4 / 7
悪夢
しおりを挟む
「もう、大丈夫や。」
その声は、何処までも優しく、温かな調子で少女に語りかける様に言葉を繋ぐ。
「もう、怖ないからな?」
その言葉は、まるで己自身に言っているかの様で、目の前の小さな少女の頭に手を置いた。
彼の心には、黒ずんだ重い液体の様なよどみを感じる。この優しさは、己を守る為の鎧と同じ。
「うん。」
返事をすれば、彼の目は細められ、険しい眉が少し解けた。
「せや。布団敷いたるわ。」
彼の耳には、自分の言葉は何も届いて居ない。この優しさは、自分に向けられたモノでは無い。
————全ては、
身を守る為の手段でしかない
手際良く布団を敷いた最澄を息を凝らすようにじっと見る。白い布を綺麗に整える彼は、案外と几帳面な男の様だ。
シワをピンッと伸ばしながら布団の脇に綺麗に折り曲げていく。その様子を見ながら、何か会話を探すが、ふと浮かんだ疑問をそのまま最澄に投げかけた。
「あの人、追いかけなくて良かったの?」
所詮は、他人事なのに、そう声を掛けたのは、彼の表情が時折寂しそうに変化したからだ。
「………。」
何も言わず、手を動かす彼。まるで石の様な沈黙を押し通しているかの様だ。
彼の心に触れ様としても、その前にある硬い鎧は、簡単には脱いでくれないらしい。
「ほら、子供は寝る時間や。」
喉に絡んだ様な声を放つ最澄。
その後は、口元がきつく閉まり、関わりたくないという意志がそこに読み取れた。
つまり、黙って布団に入るしかない訳で、小さな身体を滑り込ませて布団に入れば、キッチリと張った白い布が心地よく、少し目を細めれば、最澄が掛け布団を掛けた。
自分の声は、なにも届いていない。
そう。何も————
空には分厚い雲がかかっていて、その奥に月を隠す。
その日の空は、まるで彼の心を映しているかの様な夜空だった。
空を視界に映し、少女は、目を閉じる。
リズム良く、優しく身体を叩く感覚。寝かしつけ様と最澄が隣に横になった気配を感じた。
はるか昔、こんな風に寝かしつけてくれた人が自分にも居た。懐かしい記憶のカケラを思い出しながら少女の意識は、遠のいていく。
その時、何故か思い出した人物は、母では無い女性だった。
自分の敷いた布団で眠る少女を見て、最澄は、少しばかり頬を緩め、目を細めた。
初めて会った少女なのに何故だか懐かしい感覚がする。
「死神…。」
果たして、この世の中にそんなモノは、存在するのだろうか?
「いや。居るはずがない。」
少女の名を聞き忘れたのを思い出すが、
「まぁ、明日聞けばいい。」
頬にかかる髪を退けてやりながら、最澄の身体から力が抜けていく。頭の中では、やる事を考えながらも、瞼が重く閉じていく事に抗えない。
そのまま、最澄も眠りへとついていった————。
不思議な夢を見た。
そう。アレは、夢。
気づけば自分は、彼岸花が咲き誇る河原に立って居た。彼岸花が咲く時期では無いのに、そこは、赤い海の様だった。秋の彼岸のころに咲く赤くて怪しげな花。別名、曼珠沙華
それに手を伸ばそうとすれば声が聞こえた。
————彼岸花を摘んではいけないよ。
どこにも声の主は見えないのに、最澄は、問う。
「どうして?」
いつもより弱気に、弱々しいその声に、自分で発した声にもかかわらず驚きを隠せなかった。そんな彼にも気にも止めず、声が返ってくる。
————閻魔は、その花が嫌いだから。
「閻魔?」
彼岸花を摘むのをやめ、辺りを見渡すと川が見えた。その川は、幅が広く、歩いて渡る事は不可能としか考えられ無い程であった。
川を見ていたら、一艘の舟が近づいてくる。
布を頭から巻きつけた男が手を出した。
「渡し船の料金は六文だ。」
誰も渡るとは言っていない。しかも此処は夢の中。金など自分が持っているのかも不明だ。
しかも六文だなんて、まるで三途の川みたいだ。最澄は、踵を返して反対へと走る。
そうすれば、また声が聞こえてくる。
————餓鬼に話しかけてはいけないよ。腹が減り過ぎて魂を喰らってしまうから。
見えた人影に、最澄は息を飲む。その人影は、痩せ細って腹部のみが丸く膨れ上り、足の甲が浮腫んだ姿だった。
綺麗な彼岸花を足で踏みつけている事さえ気付かずに最澄は、その場から逃げ出した。
全身に汗が流れるような不気味さ、それに加え足がガクガクと言う事を聞かない。
覚束ない足を必死に動かし続ける事しか出来なかった。
自分は、どこに迷い込んでしまったのか?
