夫婦になりました。汝、これからも今まで以上に、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい。誓います」

 そして神父は那由多の方に視線を移した。

「那由多さん、あなたは尊人さんを夫とし、神の導きによって夫婦になりました。汝、これからも今まで以上に、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「……はい。誓います」

 闇夜の空間に星が瞬いている。月の光がふたりに届く。
 教会の幻想的な光が一層の幸福感を那由多に届けている。

 ――父さん、お父さん、来てくれていますか。
 僕、今……結婚式、しています。

 今は亡きふたりの父が、今ここにいるような気持になった。
 確かめることは出来ないけれど、それでいいと思った。

 今ここに父はいる。そして自分の、自分たちの幸福を喜んでくれている。そう思ったから。

 その想いを後押しするように、静かに讃美歌が聞こえてきた。

「指輪の交換を」

 神父が伝えると、皇が指輪を神父に渡す。
 披露目の式典ではなんの宝石も装飾もない、いたってシンプルな指輪であった。それは今、互いの薬指にはめられている。

 尊人が神父から受け取ったもの。それは光を帯びた宝石が埋め込まれた指輪であった。

「那由多」
「尊人さん……」

 その宝石の煌めきに込められた尊人の想いを知る。
 伝わっていたことを、今、改めて尊人から那由多に伝えられる。

「……」
「……」

 そして那由多の番。
 那由多から尊人へと、その想いが伝えられる。

 番になり、夫婦になった。そして家族になり、それを支え合ってきた。そしてその輪が広がった。
 今、もっともっと、その輪が広がっている。そう思った。

 そんな思いの込められた宝石が飾られた指輪を、那由多は「シンプルなものでいい」とは思わなかった。
 この宝石にも、そんな思いが込められていると思った。
 音羽の披露宴にも、そんな思いが込められていたと思った。

 自分なんて――
 そう思っていたこともあった。でも今は違う。
 自分なんて――
 そうではなく、自分だからこその、今の自分の幸福があるんだと思った。

 宝石をつけた指輪を受け取りたいと思った。

「誓いのキスを」

 静かな光の中で誓いのキスをする。唇を離し見つめ合う。

「那由多、これからもよろしく」
「尊人さん……僕も、僕もよろしくね」

 神父と皇、そして讃美歌を歌っていた数名が祝福の拍手を贈る。

「みなさん。ほんとに今日はありがとうございました。皇さん、急なお願いに応えてくれてありがとう」
「ご結婚おめでとうございます」
「おめでとうございます」

 祝福の言葉が素直に嬉しい。
 結婚式は必要ないと思っていた。でも必要なんだと思った。

 ――僕の結婚式。ありがとう。

 那由多は笑った。あの頃の自分に伝えたいなと思った。
 星が瞬き、その中のひとつの星が流れた。視界の片隅でそれを見て、那由多は笑みを深めた。
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