刃愛

のどか

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コトウ

十字架を抱け

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「ボス、ハンソン隊長と連絡が取れません」
「味方は劣勢です。一次退却しては──」
「黙れ! 黙れ! ここで退けるか! 退いても、コネクションの反逆者として狙われる!」
 次々と飛び込む凶報に、ギルバートは奥歯を噛み締めた。
 相手に油断させるため、顔を見せたのだ。ここで退けば、クロスは度々襲撃してきた敵の黒幕を本家に報告するだろう。
 そうなれば、本家が制裁に乗り出す。
 追手に脅える逃亡生活の始まりだ。
 そんな惨めなことは真っ平だった。
 なんとしても、クロスだけは葬らなければならない。
 ギルバートにはそれが筋道さえ立っていない支離滅裂な言い分だとは分からなかった。
「畜生、畜生、たかが娼婦の子のくせに……あんな奴が、優れているはずがない……」
 クロスの名は度々幹部の間で話題になった。
 パーティの中で。他愛も無い茶会での話題。
 いずれもその武勇を称えるもので、それを耳にする父親が、嬉しそうな顔をするのが、ギルバートは気に入らなかった。
 部下に恵まれているから、度々戦闘をする『サザンクロス』のボスに納まっているからこそ、称えられるのであって、クロス本人の力ではない。
 自分はその機会がないから、注目されない。
 機会さえあれば、自分が上だと証明してみせる。常々ギルバートはそう思っていた。
 たかが娼婦の息子が、自分より褒め称えられる。
 そんなことはあってはならないのだ。
「殺せよ! クロスを殺すんだ! それでも『グランティア』かよ!」
 具体的な指示も出さず、命令だけを繰り返すギルバートに、側近達はうんざりした。
 そもそも現場のものに任せてもらえば、まだいい勝負になっただろう。戦場を知らない御曹司が、勝手なことを喚くから、ここまで戦線が切り崩されたのだ。
 個々の戦力が同じでも、率いるものによって違いがでてくる。
 この勝負は勝てない──多少なりとも修羅場をくぐり抜けてきた部下達は密かにそう思った。
「ボス! 敵が来ます! いつの間にか回りの布陣が薄く──これは! クロスです! クロスがいます!」
 外の監視をしていた部下が悲鳴のように叫んだ。
「クロスだと」
 ギルバートの眼に暗い光が宿った。
「返り討ちにしてやる! あれを出せ!」
「しかし、ボス、あれはいつ暴発するか、分からない代物です」
「うるさい! うるさい! 俺に逆らうつもりか! どっちにしろ、奴を殺れなかったら、終わりだ! 暴発するかどうか分からないなら、やって見せろ!」

