桜華の檻

咲嶋緋月

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朝日を受けて朱鷺色(ときいろ)に輝く戸から降り注ぐ日の光に最澄は、意識を浮上させていく。

微かに持ち上がった双眼に写り込んだ、昨日助けた少女は、まだ目を覚ましていない様子で、寝ぼけまなこのまま、身体を起こしていけば、小鳥の囀りに、今日は晴れだと確信していく。

変な夢を見たが、その後は、ぐっすりと寝られた気がして、もしかしたら隣に少女が居たから。などという錯覚にも似た感情が自分の中にある事に気付き苦笑する。

しかし、確かに、隣に誰か居るとホッとするのは確かな話し。

こんな時ふと昔を思い出す。
京で生まれ育った自分が此処に来たのは、太夫だった母が男に買われ、江戸で暮らし始めたからだ。

だが、太夫といえど、子供を連れて行けるはずもなく、最澄と母は、離れ離れとなった。遊郭で生まれた子供は、遊郭で働くのが通常。女声の牢獄そう呼ばれるのが遊郭だ。
最澄は、逆に嬉しかった。
これで母は、牢獄で働かなくとも済む。幼ながらにそう喜んだ。そんな記憶があった。

しかし、母の方は、夫を亡くした後は、働く場所もなく、島原に帰る事すら叶わず、この吉原で働く事になった。その経緯は何も知らない。藤乃屋は、母の見世。それしか知らない。

幼い自分には、わからなかった。
だが、今なら分かるのだ。
母を買うだけの裕福な家庭に育った男は、きっと、他の女の所へと移っていったのだろう。その代償として見世を母にやったのだと。

「世の中、非道理や。」

ポツリそんな言葉を呟いた。

小さな女の子が身動ぎをして、ゆっくりと瞳を開けていく。目を擦る彼女は、歳相応分反応にしか見えなかった。

「目が覚めたん?
昨日な、嬢ちゃんの名前聞くの忘れたわ。なんていうん?」

起きて早々に質問責めとなった女の子は、瞬きを繰り返し、どれから返事をしようか考える。

期待に満ちた眼差しに、半身を起こした女の子は、口を開いた。

「————イザナミ。」

日本神話の女神。伊邪那美命(いざなみのみこと)。神道では、日本神話においてイザナミが人間に死を与えたとされており、イザナミを死神と見なすこともある。

「人は、私をそう呼ぶ。」

「……。」

「本当の名前は、無い。
昔、私を"つむぎ"そう呼んだ人がいた。」

「つむぎ?糸辺に由来の由の方やろか?」

文字が分かる年頃には見えなかったが、つい聞いてしまった最澄であるも、少し考える素振りを見せた。

人は、死神の名である、イザナミと呼ぶが、彼女自身の名前は無い。

「そう。紬。」

紬(つむぎ)とは、紬糸で織られた絹織物。蚕の繭から糸を繰り出し、撚り(ヨリ)をかけて丈夫な糸に仕上げて織ったもの。

死神だと彼女は言う。
だが、イザナミの事も文字の事も理解している彼女に首を傾げるばかりであった。

「そんなら、嬢ちゃんの事を
俺も、"つむぎ"って呼ぶわ。」

ただ単純に、呼ぶ時に名があった方がいい。そう思っただけだった。

だけど女の子は、嬉しそうに微笑んだのだった。


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