目に恐怖の光が広がりながらも、最澄は、辺りを見回す。そして漸く足を止めた。
「————閻魔の沙汰は絶対。覆る事は不可能。天国か、地獄。二つに一つ。」
ずっと聞こえていた声の持ち主が最澄の前に現れた。
大鎌を片手に大きな月の下、流れる様に靡く黒髪。白い肌の女は、あの少女によく似ていた。まるで少女が成長した姿の様だったのだ。
空を斬る大鎌。その瞬間、空に赤い雫が飛び散った。まるで、彼岸花が露を浴びた様にキラキラと空を色付ける。
グラリと視界が歪み、最澄の意識は、そこでプツリと途切れた。
その声は、何処までも優しく、温かな調子で少女に語りかける様に言葉を繋ぐ。
「もう、怖ないからな?」
その言葉は、まるで己自身に言っているかの様で、目の前の小さな少女の頭に手を置いた。
彼の心には、黒ずんだ重い液体の様なよどみを感じる。この優しさは、己を守る為の鎧と同じ。
「うん。」
返事をすれば、彼の目は細められ、険しい眉が少し解けた。
「せや。布団敷いたるわ。」
彼の耳には、自分の言葉は何も届いて居ない。この優しさは、自分に向けられたモノでは無い。
————全ては、
身を守る為の手段でしかない
手際良く布団を敷いた最澄を息を凝らすようにじっと見る。白い布を綺麗に整える彼は、案外と几帳面な男の様だ。
シワをピンッと伸ばしながら布団の脇に綺麗に折り曲げていく。その様子を見ながら、何か会話を探すが、ふと浮かんだ疑問をそのまま最澄に投げかけた。
「あの人、追いかけなくて良かったの?」
所詮は、他人事なのに、そう声を掛けたのは、彼の表情が時折寂しそうに変化したからだ。
「………。」
何も言わず、手を動かす彼。まるで石の様な沈黙を押し通しているかの様だ。
彼の心に触れ様としても、その前にある硬い鎧は、簡単には脱いでくれないらしい。
「ほら、子供は寝る時間や。」
喉に絡んだ様な声を放つ最澄。
その後は、口元がきつく閉まり、関わりたくないという意志がそこに読み取れた。
つまり、黙って布団に入るしかない訳で、小さな身体を滑り込ませて布団に入れば、キッチリと張った白い布が心地よく、少し目を細めれば、最澄が掛け布団を掛けた。
自分の声は、なにも届いていない。
そう。何も————
空には分厚い雲がかかっていて、その奥に月を隠す。
その日の空は、まるで彼の心を映しているかの様な夜空だった。
空を視界に映し、少女は、目を閉じる。
リズム良く、優しく身体を叩く感覚。寝かしつけ様と最澄が隣に横になった気配を感じた。
はるか昔、こんな風に寝かしつけてくれた人が自分にも居た。懐かしい記憶のカケラを思い出しながら少女の意識は、遠のいていく。
その時、何故か思い出した人物は、母では無い女性だった。
自分の敷いた布団で眠る少女を見て、最澄は、少しばかり頬を緩め、目を細めた。
初めて会った少女なのに何故だか懐かしい感覚がする。
「死神…。」
果たして、この世の中にそんなモノは、存在するのだろうか?