 『グランティア』は数台の車でバリケードを作り、本陣としている。そこにギルバートがいる。
 通信を送られたものは、出来うる限りそれに従う形で集合し、本陣へ斬り込みをかけた。
 先頭を行くのは、本陣に一番近かったマリオとヴィオ。それにダグラスの隊が続いている。遅れてリッパーとアランが合流しようとしていた。
 スワロウの隊はまだ見えない。
 位置関係からして苦しいかと、思ったのだが、その戦力を考慮して入れてみたのだが、やはり無理があったようだ。
 部下をすべて置き去りにしてスワロウが来るのならともかく、隊を率いて合流するのはできない。
 だが、機を逃すわけには行かなかった。
 マリオの隊の先頭を行くものが本陣の正面に陣取るトレーラーに迫った。
 そのとき、トレーラーの腹が開いた。
 そこにあるのは大口径の──固定式の機関銃だ。
 最前線の構成員の体が弾けた。
「! ヒルト鉱弾か!」
 ライトシールドの発達した現在において、銃器はその威力を失った。
 また、ビーム兵器も『アンジェラ』に存在する粒子のせいで撹乱され、役に立たない。
 だが、各種シールドを無効化するヒルト鉱石、それを使った弾丸なら別だ。シールドに影響されず本来の威力を発揮できる。
 生成が厄介なことと、さほど量がないことから刀剣などに加工されることが多いが、出来ないことではない。
 丈夫だが、軽量のヒルト鉱石の弾丸に従来の銃の威力を持たせるには、火薬の量を増やさなければならず、それに対応するため銃器にもそれ専用の改造がいる。
 弾は当然使い捨てになる。
 ヒルト鉱石が高価なだけに、滅多にそれをするものがいないというだけだ。
 それをよりにもよって、機関銃とは。
「死ねぁ!」
 銃口が火を噴きながらクロスの方に向けられる。地面を削る火線が迫り──『韋駄天』が唸りをあげた。
 ヴィオの巨体がはじけた。
 マリオネットの装甲擬体が衝撃に震える。
 アランの体が弾き飛ばされ、ダグラスが崩れ折れる。
 左の腕から先を撃たれリッパーが後ろにとばされる。
 腹にいくつか弾を食らったスワロウが血を吐く。
 スワロウは部下を置き去りにし、全速力で韋駄天をとばし、クロスの前に回りこんだのだった。
(ああ──そうか──俺は──)
 『サザンクロス』の制服は防刃防弾加工の施されたものだが、それさえも機関銃の前では防ぎきれない──そう判断した幹部は迷うことなく射線の前に重なるように立ちはだかり、その肉体をクロスの盾とした。
 クロスは──双手に銃を抜いていた。
 銃撃により弾き飛ばされた仲間の体のわずかな隙間を通して、銃撃手と給弾手の頭を打ち抜いていた。
 まさに神技の射撃。
 クロスはとっさにスワロウの体を抱えた。
「……ボス……無事で……」
「なぜだ……なぜ、こんな真似を」
 スワロウは口元に笑みを浮かべた。
 クロスは正しかった。
 スワロウは──クロスに支配されたかったのだ。認めることなど許せない感情に、嫌悪さえ覚えて──否定し続けた。
 本人よりも先に、思慕を向けられたものがそれに気づいただけ。
 スワロウは自分にその感情を受け入れることを許した。
「……俺……は……あんたの……ものだから……役にたっ……たかい?……」
 スワロウの首が後ろに仰のいた。
 クロスはそのとき、なぜ自分がスワロウの眼差しを無視できなかったのか、思い知った。無視しようと思えば、出来たのだ。他の大勢の部下や娼婦達と同じように。
 だが、クロスはスワロウを無視したくなかったのだ──その原因となる感情をはじめて認めた。
「俺は──スワロウおまえを──」
 リッパーがズタズタになった左腕を押さえて唸っていた。アランが脚から血を流して伏している。
 ダグラスとヴィオ、マリオネットはぴくりともしない。
 殺しても死なないような連中だと思っていた。生きるためなら、自分の寝首を欠きに来る程度はするだろうと。
 だから、安心していられた。
 情を移すことなどないと。
 いつの間にかクロスにとって『サザンクロス』のメンバーは駒であるとともに、居場所になっていた。失ってはじめてそれが大事なものだったと自覚した。
 奥歯がギリッと音を立てた。
 クロスはスワロウに口づけた。
 それは血の味がした。
 クロスはスワロウを横たえた。
「おおおおぉぉぉおお!」
 クロスの『韋駄天』が唸りをあげる。
 その姿が掻き消えるほどの高速。それほどの高速で移動しながら、クロスは敵を銃撃した。
 両手で、だ。それも銃の反動を押さえ込みながら、『韋駄天』の制御を誤りもしない。