「いや。居るはずがない。」
少女の名を聞き忘れたのを思い出すが、
「まぁ、明日聞けばいい。」
頬にかかる髪を退けてやりながら、最澄の身体から力が抜けていく。頭の中では、やる事を考えながらも、瞼が重く閉じていく事に抗えない。
そのまま、最澄も眠りへとついていった————。
不思議な夢を見た。
そう。アレは、夢。
気づけば自分は、彼岸花が咲き誇る河原に立って居た。彼岸花が咲く時期では無いのに、そこは、赤い海の様だった。秋の彼岸のころに咲く赤くて怪しげな花。別名、曼珠沙華
それに手を伸ばそうとすれば声が聞こえた。
————彼岸花を摘んではいけないよ。
どこにも声の主は見えないのに、最澄は、問う。
「どうして?」
いつもより弱気に、弱々しいその声に、自分で発した声にもかかわらず驚きを隠せなかった。そんな彼にも気にも止めず、声が返ってくる。
————閻魔は、その花が嫌いだから。
「閻魔?」
彼岸花を摘むのをやめ、辺りを見渡すと川が見えた。その川は、幅が広く、歩いて渡る事は不可能としか考えられ無い程であった。
川を見ていたら、一艘の舟が近づいてくる。
布を頭から巻きつけた男が手を出した。
「渡し船の料金は六文だ。」
誰も渡るとは言っていない。しかも此処は夢の中。金など自分が持っているのかも不明だ。
しかも六文だなんて、まるで三途の川みたいだ。最澄は、踵を返して反対へと走る。
そうすれば、また声が聞こえてくる。
————餓鬼に話しかけてはいけないよ。腹が減り過ぎて魂を喰らってしまうから。
見えた人影に、最澄は息を飲む。その人影は、痩せ細って腹部のみが丸く膨れ上り、足の甲が浮腫んだ姿だった。
綺麗な彼岸花を足で踏みつけている事さえ気付かずに最澄は、その場から逃げ出した。
全身に汗が流れるような不気味さ、それに加え足がガクガクと言う事を聞かない。
覚束ない足を必死に動かし続ける事しか出来なかった。
自分は、どこに迷い込んでしまったのか?
目に恐怖の光が広がりながらも、最澄は、辺りを見回す。そして漸く足を止めた。
「————閻魔の沙汰は絶対。覆る事は不可能。天国か、地獄。二つに一つ。」
ずっと聞こえていた声の持ち主が最澄の前に現れた。
大鎌を片手に大きな月の下、流れる様に靡く黒髪。白い肌の女は、あの少女によく似ていた。まるで少女が成長した姿の様だったのだ。
空を斬る大鎌。その瞬間、空に赤い雫が飛び散った。まるで、彼岸花が露を浴びた様にキラキラと空を色付ける。
グラリと視界が歪み、最澄の意識は、そこでプツリと途切れた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
蒼雷の艦隊
和蘭芹わこ
歴史・時代
第五回歴史時代小説大賞に応募しています。
よろしければ、お気に入り登録と投票是非宜しくお願いします。
一九四二年、三月二日。
スラバヤ沖海戦中に、英国の軍兵四二二人が、駆逐艦『雷』によって救助され、その命を助けられた。
雷艦長、その名は「工藤俊作」。
身長一八八センチの大柄な身体……ではなく、その姿は一三○センチにも満たない身体であった。
これ程までに小さな身体で、一体どういう風に指示を送ったのか。
これは、史実とは少し違う、そんな小さな艦長の物語。
大江戸怪物合戦 ~禽獣人譜~
七倉イルカ
歴史・時代
文化14年(1817年)の江戸の町を恐怖に陥れた、犬神憑き、ヌエ、麒麟、死人歩き……。
事件に巻き込まれた、若い町医の戸田研水は、師である杉田玄白の助言を得て、事件解決へと協力することになるが……。
以前、途中で断念した物語です。
話はできているので、今度こそ最終話までできれば…
もしかして、ジャンルはSFが正しいのかも?
一ト切り 奈落太夫と堅物与力
相沢泉見@8月時代小説刊行
歴史・時代
一ト切り【いっときり】……線香が燃え尽きるまでの、僅かなあいだ。
奈落大夫の異名を持つ花魁が華麗に謎を解く!