 『韋駄天』は姿勢制御を少しでも誤れば、その勢いのまま叩きつけられかねない扱いの難しいものだ。フルスロットで自在に操れるのは戦闘集団『サザンクロス』とはいえ、クロスとスワロウしかいない。
 『グランティア』の構成員が、撃ってきた。それもおそらくはヒルト鉱弾だろうが、あたらない。
 高速で動けば、銃撃はなかなか当たらないものだが、それはクロス本人にもいえる。
 だが、それほどの高速で動きながら、クロスの銃撃は敵を確実に捕らえていた。
 機関銃に近寄るものを優先的に撃った。
 いずれも一撃。致命傷だ。
 クロスの銃もヒルト鉱石の弾丸を使用している。
 敵に肉薄したクロスは銃をホルスターに戻し、ブレードを両手で振るった。
 フルスロットの『韋駄天』で駆け抜け、刃を振るうさまは、まさに死神。数で勝るはずの『グランティア』を寄せ付けもしない。
 クロスは機関銃を両断した。
 かつてスワロウをも圧倒した剣の冴え、『サザンクロス』最強の戦士、それがクロスだ。
 機関銃が沈黙したことをきっかけに、『サザンクロス』の構成員も『グランティア』に襲い掛かった。
 すでに同じコネクションの組織だという意識はない。殺さなければ殺されるのだ。
 そして瞬く間にクロスは敵の本陣をたった一人で制圧した。
 最後の部下の首が飛んだとき、ギルバートは腰を抜かした。
「お前で最後だ」
「ひ、ひぃ!」
 異母弟に睨みつけられ、ギルバートは這いずって逃れようとした。
 仕立てのよいスーツも、気取った髪型も台無しだ。こんな男は戦場に出てくるべきではない。
「お、俺は『マドゥ』の大ボスの息子だ! 俺に手を出したら、どうなるか分かっているんだろうな!」
 クロスは顔をしかめた。
 こんな、戦うことすら知らない下種のために──多くの血が流れたのか。これが血の繋がった兄かと思うと、情けない。
「なんで、同じコネクションの者が俺達を襲う? ここを襲ったのは、正体不明の敵だ」
 それはギルバートが描いたシナリオだ。わざわざ別のコネクションを装い、『サザンクロス』を強襲した。
 それをクロスは逆手に取る。死体さえ見つからなければ、クロスの言い分は通るだろう。
 クロスは口元に笑みを浮かべた。
痕跡あとなんぞ、残すかよ。刻んで、魚の餌にしてやるぜ」
 クロスの眼は笑っていなかった。暗い業火を宿した眼だ。
「『マドゥ』と戦争するつもりか? 勝ち目はないぞ!」
「知るかよ。目の前の敵は殲滅する。それが『サザンクロス』だ」
「ク、クロス、俺達は兄弟だろう。な、助けてくれよ」
「兄弟? そんなものはいねえよ。俺は娼婦の息子で、父親なんぞいやしねえ。そういうことにしてあるだろうが」
 ギルバートが顔を引きつらせた。
 ギルバートは負けたときのことなど考えていなかった。負ければ、殺される。そんな当たり前のことにも気づかず、クロスを殺そうとした。
 同じ血を受け継いでいながら、クロスとギルバートでは覚悟が違う。
「ババァの差し金か?」
「? 何のことだ」
「知らねぇのか? おまえのお袋は、何度も俺を殺そうとした──俺の母親をぶち殺したのは、おめえの母親だって言ってんだよ」
 クロスの存在を知ったとたん、正妻は刺客を差し向けた。その凶刃に倒れたのは、クロスの母親や友人だった。クロスは重症を負ったもののかろうじて生き残った。
 それからときおり思い出したように刺客をけしかけられ、クロスは生きるために強くならざるを得なかったのだ。
 クロスに戦い方を教えてくれた護衛代わりの教育係も、クロスを庇って死んだ。
 七年。五代目が前言を撤回するまで、死に物狂いで生き抜いた。
 同時に──何かに情を向けることを恐れた。それが大事なものであれば、あるほど、失ったとき心に深い傷を負うからだ。
「親子だな。おまえは、俺の大事なものを奪いやがった」
 クロスはブレードを戻し、銃を抜いた。
「考えることは同じらしいが、機関銃とはな。ヒルト鉱弾は火薬が通常より多い。銃身が早く焼けちまう。それに、無駄弾が多すぎる」
「やめろ! やめてくれ! 死にたくない! クロス、おまえを息子と認めるように親父に頼んでやる。相続順位はおまえに譲る! だから頼む、殺さないでくれ!」
「御曹司は、資源の無駄が多すぎていけねぇや」
 クロスは銃口をギルバートの額に押し当てた。
「人を殺すには、一発、頭にぶち込めばいい」
 銃声が響いた。
 そして、なぞの組織によるコトウ襲撃は終結した。
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