絵師崩れの若者・佐彦は、幕臣一の堅物・見習与力の青木市之進の下男を務めている。
ある日、頭の堅さが仇となって取り調べに行き詰まってしまった市之進は、筆頭与力の父親に「もっと頭を柔らかくしてこい」と言われ、佐彦とともにしぶしぶ吉原へ足を踏み入れた。
そこで出会ったのは、地獄のような恐ろしい柄の着物を纏った目を瞠るほどの美しい花魁・桐花。またの名を、かつての名花魁・地獄太夫にあやかって『奈落太夫』という。
御免色里に来ているにもかかわらず仏頂面を崩さない市之進に向かって、桐花は「困り事があるなら言ってみろ」と持ちかけてきて……。
偽典尼子軍記
卦位
歴史・時代
何故に滅んだ。また滅ぶのか。やるしかない、機会を与えられたのだから。
戦国時代、出雲の国を本拠に山陰山陽十一カ国のうち、八カ国の守護を兼任し、当時の中国地方随一の大大名となった尼子家。しかしその栄華は長続きせず尼子義久の代で毛利家に滅ぼされる。その義久に生まれ変わったある男の物語
ブラックスペア
高雄摩耶
歴史・時代
1939年。日本海軍では新型高性能潜水艦の建造計画が持ち上がる。技術担当の酒井中佐はその高すぎる要求に頭を抱えてしまう。そんな中、発明家の有岡安治郎から、新型機関の提案が送られてくる。半信半疑でその見学に向かった酒井中佐を待っていたのは…太古の魔女を自称する一人の少女だったのだ!
冗談かと笑う中佐であったが、少女は彼の目の前で例の新型機関、通称「チャンツエンジン」を魔法力で動かし始め、素晴らしい性能を発揮したのである。彼はその性能に驚愕するが、この機関には大きな制約があった。それは”機関を扱えるのは十代の女性のみ”というものであった。
1941年夏、女学校に通う女学生、下田アリサはある募集の張り紙を見かける。それは「事務作業のため十代の女性を募集する」という海軍が作成したものだった。学費に困っていた彼女は夏休みの間だけでもやってみようと海軍を訪れる。そこではなぜか体力試験や視力、聴力の検査、そして謎の装置による調査が行われる。その結果、彼女は他の応募者を差し置いて合格することができたのだ。しかし彼女を待っていたのは、新型潜水艦「イ-99」への乗組命令だった。
地獄の太平洋戦線を舞台に、「ブラックスペア」と恐れられた少女の潜水艦は、果たして生き残ることができるのか!?彼女たちの戦いが、いま始まる!
徳川家基、不本意!
克全
歴史・時代
幻の11代将軍、徳川家基が生き残っていたらどのような世の中になっていたのか?田沼意次に取立てられて、徳川家基の住む西之丸御納戸役となっていた長谷川平蔵が、田沼意次ではなく徳川家基に取り入って出世しようとしていたらどうなっていたのか?徳川家治が、次々と死んでいく自分の子供の死因に疑念を持っていたらどうなっていたのか、そのような事を考えて創作してみました。
ワルシャワ蜂起に身を投じた唯一の日本人。わずかな記録しか残らず、彼の存在はほとんど知られてはいない。
上郷 葵
歴史・時代
ワルシャワ蜂起に参加した日本人がいたことをご存知だろうか。
これは、歴史に埋もれ、わずかな記録しか残っていない一人の日本人の話である。
1944年、ドイツ占領下のフランス、パリ。
平凡な一人の日本人青年が、戦争という大きな時代の波に呑み込まれていく。
彼はただ、この曇り空の時代が静かに終わることだけを待ち望むような男だった。
しかし、愛国心あふれる者たちとの交流を深めるうちに、自身の隠れていた部分に気づき始める。
斜に構えた皮肉屋でしかなかったはずの男が、スウェーデン、ポーランド、ソ連、シベリアでの流転や苦難の中でも祖国日本を目指し、長い旅を生き抜こうとする。
隠密遊女
霧氷
歴史・時代
時は江戸。明暦の大火と呼ばれる大火事に江戸は見舞われた。しかし、遠く離れた土地では、そんな大事も風の噂に過ぎない。とある山里に住む無邪気な少女・お玉の下には、ある日、兄の形見と金子を持った男が尋ねてきて・・・一人の少女が遊里の中で、人として女として変貌を遂げていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる